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RAW〈~転移した先の異世界はSNSのTLだった~〉  作者: 佐々木ヒロ
《圏外区》編 (放浪第一部)
20/29

ep,18 放火魔の孤独8

「フレーム……?」

 そう、と純白の翼を携えた彼女は、コクンと首を縦に振った。

 使力(アーク)の後躯体さ。それは前駆体たるオリジナルと本質を同じくする強化型――もしくは、オリジナルと異なる性質を有した特異型。使力(アーク)っていうのは自身そのもの。在り方そのもの(、、、、、、、)。魂の変質化、在り方の変化、嗜好性の変容――いずれかの要因が、進化へと影響を与えるらしいよ。フレーム:β、γって呼んだり使力一期、二期後躯現体とも呼ばれてるね。

 魂……。そう言えば、フェルトもそんなことを言っていた気がする。


 「プロトコルの使力(アーク)がそれだって言いたいのか?」

 察しが良くて助かるよ。――そう、彼の使力(アーク)はフレーム:β。対象の人物の心の奥に根付いた強烈なトラウマ、悪夢を引き起こし、囚う、そんな能力。

 「……この光景が、僕のトラウマ?」

 いいや。さっきも言ったけど、ここは君の深層心理、思念空間。彼が見せる悪夢じゃない。少しだけ手を出させてもらってね。予定より少し早かったけど、悪夢から捕まる前に、君をここへと引っ張ってきた。

 「じゃあ、僕が今無事でいるのは、君のおかげってことか」

 それは違う。それは適切な表現ではないね。さっきも言ったでしょ、ぼくは君、君はぼくなんだ。

 「僕が……君」

 うん。だから、ようするに自力で君はここまで来た――そういう解釈でいいよ。

 ……うーん。あまり釈然としないが、彼女がそういうのだから、そういうことで間違いないだろ。

 

 「とりあえず、僕はアイツを倒したい。どうすればいい?」

 今のままじゃ、間違いなく勝てない。殺されるだけだよ。

 「じゃあ、どうすればいい?」

 ……プロトコルとまともに戦うためには、前提条件として悪夢に打ち勝つ必要がある。

 「悪夢……アイツの使力(アーク)か」

 そうだよ。彼の見せる悪夢、トラウマを打ち超えない限り、彼をまともに捉えることはかなわない。……彼がタイマン最強と謳われていた所以はここ。彼は悪夢のセカイに陥れた人間を自在に操ることが出来る。――しかも、本人はそれを自覚することが出来ない。彼の使力(アーク)のなかみを理解しない限り、それを自覚することはできない。何も理解できないまま、自分の身体を思うままに弄られるんだ。

 理解できない――自覚できないまま……なるほど。僕の身体がおかしな方向にひん曲がったのは、それか。確かにあれは、何もわからないうちにすべてが終わっていた。片が付いていた。

 「そういうことなら、僕はもうアイツの使力(アーク)を理解してるわけだし、大丈夫なんじゃないのかな」

 そうだね。悪夢に打ち勝つことが前提として、ね。

 「勝てる。勝ってみせるよ」

 自信家だねえ。まあ、ぼくなんだから当然か。

 言って、何もない真っ白だった世界に黒い歪みが生まれる。


 ――なら、ぼくから言うことはもうないよ。……けど、ここから出る前にもう一つだけレクチャーする。

 思念空間っていうのは、言うなれば個人の認識の世界なんだ。君の脳が物事を思考するその時間、思念空間を彷徨うその間は、君の身体は無防備なんだ。

 「待ってくれ。きみの言うことが確かなら、ここは思念空間でその間の僕は無防備な状態ってことだ。――今この状況が、まさしくそれなんじゃないのか?」

 ……うーん。今言ってもわからないだろうけど、この思念空間は特別でね。虚数混沌、その海――ていうらしいんだけど、ここには時間もなければ空間っていう概念すらない。

 「混沌? 虚数……って複素数がどうだのっていうあれのこと?」

 違うよ。でも、まあ結局は同じことか。ぼくもその辺の知識には疎いから、詳しくはシキナガに聞くといいよ。

 「……? シキナガって誰?」

 いつか会えるよ。ヤなやつだけど、博識なのは確か。

 知り合いなのか、その表情からは懐かしさと、少しばかり憂いのような寂しさが伺えた。

 「わかった。ソイツに会ったら詳しく聞いとく、君のこともね」

 ……ぼくのことって。……さっきも言ったけど、ぼくは君――――まあ、そのうち分かるよ。確かに今はまだその時ではないからね。これまたさっきも言ったけど、君がここに来るのは予定としてもっと後のはずだったんだ。だから、今回はなけなし。不可抗力みたいなもんなんだよね。

