ep,23 革命の歌姫3
「あの野郎……」
商店街の一角、店内より外を覗ける入口の角。呆然と未会計の商品を片手に青い髪の少年が、なにやら不服そうな面持ちをあらわにしたまま立ち尽くしていた。
「……リョウのやつ、どこへ行きやがった」
少年の名前はイッザ。ここより南西に数キロメートルほど河合の林道を歩いた先にある隣町、コウポホルンにて放火魔として世間を騒がせていた存在だ。
幼いながら強力な使力を有しており、加えて、極めて希少な2種持ち。炎を支配する自然支配系統の最上位種にひとつ、氷を支配する自然支配系統の最上位種にひとつ。幼いながら、恐ろしい才覚を表している。
リョウたちと出会う少し前、姉を死に追いやった"組織"なる連中に復讐するため、リョウたちに同行している。
「金持ってどっか行ったら僕が服買えないじゃん」
「およ、」
苛立ちを隠せない表情で店の外を睨んでいると、同じく店の外側、角度的に45度ほどの死角。視界より外れた街路から、聞き覚えのある声音がイッザの耳に入る。
「イッザじゃん。なにしてんの、こんな所で?」
「リョウがどっかに行っちまいやがって。アイツが金持ってるからさ、会計が出来ずにずっとこうしてたわけ」
「あはは。災難だったね」
冗談でも聞いたかのように明るく笑う、漆黒の髪の毛をポニーテールよろしくひとつに結んだ白い装いの女性。イッザからして、悪いがそれは冗談ではない。
「どこへ行ったのかはわからないの?」
「わかってたら一旦荷物置いて店出るなりしてるよ」
それもそうか、と納得して頷く女性。名前はルサ。
東世界に区分する大陸マンモンの内陸地の街、ヴァリアントにて殺人鬼―――"首切り兎"と呼ばれていた人物だ。
殺人技術、剣の腕は達人級。使力疑・真眼との組み合わせ、眼に映る全てのモノをカタチとして捉える能力によって、あらゆる場面で最的確な攻撃方法を見出すことが出来る。彼女の眼に、真実捉えられぬモノは存在しないのだから。
「でも、何も言わずにどこかへ消えるってのは少し引っかかるね。基本的に適当だけど、意外と律儀な性格してるし」
「神経質なところがあるからな、アイツ」
と心配する口上とは裏腹に、その表情では大して関心なさげな風情で大きく欠伸する赤髪の少年。
「なにかやらかして、騒ぎとかにならなきゃいいけどな」
セングゥ。東世界を中心に活動をする虹の色海賊団にて海賊見習いをしていた少年。
韋駄天の業。神速をその身に纏う能力を有しており、常に相手を寄せつけないスピードを維持して戦うことが可能。最高速に達するとおよそ3音速。肉体疲労による一時的な活動停止を伴うのが玉に瑕だ。
見れば先程購入したであろう、赤い髪の毛が目立つ頭部にこれまた赤い――しかし黒よりの紅色といった風情のバンダナが巻かれていた。服装も以前のような物々しい雰囲気はなく、それとない少年然とした格好にまとまっていた。
「いやいや。しかしリョウのことだ、騒ぎを起こす――というよりも騒ぎに巻き込まれる可能性の方が高いだろう」
白を基調とした服装で長身白髪の男。
フェルト。謎多き男。宮井リョウをこの世界へと誘い彼を救世主とせんがために存在する男。
「……たしかに。トラブルメーカーってか、巻き込まれ体質なところあるからなアイツ」
「ともかく、オールライトたちと合流して、ひと段落置いたらリョウを探そう」
全員が同意し、とりあえずこの話は一区切りといった具合に落ち着いたところで――
「あれ、」
……と、妙に浮かれた声音が背後からかかり、一同振り向く。
「なにやってんスか、こんなとこで?」
オールライトのお付き、アキテルだった。
アキテル。若干23歳、軍人。
情けない一面ばかり披露しているが、一応階級は中佐と、出世コースを爆走しているデキる子なのだ。
「なにって、買い物だけど」
「俺らの同行なしに、勝手な行動はやめて欲しいっスよ、まったく。アンタら犯罪者らしいんスから、騒ぎとか起こされちゃたまったもんじゃ――」
「あっそ。オールライトは?」
「まだ俺の話の途中っスよ!? ていうか、准将を呼び捨てって……」
