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RAW〈~転移した先の異世界はSNSのTLだった~〉  作者: 佐々木ヒロ
《圏外区》編 (放浪第一部)
5/29

ep,3 首切りの兎

 奪う者と奪われる者。

 犯す者と犯される者。

 屠る者と屠られる者。

 そして―――、

 殺す者と殺される者。

 これらは必然だ。因果だ。連結関係だ。

 する者とされる者。両者は必ず存在する。

 

 これは世界の縮図だ。

 前者は奪い犯し屠り殺す強い者。

 後者は奪われ犯され屠られ殺される弱者のソレ。

 ――ああ。なんてことない。ただの、道理。摂理。


 私の世界は、――私の、見てきた世界は、

 ―――――だから。


 私は、――殺す者(、、、)になる。


        The lonely Beheaded bunny.





 1/探索


 目が覚めると案の定――というか、当然の如く宿のベッドの上だった。

 宿。とりあえず、昨日はフェルトに連れられこの宿に泊まることとなった。もう遅いから、とりあえず寝泊まりできるところを確保しとこう、とのことだった。

 こちらの世界でも、金銭さえ払えば寝床と食事、その他諸々のサービスを提供してくれるようだ。尚、金銭に関してのあれこれは全てフェルトの世話になっており、申し訳なく思う反面、僕には支払いを済ます経済力もないため仕方ないとも思う。


 「――ふあああぁ……」

 大きな欠伸。

 昨日は遅くまでアイツの話を聞き、話し込んでいたためやや寝不足気味だ。

 話と言うのは無論、この世界についてのあれこれ。『RAW』に関係する様々な情報だ。


 フェルトの話によって、わかったことがいくつかある。

 ・『RAW』には四人の王が存在している。

 ・『RAW』とは世界の名前であり、全ての人民に強制使用を敷いた広域ネットワークサービス。いわゆるSNSのようなもの。

 ・『RAW』に存在する人間は、皆なにかしらの使力(アーク)を有している。

 ・使力(アーク)とは俗に言う超能力のようなもの。


 「そして、僕にも使力(アーク)が宿っている――か」

 昨日信じられないことを聞いた。――いや、話題に上げるならそれこそこの世界の全て信じられないようなことではあるのだが、実際この目で何度も確認しているし疑いようがない。

 そうではなく、これはまだ疑いようのある、疑う余地のある話。

 ――僕に、使力(アーク)が宿っていると言う、フェルトの話だ。

 「そんなの、信じられるわけないよな……」

 「信じられないもなにも、事実なんだから」

 「―――っ!」

 急な声に驚きつつ後ろを振り向く。


 「おはよう。昨日は、よく眠れたかな?」

 フェルトだった。よくわからないしたり顔で仁王立つ、フェルトの姿がそこにはあった。

 「お、おはよう」

 「その様子では、あまり眠れていないようだね」

 「おかげさまでね」

 お前の話が長いせいだっての。まったく。

 「結構。では、出かけるとしよう」

 「ん? 出かけるって、どこに?」

 「決まってるだろう」

 そうか決まってるのか。

 クスリと微笑んで告げる。

 「情報収集。街の散策だよ」


     ◇


 午前。朝食を済ませた僕たちは街に出た。

 街に出た――とは言うものの、実際、本当にそれだけであった。


 「――はぁ」

 柄にもなく――と言いたいところではあるが、僕の場合は実に相応しいため息のそれ。街に出たはいいが、本当に街に出ただけでそれっきりだった。

 「街に出てきたからってなにもやることなし。情報収集とかなんとか――そんなこと言ってたけど、肝心のフェルトも居ないしな」

 そう。野郎、肝心のフェルトは僕を街につれ出し、ここ、よくわからない喫茶店的ななにか飲食店らしき場所に置いたきり「じゃあ、私は少し用事があるから席を外す。しばしゆっくりしていてくれたまえ」などと抜かした挙句どこかへ行く始末。こんな右も左もわからない異世界の真ん中で、僕一人どうしろって言うんだ。まったく。