 彼女の言っていることはいまいち、彼女風に言うならば我がことながら、よくわからない話である。

 しかし。彼女の言葉に嘘や偽りはない。これはたしか。

 少なからず、彼女は本気だ。

 「わかった。――いや、わかってないけど、とりあえずは目の前の事を片付けないとだ」

 彼女に背を向け、黒く歪みがかった円状の窓に歩みを進める。

 「また会えるかな」

 会えるよ、絶対。

 そっか。呟いて、今度は振り返らずに、進んだ。

 



 ――――振り返らないで。

 決して。

 今度の君は、ぼくにはならないで。



    ◆



 暗く湿った空気、仄暗い水底を思わせる。水面のように揺れる風景。

 ここはどこ。わたしはだれ。

 自我はある。意識なんてのはあってないようなもの。

 まるで万華鏡。合わせ鏡を見ているよう。

 ああ、僕だ。自分で自分を俯瞰する。

 ここはなんだ。

 ここはどこなんだ。

 どこだっていい。とにかくここは、なにかヤバい。

 早いところ、ここを離れた方がいい。直感的にそう悟った。

 

 歩く。歩く。ひたすらに歩く。

 歩けど歩けど、壁というものに一切たどり着けず。

 この暗闇はどこまで続いているのか。


 体感時間にしておよそ十分、歩き続けてようやく何かそれらしい物が見えてきた。

 「扉……?」

 ギィ。躊躇なく開く。すると、急に明かるげな光が差し込んできた。

 眩しい。明順応するのに数秒要した。

 眼前に広がったのは見覚えのある風景。

 どこかしらの大型ショッピングモールだろうか。子連れ夫婦やカップルや友人同士といった客でにぎわっている。

 「ここは……」

 頭が痛い。記憶が混濁する。

 お腹が痛い。内臓が捩じれるように蠕動する錯覚。

 体が重い。水の中で身動きしてるよう。

 ああ、ここは。そうだ――――

 

 瞬間、セカイが黒く染まり。同時、時間が停止する。

 そうだ。ここは―――これは(、、、)、ハヤトが消えた日の光景だ。

 黒い靄。否、黒い渦。どっちでもいい。結果的に、どちらも変わらない。

 消えるハヤトをただ茫然と眺めるだけの僕。怯えて、身体全体が小刻みに揺れている。

 なんて、情けない。

 いや、止めに入らない、外野でこうして俯瞰しているだけの僕も、言えた義理じゃない。

 そうこうしているうちに、僕の親友は完全に焼失した。

 

    ◆


 暗転。次いで、明転。

 ここは……?

 ここはハヤトの家。眼前に見えるのはハヤトの妹。

 立ち尽くす僕に、ただただ背を向けるだけの彼女。

 謝る。謝罪。謝辞。僕の頭で思いつく限りの詫び言を並べた。

 「……してよ」

 わなわなと、血が出るくらい強く握りしめる拳。

 「返してよ! お兄ちゃんを、返してよ!」

 そんなの、僕だって返して欲しい。

 でも、起きてしまったことは、もう覆りようがないんだ。

 「……消えるのが、アンタだったらよかったのに」

 呟くように、吐き捨てるようにボソリとソレを零した。


    ◆


 なんだこれ。何だってんだ、コレ。

 痛い。痛い痛い痛い。

 悪夢か。地獄だここは。

 こんな場所一秒だって居たくない。

 

    ◆


 黒い。黒と赤。赤と黒。綺麗だ。コントラスト。はは、笑える。

 生暖かい液体。ドロリと鼻腔にこべり付くねばっ気。口内には執拗に滞る饐えた鉄の味。

 黒いフローリングは凍るように冷ややか。対して僕の方はというと興奮して高揚していた。

 はあ、はあ。目を血走らせながら小刻みに息を吹く。沈まれ、静まれ、鎮まれ。

 いけない、これ以上はいけない。

 これ以上気持ちよくなると、もう戻れない。アッチに、戻れない。戻りたくない。戻りたくない? なんで? 

