ep,7 韋駄天の宝
――曰く、お宝ってのはナニモノにも代えがたいモノを言うらしい。
この世界にはありとあらゆるモノがあり、またありとあらゆるモノで代用が効くが
――ただ、代用など効きようのないモノもまた、稀に存在するという。
人間って生き物は特別にトキメク。代用の効かない存在。唯一の存在。ワタシにとっての、特別なア・ナ・タ……❤
――うわっ、我ながら恐ろしくキモい。……まぁでも、これらは人間の本能として、至極当然な思考だろ。
在って当然のモノに、愛着など湧かない。当たり前というモノほど、人間を退屈させるものは無いのだから。――だから、
だから、在って当然のモノってヤツは、
亡くして初めて、――特別に変わるんだよね。
Regret of the pirates.
0/
暗い、昏い空間。ひたすらに真っ暗。黒い――闇すらも呑み込む黒い床壁天井に囲まれた部屋。実際にこの場所が本当に暗いのかはともかく、この空間は何もかもが黒く、必然暗闇に侵されていた。
暗い部屋の中心。スポットライトのような光が照らす、テーブル一台。――円卓。そう呼ばれる造形のそれは、真っ黒な部屋のなにもかもに反して、純白の如く輝いていた。
円卓に座す、数名の人間。
「――報告内容は以上です」
円卓の一角。十二ある席の内、一席に身を置く男が言う。――いや、正確には身を置いてなどいない。だって、座していない。彼は起立きをつけの状態で立っているのだから。
「――何か、質問などあれば」
「ほい」
言って、一人、手を上げる。
「連中の総数、わかるかな?」
「三人。目撃したのは、三人だけです。他は何も」
「本当に何も見てへんの? 三人だけ? 本当に何も?」
「ええ」頷いた後、少し、何か引っかかったかの様な仕草で首をひねる。「ただ――奴ら、見てないだけで、やはり複数仲間はいるっぽいです」
「――というと?」
続けて円卓の一角。起立する男の向かいの席。
「いるっぽい――だなんて、少し曖昧な言い方ではなくって? その発言、その答えに至るまでに何かしらの根拠があるはずでしょう。是非ともそれを聞かせて欲しいものだわ」
声の主は、少女。それは、黄金の少女。黄金の長髪に、黄金の装飾が目立つ白いゴシックのドレスに身を包んだ、少女。少女は笑みを絶やさず、再びペストに問う。
「ねぇ、紅蓮の疫病?」ジトリ、という視線。「私、いいかげんって嫌いなの」
紅蓮の疫病、ペストへと向けられたそれは、彼を身震いさせるには十分にすぎた。
「オイオイ」
更に少女の向かい側。ペストの右隣。
「ぼくの部下。あんまり苛めないでよ」
男。変な――いや、奇抜な髪形の男。真っ黒な地毛に純白の線が数本引かれた、まるで夜空に流るる流星を彷彿とさせる、それでいてオールバックなロン毛。最早意味不明だった。
「彼は最近のぼくのお気にでねえ」言って、黄金の少女を睨む。「あんまりおイタが過ぎると潰すからね。そこんとこ理解な」
「ふふふ……あらあら。『奇王』さんったら、死に急ぐのはよくありませんことよ?」
嘲笑。
「どうだかね? 死に急いでるのはアンタじゃないの? なぁ、『狩王』さん?」
嘲笑。
威嚇と威圧。そして――
「やめろ」
鎮静。
円卓の一角。席に仁王座す――否、仁王立つならぬ仁王座すなどと言う言い回しは存在せぬが、その姿は正しく、仁王が座す如く厳格に満ちており、静かな威圧を放っていた。
「つまらん論争はよせ」
黒い、黒い男。黒い鎧。兜をかぶっているため顔の判別は不可能。ただ、その男を一言で表すなら「絶望」と言った感じだ。禍々しいまでの威圧と殺意。殺気に満ちた、黒い男だった。
「ごめんあそばせ『死王』様。なにぶん、急な招集だったもので、カリカリしてましたの」
「上に同じだ」
「そうか……」言って、黒い王は正面を見据える。「まぁ、欠席のヤツよりかは、幾分かマシだろうな」
