ep,15 放火魔の孤独5
月夜。今夜は綺麗な満月が臨める快晴の晩だ。
身体も問題なく動けるようになった僕は、軍の駐屯地の屋上にある展望フロアに来ていた。
「はぁ……」
一向に進捗の無いこの状況に悩んでばかりいるのも問題だろうと、月でも見てこいということで屋上まで足を運んだ次第ではあるが、いかんせん、特にこれと言って変化はなかった。
この先が、本当にこの街を無事に出れるのかが、ただただ心配でならなかった。
「やぁ」
唐突にかかった呼び声に後ろを振り向くと、見知った白い装いの男が立っていた。
「……フェルト」
「どうしてんだい、こんな所で?」
「別に、少し黄昏てただけだよ」
「そうかい」
言って、静かに僕の隣まで寄ってきて「隣、いいかい?」と問うてきた。当然、断る理由もないため首肯した。
「空を見ているのかい」
「いや、空というか、月かな」
言って、星空の中心に浮かぶ満月を指さした。
「今夜は月が綺麗だからよかったら見に行ってこいよ、オールライトさんにそう言われたから」
なるほど、と納得して、フェルトもまた空を仰ぎ見る。
「確かに、綺麗だ」
「……そうだね」
たしかに、本当に綺麗な満月だと思う。
こんな綺麗な月を見ると、初めてルサに会ったあの日を思い出す。
ルサに会って、セングゥに会って、ノッブさんやノアちゃんに会って、本当にいろんな出会い、出来事があった。――そもそも、フェルトに会ってから、この旅は始まったのだ。
最初にコイツが現れた時は、本当に荒唐無稽な話だと思った。
突然僕の部屋に現れて『僕と一緒に異世界に転生してもらう事になる』なんて言うんだからな、とてもじゃないが馬鹿げた話だと思った。
だけど、実際訪れて、人と接して、色んな思いをして――それは、コイツとの出会いが無ければ起こり得なかった事なのだと、最近は思うようになった。
それに、僕にも目的はある。――親友を、ハヤトを蘇らせるために、僕は戦うって誓ったんだ。
――あれ、
でも、僕は……
戦うって、ナニと――?
「なぁ、フェルト」
「なんだい?」
ずっと、謎だったこと。気にしてすらいなかった、そんなこと。
「僕に、この世界の救世主になれと、言ったよな」
「ああ」
「僕は、何と戦っているんだ?」
「連合国軍だろう」
「誰を救うために戦っているんだ?」
「……」
そうだ。僕は誰のために、誰のための救世主にならなくてはならないんだ?
フェルトはそれを、未だ語ってはいなかった。
この世界の救世主――この世界、RAW。この世界を牛耳っているのは連合国だ。言ってしまえばこの世界は連合国であり、連合国のために連合国軍と戦うってのは、おかしな話だと思う。
それには、絶対に何か違う意味がある筈だ。
「……そうだね。君には、まだ話してなかったね」
言って、静かな眼差しで、語るようにフェルトは口を開く。
「そうだね。一概に救世主といっても、意味が解らないだろうからね。――ルサと出会った街、ヴァレンダントを覚えているかな」
フェルトの問いに、頷きだけで応える。
「あの街の様に、この世界では連合国自治区外に存在する、圏外区の人間たちが不当な扱いを受けているんだ。自治区と圏外区の違いは、理解出来ているかい?」
「そりゃあね。軍に守られてるところと、そうじゃないところだろ」
「そう。だけど、それでは少し説明不十分だ。自治区は確かに軍に守られている。だけどそれは、税金を納めているからなんだ」
「だから圏外区は税金納めていないから守られないんだろ?」
当然だろ。そう言おうとした瞬間、フェルトの口から有り得ない言葉が放たれた。
「いいや。そう思うのは当然だけど、そうじゃない」
……どういうことだ? それって、少しおかしくないか?
「いや、だって、今の言い方だと……」
「そうだね。君をハメるためにわざとあんな風に言ったのさ。――この世界には連合国たる四つの国しか存在しないんだ。その意味がわかるかい?」
四つしか存在しない……?