 「それにしても……」

 テーブルから店の中、そして周囲を見渡す。


 店内の彼ら。街を行きかう人々。無邪気な顔で走り回る子供達。子供らを見守る老人や、誰から何まで全てに共通した、それ。

 「本当にみんながみんな、使ってるんだな」

 タブレット端末――と。

 いや、でもしかしこれは、いつ見ても不思議な光景だ。あえて別の言い方で例えるなら、それは不思議ではなくある種異様でもあった。こんな世界にタブレット携帯端末。一体どんな発展を遂げれば、一つの文明の中でこうも(モノ)(モノ)で分岐が生じるのだろう。街の外観、人々の格好などの外的観点から見るに、彼らがスマホ片手に街を歩く姿はどう見ても不釣り合いとしか言いようがなかった。


 「一体誰がこんなものを開発したんだ――?」

 いや、開発――という表現ですらこの場合正しいといえるか不明だろう。なにせ、ここは使力(アーク)と呼ばれる超能力の跋扈する異世界。なればそれこそ、このタブレット端末もその力の一端によるものかもしれない。

 「だってそれこそ、僕はその使力(アーク)ってのに関して詳しいわけじゃない」

 詳しいわけじゃない。その通りだ。――が、もっとも、その表現では幾何かの誤りが生じてしまうのも事実。実際には、全くない、だ。使力(アーク)ってのがどんなものか――それはわかる。だが、その原理。そしてこの世界との因果関係。これらに関しては全くと言っていいほどだ。概要だけ知っていても何の意味もない。小説で言う、あらすじだけ読むのと同意だ。もっと言えば、この世界での暮らしにとって必要なのは概要ではなく内容だろう。

 「それに、僕の目的は、ハヤトを蘇らせることだ」

 ハヤトを蘇らせて、また一緒に過ごすことだ。


 本来なら死んだ人間を蘇らせるなど不可能。だが、フェルトはそれに応じてくれた。フェルトの言う何か――何かはわからないがその何かを達成すれば、晴れて僕たち二人は元通りの生活が出来ると約束してくれた。

 「だからそのためには、色々知らないとな」

 「うんうん、いい心がけだ。その調子その調子」

 ――と、聞き覚えのある声が近づいてくるのがわかった。

 フェルトだった。頭の上から爪の先まで真っ白に統一した装いの、すかした男だった。

 「どこ行ってたんだ?」

 「うーん。ちょっとした野暮用でね。気にしない気にしない」

 そんなこと言われても気になるもんはどうしても気になってしまうのだ。

 だがまぁ、どうせ聞いても答えないだろうし、無駄だってわかってるから詮索はしないが――それより、

 「それより、これから何するんだ? 情報収集?」

 「ああ。まずは君に、この世界を見て貰おうと思う。さしあたっては、街の散策だ。それじゃあ、行こうか」

 といい、出口へと踵を反す。それについて行くよう席を立つ。


 カラン、と鳴るベルの音。迎える太陽の(ねつ)。眩しさに目元を覆うが、すぐに慣れた。

 ああ。こっちの世界でも、太陽の暖かさは同じなんだな。

 「それじゃあ、歩きながら話をしよう」

 「あ、ああ……」

 「ん? どうした、そんな仰々しい態度で」

 「いや、質問なんだけど……」

 うん? と首を傾ぐフェルト。まぁ、昨日から気になっていたことではある。

 「なんか、やけに顔を隠してるように思えるんだけど、気のせいか?」

 「――……」

 気のせい――だとは思えない。だから直接聞いたのだ。


 変身して犬になる程度なら少し不思議に思う程度で済んでいたかもしれないが、それが確信へと変わったのは今さっきのことだ。

 「その帽子も、少し深く被り過ぎじゃないか?」

 「――なるほど」

 少し黙りこくった後、観念するかのように口を開いた。

 「まぁ、白状するなら、それは気のせいではないよ」

 「と言うと?」

 「私にも色々と事情があってね。ちょっとした理由で正体を隠しているのだ」

 「なるほど」

 ――不可解この上ない話ではあるが、しかし個人的な事情。そういったデリケートな部分は深く突っ込まない方が吉だと知っている。だって僕がその立場なら、そういうのは嫌だから。