正面。十二の内、唯一空席。
「――まぁいい。……それより紅蓮。複数人仲間がいると言ったな。その根拠と理屈だ」
「は、はい」焦り気味に頷いて、言う。「『レンタル・アーク』。……奴らの内一人が、『蜘蛛』のメンバーでした」
「ほう」
「へぇ」
「これはこれは」
「――随分と、懐かしい名前だ」
声色と、空気が変わる。
「御使いの方はどうなのかしら? 強かったのでしょう? まさか『熾天使』ってわけじゃないでしょうけど」
「どうでしょう。紅蓮のは御使いではありません故、そこまで深くは理解出来ないものと思われますが。万が一と言う線も――」
「だとしたら――だとしても、だ。だとするからこそ、これは絶対的にマズイ自体ですよ」
「無論。――そもそも、未確認の御使いだなんて。……まだ『運命』は諦めていなかったのかしら?」
「いえ、今や『運命』が御使いを生み出すなど、有り得ませぬ」
「そもそも、『運命』は消滅したでしょう? ここにおわす、黒き王の剣によって」
「……」
沈黙。何かを思案するかのように、静か。
「――全く。御使いに『カトラスの蜘蛛』とはな。……いいだろう。至急、三名を指名手配だ」言って、席を立つ。「会議は以上だ。――皆、己が使命を全うせよ」
この世界の秩序を
純白の
殺戮の
天使を
「我々は、アレを封じ続けなければならない」
1/ドウシテコウナッタ(経緯)
――どうして、こうなった。
いや、本当に、真実に、意味が解らなかった。意味が解らない以前に、もしかすると意味なんて無いのかもしれない。無いかもしれないし、在るのかもしれない。だが、そんなことを思考することこそ無意味に過ぎよう。だけどやはり、仮にこの展開に、はたして意味があるのだとすれば、やはり、理解不能。意味不明、曖昧蒙古に尽きる。
……全く。本当に――どうしてこういつもいつも……脈絡もクソもない都合勝手な展開ばかり、僕の人生にはついて回るのだろう。
「はぁ……」
自然、溜息を漏らす。全くもって、度し難い。――が、しかし。
「やっちゃったもんはしょうがない」
などと、軽口のような軽口で、状況を達観するルサ。
「ま、確かに予想外だしハプニングだけどさ、これはこれでいいじゃん。至極単純。分かりやすいコトこの上ないよ、武力行使ってのは」
「いや、そういうことを言ってるんじゃないけどね」
「? それじゃあ一体どういうことよ?」
僕が言いたいのは、どうしてこんな事になってしまったのか――だ。こんなことになる必要など、因果など、微塵も無かった筈だ。だから僕は、嫌だって言ったんだ。……まぁでも、それこそ彼女の言う通り、やってしまったものはもう何を言ってもしょうがない、のかもしれない。
「はぁ」
嘆息して、隣り合う少女を見ゆる。
「――それで、僕はどうすればいいんだろうね」
「さぁ。状況に身を任せなよ」
さいですか。
少女は、更に隣り合う白い男を見ゆる。
「アンタの使力で近くの船に乗り移るとか、出来ないの?」
「残念ながら無理だよ。私のソレは私が認知出来得るポイントにのみ移動可能なのだ。乗ったこともない船に移動する事は不可能だね。街に戻るのも無理だろうね。この距離じゃ、多分届かない」
お手上げ――といった素振りで言う、フェルト。
本当に、本当の本当に、お手上げ。笑ってしまうくらいに、お手上げだ。本当に両手を上げる仕草をしてしまう程にお手上げ。
鳴り響く海鳥の声。紺碧の、見渡す限りの、地平線。大海のど真ん中。その船の上だ。
周囲一面を取り囲む男達。目つきなどもう血走っており、片手にはアンティークナイフや拳銃の数々。あきらかな敵対心を僕達に向けて殺気を放つ彼ら。――話が通じるような相手には、到底思えなかった。
「さあさ、諦めな。逃げ場なんて、どこにもないんだぜ?」
