ep,2 開幕2
◇
「改めて歓迎しよう、宮井リョウ。この世界――『RAW』は、君を歓迎する」
「いや、おい待て。お前今『RAW』って――?」
「うん。そうだよ」
と、簡単に頷くフェルト。続けるように、口を開く。
「――ここは『RAW』。約五百年前に制定された、この世界の名前だ」
「五百年、前――?」
「そう、五百年前。それを含めて、君にはまずこの世界についてを理解してもらう必要がある。順に説明していくとしよう。それじゃあ初めにこの世界の――」
「そんなことより――!」
説明の最中、フェルトの声を押しのけて、無理矢理に割って入る。
話の途中に乱入するようで申し訳ないが、それでも僕はこれだけが気がかりで仕方なかった。
「そんなことより、なんでこの世界の名前が『RAW』っていうんだ? あれは本来僕がもといた世界のSNSで――」
「SNS。ソーシャル・ネットワーキング・サービス。――そうだね、確かに。だがそうだとしたら、これもある種のSNSであるとは言えないか?」
フェルトが口であるものを差し出す。なにやら、片手サイズの物体が咥えられていた。
「これは、――携帯端末!?」
そう、携帯端末。まごうこと無き、元いた世界で使用されていたそれと同一種と見られるタブレット型携帯端末だ。
「なんでこんなものが異世界にあるんだ――?」
「それを聞く前に、まずはこっちを見て欲しい」
こちらにポイ、と投げ渡して、側面に配置された電源ボタンを押し、例のごとく画面をスライドさせロック機能を解除させる。そして――
「なっ――」
hutanari_god:イかないよ 17:24
Japan_joker:明日集合 17:19
↻Keith_Kallvain:承りました 17:23
↻kareinaniboc:り 17:24
connetconnet:まーた逃げかいな 17:23
7se:腹いっぱい 眠い 17:21
Japan_joker:明日集合 17:19
↻yun:ok 17:21
Pokky1410:うんち 16:05
↻ASKW23:黙れ 16:09
↻Pokky1410:うひー(;∀; ) 16:21
↻ASKW23:あのさ 16:35
↻Pokky1410:なになに? 16:42
↻ASKW23:やっぱいいあ 16:55
↻Pokky1410:は? キレそう 17:11
OTK_Big:はりきってお仕事ぅ~ヽ(゜∀゜)ノ 17:10
そして開かれた画面のその中には、『RAW』が広がっていた。それは正真正銘の、僕が知っている『RAW』だった。僕が頻繁に利用していたSNS、『RAW』であった。フェルトの渡してきた端末の画面の中には『RAW』独特の青色を基調としたTLが映し出されていた。
「――なんで、一体、どうなって……」
「これはReal Account Worldと言って、英語表記ではあるが、正式にこの世界で採用されている全人民へ使用義務を敷いた強制的広域ネットワークサービスだ」
「強制――?」
「うん」
続けるように、フェルトは語る。後ろ足で首裏をかきながら、語る。
「この世界には王が四人いてね。国民やその他の人間たちの生活や動向を把握するため、全人民にこの端末の使用を強制されている。まぁ実際は大規模な反乱や暴動等の抑制として、広域型のコミュニケーションを規制・管理するための理由が主ではるのだけどね。実際、このTLはどこの誰と繋がっていようが、運営側にはどうしても認知されてしまう投稿だ。よからぬたくらみめいた投稿は漏れなく処罰の対象だからね」
「――王? 抑制? 処罰? もっとわかりやすく、順序立てて説明してくれないとわかんないよ」
「――うーん、そうだなぁ。それならどこから説明したものか」
数秒沈黙。うーんと首を傾いでしばらく思案した後、思い至ったように手をポンと叩いた。犬の前足が、うまくそれっぽく手を叩いたのだ。
「それじゃあ、まずは街に出よう」
4/RAW
『それじゃあ、まずは街に出よう』
そんなフェルトの言葉に、地平線まで緑続く丘を数時間歩く覚悟はしたが、いかんせん、フェルトは人間に戻り、例の黒い穴? でゲートらしきものを作って街へとワープさせてくれた。
そして、街に着くや否や、すぐさま犬の姿に戻る。
本当になんでもありだなコイツ。
到着――というより、転送された先であるその街は、実に煌びやかな外観だった。
なんというか、中世の西洋のそれをモチーフにした家々。並ぶ風車やアーケードの路装。道を走る馬車や歩く人々。何もかもが煌びやかで、とても異世界らしい。――同時に、ここが僕のもといた世界だと言われても何ら違和感がないほど、それらは自然らしかった。
「それで、街に着いたはいいけど、とりあえず話の続きをしてくれ。この世界は一体なんなんだ。それに僕の携帯に入っている『RAW』やお前が使っているこの世界の『RAW』との関係性とか、他にも色々と教えてくれ。わかんないことだらけだよ、ほんと」
「それじゃあまず、この世界のことからだ。――この世界は君のもといた世界とは異なる異世界……というのは、もう重々理解出来ているね?」
ああ、と呟いて首肯する。
実際、この世界の風景や外観のそれは、今の所あちらの世界とあまり変わらぬものではあるが、人々の服装は流石に勝手が変わってくる。
中世のヨーロッパを思わせる古めかしく奇異な衣服。向こうの世界では見ることの叶わぬ未知の衣装。
「こんな格好の人間、向こうの世界では絶対お目にかかれないからね。当然でしょ」
「うんうん。君の言う通り、こちらの世界と向こうの世界とでは、文化やその発展も違ってくる。一目瞭然で、ここが元の世界とは違うのだと理解できるだろう」
「――いや、でも待って。どう見ても文明が3、4世紀ほど遅れてるこの世界で、そんな携帯端末が存在しているんだよ?」
