ep,22 革命の歌姫2
オールライトさんの案内に従って、僕達一行は無事アマルの街に到着した。
「へえ〜ここがアマルね」
ざっと街の景観をるだけでもわかる。この街は、以前立ち寄ったどの街よりも栄えているのが一様に見て取れた。
いや、コウポホルンも港町として大きく賑やかだったのも確かだが、なんというかこのアマルの街は、また別の意味でそれを思わせる街であった。
「賑やかだ。人々が元気で、活気ある街――といった印象だね」
「そりゃお前、ここアマルやコウポホルンは自治区の手前に位置する街だからな」
自治区、圏内区とも呼ばれる。軍の管理・自治に置かれる連合国軍自治区圏内は、軍の管理の行き渡らない圏外区と異なり、山賊や海賊やその他諸々の犯罪的案件が限りなく少ない。そのため、街は綺麗で人はにこやか、このような光景が基本となる。このアマルは、自治区内の街の様子とそう変わらないものらしい。
「まあ、みんなが賑やかでにこやかなのは、治安の良さだけが理由じゃねえがな」
「……あれですか」
言って、街の一角に下がる垂れ幕を指し示す。
革命の歌姫、モコ。
彼女が開催する提唱会、いわゆるコンサートのようなものらしいが、彼女の歌声には世界中にファンがつくほどの魅力があるらしい。ので、この街の人間も例外ではなく、みんなモコの歌を心待ちにしているのだろう。……しかし、
「反面、軍の連中は表情穏やかじゃねえな」
セングゥの指摘通り、街の所々には軍の兵士が見えるが、その表情はやはり決して穏やかではなかった。
「革命の歌姫は革命軍の、いわば犯罪集団の象徴だからね。そりゃあ、革命軍主体のイベントが催されるとなれば、彼らも躍起になるさ」
「概ねその通りだがな、今回においては軍の連中も気合いの入り方が違うんだよ」
「と、言うと?」
フェルトの返しに、オールライトに代わってアキテルが応じる。
「今回の提唱会……軍はこれを機会に革命軍を潰そうと考えてるんス」
「つ、潰すって……どうやって?」
「簡単な話だ、象徴の歌姫を引っ張ればいい」
オールライトさんはそう言うが、それは少し無理のある話ではないだろうか。
「そんなことしたら、かえって革命軍の連中の火を付けることになって、もっと大変なことに――」
「それが目的でもあるんだよ」
言って、オールライトさんは続けるように語る。
「象徴である彼女を引っ張られて、そりゃレジスタンスも黙っちゃいられねえさ。暴動やらなんやら、いくらでも実力行使に出るのは可能性は考えられる。だから、それが狙いなんだよ。目障りな革命軍に、あくまで自発的に暴動を起こさせて報復粛清、ってな名目で合法的に連中を潰すことが出来る。これを狙ってるわけさ」
「なるほど……」
故に納得出来た。オールライトさんが、僕達をここに連れてきた理由が。
「……だからそのモコって人を、軍の連中から護れってことですね?」
「そうだ。立場上、俺達がこの件に干渉することは難しいからな」
アキテル、オールライトさん共々、視線を合わせて頭を下げる。
「よろしく頼む」
「……」
この人が、オールライトさんが僕達にこうして頭を下げたのは、初めてのことだった。
真っ直ぐに、そして深々と下げられた頭にはひたすらの真摯さと真剣さがうかがえた。だから、この人がどれだけ本気なのか十分理解できたし、同時にこの人にここまでさせるモコという人物がどんな人なのか、少しだけそれが知りたくなった。
革命の歌姫……か。
街に入って少し歩いたあたりで、オールライトさんがばつの悪そうな表情で、周囲を見渡し始めた。
「少し待っててくれ」
言って、アキテルさんの首根っこを掴んでから、嫌がる子供を無理矢理病院に連れていくかのような風情で、強制的に引っ張っていった。
「なんだよアイツら慌ただしい、まるでコソ泥みたいだぜ。雰囲気的に」
「おおよそ予想はつく。恐らくは着替え、だろう」
唐突だな。それも着替えと来たか。
「なんでー。女の子じゃあるまいし、ましてや素性が明確な軍人が人の目を気にするのさ?」
「軍人故に、だと私は思う。彼らの管轄はコウプホルンだろう。それが何の連絡も用もなくアマルにいるとなれば不審に思うはずだ。彼らは軍内部でも高い地位に身を置いているからね、軍服を着ていれば尚のこと目立つ」
なるほど。それで着替え――もとい変装か。
確かに、彼らがこの街に訪れた理由はそう大っぴらに口に出せる内容ではないのだから。身元がバレて疑惑を生む前に自衛として変装するくらいは当然か。街に入ってから妙に距離を置いてると思っていたが、そういうことだったのか。
「私たちも、念のため姿や身なりを変えたほうがいい。コウポホルンでは外見等詳しい情報こそ届いてはいなかったが、軍に手配されているのは確かだった。この街でも同じ――とは考えないほうがいいだろうね」