短い赤髪の少年。海賊然とした装いの、アンティークナイフを握った少年が、言う。
逃げ場など、どこにもない、か。
確かに、どこにもないんだろうな。それは。
少年の言う通りだった。――そもそも、あの時こうしていれば、こんなことにはならなかった。本当に、後の祭りだ。
脈絡のない急な展開に突き合わせてしまい、誠に申し訳ない限りだ。
勘弁してほしい――とは言わないが、でも、弁解のチャンスくらいは頂きたいものだ。
だから、そのためにはまず、コレに至った経緯を説明しなければならない。
それでは、お聞かせしよう。
そも、こうなってしまった原因を――
こうなるに至った、経緯を――
◇
時を遡る事、実に三時間。そのころの僕達はと言うと、馬車に揺られていた。
「あっつーい」
だらしなく、馬車の荷台から足をブラつかせる少女。名前を、ルサという。――この娘、実は先日まで街を騒がせていた殺人鬼、クビキリ兎である。先日までというのと、なのだったというのがミソで、今ではそれらから身を洗い、こうして旅を共にしている。つまり、元殺人鬼。――しかし、こうして見ると本当に、殺人鬼としての冷徹で好戦的な彼女の面影は、ほぼ消えていると言っても過言ではない程、跡形もなく無くなっている。陽射しのせいか、今にも溶解しそうな程にダルダルで、衣服も必要最低限。――そりゃあ、あんなフードやらなんやら厚着を決め込んでいれば、この陽射しはキツいだろうけど、それにしても露出が激しい。
「アンタは暑くないのー、フェルト?」
薄着の僕はともかく、確かに、コイツの格好は、近くにいるだけでこっちまで暑苦しくなる恰好だった。
フェルト。コイツには、暑さを感じる感覚がないのだろうか。普段通り、変わり映えしない真白い衣装。いや、言いようよってはこの何も無い草原の中でのそれは確かに映えはするのだろうけど、何ひとつ変わりのない格好。
「暑くないよ。私の忍耐力もたいしたものだろう?」
大したもの。いや、そんな簡単な言葉で済ませられるレベルを超えている。かなり薄着の僕でさえこの刺さるような日差しにまいっているというのに。もはや厚着薄着の問題では無く、完全に、常軌を逸している。だって、誰がどう見てもフェルトは、涼しい顔で汗ひとつ流さず、空を眺めているのだから。
「提案。クロムノについたら海泳ごうよ、海。海水浴だよ」
「クロムノは港町だから、ビーチや砂浜はないよ?」
「そうなのか?」
「ああ。輸出輸入業で栄えた産業の街だからね。そんな余分なモノは全て港やら漁港やらに変えられているよ」
「うそーーー!」
絶叫兎。――まぁ、気持ちも分からなくはない。海水浴という単語を聞いて、少なからず期待してしまった自分がいるからだ。まぁ、残念と言えば、残念。
でも、本来の目的としてクロムノは、反って助かるような街なのだが。
僕達がこうしてまる一日馬車に揺られながら海を目指しているのは、別に泳ぎたいからというわけではない。クロムノに向かう目的はどうも、船に乗る為らしい。
僕達が現在いるここは、この世界を構成する七つの大陸の一つたる『マンモン』といって、そこから海を渡って向かいの大陸『アエーシュマ』を目指すため、船に乗って海を超えるらしい。この世界にも海と言うものはあるんだな――と、なんだか不思議な気持ちになった。そう考えたら、この世界とあの世界との違いなんて、文明の差くらいしか残らないんじゃないかと思うくらいに。
「――いや。こんな魔法、あってたまるかって話か……」
「なんか言ったーーー?」
「なにもなにも。ただの独り言」
