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RAW〈~転移した先の異世界はSNSのTLだった~〉  作者: 佐々木ヒロ
《圏外区》編 (放浪第一部)
18/29

ep,16 放火魔の孤独6



 /


 「僕は、プロトコルを倒す」


 皆の前で唐突に宣言した僕に対して、一同困惑――というより、空いた口が塞がらないといったような、驚愕にも似たそれに統一されていた。

 駐屯所のロビーには幸いな事に全員が揃っていた。オーライさんを含めて、全員。その全員が、僕に向けて困惑の表情を向けていた。


 「――本気で言ってるのか?」

 オーライさんの問いに「うん」と頷いて、続けるように口を開く。

 「僕はあの野郎を倒さなくちゃいけない。ぶん殴って、ぶっ倒して、それでもって放火を止めなくちゃいけない。この街を無事に出るためにも」

 そして、

 「あの子を救うためにも」

 僕が口にした言葉の意味が理解出来ず、ルサ以外は皆「あの子?」と一様に困惑していた。これは、後々に説明する必要があるかな。


 「今晩クロノディアの麓で決闘する予定だ。それについて、皆にも――」

 「待ちなさい」僕の話しの最中、間に割って入るように口を挟む。「プロトコルを倒すって、貴方アイツと戦うつもり?」

 ノアちゃんが睨むように鋭い眼差しで、再三の確認を取る。

 「そうだよ」

 そんな風に答えた僕に、彼女は再び驚くように、そして憤るように目を見開いた。

 「……貴方、わかってるの? プロトコルはこれまでの敵とはわけが違うのよ? その意味が、本当にわかってるの?」

 「わかってるよ。だからこそ、僕はアイツを――」

 「わかってない!」

 言いかけて、またもや無理矢理に割って入る。今度は、感情を顕わにして。燃えるような叫びをあげて。

 「わかってないわ。……貴方は、全く持って理解していない。アイツの恐ろしさを、残酷さを、そしてなにより、その絶対的な強さを――貴方は、全然理解出来ていない」

 「……――」

 必死に、そう訴えるノアちゃんの表情のソレは、尋常じゃない程強張っていて、身体は小刻みに震えていた。


 「貴方に何が分かるって言うの? アイツの恐ろしさの何ひとつも理解出来ていない貴方が、何がわかるって言うの? ねえ、答えて」

 震える声音で、両手で身体を抱きしめながら言葉を紡ぐ。

 「分からないわよね、身体を意志と反して好き勝手に弄ばれる恐怖を。解らないわよね、届く距離に手が届かず目の前で消えていく絶望を。判らないわよね、脳に染みわたるまで植え付けられた、恐怖と絶望と孤独のそれらが、蝕む身体の楔を。……貴方は何一つ理解出来ちゃいない――ッ!」

 震えるノアちゃんの肩に手を寄せるノッブさん。一瞬だけ驚いたようにビクリと震えたが、しばらくそうしてると震えも収まってきたようで、息をつくようにノッブさんは口を開く。

 「……まぁ、すまねえが許してもらいてえ。プロトコルの野郎についてのあれこれは、ちょいとご法度なんだ。コイツには……俺にとっても、な」

 「ノッブさんにとっても……?」

 「ああ」呟いて仰ぐように、黄昏るように語りを続ける。古い記憶を紐解くように、遠い眼差しのまま。天井を仰ぎ見て、口を開く。「リョウ、お前はもう既に察していると思うが、俺達二人は御使いだ」

 唐突な告白であったが、しかし、それでも僕は驚かなかった。二人はプロトコルと面識があり、プロトコルは数百年前に生きていた人間だ。つまり、彼らもまた数百年前の人間であり、今も尚生き続けている以上、御使いであることは明白だった。あの日プロトコルについてあれこれ話をする際、ルサに部屋を出るよう指示してこの面子を揃えたのは、恐らく御使いのみで話がしたかったゆえであろう。だから、今更そんな事を言われても、特に驚かなかった。ノッブさんの言う通り、察していたからだ。


 「ずっと昔だ。気が遠くなるくらい昔、俺達は奴隷(、、)だったんだ。プロトコルが直接経営してやがった、奴隷農場の商品だったんだ。俺達にはな、その時ヤツに埋め込まれた恐怖とトラウマが、今でも残ってるんだ。だから、アイツの恐ろしさを身に染みて知っているし、だからこそ、お前にもそれを味あわせたくないんだよ、コイツはな」