「それは……」
僕がその意味を決めあぐねていると、察してかフェルトが口を開く。
「この世界の全ての領域は、連合国の支配領域なのさ。したがって、全ての人間は連合国国民ということになる。そして、国民である以上納税の義務がある。国民でありつづけるために、この世界で生きて行くために、彼らは皆多少なりの税金を納める義務がある。そのためのRAW端末でもあるんだ。税を納めない者は処罰の対象だからね」
「納税をしない人には、どんな罰が下されるんだ?」
「死刑だよ。この世界の住人では無い、即ちその者にここで生きる権利はないのだからね」
「……なんて」
なんて酷い事をするんだ……。
「圏外区の人間は連合国の国民であるにも関わらず、連合国からの支援を一切受ける事が出来ないんだ。全てが自給自足。治安もなにもあったもんじゃない。……まあ、平和なところも少なからずあるんだけどね」
同じ税金を払っていながら、この格差はどう考えてもおかしいだろ。
「おかしいと思うだろう。こんな世界間違っている――と」
フェルトの言葉の真意は、よくわからない。
何を伝えたいのか、何を言っているのかは理解出来る。
でも、コイツにはまた別の、他の想いがある。それは痛い程理解出来て、感じることが出来るのに、それが何なのかまでが僕にはわからない。
だけど、これだけは僕の中でハッキリしてる。
「ああ。絶対におかしい」
そんなコトをしているヤツは、絶対に間違っている。
そう答えると何故か嬉しそうな顔で、フェルトは笑う。
「よかった。――君なら、そう答えてくれると思っていた」
言って、踵を反して屋上を後にする。
「私はそろそろ眠るが、君はどうする?」
「僕は、もう少し星を見てるよ」
そうかい。呟いて消えて行った。
瞬く満天の星空の下。煌めく光の一粒一粒を想起してみた。
あの星はなんだろうと、あの星はどんな星だろうとか、そんな他愛もない、益体のないつまらない想像。
宇宙の神秘は計り知れなく、知り得ないもの。ただただ広大な闇の海に、幾億もの神秘が渡り泳ぐ虚構の世界。それは、今も昔も変わりなく。僕のもといた世界でも、当然にそう。
「はぁ」
自然、ため息が零れた。意識したわけでもなし、本当に自然、無意識に。
そして、どこからともなく頬を伝う数粒の滴り。
「あれ――?」
涙。大粒の、涕。
「どうして」
僕は――
「――僕は、この星空を、知っている」
知っている。記憶にある。確かに在るのに、何故か、なにも無いガランドウ。
在る――同時に、或る曖昧で。心が、割れそうに痛くて。だけど、
だけどこんなにも、愛おしい。
僕は――
「僕は、なんなんだ――?」
4/
翌日の昼、僕は街に出ていた。
オーライさんの許可を得て、街の散策、並びに衣類の購入という名目である。許可の方は案外あっさりとおりた。それこそ、拍子抜けするほどに。
ちなみに、衣類の購入を提案したのはルサであり、今現在僕に同行している。でも確かに、こっちに来て服なんてまったく気にしてなかったし、フェルトに言えばすぐに綺麗にしてもらえたから着替えというものを全く意識してなかった。
だけど決して関心がなかったわけではない。僕だってこの世界の衣服に興味はある。街を見て回るついで、服を買うというのも全然問題ない。
「にしても、人多いなあ」
伸びをしながらルサが呟く。確かに、人通りはかなり多い。
立ち並ぶ屋台や店舗の数々、元の世界で云ういわゆる商店街のようなもの。道幅は大した広さでもないのにこの人口密度だと、前に進むのも一苦労だ。
「こういう時にフェルトが居ると本当に便利なんだって、改めて実感させられるね」
そうだね。呟いて、今の状況を再確認させられる。
ん? 待てよ、ルサと二人っきり? 男女が二人っきりで街をぶらつくってこれ――デートじゃないか!?
