ep,14 放火魔の孤独4
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RAW連合国軍自治区 中央区域エルサム(四王領域)
エルサム、そう呼ばれる街がある。そこはRAW世界では聖地として扱われる地区であり、同時に戒めの地として祀られる厄地でもある。
また、前述に上げた街という形容も誤りである。多少なりの規模で人が暮らせる施設は整えてあるが、それも街と言えるほどの大きさではない。
エルサム自体の大きさ、広さは凡そ東京都一つ分と同等程度であるが、その広い土地の中に在るのはひたすらの荒野と廃れた廃墟、さらには残骸の丘と呼ばれる立ち入り禁止区域などが大半を占める。そのため、エルサムで生活する人間の数はたったの10名のみである。
中央区域はその名の通り、連合国軍自治区のちょうど中央に位置する場所に存在する。四王が支配するそれぞれの支配領域全てに隣り合う中心。
ここエルサムは他の領域とは異なり支配者はいない。エルサムはRAWの聖地であるため、たとえ四王であっても支配する事を許されないのだ。四王の名のもとに、守護という名目で支配領域内に収めているのだから。
また、ここエルサムには限られた人間しか入る事を許されない。『原則、将軍以上の階級を持つ者。エルサムに住居を許された者。また、上記の者の同伴にのみ』その門は開かれる。
この男もまた、その通門を許されずにいた。
「門を開けろ! アイス・ヒット大佐が、ヒナ様に謁見しにきた!」
銀色の長髪を後ろで結んだポニーテールを垂らした、所々に包帯を巻いた軍服の男。
アイス・ヒット。階級は大佐である。――無論、門は開かない。
ウンともスンともしない。原則である、門は開かれない。
「何をしている! 私の声が聞こえないのか! おい、こら門番。貴様に言っているのだ! 私より階級はしただろう、私の命令に従えないのかっ!」
「……」
門番も呆れからか、ひたすらに無視を続ける。かれこれ、十分以上は経過したであろうもおかまいなしに、アイス・ヒット大佐は尚も猛抗議を続ける。
「……おい、なんか言ってるぜ。無視しててもいいのか?」
「いんじゃねーの? うちら狩王直属の兵士でもなし。お咎めなんかありゃしねえよ」
「だな」
「おい、貴様ら! 聞いているのか! 聞こえないか、どっちだ!? なにか反応したらどうだ、失礼だぞ!」
もし本当に聞こえていないなら反応のしようがないのだが……。
大声を張るのに疲れたのか、肩を大きく揺らし荒い呼吸をつづけるアイス・ヒット。
「……もういい。そっちがその気なら、こちらも強行手段に出るとしよう」我慢の限界、そう言わんばかりのイラだった表情で腰に携えた細剣を抜く。「――いや、しまった、肝心の水が無いではないか! これでは使力が発動できないではないかっ!」
しまったああああああああ、と狼狽える大佐。……ほんと、何やってんだこの人。
「まぁそうカッカすんなや、ヒットくん(」アイス・ヒットの背後、暗闇の向こうから歩み寄ってくる小柄な影。「暴力はアカンて。まぁ、仮に水があってもやらん方がええ。ここの門はこういう仕組みやさかい」
言って、影の丁度手にあたる部分が光る。
[榴弾、門に向ってどーん。]
瞬間、何もない虚空から大砲の砲弾が跳んだ。
どんな手品か、それは本物さながらの威力を以て、門に直撃した。――が、これまたどんな手品であろう、榴弾が門に触れた瞬間蒸発し、コンマの後に小柄な人影に向かって雷撃が奔った。
「なっ――!?」
咄嗟に、稲妻の直撃点を見る。すると――
「ほらね。今度から気ぃつけーや(」
そこには、見目麗しい金髪の少女……いや、少年? 中性的な子供の姿があった。
頭にゴーグル、軍服に下はホットパンツという異色な組み合わせ。連合国軍の人間、ましてやアイス・ヒットのような上位階級の人間が、その姿に見覚えがない筈なかった。
「綴り手……コネット少将」
コネット。連合国軍少将、奇王の左腕……奇王の筆とさえ呼ばれた使力使い、その血族。
奇王を王たらしめる威厳の席が白騎士であるとしたら、奇王の奇天烈さを示す席はコイツ。その思考、趣向は全くもって度し難く、また天真爛漫自由奔放であるという。
若くして少将という地位に上り詰め、それまでの経歴はまるで謎。今の地位に至るまでの経歴は一切残っていないという。
「へえ、ワイの名前覚えてくれとるんか(」
「……アナタこそ、どうして私の名を」
「きみペストくんの同期やん。よう一緒におるの見てんで。仲良しやんか自分ら(」
はぁ、と曖昧な返事でお茶を濁す。正直、こんな所でこんな人と時間をつぶしている場合ではないのだ。一刻も早く、ヒナ様にお目通り願わねばならない理由が、私にはあるのだ。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁」言って、門のパネルに手をあてがう。「こん中に用があるんやろ? 連れてったってもええで(」
門を開く。――今、コイツはなんと言った?