 「……――」


 僕を心配して、あんなふうに感情的になってくれてたのか。それは、それは単純に嬉しかった。

 だけど

 だけどそれなら

 なおさら

 「なおさら、彼をそんな目にあわせ続けるわけにはいかない」

 彼を、あの野郎の蜘蛛の巣から引きずり剥がして、救ってあげなくちゃならない。

 

 「お前の言う、その『彼』ってのは一体誰のことなんだ?」

 どこか察したような少し悟ったような表情で、セングゥが問う。

 「放火魔……イッザのことだよ。彼はあの野郎、プロトコルのヤツに利用されてるんだ。利用されて、いように使われる、奴隷なんだ。――僕は、彼を救いたいんだ。絶対に」

 



 Rise of Angel World.




 夜。クロノディアの山の麓は星がよく見える澄んだ空。

 冷えた、そして乾いた空気。頭上見上げた空のソレは、酷く輝いていた。酷く綺麗で、美しいまでに醜悪な、大天に煌めく瞬きの灯り。

 「はぁ」

 吐く息は寒い。寒い。凍える程の孤独。独りとは孤高だ。そして孤独でもある。だからこんなにも寒い。

 「僕は……なにをしているんだ」

 燃やして。燃やして。燃やして燃やして燃やして燃やして燃やして。

 全てを燃やしたい。そんな、そんなどこから湧くのかわからない僕の内に渦巻く衝動。

 何故僕はこんなにも燃やしたがっているんだろう。

 

 ソレハ寒イカラ


 寒いから。そうか、僕は寒いんだった。

 「でも」

 なんで僕は寒いんだ。

 

 ソレハ独リダカラ


 孤独は寒い。ぼくは、独り。

 「でも」

 どうして僕は独りなんだ。


 ソレハ失ッタカラ


 何を。


 ……。


 何を。何を何を何を何を何を何をナニを何をなにを何を何を何を何を何をなにを。

 僕は 何を 失ったんだ。

 わからない。

 思い出せない。

 何もかもがわからない。

 僕は何を

 な、にを


 『はァいイッザちゃあン、そろそろイきますよォ~』

 ほら、また燃やしたくなった。

 「……はい」


 胸の奥の奥にあるこの焦燥は、一体――


 


 5/


 深夜。もと居た世界で言う丑三つ時を回った頃、僕たちは指定の場所であるクロノディアの山岳の麓まで来ていた。

 今日は風が冷たい。海から吹く風にしては、いささか湿り気に欠けた乾いた風。

 首元、項をなぞるように吹き抜ける風が、僕たちの足を急かす。

 『さっさと来イ』

 そう言われている気がしてならなかった。


 「大丈夫?」

 唐突に、後ろを振り向き声をかける。僕たちの後ろについてくる、ノアちゃんとノブナガさんに対して。

 「ええ」俯き気味に足元を見ながら答えるノアちゃん。「多少は落ち着いたから、大丈夫よ」

 「……そう」

 つきなみで素っ気ない応じ方だったが、僕にはこれ以上、何も言うことが出来なかった。

 僕は所詮話で聞いた程度の苦しみしか分かってあげられない。彼女がどんな痛みを味わって、彼がどんな苦しみを与えられたのかは、僕には知る由の無いこと。だから――適当な言葉をかける事は出来ないのだ。


 「まぁ」言って、透き通るような弱弱しい、だけど芯の通った強い声音で、口を開く。「貴方一人で行かせて、一人で勝手に死なれるのも寝覚めが悪いもの。ねえ、ノッブ」

 「へっ、違えねえ」

 「……そっか」

 明らかな強がり。空元気だって事は、容易に見て取れる。心の中では今も震えている。――だけど、それでもこの事実だけは確実な事。二人は戦うという僕について来てくれた。一緒に戦ってくれることを誓ってくれた。だから、これだえは二人に伝えたい。

