ep,4 首切りの兎2
2/クビキリ兎
瞬間。視界が正常に戻った。
「――あれ?」
上から下にと両断された僕の身体。左右の眼で焦点が合わなかった僕の視界は、ズブズブと音を立てながら逆再生のように元に戻って行った。
驚きだった。ただただ、驚きだった。驚きすぎてリアクションに困る程に、驚きすぎていた。
同時に周囲の人間の表情もまた、驚きに満ちていた。
当然であろう。今しがた、目の前で身体を真っ二つに両断された人間が、さも当然のごとく独りでに生き返りやがるのだから、驚いて当然だ。――といっても、その表現はこの場合、あまり適してはいないのだが。
正確には、僕は、一秒たりとも死んでなんかいない。
頭の先端から股にかけて一直線を両断される瞬間から、それらが綺麗にくっつく瞬間まで、僕の意識はハッキリとしていた。そのくせ痛みまで皆無ときた。
死んで蘇る――ではない。最初から死んでなどいない。強いて言うなら、傷が勝手に修復されただけのことだ。――いや、それでも十分異常で、このおっさんのようにおっかなびっくり震えるのが当然。なんだこれ、夢か。
「み、御使い……」
「は――?」
なんか呟いたみたいだけど、良く聞こえなかった。もう一度聞き返そうかと思ったが、やめた。
「――な、に」
その行為を遮るように、眼前の殺人鬼が問いかけてきたためだ。
「――あ、アンタ御使い、なの?」
「だからなんだよそれ!?」
御使い――。そこで転んでるおっさんも、僕のことをそう呼んだ。一体それが何を示す言葉なのかは計り知れないが、二人続けて同じことを言うのだ。きっとこれは、何かしら今の僕に関係している言葉なのだろう。
「――ちっ」
舌を打って三歩分後ろへと飛ぶ殺人鬼。黒い髪が、月下に揺れる。
少女の視線は未だ僕へと向けられたままだ。――というよりむしろこれは、最早僕しか見ていない。まるで僕の一挙手一投足のすべて、集中して観察しているような――獣のような気迫を感じた。
「いやいやまったく、元気なお嬢さんだ」
「フェルト……お前さぁ……」
恨みがましくフェルトを睨む。それこそ、呪いでもかけてやろう程に。
「まぁまぁ怒らないで。それにほら、こうして君は生きているんだから」
「――そう、そうなんだよ! 何で僕生きてるんだ!?」
そうだ。宮井リョウは死んだ。これは紛れもない事実。眼前の少女、もとい殺人鬼の手によって頭部から股にかけて綺麗に、真っ二つに両断された筈だ。
その筈なのだが、同時に、これまた綺麗にくっついたのも事実。
くっついた――という表現であるが、不可解この上なき違和感しかないこの表現が、不思議な事に今回の場合もっとも適しているのだ。なにせ切り口から逆再生のように切り口へと繋がっていき、傷跡一つ残さず完全に修復したのだから、くっついたとしか言いようがないのだ。
当然ながら、人間にはそんなめちゃくちゃな機能は備わっていない。だからこれは、異常としか思えなかった。
「彼らも言っていただろう? 君は『御使い』だって」
「――は?」
いや、だからその『御使い』ってのがよくわからん。
「今は説明してる暇がないかな。それより先に、彼女を倒さなくちゃ」
「いやいやいやいや。無理だよ無理無理! さっきの見ただろ? あのスピード。まるで見えなかったしあの子刃物持ってるし。丸腰で無力な一般人Aの僕には荷が重いよ無理だよ」
無理だ、無理に決まっている。さっきのだってきっと、ただの幻覚だろう。真っ二つになって生きていられる人間なんていないし、それこそこの通り生きているんだからさっきのは夢か何かに違いない。
「――ふぅ、やれやれ」
と呆れた仕草で僕を見やるフェルト。なんだ、すごくムカつく。
「君はあれだね、意気地なしだ」
知ってる。ていうか自分が一番よく知ってるよ。
「なんでもかんでも無理無理とすぐに決定付ける、これはいけない。君には相応しくない」
相応しくないもんか。僕は――僕は、こういう人間なんだ。
「君は、自分を変えるためにここへ来たんじゃないのか?」
「あ――――」
フェルトの言葉に、脳裏が一切空白となる。
柔らかな唇が、更に更に言葉を紡ぐ。
「君は、親友と自身を救うために、ここへ来た」
――そうだ。僕は、ハヤトを救うため――そして、醜かった自分自身を変えるため、救うためにここに来た。
「だったら、君はとても勇敢なはずだ。そんな俯いた発言は、君には似合わない」
「――……」
