ep,24 幕間
「人間ってな不思議なモノでさ。ボクは人間という種族に属するあらゆる生物を、男から女、そして原型たる原初種を4体程度解剖しているが、不思議なことに人間の器官にココロなる機構は見つからなかったんだ」
白衣をピンと着こなす長身長髪の男。やけにヘラヘラとしたその口調と態度が、毎度毎度にそこな白い騎士の神経を逆撫でている。
「心ってのはさー、シーンスくん。……白い騎士、万金の王たるシーンス・ケミィくんは、ココロって云う機関が、一体全体人間のどこに格納されていると考えてるんだい?」
話題を振られ、ため息を隠せず嘆息する白い鎧と兜に全身を包んだ人物。
「興味ないんだがな。……が、実際ココロなんてモノ、在りはしないと思うがね、私は。ココロってのは感情、人間の思考に裏付けたロマンチストの常套句でしかない。ようは単なる思考趣向。脳ではないのか?」
「さっすがー」
ヒュウと口笛を吹いて称賛する男。だが、この男がこんな反応を見せるときは、決まって回答が不正解だった時のみなのだ。それを、白い騎士は知っている。
「人間の心ってのは脳細胞の働きによる思考回路の一端……おおかたがそういった見解を持つはずだ。だって論理的で合理的だからね。これはあくまで僕の持論で仮設なんだけど、ココロって器官は魂に宿るモノなんだよね」
魂。霊魂とは元来、人や生物が死後に浄土へ赴くための憑代として定義されてきた不可視の不定義概念だ。無論無形概念であるため、存在の立証も確認もなされてはいない。そういった霊的現象等の多くはヤラセ、または思い込みというオチだったりする。無論、説明のつかないおかしな事例も少なからずあるが、ほとんどはパニックのあまり誇張した事実と異なる供述による事実解釈の不一致だろうと推測する。
故に、一概に魂とはいっても、それを証明するだけの材料が存在しないのは言うまでもないことだ。
しかし、この男はワケが違った。
魂の構造を把握し、使力という不可思議な魔法を新たな理として確立したのは、他でもないこの男だ。
「使力ってのが心の写し鏡だってんなら、魂の端末を無尽蔵に所有するアレンくんなんかは、本体以外の端末で使力を行使できないはずなんだよねえ。」
「お前が作った魂の入れ物、この端末は無駄だったという話か?」
懐から薄い携帯端末を取り出して、さして興味なさげな声音で問う。
「違う違う。ソイツはわかりやすくするためのモノ。アレは最初から、あくまで代わりのつもりで用意したものだから。端末はただの情報数式、その羅列でしかないんだ。本気でアレの中に魂を押し込めるなんて思っちゃいないよ」
所在なさげに背後、なにやら巨大な――3メートル近くはあろうアンプルへと視線を向けて、ヘラヘラと笑いながら話を続けた。
「ねえ、シーンスくんはさ。今話題になっている御使いのことどう思ってるの?」
「興味ないな、私は。ユートあたりは気にしているようだ、アイツに聞け。私は明日ここを出る、忙しい」
少し驚いて、少し淋しげな眼差しで――しかし興味津々に、男は問う。
「へえー、どこ行くのかな?」
「アマル。例の、革命の歌姫を捕獲。カーランダル直々の指名だからな、断るに断れまい」
「カーランダル・カスケードくんかあ。まあ普段世話になってるしねえ、しょうがない。あんまり引き止めるのも悪いかなあ。まあ、お仕事頑張ってね。シンスケくん」
瞬間、踵を返していた白騎士の動きがピクリと止まる。不機嫌そうな声色で口を開く。
「その名前で私を呼ぶなシキナガ」
言って、明らかに憤慨然とした態度で部屋を後にする。
「はっはっは。何百年振りかなあ、その名前。…………ったく、僕のことは奇王って呼べよ」