 「ありがとう、本当に」

 まるでフラグっぽい台詞で、王道であれば僕はこの先死んでしまうのだろうけど――僕は、僕の望みをかなえるまで死ぬわけにはいかない。

 絶対に。


     ◇


 『来たねエ』

 草々の生い茂る真っ暗な草原、とても静かな風の吹く開けた丘。透き通る空の雲間に覗く月が、点々と地を照らす。

 『宮井リョウくン』言って、僕たちを一瞥する。『あれあれ~? 君一人で来たわけじゃないンだねエ~。決闘って普通タイマンでやるもンじゃないのオ?』

 煽るように軽い口調で話を続けるプロトコル。ヘラヘラと気色の悪いニヤけ面が月明りに光る。

 僕たちは四人ここに居る。四人、ここに来ている。僕、フェルト、ノアちゃん、ノブナガさん、の四人で来ている。

 『まァ、どうせ数の力に頼って来ると思ってたけどねエ。……それに』呟いて、ジトリとした目付きで僕の背後に立つ二人を見る。『それに……懐かしイ顔ぶれじゃなイか。久しぶりだねエ、君たち』

 ニッコリと、本当に心底からの満面の笑みを向ける。それに、凍えるような震えを覚える二人。震えに身を捩り、両肩を押さえ震えを抑えようとするが意味を成さない。治まる筈のない震えは、二人をその呪縛から解放しはしない。滝のように流れる冷や汗が、震えが、沈み切った重苦しい表情のそれが、それらが如実なまでに物語る。二人を苛むトラウマの深さと恐ろしさを。

 『おや?』

 しかし、プロトコルの視線を遮るように立ち塞ぐ。

 「フェルト……」

 フェルトが、二人を隠すように前に立つ。

 『これはこれは、かっこいいねエ。男だねエ、フェルトたン』

 「いや、少し風に当たりたくなっただけだよ。――前に立たないと、風が拾えないからね」

 何だコイツ、今日はやたらとかっこいいな。

 『へエ。――まぁ、君がキザ屋さんなのは昔っからだったしね。相変わらずだね、ほンと』

 「……」

 昔から……か。その言い回しに、違和感めいた、疑問にもにた不思議な感覚を覚えた。

 昔から――話してた時にももしやとは思っていたけど、やっぱり、フェルトはプロトコルと顔見知りなのか。会話の内容からして、ノアちゃんやノブナガさんのように奴隷だって事はないだろう。……だけど、だとしたらコイツは、フェルトは――プロトコルのなんだったんだ? 仲間? こいつらは手を組んで、奴隷を売りさばいていたのか? だとしたら、ノアちゃんがフェルトを毛嫌いしているのにも頷ける。

 だけど……

 だけど、フェルトがプロトコルの仲間だなんて、信じたくはない。

 信じたくはないけど……だけど……

 「リョウ」

 「……!」

 色々と考えを巡らせていたその時、唐突にフェルトから声がかかる。

 「今は、余計な事は考えない方がいい。君にはやるべきことがある。違うかい?」

 「……ああ」そうか。――そうだよな。「……わかってる」

 聞きたい事は山ほどあるけど、とりあえず今は、目の前の敵だけを見ていよう。


 「その子は連れ帰らせてもらうぞ、プロトコル」

 言って彼、イッザを見据える。すると、ビクリと怯えるように震え、目を背けた。

 『連れ帰る? おいちゃンのイッザきゅんを? あげないよ? コイツはおいちゃンの所有物だからねエ』

 自信満々に。悠々自適に言うプロトコル。

 「連れ帰るさ、お前を倒して」

 だから僕も、また自信満々に言い放つ。

 『へエ』首を曲げてコキコキと音を鳴らすプロトコル。『イいね。イい顔だよリョウくン。覚悟は出来てるようだね。――だけど、どうやって彼を救ウのかな? おいちゃンをどうやって救ウのかな? ちみも知ってるでしょうン、おいちゃンの実力を? どうやって隙を作る? もしかして愚かにも正面から向かってくるのかな? だとしたらちみは――』

 「白状するとな」話しを遮るように、プロトコルの言葉の途中で割って入る。「僕はお前に恨みもなにもない。まあそりゃそうだろうね。お前にやられた傷は痛かったけど、別に痛くはなかった(、、、、、、、)。だからお前と戦う理由に、僕個人からのお前への執着も恨みもありゃしないんだよ」

 純白の剣を具現化させ、力いっぱいに握りしめる。

 「でもな、僕は知ってるんだ。痛みじゃない痛みを、彼の痛みを。――イッザ、君のその眼を、僕は知ってるんだ。それは、昔の僕の眼だ。一緒なんだ。大事なものを失った時の、後悔と悔しさと絶望と――そして寂しさを孕んだ虚な眼差しを」