全く気にしてなかった分、そうなると急に意識してしまうのが男子だ。やばい、ぼく、こういう経験ないから少しやばい。
「おっ、アレはなにかな!?」
当のルサに至ってはこれっぽちもそういう意識はなさ気な雰囲気。……まあ、そうだよな。
ていうかアイツ、最初に出会った頃、僕のこと「弟みたい」って言ってたよな。
ルサには弟がいる。それがよく出来た弟だったらしく、故郷から出稼ぎに出て以来帰ってきていないのだという。ルサにとってのこの旅は、その弟を探し出すことが目的でもあるのだから。
つまり、僕への接し方は弟へのそれと変わらない意識なのかな。――それなら、僕の方も姉の様に思えば、いいのではないのか。
「……そうだな、その方が自然だ」
「なにか言った?」
「いや独り言」
しばらく街をぶらついて、服屋を見かけたの下見に入った。
店内を見て回って、目に入ったのが一点。限りなくカッターシャツに近いシンプルな服。素材はゴムみたいなよく伸びるモノで、それでいて頑丈で通気性が良いとのこと。値段は……アホみたいに高かった。
「お客様、そちらの商品が気になっておいでで?」
「いや、こんなシンプルな服一着に5万エルピはおかしいでしょ」
クレーマーじみてて嫌なんだけど、言いたい事は言った、悔いはない。ちなみに、エルピとはこの世界共通の通貨単位である。感覚的に1エルピ=1円で問題ない。
「ああ……ソチラの商品は『blue』系列の物でして」
ぶるーけいれつ? なんだそれは。
「世界最高峰の芸術家、ブルウがデザインしたブランドにございます。ブランドの中でもソチラの商品は最安値のもの。いかがですか?」
「あー、じゃあいいで」
「買います!」
は? 何言ってんだこの兎。
「いや、高いしいいよ別に」
「何言ってんの。男は見た目から大事なんだよ? それにフェルトからこんなにお金渡されてるんだから」
じゃじゃーん、と懐から見た事無い物凄い厚さの札束を取り出すルサ。おお、すごい。こういうの漫画の中だけだと思ってた。生でこんなの見たら感心してしまう。
結局推されるがままに金惜しみもせず購入してしまった。しかも二着。合計十万ぶっとんだ。
◇
目的を終えてなお、かなりの時間が余ってしまったため、食事でもするかという流れになった。
またもや街の中をぶらついて、適当な食事処を探し、店内へと入った。
店内は随分と賑やかな雰囲気につつまれていた。真昼間だってのに居酒屋みたいに騒々しい。――まあ、別に嫌いじゃないけど。
ポツンと空いている三人用の席に腰を下ろす。「いらっしゃいませー」と云うお決まりのセリフと共に店員がやって来た。とりあえず腹は減っているしお金も問題なさそうだからしっかり食べよう。
各々注文を終え、共に出来上がった料理がやってくるのを待つ。
「賑やかだねえ」
「そうだね」
賑やか過ぎて逆に声が聞き取れない程だ。構わないけど、出来るならもう少し声量を落として欲しいというのはある。
「ところでさ」
唐突に、ルサが声のトーンを落として声をかけてきた。
「この前、アンタが負けたのって、その、御使いだったんだよね……?」
「うん?……まぁ、うん、そうだよ。ていうか、知ってたの?」
「理屈上御使いを倒せるのは御使いだけだからね。昔読んだ絵本に書いてあったよ」
御使いの法則ってもしかして一般常識なのか? てことは、相手が御使いだってことは、考えりゃ当然なわけか。
「それで、ソイツってどんなだった?」
「どんなとは?」
「だから、どんな感じだった? ほら、恰好とか、性別とか」
「そうだなあ」
どんな感じだったか……プロトコル、そう呼ばれるあの気色の悪い男を想起する。
「黒いローブ羽織ってる、背の高い、壮年の男だったよ」
黒いローブをに身を包んだ、背の高い壮年の男。スキンヘッドで、頭部の頂点が異様に凹んだ男。
ニヤニヤとした気色の悪い、本当に嫌なヤツだった。すると――
「よかったー!」
などと、気分悪い僕とは対照的に、気分良さ気に声を大にして喜ぶルサ。何が嬉しいんだ?
「いやあ、ソイツがアタシの知り合いじゃなくて助かったよ」
「知り合い?」
うん、と首を縦に振って頷くルサ。知り合いに御使い……?