使力。俗に言う、超能力や魔法みたいなもの。この世界の人間はこれを須く使用でき、生まれつきの機能のようなモノらしい。彼女の場合は『眼』、大変視力がいい。視力がいい――というのはあまりに安直な表現だろう。それはもっと複雑で、もっと単純だ。彼女の場合、その視覚に見え得る物の全てが視えるという点が脅威なのだ。視えないもの、理解出来ないものも、彼女が視界に捉えればそれは、カタチになるのだ。どの軌道でどう刀を振れば相手の首を落とせるか――など、この能力を用いて、彼女はこれまで、何十という人間の首を落としてきたらしい。……本当、こうして視るとただの女の子という感じなのに、蓋を開ければとんでもない少女なのだ。
そして僕の使力。脳裏に残留する、純白の剣を想起する。純白の、剣。柄から刀身まで、なにからなにまで真っ白な剣。この剣が、僕の力、僕の使力――だと思っていたが、どうやら違うらしい。いや、厳密に言うとこれは正しい。――ただ、僕は今まで自分の使力はこの剣を生み出す能力だと思ていたのだが、どうやら、それは違うらしい。フェルト曰く、「君の力は剣を生み出す能力ではないよ」らしく、それは副産物に過ぎないのだと言う。自分も事でありながら、自身に一番理解が無い。
「あ、見えてきたんじゃない? あれあれ」
荷台に立ち上がり、目を凝らす素振りで前方を指さす。確かに、少しずつ民家やら畑やらが目立ちはじめ、人の気配もだんだん感じるようになってはいるが、しかし海なんてものは寡聞に見えない。恐らく、ルサの視力合って故のことだろう。
「相変わらず目がいいな」
「取柄だからね」
それはいいが、いい年した少女が、そんなあられもない姿を衆目のもとに晒すのは、些かどうかと思うのだが、まぁ、こういうのはつっこむと反って冷静になって恥ずかしくなっちゃうものだろう。僕はラノベを読んでいるから大凡こういう面倒なテンプレの起こり得るキー展開に理解があるのだ。
「ささっ。早く街に着いて、船に乗ろう」
◇
「おおーっ」
そんなこんなで一段落あって、なんとかクロムノの街に辿り着いた。
クロムノの街は、とても栄えていた。立ち並ぶ建造物、人々の活気、どれをとっても騒がしくまた煌びやかだ。日本の都市で言うに大阪や名古屋あたりかな。結構、人々の行き交いの激しい街だった。
「にしても、すごい人の数だなぁ」
「そうだね。しかし、これだけの人数の全てがこの街の人間というわけではないよ。この街は輸出入の産業で栄えた街ではあるが、大陸間を繋ぐ港としても活躍しているのさ」
なるほど。それなら、この溢れかえった人間の数も納得と言うか、理解出来るわけだ。
街について、まず初めに向かったのはやはり港だった。この街に来た、本来の目的である場所。海を渡る為の足を確保するためだ。クロムノで最も大きな港湾、ケセルで船を探した。――が、
「船? ありませんよ、そんなの」
ない、――らしかった。……え、マジでないの?
「はい。ないですよ。……えーっと、アエーシュマのコウポホルン行きですよね? ないですねぇ。ありませんねぇ。定期便も昨日出たばかりですし、旅客船もしばらく出た事がありませんしねぇ」
定期便は昨日出たって、なんてタイミングの悪さだよ。
「おやおやそれはそれは……また、どうしたものか。次の定期便はいつごろだい?」
フェルトの問いに、船受の老人は帳簿に目を賭す。
「そうですねぇ……ここからコウポホルンですからねぇ。往復すると結構な距離ですから、一週間周期での定期便となっております」
「一週間……」
表情が青色に染まる、絶望兎。フェルトの顔もまた、微妙な表情だった。けど実際、一週間という時間は、それほど長い期間であろうか。この世界の文明でなら、その程度の待ち時間は普通だと思うのだが。
「一週間って、長いのか?」
「長いよ」
「長いね」
長いのか。
「通常なら一週間というのは、まぁ、船の周期としては平均的だ。だが、私たちにとっては一週間というのは致命的だ。私たちはそう悠長としてはいられない、その理由があるからね」
「え、なんで?」
「アンタ、私たちがヴァレンダントでしたこと、もう忘れたの?」