 にしても、正体を隠す――ねぇ。まるで犯罪者だな。いや、それこそ想像だけで物事を断ずるのは些か早計にすぎるだろう。


 「それで、次はどんな話をするんだ?」

 「ああ。昨晩話した内容の詳しい部分、といった感じだね」

 「ん? 昨晩話したって――宿でありったけ話した内容か? まだ続きがあったのか」

 あれだけ話してもまだ足りないって、この世界ややこし過ぎるだろう。

 「いや、正確には同じ内容。その詳細のようなものだ。昨日話したのは、単なる概要に過ぎないから」

 「なるほど」

 そうだ。僕もそのことを気にしていた。どんなに概要を熟知していたところで、肝心要の内容自体を理解していないなら、そも意味が無い。前述で比喩したため例えはしない。

 だから、願ったりかなったり。望むところであった。


 「とはいっても、私には君の理解のほどはわかっていない。理解していることを二度語っても二度手間だ。だから、君の方から質問してくれないかな?」

 クソッ。この、面倒くさがりめ。

 「えっと、それじゃあ――」

 少し思案し、それでもやはりすぐに決めた。


 行き交う人々を指さし、言う。

 「――やっぱあれ。あのタブレット端末。あれもやっぱり、その、使力(アーク)ってやつで生み出したモノなのか?」

 「当然さ。この世界の文明ではあのような精密機器はおろか通信環境すら再現できない」

 「てことは、こっち(、、、)の『RAW』も使力(アーク)の力ってわけか」

 そうなるね、と呟く。

 大凡予想通りではあるが、ここに来て再び使力(アーク)の恐ろしさを垣間見た気がした。

 限定的とはいえ、能力単体で文明をここまで進めることが可能だなんて。圧巻の一言に尽きる。


 「――ほんと、凄いんだな。使力(アーク)ってのは」

 「そう心配せずとも、君にもそれは宿っているんだから、安心していいんだ」

 「安心って言っても、僕はまだ実際にソレを見ていないんだから」

 この目で確かめてるならまだしも。先述の通り、僕は未だ自身の使力(アーク)と言うヤツを知らない。知らないし、見たこともない。どんなものかも理解出来ていない。そんな状態で易々と安心していられるほど、僕の思考は楽観的でない。

 「それに関しては私の口で語るより実物を目にする方が確実だと言える」

 それはそれは。今後の展開に身を任せるとしよう。


 そんなメタいことを考えつつ歩いていると、ひとつの大通りに出た。もっとも、そこは大した広さでも大きさでもない、単なる街路に他ならなかったのだが、大通りと勘違いしたのには、ちゃんと理由がある。