「アタシの師匠でねー。すこぶる強くてさあ。誰もあの人には勝てないし、立ち塞がるなら絶望的でしょ? だからよかったって。特徴全然違うし、そもそも師匠女だし」
「へえ。――けどさ、ルサの師匠なら僕たちの味方してくれそうだけどね、なんとなく」
「そうでもないよ。あの人、気分やってわけじゃないけど、何考えてるかわかんないし。一度決めたことやこれっていう信条は、身体がひん曲がっても曲げない性格だしね」
師匠が御使いか……それでこの身のこなし、剣の腕前、納得がいく。けど、そのルサをして「誰もあの人には勝てない」と言わしめるその御使いは、相当な強さなんだな……今後の展開として敵として出てこないコトを祈ろう。
「まあ、そのプロトコルってヤツはたいしたことないよ。アタシが保証する」語るように言って、テーブルのフォークを手に取って、続ける。「アンタの方が百倍強いね。人は願いや思いの強さに比例して強くなる。使力は願うだけ強くなる、祈りの分だけ成長する――アタシの師匠がこう言ってた。アンタが強くなりたい、進み続ける意志を持っている限り、負ける筈はないんだよ」
「……そっか」
なんだか励まされてしまった。だけど、願いの分だけ強くなる……か。僕は僕の望みをかなえるまで、ハヤトを生き返らせるまで、僕は負けられないのだから。
「まぁ、もしそれでもダメだってんなら、最悪――」
『最悪』唐突に、背後から声がかかった。『最悪、どうするンだい?』
子猫ちゃン、と気色の悪い金切り声が耳を刺す。
「アンタは――」
『久しぶりですねェ、宮井リョウきゅん♡』
「プロトコル……!」
瞬間、いつでも戦闘をはじめれるように身構える。
『やめておきなさーイ、チミではおいちゃんには敵いませンから』
尚もそんな挑発につい身体が先に動きそうだったその時。
『行儀が悪いお嬢さンですねエ』
言って、ルサの方を睨むように見据える。すると手に持ったフォークを突き刺そうと振り翳していた――その体勢のまま、まるで時間が止まったかのように硬直していた。
「……なに、これ」
震える声音で、ルサが尋ねる。
『おいちゃんのアアクですよン。おいちゃんは彼女の動きを制限してるンですよォ』
「制、限……?」
『そそ。おいちゃンの意志一つで、お嬢ちゃン、死んじゃうよ』
「おい」気が付いた時には、プロトコルを睨んで口走っていた。「ルサを解放しろ凸凹野郎」
震える声音で、恐怖に耐えながら、プロトコルを睨んでいた。
『へェ』言って、挙げていた手を降ろす。『イいね。嫌いじゃなイよ、ちみ』
すると、固まっていたルサの身体が、息を吹き返したかのように元に戻った。
『席借りるよン』
軽口を叩いて、空いている席に腰を下ろす。
『今日はねエ、ちみと話し合いをしにきたンだよ』
「は――?」
話し合い?
なにをそんな、馬鹿げたこと。
ふざけるなと、そう思った。
「誰がお前なんかと話し合うもんか」
『まあそう言わなイで。話だけでも聴け』
断ろうと思ったが、プロトコルは強引に話を進めた。
『聞いたよォ~ちみ達~。連合国を潰すつもりなンでしょオ~。いやあおいちゃン関心しちゃうね。実はおいちゃンもねえ、この国潰しちゃおうとか考えてるわけよオ』
「それで?」
『おいちゃンに協力――もしくはおいちゃンも君たちに協力させちゃアくれね?』
「断る」
『早』
あったりまえだろ、そんなの。
『もお少しさあ、尺とか色々あるっしょオ~? ちなみに理由は?』
「信用できない」
ルサが答えた。右に同じ、信用なんてできるはずがない。
『あっそ。ま、そりゃそウか。――ちなみにお嬢ちゃン』言ってルサを見据える。『ちなみにさ、さっきなンか言いかけてたけど、あれの続きは?』
「あれ?」
『あれだよ。アの、最悪なンちゃら~って言ってたぢゃン?』
「ああ」
一拍置いて、すぐに口を開く。
「アタシの師匠呼んで、アンタをぶっ殺してやろうって、そう言おうとしただけ」
『へえ』関心ありげに、声のトーンを変えて応える。『その師匠ちんは御使イかな? 名前は?』
「ナナセ」
そう答えると、プロトコルは椅子から転がり落ちた。