「あ」
なるほど。そういうことか。
「多分、アタシたちは連合国に指名手配されてる。アンタはともかく、アタシは顔が割れてるし、フェルトに至っては外見が特徴的すぎるし、情報の良し悪しによっては居場所を特定されかねないのよ。――それを考えると、同じ場所に一週間も留まるってのはマズイでしょ?」
確かに、それならこの状況はかなりマズイ。軍の連中が僕達の行方を追っているのだとしたら、一刻も早くマンモンを出るべきだろう。隣街で起きた事件だ、当然クロムノにも手は回ってくるだろう。それなら、悠長に構えてる暇などありはしない。
「――そこで、なんだけどね。アタシに良い考えがあります」
そう言って、得意げに胸を叩くルサ。あまり、良い予感はしなかった。
「密航しようよ」
「却下」
予感的中。まったくもってろくでもない考えだった。
「なんでよっ。確かに遠回りになるかもしれないけど、連中に見つかるよりはずっとマシでしょうが!」
「それ以前の問題だろ。密航なんて、それこそ船の乗組員に見つかったらアウトじゃないか」
「そこは――……ほら、見つかってから考えればいいじゃん?」
「いいわけないだろう……」
嘆息。何を言い出すかと思えば、そんなこと出来るわけないだろう。軍に直接見つからない、ソレはいいとして、乗組員に見つかればすぐに通報される。どのみち、見つかる確率の方が高い。そんな危険な選択にチャレンジできるほど、僕の肝は据わっていないのだから。
「――いや、しかしリョウ。案外良い考えかもしれない」
などと、フェルトまでルサの意見に賛同し始めた。
「フェルト……お前まで何を言い出すんだ」
「密航……とは言っても、ここは未だ圏外区。連合国に対して不満を持っている連中の方が比率的に多い地域だ。――これは賭けになるが、そういった人間たちの船であれば、あるいは事情を説明すれば同乗を許可してくれるかもしれない」
「――……確かに」
確かに、そうかもしれない。だけど、これは賭けだ。確実性はない。一向に、不確定揺るがない。
「それでも、動かないよりかは、マシなのかな……」
言って、二人を見る。
「絶対マシ」
「だね」
「はぁ……」
僕は立て続けに溜息を吐き、青空を見上げ、吐き捨てるように呟いた。
「嫌な予感しかしない……」
◇
密航――することを決意した僕達は、この街に泊まっている船の中で、だいたい平均的な大きさの船に乗り込むことにした。とりあえず、あまり目立たない船を選んでいた。船は大きければ大きい程隠れる場所も豊富でいい――のかもしれないが、大きい船には人もたくさん乗る。かといって小さすぎると隠れるに困る。中くらいで、真新しくない年季の入った船であれば、それらの不安材料は消えるモノと考えた。いや、今からして思えば、なんとも安直な選択か。
「これなんていいんじゃないかな?」
言って、フェルトが指さす。それは、条件通りの船だった。大きすぎず小さすぎず、そして真新しさなど微塵も見せない年季の入った船体。地味なデザインで舟屋に並べられたら買い手が出ないレベル。なんとも理想的だった。
「よし、それじゃあ乗り込もう」
周囲に注意を払い、一人ずつ慎重に船に乗る。ギシギシと軋む木製の桟橋を渡り、息を殺して、船内に足を踏み入れる。今の所船首には人気が無い。
「よし、このままどこか、隠れる場所を探そう」
フェルトの指示に従って、息を殺して船内をゆく。――案の定、隠れ場所はすぐに見つかった。船内は思ったより広く、また複雑な造りとなっていたため時間を要するのはある程度覚悟していたが、予想をはるかに上回る速さで丁度いいスペースが見つかった。船内のとある部屋、物置部屋と思われる場所。掃除もろくにされておらず、そこら中ほこりっぽい。普段から人の出入りが少ない証拠だろう。ここなら、見つかる心配もあるまい。