呆れてため息をこぼす素振りで頭をかいて、視線でそれを示す。
「アレっス」
言って、指し示した先に、オールライトは居た。
居た? いや、誰だアレ。
確かに、服装が変わっているから、一目で判別がつかないのかもしれないが、あの強烈な渋い顔はそんな外見など問題にならないほど象徴的。
いやしかし、確かにあれはオールライトの顔だ。
でも、誰だアレ。
知らない。………アタシは、あんな女の人にデレデレで、全くもって頭が上がらない姿のオールライトは、知らない。
◆
フェルトたちの杞憂もいざ知らず。事実、宮井リョウはひとつのトラブルに巻き込まれていたと言える。
走る、奔る、犇る――。
手を引かれ、全速力で街路を駆ける。
息つく暇もない強引さ。女の子ながら凄まじいと言わざるを得ない腕力だった。
「ちょ、ちょっと待っ――」
「うるさいわね、死にたいの!?」
「状況が読み込めないんだけど――ッ!?」
僕の静止などまるで無視。ひたすらに、ただただ走る。
後ろを振り向き追手の様子を確認する。アチラさんも負けじと必死についてくる。息は切れ切れだが、スピードが落ちる気配はまるでない。さすがは軍人だ、鍛えられている。
もう諦めて、彼女に身を任せよう。主導権などさらさらありはしないが、このままではジリ貧どころか素寒貧にされてしまいそうだ。
「……ねえ」
「なにさ」
ギロリとしたおっかない目つきで応じる彼女。なんだ、なんだってそんなに怒ってるんだ。
「キミ、なんで軍人に追われてるの?」
「…………ふん」
まともに答えてはもらえなかった。
まず、軍人に追われていることから恐らくは犯罪者。そして追手の様子だ。ただの犯罪者にしては追手が執拗すぎる。ゆえに、こそ泥とかそんな程度の犯罪者というわけでもなさそう。
思い当たる節が、いくつかあった。
「まさかキミがモコさ――――」いや、聞いていた話や、僕が想像した革命の歌姫の人物像とはまるで違いすぎる。「――モコさんを囲ってる革命軍の人?」
「……!?」
途端驚愕とまでは言わずとも、多少驚いた様子を見せる少女。
「……まあ、この街の人間ならそのくらい知ってて当然か」
言って、更に強く手を引く。
「急いで、ここでヤツらを撒く――」
そう言い放って、かかった曲がり角に侵入した途端、まるでブレーキでもかかったかのように急停止する。僕はというと、勢いに負けてすっ転んだ。
ちっ、と舌を打つ少女。
転んだ拍子に打った頭を押さえながら、目の前の光景を一望する。
先回り。角を曲がった先には、追ってきた連中の仲間だろう軍人が、先回りして待機していた。
数は4人。これならやれないこともないと判断して、剣を出現させようと考えた刹那――
「邪魔ァ!」
突如、虚空から現れたオオカミと思しき2m強はありそうな巨大な獣の鉤爪が、軍人たちを薙ぎ払った。
「ぐあぁ――っ!」
グルルルァ! と勇ましく唸る獣。
その勢いに圧倒され、思わず腰が抜けそうになったが、すかさず彼女に手を引かれ、休むことなく走り出した。
「なにやってんの、行くよ!」
「あ、うん……」
チラリ、と倒れ伏した軍人たちを観る。
背中や肩、所々に刻まれた爪の痕。ピクリと痙攣して動かない彼らの体躯。
一瞬、あそこまでの存在感と迫力を発揮していた獣のそれは、彼らの傷に相反してすっかり消えてしまっていた。――これは、彼女の使力によるものだろうか。
否、僕が気になるのはそんなことではない。
「……おかしいな」
「なにが?」
「なんでもない、独り言」
僕がそういうと、彼女は不機嫌そうに「なによ」と舌打ち混じりに吐き捨てた。
……なんでだろう。いつもより、見ている景色がおかしく思える。
ゾクリとした、背徳感にも似た違和感が腹の奥から虫が這うように生苦しく疼く。
それとなく恐怖を覚えたのを……僕は、知らぬ顔で走り続けた。
《not title》
この時、僕が自信に抱いた違和感の正体に気付けていたなら―――最終的に、あんな結末にはならなかったのだろうと、心の底から思う。
この時からだ。
そこに辿り着くまでの長い旅路。その違和感が晴れたのは…………全てが遅すぎた、その時に。




