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「そっか、お別れしちゃったんだね」
隣に座っている明美さんは残念そうにそうつぶやく。明美さんの隣にいる明美さんの家のお金持ちもその言葉に同意するかのように頷いた。週末の公園は家族連れで賑わっていた。お金持ちとはよくこの公園で一緒に遊んでいた。しかし、もうお金持ちは僕の横にはいない。そのせいか、心なしか公園全体に寂しげな雰囲気が漂っているような気がしてならなかった。
「でも、やっぱりこれでよかったんだよ。このまま家で飼っていても、お金持ちの好きな物を食べさせてあげられなくなったかもしれないしさ。それにお金持ちだって、野生で生きている方が自分の好きなように遊んだりできて楽しいだろうし、もしかしたらもっと良い飼い主と出会えるかもしれないしさ」
僕は自分に言い聞かせるようにそう言葉をまくしたてた。足を浮かせ、振り子のようにぶらぶらと前後に揺らす。僕はうつむき、足の動きにつられて揺れる影をじっと見つめた。歯を食いしばり、ぎゅっと唇を噛み締める。そっと僕の肩がつかまれ、そのまま明美さんのいる方へと身体全体が倒される。僕の頭が明美さんの胸にあたる。明美さんが着ているカシミアのセーターは少しだけ柑橘系の匂いがした。
「いいんだよ、そんなに我慢しなくても」
僕はさらに強く歯を食いしばった。それでも、目頭が熱くなり、視界が少しづつぼやけていく。生暖かい涙が僕の右頬を流れていく。明美さんは僕の頭を優しく撫でながら、歌うように僕の耳元でささやく。
「大丈夫だよ。祐介くんがいい子にしていたら、きっとまたお金持ちと会えるよ」
僕は服の袖で涙を拭う。それでも後から後から涙が溢れて出てしまう。
「本当?」
「本当だよ」
僕の意志に反して、嗚咽が出る。せき止められていた涙が一気に流れ出していく。明美さんの胸に顔を埋め、僕は声を押し殺すように泣いた。お金持ちとの初めて出会った日、お金持ちとの毎日、そして最後、僕の名前を呼ぶお金持ちの姿が頭の中に浮かんでは消えていった。
「また会えるかな?」
嗚咽混じりに僕は言った。
「会えるよ、きっと」
僕は明美さんの胸の中で、一層激しく泣き叫んだ。