そうだ。街灯――は辛うじてある。が、車もない、機械的進歩がまるで見られないこの世界。そんな世界に、こんなタブレット携帯端末が存在しているという事実は、とても不思議に思えた。いや、どう考えてもおかしい。
「さっき言っただろう。その端末はこの世界を支配する王が全ての人間に配布し使用を強制したものだ。名前は『RAW』。この世界と名前を同じくする、まさしく運命共同体とのことらしい」
「……わっかんないなぁ。その王ってのはどんなヤツらなんだ?」
何故こんなものを全人民に配布することが出来るのか……不可解でならなかった。
「この世界には王が四人存在している。――まあ、実際は四つの国の王たちが連合を結び、連合国領域として世界を支配してるに過ぎないのだが。皆偉大で強力な王たちだ」
「へー。凄いな。こんな広い世界すべてを、たった四人の王様だけで協力して支配してるのか」
「――うん。そうだね……」
呟いて。唐突、饒舌だったフェルトは急に黙り込んでしまった。
歩くのもやめて、しばらくそこに立ち尽くしたままだった。
「――本当に、……凄い」
犬の表情なんて、どれもこれもすべて同じに見えるが――それでも、今のこいつの顔はどこか、先程までとは決定的に違って見えた。何が違うのかまではわからないが、ハッキリとした理由まではわからないか、――どこか、どこかが違うのは明白であった。
「――さて、少し脱線したかな。この世界について、そしてあの端末の詳細について、だったね。しかしそれらを説明しようとなると、全ての根源にあるひとつの力が説明不可欠となる。だから、まあそちらから説明させてもらうとしよう」
「力――?」
うん。と短く頷いて、続ける。
「この異世界に住む人間は、君の世界で俗にいう、超能力のようなモノが使えるんだよ」
「超能力……? ラノベでいう異能みたいなもんかな?」
「そうだね。なかなかどうして、悪くない例えだ。いや、むしろいい。――その通り。君のいた世界でいう漫画やアニメ、小説なんかに登場する超能力、異能のようなもの。例えば何もない手のひらから炎を再現するとか、翼を生やして空を飛ぶとか、物質の性質を変えて全く別の特性を与えるとか、数えようにも数え切れない多種多様な能力が存在する。そして、これら能力は総称して、使力と呼ばれている」
「アーク……」
なるほど。確かに、今の話を聞く限りでなら、充分ラノベやマンガなんかの超能力や異能じみてる。手から炎を出すなんて派手な能力、実際に見てみたいとも思うが、それはまた別の機会だ。とにかく今は、この世界について少しでも知識を深めなくてはならない。
「てことは、フェルトのそれもその、使力? ってやつなのか?」
「言わずもがな。無論、これも私のアークの一端。変身能力はイカサマを駆使しているが、ワープ能力は正真正銘、私の使力だ」
やっぱり――というより、当然か。そうでもなけりゃ、あんな魔法成立するわけがない。
「実際に君も目にしているんだ、疑う余地などないだろう?」
「まあね。――で、肝心な話。僕はこれから何をすればいいの?」
「そうだね。では、まずはこの街で情報の収集。あとは準備として――」
「いやそうじゃなくて!お前が言ってた、僕に成し遂げて貰うこと――ってやつだよ。こっちに着いたら教えてくれるって話だった。教えてくれよ」
数秒沈黙。フェルトの沈黙は、他の誰より重く苦しい感じがするから苦手だ。
「――うん。まあ、端的に言うと……」
「言うと?」
もう一拍の静まりを置き、ようやくになって口を開き、その真相を語る。――全く予想だにしなかった内容が語られる。
「――君には、この世界を救う救世主になってもらう」
「――――――………………」
再び訪れた沈黙。
いや、唖然と言った方が的確かもしれない。
フェルトの口にしたそれが、あまりにもおかしかったから。
「ん? よく意味が理解出来なかったかな? 何ならもう一度――」
「いや、いい。言ってることも分かるし、その意味も理解できるから、いい。ただあまりにも予想外な内容だっただけ」
「うーん困ったな。そう言われても事実は事実なんだけど」
「事実って言ったって、そんなの、僕には無理だよ。不可能だ」
不可能に決まってる。救世主――? どんなものかよく分からないけど、でも絶対、とても僕なんかになれるようなものじゃない。それだけは、誓って確かだ。
「とても僕なんかには、そんなこと――」
「出来る」
言ってのけた。一言で、他人事を堂々と。
「君なら出来る」
続けるように、言う。
自信満々に、言う。
「君には、その力がある」
「――……」
コイツの、フェルトの目は、本気の目だった。鋭く強い眼差し。刺す針のように鋭利。そして同時に、大木の如き猛々しさと強さを思わせた。
恐らく、冗談やジョークの類ではない。本気で、そう思っているのだ。きっと。
「――けど、お前やこの世界の連中みたいな超能力を、僕は持っていない。そんな僕が救世主になるだなんて、少し無理があるだろう。期待してもらってる身で悪いけど、やっぱ無理だよ。……せめて、僕にも何かしらの力があれば――」
「おや?」
と、何故か嬉しげな表情で、そう呟いた。
「なら、大丈夫じゃないか」
「――は?」
「いやいや。力があれば事足りるのだろう? であれば、君は既に手にしている」
力を――、と付け足すフェルト。
ことさら、コイツの言っている言葉の意味が、僕には理解出来なかった。
「君は既に手に入れている。この世界に足を踏み入れた瞬間、君にはその力が宿っている」
「――僕に、宿っている? 力が?」
未だ半信半疑。とても信じられる内容の話ではない。
――が、それを語るフェルトの顔は、眼は、口は。
「ああ。それも、とびきり恐ろしいのが、ひとつね」
笑っていた。