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「はい、お金持ち。お昼ご飯だぞ」
僕はお金持ちの部屋に入り、テーブルの上にご飯を置いた。ソファでくつろいでいたお金持ちは読んでいた経済雑誌を机に戻し、嬉しそうに僕のもとに近づいてきた。お金持ちは椅子に座り、ナイフとフォークを器用に使って、目の前のステーキを食べ始める。急いでご飯をかきこんだせいか、お金持ちが胸をどんどんとたたき始める。僕は笑いながら水を手渡し、愛嬌あるお金持ちの仕草を微笑みながら観賞した。
お金持ちにはこうやって毎日三食、銀座で買った食材を使ったご飯を食べさせてあげなければならない。なぜならお金持ちは銀座で買ったもの以外は口にしない習性があるからだ。学校がある日は朝と晩、今日みたいな休みの日には三食とも僕がお金持ちの部屋に運んであげている。また僕が捕まえたお金持ちはベンチャー企業の社長でもあった。そのため、飼い主の義務として、週に何回かは彼が経営する会社まで散歩に連れて行ってあげなければならない。僕はポケットから銀座で買ったリードを取り出し、ご飯を食べ終わったお金持ちの首輪につなげる。会社に連れて行ってくれることに気がついたお金持ちは顔を挙げ、嬉しそうに顔をほころばせた。
「ほら、散歩に行くぞ。お金持ち」
オールデンの革靴を履かせてあげて、お金持ちと一緒に外へ出る。春らしい陽気を全身に浴びながら、自慢のペットと散歩をするというのはすごく気持ちがいい。すれ違う人たちが羨ましそうにお金持ちを見てくる。僕はその視線に気が付かないふりをしつつも、内心は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「祐介くん、おはよう」
聞き覚えのある澄んだ声に僕の胸がどきりと高鳴る。声のする方を振り返ると、そこには近所のタワーマンションに住んでいる高校生の明美さんが立っていた。明美さんは黒くて艶のある髪を耳にかけ、上品な笑顔を浮かべた。明美さんの左には、明美さんが飼っている女性のお金持ちが立っていた。シャネルのワンピースに身を包み、左手にはクロエのバックを持っている。明美さん家のお金持ちはせわしなさげに自分に繋がれたリードを触り、ちらちらと僕の家のお金持ちに視線を送っていた。
「ちゃんと世話をしてて偉いね」
「あ、当たり前だよ。僕のペットなんだもん」
明美さんが口に手をあて、くすくすと笑う。明美さんの艶っぽいその仕草に僕の耳が少しづつ熱くなってくる。じゃあまたね。明美さんはひらひらと右手を振り、そのまま僕たちの前から歩き去っていく。僕は明美さんの背中が見えなくなるまで見送り、お金持ちの方へと目を向けた。不思議そうに僕の目を覗き込むお金持ちの頭を、わしゃわしゃとかきむしった。
「うへへへへ」