一体どうしたものかと、プロトコルを覗いた。すると、その表情からは驚愕のような迫真を感じた。
『いや驚イた。まさか、彼女のお弟子さンとは』
「知ってるの?」というルサの問いに『アあ』と答える。
『ナナセ……これまた懐かしイ。おいちゃンの管理してイた農場は軒並み彼女に潰されてしまったよ』
とほほ、と涙ぐむふりをする。やめろ、気色悪い。
「農場って、何の?」
『奴隷』
悪びれもなく、得意げな表情で言い放った。
「最低だねこのクズヤロー。やっぱり師匠呼んでぶっ殺してやる」
『他人頼りだなンて恥ずかしい子! でもまぁ実際問題、全盛期じゃなイ彼女はおいちゃンの敵じゃないかな、多分。うン、多分』
言って、椅子から腰を上げ、立ち上がる。
『そイじゃま、交渉は決裂ってことでイいのねン?』
当たり前だろ、とルサが睨みながら吐き捨てた。
『おおう怖イ怖ひ。ではでは、次おいちゃンの邪魔しに来たら、本気で殺しちゃウからそのつもりで』
言って、踵を反そうとしたその時。
「待って」僕は、プロトコルを呼び止めた。「最後に一つだけ、聞いておきたいことがあるんだ」
『エえ~何かな?? おいちゃン、こう見えて結っ構忙しいンだけど?』
忙しいってんならわざわざ会いになんか来てんじゃねえよ。
「イッザ。――お前は、彼をどうするつもりなんだ?」
イッザ。放火魔の、炎を操る使力を持った少年。彼の雰囲気はどこか、僕に似ているような、どこか憂いにも似たものを感じた。何かを憎んで、何かを恨んで力を振るうんじゃなくて、なんというか上手く説明できないけど、僕に見せたあの顔は――
「僕はどうして……どうして、燃やしているんだ?」
あの顔は、少なくとも犯罪者の顔じゃなかった。この野郎、プロトコルのように楽しんで家を燃やしているような顔じゃない。アレは――あの顔は、どこかで……
『イッザぁ?? あの子はおいちゃンの道具なだよ』
「ふざけんな。あの子は人間だ。生きている人間だ。道具なんかじゃない」
『道具だよ』続けるように、嘲るように快活な口調で語る。『道具、どうぐ、ドーグ。玩具、がんぐ、言っちまえばそうさね奴隷。アの子はおいちゃンが見つけてきた孤児。所有者が居なかったンだから、おいちゃンが拾ったモンはおいちゃンのモンだろうがよイ。なにを当たり前のことにケチつけてンだイ』
「アンタ……っ」
跳びかかろうとするルサを手で制する。
『それにねえお嬢ちゃン、イッザは望んでおいちゃンの物になったンだぜィ?? 外野にとやかく言われる筋合イはねエものなア』
「望んで? 自ら望んで、アンタなんかの物になるはずないでしょ」
『憶測でなンでもかンでも否定するモンじゃなイぜお嬢ちゃン。まア後は想像にお任せしますゥ。――とにかく、アのガキはおいちゃンの所有物だから、そーいウことだから』
所有物……か。
「彼は、あくまでモノだって言いたいんだな」
『だからさっきから言ってンでしょ、アレはおいちゃンのモノ! しつこいわよ!』
「……そう」
なら――話は簡単。
「なら、お前を倒して、僕のモノにするまでだ」
『―――は? 嗤えねエぞ、小僧』
「そうかな。僕は、お前を倒して彼を僕のモノにしてから、めいっぱい笑ってやるつもりだけどな」
『……――』
アイツがあくまで彼をモノとして扱うなら、僕が勝って、彼を奪えばいい。
こんなヤツのもとに置いていてはいけない。絶対に、奪い取ってみせる。
『へエ』声のトーンを変えて、続ける。『やっぱイイね、ちみ。彼女に似てるよ』
「御託はいいから、首洗って待ってろ悪夢」
『ぎゃははっはあっは八ははあはっははっはははあははははhhhっはっははははっはははっははっはあははははhっはははあはあはははああははっはっははははははっはははははh!!!!!!!!!!!!』
店中にこだまする哄笑を挙げて、プロトコルは僕の耳元で囁いた。
『OK、デスマッチとイこう。おいちゃン、ものすごくちみを気に入ったよ。是非ともこの手でぶっ殺してあげたい。――今晩、街外れの郊外にあるクロノディア山の麓で待ってる。ぶっ殺してやるから必ず来いよ』
それだけを残して、律儀に扉から出て行った。