何を言い出すかと思いきや、そんなこと――。
フェルトの言う事は正しい。僕はヘコんでなんかられない。だって僕は、親友と自分を救いに戦いに来たのだから。
だけど、正しいけど、それでも――僕は弱いままだ。
弱い。僕は弱い。決して、強くはない。勇敢なんて程遠い。とても、僕には似つかない。
「そう、だよな――」
――だけど、
「僕は弱い」
強くはないけど――
「けれど、弱いままでいるつもりはない」
――強くなると、決めたんだ。
「僕は――戦うって決めたから」
微笑。白い男は静かに微笑む。
ああ、やっとその気になった。
「覚悟は決まったかい?」
ああ、と短く頷く。
強張った頬に一筋の汗が垂れ、緊張のほどが窺い知れる。
やれやれ。やっと、スタート地点だ。
「では、これから君に使力の使い方を教えよう」
唐突にふられた話題に少し動揺するが、しかしそれすらも一瞬。なんとなく察していたから。
「使い方? そんなのあるのか」
「うん。――とは言っても、これは呼吸をするように自然だ。人間は教わるまでもなく呼吸の方法を理解しているように、この世界の住人は生まれつき使力とはなんたるか――その使い方を理解しているのだよ」
「――僕はこの世界の住人じゃない」
「無論だ。故にこれから、君にはアークとはなんたるか、その使い方を伝授する」
ゴクリ、――生唾を呑み込む。
「使力とはすなわち、君自身だ。君が、君の心が、君の全てが詰った力のことだ。使用するには自身を深く理解する必要があり、――もしくは」
「もしくは?」
もったいぶるようにじらし、言う。
「もしくは、知ろうとする意志に呼応する。つまるところ、君自身が知りたいと願うなら、君の在り方を使力が示してくれる、ということだ」
なるほど。随分と便利な代物らしい。
「で、使い方ってのは?」
「先程言っただろう? それは、君自身から聞き出すんだ」
「僕自身から聞き出す――?」
うん、と首肯するフェルト。
んなバカな話があるか。僕が知らない事を僕が知っているはずがない。どうやって聞き出せってんだ――とは思うが、いかんせん、フェルトの眼は至極真剣だった。
「私が誘導しよう。――敵前まっただなか。あまり悠長にはしていられないからね」
半信半疑――ではるものの、コイツの言う通りにしてみようと思った。
「まず、聞き手を左胸に押し当てて」
言われるがままに、右手で左胸を掴むように押し当てた。
「そう、それでいい。――次は、心音を手で感じとり、目を瞑って集中して、鼓動の感覚を掴むんだ」
目を閉じ、押し当てた左手に神経を研ぎ澄まし、伝播する鼓動を拾う。
鼓動の感覚を維持しつつ、全身の神経を研ぎ澄まし、全身でソレを掴む。
「うん、順調だ。――次は、心の底に沈むんだ」
「こ、心の底?」
何言ってんだコイツ? 心の底なんて、そんなこと言われても心に深さなんてないし。
「感覚でいい。あくまで比喩だ。自身の心の奥底を、覗き見るんだ」
「わ、わかった」
再び目を閉じ、前神経、意識を、自身の深奥に集中させる。
心の奥、底。――なるほど。わからんようで、案外すぐに理解した。
つまるところソレは、僕自身だ。
僕の心だ。
僕の、全てだ。
暗く。ひたすら暗く。何もかも真っ暗。
ひたすらの真っ黒。ジメジメといやらしい、まさに僕だ。
どうしようもなく不快な、まさしく僕だった。
「意識を深く。――さらに深く」
さらに深く沈む。ああ、まるで深海。太陽の光すら届く事の叶わぬ深層。これが、心の底。
「そうだ。――そして自身を見ろ。心を見ろ」
――見る。
「見て、視て、観て――そして、」
見て 視て 観て そして―――
「そして、――掴め」
手を伸ばし、――掴む。ああ、これか。
掴んだ。僅かではあるが、何かを掴む感覚が手のひらいっぱいに広がる。
同時に――――
「さぁ、目覚めの時間だ“原初の王”――新たなキミの誕生を打ち鳴らせ」
ふふふ――――――。
誰も知らない私の微笑みが―――――聞こえた。
◆
「な――」
息を呑む――とはまさにこのコト。あまりに奇想天外。これは全くもって理解不能だった。
周囲一同、唖然。自明の理。なにせ――
「なんだ――これ?」
――なにせ、空であった右手に、純白なる剣が握られていたのだから。
「それが、君の使力だよ」
「僕の……使力……?」
うん――と短く頷くフェルト。しばらくその言葉の意味に困惑していたが、しかしすぐに、フェルトの視線に促されるよう握った剣へと目を向ける。