 イッザと視線を合わせて、言う。

 「君の目は、昔のボクと一緒なんだ。何かを失った、何かに囚われた……そんな目だ。――だから、僕は君を救いたい」

 『それで?』

 何が言いたいんだ? とプロトコルは無言で問う。

 「だからさ」言って、握った剣を月光に照らすように、空に向かって振り翳す。「その子は連れ帰らせてもらう」

 

 ――瞬間、真っ暗な夜空の下に、空白の一閃が突き抜ける。

 『――へ』

 何が起きたのか理解出来ない、そんな表情。正直、僕も一緒。何が起きたのか、全然わからない。

 だけど――これだけは確実に言える。

 『イッザは――?』

 イッザは、僕たちが奪い取った(、、、、、)


 『イッザきゅんが消えた……?』

 「ああ、消えたよ。僕たちが奪った」

 『奪……った?』

 「ああ」言って、純白の剣先をプロトコルに向ける。「さしものお前も、神速(、、)は捉えきれないだろ」

 『神速……?』

 「後は、お前を倒すだけだ。プロトコル」


 宣言して、純白の剣を振り翳す。


     ◆


 SKAND:3――韋駄天の業。

 無類なき神速に一閃よって、御使いが犇めく戦線からイッザは離脱した。いや、離脱させられたが正確な表現だろう。それは無理やり、否応無しのまさしく暴力。なにせ本人の意思に関係なく、セングゥは彼を連れ去っていったのだから。

 数里ほど離れたアエーシュマの郊外で、セングゥは止まった。そこには、ルサの姿があったから。

 

 「よし、ここまで来りゃ大丈夫だろ」

 「おつかれ! 身体もちそう?」

 「なんとか。今回はそう長い距離を走ってねえから」

 かといって、神速を再現した直後だ。どうしても、足腰への疲労は少なからず。

 「さっさとこのガキを連れて逃げよう。悪夢の野郎は、アイツらに任せるしかないんだ」

 そうだね。――頷いて、ルサがイッザの手を握った瞬間、


 瞬きの間に灰燼に包まれた。


     ◆


 『どうやって奪ったかは、まァこの際どうでもいいンだけど……』

 嘲るように、にやけた面持ちのままプロトコルは口を開く。

 『ちみのお仲間、死ぬぜ?』

 「は?」

 どういうことだ。

 仲間――それは言われるまでもなく、イッザを救出する組の二人、セングゥとルサの事だろう。

 彼らが死ぬ。――一体なにを言っているんだ。


 『イッザきゅんの使力(アーク)は少し特別性でね。おいちゃんはそれに少しだけ細工を加えてイるンだよね』

 「特別性……?」

 『そお、特別性』

 特別性――その言葉には妙な響きを感じた。

 『彼の使力(アーク)は通常のソレとは異なるンだよ。――猫と獅子の違イが、君にはわかるかな?』

 唐突に、意味もなく意味があるのかもわからない言葉を投げかけられた。――もちろん、意味のない言葉など、存在しないだろう。全ての物ごとに意味や概念がついてくるように、無意味なものなんて存在しない。

 「獅子――ライオンか、猫とライオンの違い……?」そんなトンチキじみた質問に、一体正しい答えなんてあるのか分からないけど、僕にはこんなありきたりな回答しか出来なかった。「――そんなの、強いか弱いかの違いだろう」

 『へえ、まァ鋭イ。物事をそういう風に捉えれる人間は少ない。同じ哺乳類、同じくネコ科、生体ならびに生態とも大した差はない。同じく食物連鎖の上位置に存在する。――違いなど、体格の違い程度。強い弱い、そう言う風に捉えられるちみは、きっと本能的に理解出来ているだろう』

 珍しく、いつもの気色悪いハスキーな声色でなく、別段珍しげもない普通の人間らしい声色で、意味ありげに話を続けた。

 『違い――そう、強いか弱いか。何が起因して、強弱の云々を決定づけさせるのか、それは間違いなく武器の違い、また武器の多さである。純然たる強さと力とは武器の性能、また武器の多さによって決まる。――それが摂理というもの。君達の仲間……F(フレーム):αでは、β・γには勝てなイ』


 プロトコルが、いつもの気色悪い表情で言い放った瞬間、セカイが真っ暗に染まった。




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