「ふぅーっ。やっと落ち着けるねー」
「ああ。行先は分からないが、なんにせよ、これで当分軍の連中に見つかる事はあるまい」
「この船が軍のものだった――なんてオチはやめてくれよ」
「そんな王道展開が見たければもっと別の作品を読むことね」
「メタフィクショニック発言は控えようね?」
「それにしても静かだ。もしかすると幽霊船なんてオチもあるかもしれないよ」
「幽霊船に乗ってどんな展開を迎えろってんだよ。それに幽霊なんているわけないだろ、バカ」
「――……」
「あれ、どうしたのルサ。急に黙っちゃって」
「――いや、使力で居るかどうか確かめてた」
「――……はい? え、見えんの? 幽霊見えんの? 使力で幽霊見えるんですの!?」
「もしかすると乗組員は街に出てるのかもね」
「あれ、僕の質問はスルー……?」
「まぁ落ち着きなさいよ。さっき見たけど、二日ほど前にこの部屋に誰か入った形跡はあったから。床に靴跡が見えた。足があるんだし、少なくとも幽霊船じゃないよ」
「へぇ。靴跡が視えるのはともかく時間まで分かるのか」
「まぁね。アタシの眼は視えるってのが大まかな能力だけど、その最たる持ち味は認識と理解だから。視て、それが何なのか理解出来なきゃ意味ないでしょ? アタシにはそれが出来るのよ」
「へぇー、便利だな」
会話も弾み、多分僕達は二時間程話し込んでいた。――二時間。この時間を、体感的に正しく把握できていなかったことは、なんとも悔やまれる。そして、ルサの眼と同様なほどに耳がよかったならば、船が出発した音すらも、聞き逃さずに済んでいただろう。
そう。僕達の知らぬ間に、船は出発していた。港を発ち、海へと舵を切っていた。
「あれ、もしかして船、動いてる?」
異変に気付いたのは船が出発して二時間程経過してからだった。
「――波打ちを叩く音……うん。動いてるね、船」
話に盛り上がってて全然気づかなかった。――マジか。動いてたのかよ。
「こころなしか上の方も少し騒がしいよね……やっぱ幽霊船じゃなかったか」
「その話はもういいとして。……さて、ここからが本題だ」
乗組員に会って事情を説明する。上手くいけば同情を許してくれる――かもしれないが、失敗すれば通報される、かもしれない。
「かもしれないかもしれないって、どんだけ非断定的思考なのよ」
「実際断定はできないだろ。――この船だって、もしかすると軍の船かもしれないんだし」
そう。――だから、まだ安心してはいられないんだ。
「まぁ、とにかく乗組員の人に話をつけに行ってくるよ」
「あ、待って。アタシも行く」
「フェルトは?」
「私はいいよ。困ったことがあったら頼るといい」
「そっか」
それじゃあ、と言わんばかりにドアを握る。――握れなかった。
ドアノブを握ろうと手を伸ばした刹那、扉は勝手様に引き開かれた。
現れたのは、見知らぬ男だった。
「――は?」
「「あ」」
男は唖然――茫然とした表情で数秒立ち尽くす。現状に理解が及ばない、といった顔だった。数秒の後、ようやく我に返った男は慌て様に言う。
「て、てめぇらどこから――」
瞬間。男の声を遮る如く一閃が、ルサの居合より放たれた。
ズドン、と腹部に重く突き刺さった峰打ちが、その威力を間接的に体現する。男は声一つ発さないようになった。
「……あ、はは……脊髄反射でやっちゃった」
照れるような仕草で弁解するルサ。いや、褒めるつもりなんて微塵もねえよ。
「お前どうするんだよこれ……一応峰打ちみたいだからいいけどさ」
「うーん。とにかく部屋の中に隠そう。フェルトー、どっかいい場所ない?」
言って、背後のフェルトへと目を向ける。
「ここなんてどうだい?」
フェルトの居座るすぐ隣。いい感じのサイズの棺桶が佇んでいた。――鬼か、お前は。
フェルトが棺桶の蓋に手を当て、開ける。――瞬間、
ドンっ!!!