白く、ひたすら白い。まるで白亜を想起させる刀身だ。磨かれ輝きを放つソレは、鏡でもないのに除いた顔を写し込む。――立派な剣だ。素人目にも容易に、それは業物であると見て取れる。手に取っただけで、異様な昂揚感を与えてくれた。
「これが、僕の力――?」
「ああ。それが、君のあるべき力だ」
「あるべき力――?」
その言葉の示すところはよく分からなかった。――しかし、この剣だけは確かだった。
これは、僕の剣だ。理屈も理論も証拠もない。――けど、確かにこれは僕であると理解出来る。
何故だろう、直感――ていうのかな。まぁそんなとこだ。
経緯は不明。ただたしかにこれは僕が取り出した僕の剣だ。――それだけで十分だろう。
否。十二分にすぎる。
「――剣?」
少女は硬直していた。
無理もない、当然だ。
御使い――その事実には驚かざるを得ないと言えよう。きっとこれは、私でなくとも同じ反応を取ったに違いない。現にそこで尻餅ついてるクソやろうも驚きで青ざめた表情だ。
だが、それよりも目を見張るものが、そこにはあった。
眼前の少年の右手から現れた物――だ。
それは剣。まごうことなく、剣。純白の出で立ちで夜を飾る、白い王様の姿。
――直感的に理解した。それは危険だ、と。
「――――っ」
考えるより先に身体が動いていた。
気が付けば私の身体は宙を踊っていた。眼前の少年をの首を斬り飛ばそうと、跳びかかっていた。
別段、気が付いたところでどうこうなるわけではないし、するつもりも毛頭ない。既に初動に入っている。意識して収めるより腕の推進力の方が強い。どう考えても手遅れだ。
剣より視線を戻すとそこには、自身を斬りつけようと迫り来る少女の姿を視認した。
「――なっ」
――と、未だ余裕があったならそんなリアクションを取っていただろう。が、そんな猶予は存在しない。今まさに斬られようとせん人間が、どうしてここまで余裕でいれよう。
そう。余裕などはない。あるはずがない。本来ならこんな回想し得るだけの時間は存在しない。人間は死の直前にアドレナリンなるものが大量放出されて時間の経過が遅く感じる現象を引き起こすと聞くが、今まさにこれがそれだと思った。――が、
……あ、れ――
だが、少女の動きのそれは、真実遅かった。
否。スローモーションみたく馬鹿みたいに動きが遅いわけではなく、本当に、さきほどとは打って変った、僕でも見切れるくらいのスピードでこちらに向かって来ている。
――どういうことだ?
兎も角。とりあえず避ける。なに、単純に身体を捻るだけの行程だ。振り下ろされる日本刀にも似た刀身を躱す。ただそれだけが出来なかった先程に驚愕すると共に、先程のそれをそう感じぬ自分自身への驚愕。
なんだ。僕に、何が起きたんだ――!?
少年が自身の状態に理解が追いついていないのと同様に、殺人鬼たる少女もまた、驚愕を隠しきれないでいた。――少年に起きた、異様な変化に対して、だ。
「動きが変わった――?」
動きが変わった。そう形容する他にしようがない――そんな感じだ。先程までおどおどしくしていたあの少年が、今の一瞬で私の剣戟を見切ってみせたというのだから、不可解かつ急に動きが変貌したと表現せずしてどうしたものか。
剣戟を見切られ、避けられ、躱された。
身体を捻るように簡素に、実に容易な挙動で回避してみせた。
「うそ――」
声を上げたのは少年の方であった。
「なんだ、これ」
あの子の動きが、まるで赤子の這いずりの如く遅く思える。止まって見えると言ってもいい――
「何故、急に動きが――」斬る。
「危ないっ」躱す。
剣戟が止まって見える――
――は、流石に言い過ぎ。全意識を集中させ、やっとの思いで軌道を認識して反応に至る程度。――だがそれを言い過ぎと誰が一概にそう言い切れよう。やっとの思いとは言えど、先程の認識すら叶わなかったそれに比べれば、進化と言ってもいい程の進歩だろう。
目で見て、身体が反応できる。これだけ可能であれば、攻撃を避ける事すら容易い。紙一重とは言えど、まぐれでない限りそれはいくらでも続く。
――つまり、少女の剣戟は、二度と少年には当たらないという、決定的な事実でもあった。
「――クソ」
唾を吐き捨てるような呟き。憤怒や焦燥の類を混ぜ合わせたかのような色。
三、四歩後退。そのまま更に後ろへと退き、後方の家の屋根へと跳び乗る。
「――何故御使いが」