 押し潰されるかのごとき人混みと、人々の騒がしさによるものだ。

 「なんだ? なんかやってんのかな」

 気になるが人混みが邪魔してまるで要領を得ない。通り一帯を囲うように広がった人々の群。ハッキリ言って、邪魔だ。

 「気になるなら聞いてみればいいさ」

 「えええーーー」


 知らない人に声をかけるというのは些か気が引ける行為ではあるが、さて自問自答。

 好奇心と羞恥心を天秤にかける。やや好奇心が勝る。よし、聞こう。

 「あの、何かあったんですか?」

 スキンヘッドの強面親父に声をかける。

 「あ? ――って、あんたすげぇ恰好だな!」

 ほっとけ。普通に学校のカッターシャツだよ。

 「それより、何かあったの? この人混み」

 「――あ、ああ。見てみな」

 アレ、と指し示すハゲ親父。指の示す方向を注意深く見てみるとわずかながらの隙間が生じていた。

 「アレ、は――」


 それは、少年。それも、血まみれになって転がる、少年の身体であった。

 「このガキっ」

 「このクソガキがっ」

 地面に倒れ伏す少年と、それを囲んで殴るけるなどの暴行を加える男二人の姿であった。

 「ひでぇもんだ……」

 「可哀想に……」

 「子供相手だぞ……」

 陰口のようなささやかさではあるが男二人に非難を浴びせる住民たち。かく言う僕も、彼らと全く同じ意見であった。子供相手に、なんて酷い。


 「――ていうか、誰も止めに入らないのかよ」

 「彼らの表情から察するに、止めに入りたいのはやまやまだろうさ。――恐らく、あの男たちは相当立場の高い相手なのだろう。助けに入れば、自分まで巻き込まれてしまう。可哀想ではあるが、人間として当然の心理だ」

 「――でも、だからって、こんな見殺しみたいなマネ……」

 ほう、と感心するフェルト。

 なんだ。なにか面白いコト言ったか、僕?

 「そこまで言うなら、君が止めに入ってはどうかな?」

 「はぁ!?」

 急に何を言い出すんだコイツは!? あまりの衝撃に変な声が出てしまった。

 「いやいやいや。なんで僕が?」

 「だって可哀想だろう?」

 「そりゃあもう」

 「じゃあ、君が助けに入ればいい」

 「――……」

 盲点。いや、今のは単純にぼくが馬鹿だった。そりゃあ、まぁ、普通そうなるわな。

 「だけど――いや、やっぱ無理だ。見なかったことに――」

 「やめろォ!」

 と、信じられない声が上がった。


 とても信じられない。信じられるわけがない。

 だって、その声は僕の声音だったから。

 「大人二人がかりで子供を殴り蹴るなんて、かっこ悪いかっこ悪い!」

 「なっ!?」

 もっと信じられなかったのは、それがフェルトの口より漏れたことだ。

 「お、お前なにバカなことを!?」

 「いやいや、その調子じゃ決断するまで何時間かかるやらと思ってね」

 「だからって――あ、」

 いや、気付いた時には時すでに遅し。何もかも遅い。

 「あ、いや、あの――」

 目の前には、僕の声に文句ありげな顔で仁王立つ二人の男。先程まで少年を痛めつけていた二人の男だった。――断っておくが、彼らの気に障ったであろう発言は僕のソレにではない。僕の声をマネして発したフェルトの声に、だ。


 「おい、ガキ」

 「なんか用か? コラ?」

 「いや、あの――」

 もうダメだ――と諦めかけたその時。周囲から思いもよらぬ擁護の声が上がった。


 「もういい加減にしろよ」

 「やめてやれよ、可哀想に」

 「恥ずかしくないのか、アンタら」

 ――と、あくまでわれ関せずを貫いていた周囲の人間たちが、どうどうと男二人に非難を浴びせるようになったのだ。いや、何を今更とお思いになるかもしれない。実際、いつもの僕ならそう思っている。――が、今は話が別。助かった。実に助かった。


 「な、なんだお前たち」

 「うるせぇ! お前なんてクビキリ兎に殺されちまえ!」

 「そーだそーだ!」

 形勢逆転とはまさにこのこと。今度は、男二人が押されている状況が出来上がっていた。

 「よし、今のうちに逃げよう」

 この機に乗じると言わんばかりに、逃げるというフェルト。確かに、これはチャンスだった。

 「う、うん。よし逃げよう!」

 「あ、待てクソガキ!」


 待てと言われて待つバカは漫画の中だけの話だ。

 当然待つ事など無く、街の中を走り回り、逃げた。


     ◇


 逃げた。とりあえず、ひたすら逃げた。

 数時間後、ほとぼりが冷めた頃を見計らい、再び情報収集を再開した。――とはいっても、大半はフェルトによる街の説明や散策に終わったが、案の定それが面白かった。

 いや、知らない街と言うやつは、どうしても好奇心なるものを駆り立てられるのだな。子供の頃が懐かしく思えついつい興が乗って付き合っていると、いつのまにか夜になっていた。


