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お金持ちの世話はとても大変だったけれど、それ以上にお金持ちと暮らす毎日は楽しさで溢れていた。僕は自分のお金持ちが世界で一番可愛いお金持ちだと思っていたし、これからもずっとずっと一緒だと思っていた。しかし、僕とお金持ちの別れは突然、そして不条理な形で訪れることになった。
「祐介にも正直に話さなくちゃいけない。実はな、お父さんの勤めている会社が少し危ない状態になっているんだ」
真剣な表情でお父さんはそう切り出した。会社の経営だとか、小学生の僕には正直よくわからない。それでも、お父さんのその表情から何やら良くない事が起こっているということは理解できた。
「もちろん、すぐにどうのこうのなるというわけでもないわ。それでも、今のままの生活を続けていくことはできなくなるかもしれないの。ここまでは祐介にもわかるでしょ」
「う、うん」
お父さんの言葉を継いで、お母さんがそう説明してくる。お父さんはゆっくりと、しかし、少しだけバツが悪そうに頷いた。お父さんのその態度を見て、胸の奥がざわめきだつ。何か良くないことを告げられる。そういう予感で僕の頭をいっぱいになっていった。
「だからね、お父さんの仕事を応援するためにも、あんまり贅沢は控えなくちゃいけないの。例えば、お金持ちの飼育代とか……。ほら、お金持ちって銀座で買ったものしか食べないでしょ。だから食費だけでもすごくお金がかかるし、それに運動用に通っているジムの月謝代だって馬鹿にならないの」
お母さんは何を言っているんだろう。お金持ちは銀座で買ったモノ以外の食べ物は食べられないし、ジムに通わないと運動不足ですぐ病気になってしまうのに。お金持ちは元々そういう生き物じゃないか。しかしその瞬間、僕はお父さんとお母さんの意図が理解できた。しかし、それは僕にとって絶対にありえない選択だった。
「お母さん、お父さん……。お金持ちも僕たちの家族じゃないの?」
僕はわずかに残された可能性に縋りつこうとなんとか声を振り絞って言った。お母さんが僕から目をそらす。お父さんは悲しい表情で僕を見つめてくる。大好きなお父さんとお母さんの姿を見て、僕の胸が張り裂けそうになる。
「祐介、きちんと聞いてくれ」
お父さんが意を決して口を開く。僕の脳裏にお金持ちとの幸福に見た日々が走馬灯のように駆け抜ける。お父さんの言葉なんて聞きたくない。僕は耳を閉じてしまいたかった。しかし、お父さんは重みのある口調で悪夢のような言葉を発した。
「もうお金持ちはうちでは飼えないんだ。お金持ちを……野生に返してあげよう」