そう言い残し、撤退する。
3/御使い《The Angel of immortality》
少女が去り、場に残された男ら数名。
一人、宮井リョウ。二人、フェルト。三人、尻餅ついて負傷したおっさん。更に複数の負傷した男達。
「お疲れ。やぁ、怪我とかしていないかい?」
「おかげさまでな」
嫌悪感込み込みで嫌味を吐くように言う。まったく誰のせいで危ない思いをしたと思っているんだ。
「やや。それでも君は生きている。最早些末な問題だよ」
「お前……」
もう、コイツには何を言っても無駄な気がしてきた。
「そんなことより、君が気にしなきゃならないコトがあるだろう?」
「そんなこと? ――あ、」
思い当たることが、一つ。
「何だったんだろう、あの子……?」
――である。兎耳を施された白いフードの、黒い髪を束ねて伸ばした、華奢な少女。片手には日本刀らしき物を携え、所々に返り血を浴びた、鉄臭い女の子。あの子だけは、何をどう考えても不明瞭なままだった。
「クビキリ兎ですよ」
――と、後ろから声が上がった。
「いやー助かりました助かりました!」
その声の主は、先程地面に尻餅ついていた男のモノだった。
「いやー、あの殺人鬼を退けるとは、いやはや流石は御使い殿!」
おっさん。変な髪形をした、変なおっさん。
いや、僕が言えたことではないが、先程までの怯えっぷりが、それと今の陽気っぷりとの格差がひどく面白く思えてしまう。
「なぁ、何言ってんのこのおっさん」
「殺人鬼だよ」
「殺人鬼~~?」
うん、と首肯し続ける。
「彼女はクビキリ兎として今この街を騒がせている殺人鬼だよ。裕福層の人間ばかりを標的とし、金目の物品を目的とするいわば強盗殺人の常習犯だよ」
「まじか」
あんな幼気な女の子がそんな物騒な存在だったなんて。
「人は見かけによらねえモンですよ旦那」
「いや、そもそもアンタ誰――」
問いかけて気付く。コイツ、見覚えがあった。
いや、見覚えがありすぎた。このおっさん昼間往来で子供をいたぶりまくっていたあのおっさんじゃねぇか――
「先程旦那に助けていただいた者ですよ。いやいや、本当にかたじけない」
この様子だと昼間の僕たちだとは気付いていないようだが。
「ワタクシこの街の市長を務めております。ミゾネと申します。先程の御礼も兼ねて、どうぞ我が屋敷へ招待させていただきたいのですが――」
頭を下げ、こちらの返答を窺うように視線を合わせる、ミゾネとかいう男。
「え、招待――?」
「はい。是非、ワタクシめに夕食をご馳走させてください」
「えーーーー」
困った――と反応せざるを得なかった。
いや、別にこの男の計らいが嫌なわけではない。ただ昼のこの男の行為はやっぱり許せないし、それにフェルトの意見も聞いておきたいから、僕一人で結論を付けるのは流石に早計だろう。
そう考えていた矢先――
「うん。心遣い、ありがたく頂戴しよう」
などと一人で勝手に決定した馬鹿がここにはいた。
「お、おいフェルト!?」
「うん? なんだい?」
「いやなんだい? じゃなくて――い、いいのか? 信用して」
「問題ないだろう。彼が私たちに感謝しているのは少なからず事実だ。君はこの世界に来て未だ不慣れな状況だ。こういった少し地位の高い人物と繋がりを持つのもまた、悪い事ではないからね」
言っている事の意味は大変よく理解出来ているつもりだが――だが、それでも不安が頭を過る。
「はぁ……」
ため息。しばしの沈黙。そして――
「わかった」
◇
招待されたそこは豪邸だった。たいそう立派な、街と同じく中世のような趣を置いた、たいそう立派なお宅だった。
もとの世界にあって尚それは豪邸と言える代物に違いなかった。敷地面積はおそらくそこそこ大きなスーパーがまるまる一つ入って余りあるほどに広大。
広い。なんかもう、とにかく広すぎた。街の中にこんな大きな屋敷があったなんて。
招待されたのは敷地内にある屋敷の一角。中央に位置した、生活住居となっているであろう洋館であった。
案内されたのはまた豪奢な部屋であった。机から燭台、絵画やその額縁まで、全てにかけて豪華で派手で、なにもかも圧倒的だった。
次々と並べられる料理もまた、圧巻の一言に尽きた。安宿で食した料理などとは比べ物にならない程に美味。初めて体験する触感や味わいに、当然興奮したし驚愕した。フェルトも黙々と食事に手を付けている。