鼓膜を炸裂する爆発音。――いや、音のみでなく実際、爆発は起きた。
「君達、大丈夫か?」
「うぁ……なんとかね」
とっさの判断で、フェルトが僕達を船首へとワープさせたみたいだ。――なので、実質的な被害は免れたわけではあるが、……いかんせん、全てが丸く収まったわけではないようだ。
「えっと」
想像に難くないと思う。今、僕達がどんな状況に陥っているのか。――まぁ、大方予想通りだと思う。
船首にはたくさんの人間が居た。爆発が起き、緊張感漂うその状態で、突如知らない人間がその場所に現れたとしたら。当然、僕達は注目の的となっていた。そして、彼らはどう見ても、堅気では無かった。
「オイ誰だテメエらは!?」
「囲め! 逃がすんじゃねえぞ、お前ら!」
「オラ、ハジキ持ってこいや」
「何だテメエら? ここが誰の船か分かってんのか? あぁん??」
一目で見て取れた。言わずとも理解した。どう見てもイかれていた。
多分、彼らは海賊。装いも、言動も、全てがそれらしい。――まさか、海賊船に乗り込んでいたとは……。頭を抱える。
「――軍の船ではなかったけど、この発想はなかったかなぁ」
「いやはや、私もこれには驚きだ。――リョウ、君は何とも、面倒な星の巡りに生まれてきたのだね」
ほっとけ。僕のせいにするな。
なんて、言っている内に、みるみると周囲を囲まれていった。見渡す限りの連中連中。その向こうは海。完全に、逃げ場を失った。
「はぁ……」
自然、溜息を漏らす。
「やっちゃったもんはしょうがない。――ま、確かに予想外だしハプニングだけどさ、これはこれでいいじゃん。至極単純。分かりやすいコトこの上ないよ、武力行使ってのは」
「いや、そういうことを言ってるんじゃないけどね」
「? それじゃあ一体どういうことよ?」
「はぁ」
嘆息して、不思議そうな目でコチラを見るルサに目を向ける。
「――それで、僕はどうすればいいんだろうね」
「さぁ。状況に身を任せなよ」
「さいですか」
少女は、更に隣り合うフェルトに目を向ける。
「アンタの使力で近くの船に乗り移るとか、出来ないの?」
「残念ながら無理だよ。私のソレは私が認知出来得るポイントにのみ移動可能なのだ。乗ったこともない船に移動する事は不可能だね。街に戻るのも無理だろうね。この距離じゃ、多分届かない」
お手上げ――といった素振りで言う、フェルト。いや、もう少し何か考えてみようぜ。
「――さあさ」
短髪の、赤い髪色の少年が、言う。
「諦めな。逃げ場なんて、どこにもないんだぜ?」
赤紙にバンダナ。海賊然とした装いの、アンティークナイフを握った少年。年は同じくらいか、背は僕より高くガタイも僕より全然よく、喧嘩しても勝てそうになかった。
逃げ場など、どこにもない、か。
確かに、どこにもないんだろうな。それは。
「後の祭り、か」
「なんか言ったか?」
「なんでもない。ただの独り言ですよ」
言って、上げていた両腕を降ろす。
数は恐らく二十強ほど。この船の規模だ、ここに居る以上の人間も数える程しかいまい。
「アンタら、誰?」
強腰口調で、ルサが言う。やめなさい、そういう挑発的な態度は。
「俺たちゃあ泣く子も黙る『アルク・アン・シエル』海賊団だぜ」
自信たっぷりに、手前の男が言う。
「あるくあんしえる? ゴメン。アタシ田舎者だからわかんないや。――フェルトは知ってる?」
「いやいや、私も知らないな。寡聞にして聞いたことがない」
男たちの表情が引き攣る。主に怒りで。
「――テメエら、舐めるのも大概にしろよ? 船長の手前控えてやってるが、今すぐブチ殺してやってもいいんだぞゴラ」
「冗談。今すぐ殺してやってもいいのはこっちの方なんだけどね」
ニッコリと、微笑みながら、言う。挑発兎。
「――……よし、殺そう」
ルサの嘲た挑発に、今度こそ自制が効かなくなった男達。一斉に、ルサのもとへとナイフを構えて跳びかかる。――が、それらは全て、無意味なものと思い知らされる。
「遅いね」
言って、ルサは空を跳んでいた。男たちの遥か上空。数メートル上空から、兎は、男たちの後方へと着地。――数瞬の後、男たちは間を駆け抜ける一閃のもとに倒れ伏していた。
「な、なんだ、この女……!?」
「さぁ、もっと斬るわよ」
邪悪な微笑みを浮かべながら、兎は剣を構え、奔る。
「本当に楽しそうだなぁ」