 「いやーしかし遅くなった。そろそろ帰ろう」

 「そうだな」

 頷き、宿への帰路に着く。帰路と言っても、僕はまだこの街を把握しきれておらず、帰り道もろくに理解しているわけではない。相も変わらずフェルト頼み。我ながら情けない。


 ――徐に空を眺める。頭上見上げるは黄金の満月。大天の中心。覆う闇星の中央に、一人たたずむ裸の王様。星々の煌めきと、一つ大きな空の穴。――ああ、アレは誰の言葉であったか。

 『月は衛星ではない。あれは空にあいた穴だ。向こうの世界の光が穴からもれているから光って見えるのだ――』と、多分どこかの作家の言葉だ。


 実際、このでっかい衛星が世界を結ぶ窓だと言うのなら、さながらあの光は、僕のもと居た世界から発せられる光であろう。

 そう思うと少し頬が綻ぶ。何故だかわからないが、ほんの少し。そして――


 「うわああああああああああああああああああああっ!!」

 そしてどこからともなく、その悲鳴は聞こえてきた。耳に入った。

 「な、なんだ!?」

 「悲鳴だね」

 「わかってるっつーの!」

 言われなくともそんなことは理解している。問題は、それがどの方角から聞こえて来たのか、だ。

 「恐らくあっちの方角だ。なに、行くのか、君?」

 「え――」

 そう言えば考えていなかった。いや、だったら何でそんなこと気にしてたんだろう?

 いや、でも、だがしかし……。


 「――で、行くの? 行かないの?」

 いかにもワクワクとした眼差しで僕を見つめるフェルト。生唾を呑み込む音が響く。うーーーーんと唸り悩む――が、それを置いて数秒の後、決断する。

 「い、いこう……」

 そうと決まれば、と言わんばかりに腕を引くフェルト。万力の如き腕力で腕を引くフェルト。まて、千切れる千切れる。腕が千切れちまう。

 

     ◇


 全速力で走るフェルトに腕を引き千切られぬよう必死について行っている内に、薄暗い通りに着いた。――薄暗い。たしかに、そこはとても明るいとは言い難い闇を孕んだ暗い通りであった。が、同時にそれほど人気のないとも言いきれぬ不思議な通りであった。

 見渡せばたしかに人の気配など皆無。だが、それでも薄暗い路地のような寂しさはなかった。――それは通りの広さによるものであると、僕は勝手ながら決定づけた。


 そう。そこはただただ、だだっぴろに広すぎた。人気は皆無。されど広すぎる路地のソレは、寂しさというより圧迫感の方が強かった。

 「ここは?」

 「随分と人気のない。それに、建物も随分と廃れ汚れている。――恐らく、廃墟や空家が密集した地域だろう」

 廃墟や空家ってここまで密集するもんかな。些末な疑問ではあるが、まぁ、事実そうなのだから気にしない。


 「それにしてもさっきから人っ子一人見当たらないのだが」

 「うーん。もしかしなくとももう少し奥かな?」

 行こう、と歩みを進めるフェルト。今更、戻るつもりなど毛頭なかろう。諦めてついて行く。今度は腕を引っ張らないだけマシだろうな。

 歩く――よりやや歩幅広く早く。早歩きの要領でグングン突き進む。


 「ひ、ひぇぇえええええええええええええええ!!」

 今度こそ走る。悲鳴の強さは先ほど以上。否。強いと感じたのは近かったからだ。無論、それに近づいた証拠でもある。

 走る走る。一本道を急ぎ足で進み続けると、ほどなくしてそこに出た。

 月明りが照らす、先ほど以上に広い路地。もとは大通りか、元の世界でなら片側三車線は通ってそうなほどに。


 そこに、血を流す男が転がっていた。這いずっていた。

 右肩から血を流し、必死に逃げようともがく男。早く逃げなければと心では思っていながら、身体はしきりに後ろを確認し無駄に時間をつぶす。うん。こういう光景は、学校の運動会、先頭を走るヤツが後ろを気にするそれに似ている気がした。