いや、コイツ。顔が整っているし格好も格好だから、なんだかその姿がよく似合っている。
だが本当に、食事は素晴らしかった。いや、大変。本当に素晴らしかった。これだけ美味けりゃ話も当然進む。盛り上がる。ことに、先程の話題など、とくに――
「御使い殿は、あのクビキリ兎をご存じないと?」
僕の問いがおかしかったのか、驚いた様子で、ワイングラス片手に男は言う。
「あー、うん。そうです。あの子、何であんなことしてんのかなって」
「何でと言われましてもねぇ、あの女は数年前に突如現れた通り魔殺人鬼ですからねぇ。裕福層の連中ばかり狙ってはその財産を根こそぎ掻っ攫っていくという、節操のかけらもないクズですよ、クズ」
「ふーん」
クズ――ねぇ。
それは、少し違うと思った。
「ところで、御使い殿は何故そのようなコトを気にしておいでで?」
「あ、いや、大したことじゃないよ。――ていうか、さ。おじさんに聞きたい事あるんだけど」
はいはい何なりと、言って胸を叩くおっさん。
「『御使い』ってなんぞ?」
「――ハイ?」
これには、流石におじさんも理解不能な質問のようだった。
「なんぞ――って、旦那。御使いつったら、アンタのことですよ」
「いや、それがわからんっつーか……」
うーん。どう説明すりゃいいもんか。
(ぼく、異世界から来た来訪人で、この世界のコトをよく知らなくて困ってるんですーー)なんて言っても信じて貰えないだろうし。
「彼は今、一時的な記憶喪失を起こしていまして。症状が回復するまで、従者である私が元の記憶を引き出せるよう様々説明しているのですが、どうやら私は口下手らしい」
唐突に口を開き語り出すフェルト。――なるほど。そういう設定か。
「ですから、貴方の口から彼に説明してはくれないか、市長」
どうやら、僕は記憶喪失になっていて、それでフェルトが僕の世話をしているのだが説明が下手で、このおっさんに説明させようと言う魂胆らしい。いや、僕ほど口下手な人間もそういないだろうけど。
「なるほど。なかなか深い事情がおありなようで……私でよろしければなんなりと」
言って、一拍置いてから口を開く。
「旦那は、『千年戦争』についての記憶はございますでしょうか?」
「『千年戦争』――?」
これは間違いなく初耳ワードであった。千年戦争? なんぞそれ。
「『千年戦争』とは、今より約五百年前に終結した、千年に渡って繰り広げられた大戦のことさ」
これにはフェルトが答えた。
「『千年戦争』が終結し、今の世界体制が確立された。四人の王による連合国設立も、ちょうどそのころだ」
「へぇーーーそんな戦争があったのかー」
千年間続く戦争ってどんな規模だよ。想像すらしたくないな。
「へいそうです。そしてその戦争を終結に導いたのが旦那、アンタでさぁ」
「――は?」
訳のわからないコトを言われた気がした。
「僕が――導いた?」
「はい。だって、貴方は『御使い』なのですから」
『御使い』だから、僕が戦争の終結へと導いた? いや、いよいよ本気で分からんぞ。
「千年戦争時、激化していく戦局と戦場の中、突如として世界に現れ、アークなる使力を用いて戦争に終焉を齎した存在。そして、後にこの世界に使力を授けた存在。――ソレが、旦那たち御使いなんですよ」
千年続いた戦争を終わらせるだなんて、そりゃまた凄い話だな。
「いや、でも待ってくれ。僕自身まだその、御使い? の実感が湧いてすらいないんだけど、どうやって僕が御使いだと見抜けたんだ?」
それに話によると、その御使いってのは千年戦争の時――つまるところ、少なくとも五百年前の人間たちだ。僕なんかがその人たちと似たような特徴を持っているとも思えないし。
うーん、と頭を悩ませていたその時、男の口から語られた。
ひどく、衝撃的な内容が――
「だって旦那、死ななかったじゃないですか」
「へ――」
死ななかったじゃないですか?
何を馬鹿なコトを――とは思ったが、よくよく考えればこのおっさんの言う通りであった。
そうだ。僕は、あの少女に確かに殺されたのだ。――のに、生きている。コレはどう考えてもおかしいコトだった。
「斬られてもほら、こうして生きてるじゃないですか」
「いや――」
いや、あれは僕の使力とか言うヤツで――そう答えようとするが、中途気付く。
「僕の……使力――?」
僕の使力はあの剣。――では、この不死身の身体は……一体?
「――旦那。『御使い』を冠する使力使いは、死なねえんですよ。絶対に」