その頃の僕はと言うと、船首の先で様子を見ていた。
全員が全員、ルサの方へと攻撃する。僕としては戦いはあまり好きではないので好ましい状況ではあるのだが――しかしフェルト、お前まで何故傍観している。
「何故って、戦闘は私の領分ではないからね」
「そうなのか?」
「私の能力のどこが戦闘向きなんだい。彼女のように身体能力が高いわけでも無いんだよ? 完全にサポートタイプ、頼れるお兄さんキャラ、それが私さ」
胡散臭ぇ……。絶対戦えるぞコイツ。
「ソレを言うなら、何故君は戦わない?」
「え――だって、誰もコッチ来ないし」
というのは言い訳。僕はやはり、こうして戦うと言うことには慣れないのだ。
「そうか……――リョウ、右だ」
急に真剣な表情で言うフェルト。指示通り右を振り向く。――赤い髪の少年が、横を跳んでいた。
「なっ――」
瞬間、強烈な打撃が横腹にクリーンヒットする。恐らく、蹴りを入れられたのだろう。
「いって……」
「へえ。見かけによらずタフなんだな、お前」
「見かけどおりにセンシティブでフラジャイルだよ」
減らず口だな、呟いて再び疾走する赤髪。そのスピードは、ルサ以下なんだよ。
繰り出される拳を避ける。右左右――爽快なワンツーを躱し、回し蹴りを腕で受け止める。
「ヒュ~♪ やるね」
「どうも」
実際、この程度のスピードなら、使力によって底上げされた僕の動体視力でならなんとかなる。
「それじゃあ、ちょおっと本気、出しちゃおうかな」
言って、赤髪の少年は、ステップを踏む。
「韋駄天の業」
瞬間、少年が消えた。
「なに――っ」
事実、少年は目の前から姿を消した。――いや、実際にはそういうわけではないのだが、詳細に言うと、少年の動きを目で捉えられなくなった、だ。
「おらおら、どうしたどうした!?」
叫びながらの殴打乱舞。神速での殴る蹴るの繰り返し。僕の周囲を包むように、赤い閃光は駆け回る。
「くっ、……早すぎて、見えない……っ」
このままでは殴られる一方だ。――かといって、僕は殴られるのが好きというわけでも無い。
クソ、何でこうなったんだろうな。
止む無しに、使力を起動する。
純白の剣を取り出し、周囲を薙ぎ払う。
少年は当然、後退し、避けていた。――いや、当てるのが目的では無かったから別にいいんだけどさ。このままじゃ防戦一方だし、ふりだしに戻したかっただけ。
「――その剣……」
少年が、怪訝そうな眼差しで、言う。
「どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもねえよ。――それより、お前、ホント頑丈だな。名前聞かせろよ」
「……宮井リョウ」
嫌々ながら、素直に答える。
「――ふーん。変な名前だな。まぁ、覚えといてやるよ。――俺の名前はセングゥっていう。メイドの土産に覚えとけ」
「メイドなら僕も好きだぜ。ウスイホン結構持ってた」
「わけわかんねえコト言ってんなよ」
互いに睨み合い。数秒沈黙と静寂が続いた。そして、その沈黙は、少年の切り出しで終わりを迎える。
「それじゃあそろそろ、本当に終いにしようや――!」
奔りだした刹那――――
「やめろテメエらァアゝ――――ッ!!!!」
怒号が、船内を揺らす。
「堅気の人間に手え出すんじゃねえよド腐れカス共」
船の奥から現れたのは、これまた海賊然とした恰好の人物。――だが、それも格好のみ。その身体つきや顔色は、とてもじゃないが海賊とは思えない。そう、現れたその人物は、女性であった。
だが、周囲の強面海賊たちは、彼の声にたちまち震えているようだった。軒並み泣きそうな顔だった。
ゆっくり、ぼくのもとへと歩みを進める。
「えへへ……あの、せんちょ――」
「このクソバカやろうがっ」
ボゴっ、という強烈な打撃音で頭部を殴られる赤髪少年。半泣きで唸っていた。
「随分とやってくれたみたいだなぁ、おい。――まぁ、とりあえず話をしようや。お兄ちゃん」
言って、僕を睨む、女性。その視線は、その声は、常軌を逸する程に、迫力を秘めていた。
「アタシん名前はシキっていう。この船の船長をしてるモンだ。――なにはともあれ、まずは話し合いをしようじゃねえか。なぁ、お兄ちゃん」
スカイブルーの長髪を揺らし、有無を言わさぬ強引さで、この場を鎮めた。
――これが、虹の色海賊団船長、シキ・イロハとの初の出会いであった。