 背後を気にする男。その方角を見やる。――瞬間、圧巻と呼べるに等しい驚きに見舞われる。

 唖然、というのは少し違う。どちらかと言われれば、それは自失であろう。思わず、我を失いボウとする。それほどまでに、その光景は狂気的に美しく思えた。

 白い、兎を思わせるフードを被った装い。空家の屋根に立つソレは、月明りを背に僕達を見下ろしていた。まるでそれは、下界を睥睨する天使の如き美しさを彷彿とさせる華美。だが同時に、片腕に携えた刀だけが異常に不釣り合い。されどそれすら、その人物の一部として順応してしまう。常軌を逸するほどに、様になった姿。青い夜に良く似合う、美しい女の姿であった。


 「アンタ、は――」

 視線が交錯する。突然道傍から飛び出した僕に、少なからず驚いているのか。

 「あ、アンタ助けてくれっ」

 這いずる男が、ズボンにしがみ付く。

 「あ、アイツは殺人鬼だ! 俺の命を狙っていやがる! 頼む、助けてくれ!」

 「さ、殺人鬼……?」

 そんな突拍子もない話、すぐに呑み込めと言われても不可能だろうが、今夜ばかりは勝手を異なったと言える。屋根の上の少女の片腕。携えた刀に、それは付着していた。這いずる男の肩から流れる鮮血が、ベットリと――


 「殺人鬼――」

 再び視線を合わせる。変わらず、まっすぐにこちらを睨む、少女の眼差し。フードで隠れてよくはわからない。

 蕾のように可憐な唇が、ゆっくりと花開く。

 「アンタは――?」

 「僕?」

 一応ながら確認を取る。この状況で僕以外に有り得ないだろうと頭の中では理解しているものの、念のため。


 「――アンタはソイツ、庇うの?」

 庇う。――そんなつもりは微塵もなかった。物見遊山然り。僕はたまたま気になって立ち寄っただけの通行人Aに過ぎない。だから、首を横に振って否定するつもりであった。


 ――つもり。

 僕が言うより早く、それは起きた。

 「その通りだ! 人殺しは、いけないことなんだぞう!」

 ――と、ちょうど僕の背後、大通りに面した路地の奥から声が響いた。

 予想するにたやすい。僕の声だ。

 僕の声が僕の口意外から放たれる事実。ああ、知っているとも。

 「フェルトまたお前かあああああ!」

 震える声音で、くつくつと笑いをこらえるフェルトに怒鳴りつける。そして――


 「そう……」

 そして、それはほんの一瞬。風が吹くと同時、女は跳んでいた。

 一足一刀。

 数秒の時を刻む暇もなく。視界が、真っ二つになる。

 煌めく月と、舞う少女を収めた視界が、一刀のもとに両断する。

 

 異世界生活二日目の夜。ぼくは、死んだ―――――





 0/幕間

 

 見た。跳んだ。気が付くと、視界が割れていた。

 いやいや。幻覚妄想の類でないことだけは確か。有り得ないでしょ。気が付いたら死んでるなんて、そんな笑い話にもなりゃしない。

 まだまだこれからだーって時にあっけなく死んで、バカも休み休み言えって話ですよ。――で、この話のミソ。この話はここで終わりってわけじゃあない。どうでもいいけど、尺やその他もろもろの要因で、物語の進行上、そうは問屋が下ろさないそうだ。いやはや、嘆かわしい。

 だって意味ないでしょ? 主人公が今まさに息絶えたってのに、これ以上この世界の話を続けるなんて馬鹿げてるしぼくも億劫だ。――だから、まぁ、だからこそ(、、、、、)語らなくちゃいけない。続けなくてはいけない。

 宮井リョウの冒険譚を、語り続けなければならない。

 

 はい、そうです。頭から真っ二つに両断された宮井リョウくんは、数秒の後、それこそコンビニから帰宅するかの如きあっけらかんに、蘇っちゃいます。

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