「そりゃそうだ」
言って、周囲を見渡す。
辺りはいわゆる商店街。雑貨や古着、実用品や食品等、おおよそ欲しいものなら何でも揃いそうな店舗が展開した通りだった。
一同、無言の圧力とともに僕へと視線を集中させる。
「……えっと、それじゃあみんな、新しい服でも買おうか」
フェルトから二人一組に別れて、僕とイッザ、ノアちゃんとノッブさん、ルサとセングゥとフェルト(犬ver)の組み合わせとなった。各々フェルトからのお小遣いを手に取って、金額の上限以内で買い物をするという事で。
「じゃあ、二時間後にここに集合ってことで」
「心得た。オールライト達には、追って私達から伝えよう」
◆
「なあ」
みんなと一旦別れた後、本来の趣旨に則って数分くらい服を見て歩いてた頃、唐突に、イッザが声をかけてきた。
なあ、と不良然としたふてぶてしい態度。なんだかこの子供、日増しにキャラが変わって行ってないか。
「リョウって言うんだっけ、アンタの名前。……リョウは、なんで僕を助けた?」
「……なんでって」
なんで、と来たか。
本当に唐突な質問。その意味や是非はよく分からなかったけど……とりあえず、質問をなげかけたイッザが僕を見る目は、痛いほどに真っ直ぐだった。
「哀れみ? 僕が可哀想だったから、アイツを……プロトコルと戦ったの?」
「……うーん。違うと思うなあ」
実際、イッザを救いたいという気持ちで戦ったのは多少ある。僕と同じ側面、瞳の奥に覗いた闇を見て過去の自分に重ね、それを救いたいと思ったのは確かだ。でも、決して哀れみとは違う。……うーん、なかなかどうして、難しい質問だ。
「ルサ……あの姉ちゃんも、僕を助けるために身体をはった。そうまでして、他人のために動くことってあんまり普通じゃない、意味がわからないんだ……アンタは、なんで僕を助けようと思ったんだ?」
それは……。
「それは多分……僕のため、だと思う」
目が点になるとはおよそこういう表情のことを云うのだろう。驚きを隠せない表情で、イッザは再三にわたって、僕の言葉を反復するように問い返す。
「じ、自分のため……?」
わけわかんねーよと付け加えて、小首を傾げた。
「確かに君を助けたいと思ってプロトコルと戦ったけど、でもそれは同時に、僕にとって僕のための戦いでもあったんだよ」
未だよく分からない、といった表情のイッザに、ゆっくりと話を進める。
「僕は昔、目の前で親友を失ったことがあるんだ。消える親友を目の前に、ただただ呆然と立ち尽くすこしか出来なかった。後悔や絶望が付き纏っていた日々、多分、僕は君と同じような目をしていた。だから、僕がまた同じ状況に――君と同じような心境にあった時、昔のままじゃダメだと思った。親友が死ぬ瞬間、呆然と立ち尽くすだけの僕じゃダメなんだ。だから、君にそれを伝えたかったのかな……よくわかんないや、ごめん」
ははは、と苦い笑いを放つ。
「………そうか」
イッザは終始静かなままだったけれど、最後に、ありがとうと聞こえたそれは、果たして空耳だったのだろうか。
「さあ、早く新しい服選んで、飯でも食べ――」
食べよう。そう言い放ちかけた途端、肩に凄まじい衝撃が走った。
「痛っ」
「いって」
同時、例によって床に倒れる。どうやら、誰かとぶつかったらしい。上乗りされる形で、ぶつかった人物は僕もろとも倒れ伏した。
「いててて……ちっしょ……どこに目え付けてんのよアンタ!」
茶色がかったブロンド色の長い髪に、あどけなさの残る幼い顔立ち。甲高い成長期前の子供のような声音と、上乗りされた接触面の余計な感触から、それが容易に女の子なのだと判断できた。
よっぽど急いでいるのか、随分と厳しい口調で抗議してきた。しかし、今のはどう考えても向こう側の不注意。向こうから一方的にぶつかって来た、言わば僕は被害者の側だ。それなのに何故、こうも堂々と非難されねばならないのか。
「いや、ぶつかって来たのそっちじゃ――」
「うっさい!」
僕の言い分を遮るように、有無を言わせぬ勢いがそこにはあった。
「急いでんのよ。とにかく私は――」
瞬間、今度は彼女の言葉を遮るように、ドカドカと足音が響き出した。屋内だから余計に谺している。
迷惑女が向いている視線の方――ちょうど、足音が大きく響いてくる方向、軍の人間だろう数人が、ものすごい形相で追いかけて来ていた。
「………ああ、もう!」
苛立ちを隠せない荒声を上げて、これまた唐突に、僕の腕を掴んだ。
「言っとくけど、アンタのせいだから」
「は?」
状況が掴めないまま、そんなことを言われ、ものすごい勢いで手を引く彼女。
「逃げるよ!」
言ってなすがままに、彼女とともに軍に追われるのだった。