 なんでって。なんでだろう。

 わからない。判らない。

 唇についた血痕。拭うように親指で、なぞるように。閉じた唇を歪ませる。


    ◆


 恍惚とした気分。反して、今にも吐き出しそうな不快感。腹の底から虫が這って昇ってきているような。そんな錯覚。か細い手が、喉元を掴む。

 黒いローブの気色悪い男が覆いかぶさる。そのまま、僕の意識を削るように、張り詰めた糸を切り裂くように。喉元を掴んだ手を、思い切りに、徐々に徐々に絞めていく。

 ああ、ダメだ。これ以上はいけない。

 これ以上は絞まらない。締まるわけがない。

 握りすぎて、僕の首はとっくにてるてる坊主だ。

 やめろ、離せ。痛いだろうが。

 呟くように、それでいて叫ぶように吐き捨てて、首元を絞める細い腕を握りつぶした。

 ザラリ、と砂が落ちる感触。手にかかる生暖かい粒状体。

 『ヒヒ……痛くないようにシてやろうと、思ったのニ……ヒヒ……ヒヒヒ』

 ザア、と砂塵に帰す黒ローブの男。

 ああ、そうか。ここは、プロトコルの使力(アーク)が見せるトラウマのセカイ。

 悪い記憶の回想、その循環。

 これが、そうなのか。

 自覚することすら残酷。自覚しないまま、堕落できていたならどんなによかったか。

 さっきの首絞め男を退けたということは、精神面での支配・攻撃はあれで最後なのだろうか。

 だとしても、僕は肝心かなめの出口。ここからの脱出方法を知らない。

 「さて、どうしたものか……」

 しかし、今この瞬間にも僕の肉体は無防備なままだ。それを思えばそう悠長にもしていられない。

 早く出口を探さなきゃ。


    ◆


 歩く、歩く。

 歩くだけじゃ飽き足らず走る、奔る。

 「……一体どこまで続いてるんだ」

 まるで果てのない荒野。慣れる頃にはきっと足が止まらなくなってる。

 「…………はあ、はあ」

 息が荒い。そりゃそうだ。この方止まることなく数時間ものあいだ、動きっぱなしなのだから。

 前に繰り出す足を振り下ろした瞬間――まるで底が抜けたように体が崩れた。

 「な―――」

 足場が消失する。奈落へと落ちる気分だ。

 まもなくして地に足が付く。そこは――

 「ここは……」

 『親友の消えた瞬間』

 ああ、またこれか。

 幾数回と繰り返した光景。

 「ていうか、君だれ」

 おもむろに、いつの間にか僕の後ろに立っていた人影に語りかける。

 『お前だよ』

 その姿、容姿、姿形。それは僕だった。まるで僕だった。寸分違わず僕だった。まったくもって、僕であった。

 「僕?」

 『他に何に見えるって言うんだ』

 そりゃそうだ。

 『僕はお前の中のお前、お前は僕』

 そんな存在、と答えた。

 さっきの彼女ではない。その姿は僕そのものだった。しかし―――

 「君は……僕じゃないね」

 言って、僕と同一の姿をしたナニカを臨む。

 『……なんで、そう言えるのかな』

 「なんでって言われても、納得して貰えるような根拠はないよ。……でも、僕じゃない誰かから『僕はお前だ』なんて言われても到底信じれないだろ」

 『…………』

 沈黙。しばらくして、口を卑しく開いた。

 『へえ。勘がいいのかな? ご名刹。騙して悪いけど、僕はお前じゃないよ』

 汚らしい笑顔で、そう答えた。僕の顔で、そういうのやめて欲しいなあ……。

 『でも、なんでわかったのかな。僕の言ってること、彼女のそれとそう大差ない内容だったはずだけど』

 「君の言葉には真実性がなかった。彼女の言葉にはあった。それだけだよ」

 なるほど、と手を打つ。

 『そう言えば、嘘を見抜く能力を持ってたな。こりゃ失敗。前回もしてやられたけど、お前達相手にからめ手は無意味だね、どうも』

 前回? お前達? 何を言っているのかあまりよく分からないな。

 「君は一体なんだ? どうして僕と同じ顔をしてる?」

 『僕? 僕はお前が使力だと思ってる物(、、、、、、、、、)だよ』

 使力(アーク)だと思ってるモノ?

 「僕の剣が、君だって言うのか? でも、剣に意識なんてあって、あまつさえどうして僕の悪夢に出てくるんだ?」

 『そりゃあ意識くらいあるさ。僕達(、、)は色んなのがいるけど、どれもこれもそんじょそこらの物質で構成されていない。この世の物理法則に反する架空原則。(はじまり)の産んだ調律の祭器。まあ、今はお前のもんだからさ。お前の姿形をしてるって寸法だよ』

 またまたよく分からない話になってきた。

 『お前をここに落としたのには理由がある。僕としても、ここでお前に死んで貰うのは本意ではないからね』

 「死ぬって、たかだか悪夢じゃないか。そりゃ、時間はかかるだろうけど、いつかは慣れると思うんだけど」

 『慣れるってのがそもそもダメなんだよ。こんな風景に慣れきってみろ、それこそ廃人だ。この世の恨み辛みを集約した怨嗟や醜悪で悪辣な世界風景。慣れるだって? そんなやつはそもそも人間で無くなっているんだよ』

 「……なるほど」

 『だから、少しだけ手助けしようと思って。具体的に言うと、僕はお前の力を底上げすることが出来る』

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