連れて行く。たしかに、そう言ったのか。
原則、将軍以上の階級、その同伴による通門は許可されている。
コイツは――いや、この方は、なんお慈悲深いお方なんだ!!
エルサムの中央には巨大な虚無空間が存在する。
残骸の丘と呼ばれる黄金の厄災、その亡骸が封印された場所が存在する。
残骸の丘の地下に聖堂と呼ばれる建物があり、そこにアイス・ヒットの目的たる人物は居座っている。
「ああ、きみヒナ様に会いにきたんか(」
「はい。是非とも私めに預言を授けていただきたく!」
快活な口調で目的を語るアイス・ヒット。一応ながら関係の悪い間柄にある奇王直属の将軍に対し、ベラベラと事情を喋るのはいかがなものではあるが、これもまた、コネットの人心掌握・懐柔術の一環である。
ほんま、この手合い相手やとめちゃくちゃハメやすいで(
聖堂の最奥。祭壇のさらに奥に位置する、虚無空間。
ぬるい粘膜のような球体が、空中に浮いているのがわかる。そこに触れ、四回ノックすると、ソレは開く。
バッサリと、粘膜が扉の如く綺麗に引き裂かれる。割れる、即ち開く。
粘膜の内側は、外側から見た空間容積のそれと比例していない。まるで、そこだけ空間が圧縮されているかのような、そんな光景。
「どしたん、さっさと入り(」
「え、ええ……」
恐る恐る、空間の内部へと足を踏み込む。
内部は、まるで迷路のようだった。ひたすらに白い壁に囲まれた通路。これがどこまでも続いていそうな、そんな鈍い恐怖を思わせる白。
白。さながら、城。これは、侵入者を妨害するための機構。それは、言われずと理解出来た。
「さ、行くで」
迷うことなく、戸惑うことも躊躇うこともなく、コネットはひたすらに白い通路を進む。
どこを通っても同じ景色。適当に歩いているのではないかと時折不安になったが、それでも、黙って十分ほど歩けばそれに辿り着いた。
曲がり角、明らかに異様な風景が広がっていた。
巨大な、白い扉。……ここが、ヒナ様のおわす場所。直観的に理解し、無意識的に生唾を呑み込んだ。
ギィと鈍い音が通路に響く。
扉の内は、外の通路と相対する深黒に染まっていた。
一面の黒。それこそ、闇よりも暗い黒。黒色故に闇、そう言わしめるほどの配色。
「ヒナ様、失礼しますー(」
言って、コネットは中に入って行った。ズカズカと、闇の中を歩み進める。――すると、
「ぁ~い……起きてまぅ……ふあぁ……」
などという、今にも消え入りそうな声音が響いた。
ニョキ、と地面から手が生えた。この形容は絶妙に的を得たものだと思う。
何も見えない暗闇の地から、薄白い小さな手が生えてきたのだから。
暗闇ゆえ目立たないが、長い手入れされていない黒髪がサラリと揺れる。グググと起き上がった上半身は極めて華奢で、それは間違いなく女性のものであった。
「あー、昨日からずっと寝てはったんです?(」
「ぅーん。前回は五つも連続で詠んだからね……疲れて眠っちったょ……あーぁ眠ぃ」
この少女、預言師ヒナと呼ばれる、連合国軍の国宝である。
「この方がヒナ様……」
アイス・ヒットはヒナの顔を見たことが無い。そも、姿すら知らなかった。それは彼が大佐であり、彼女がこの空間から一切でることがないためである。軍の人間で彼女の姿を知る者は、将軍以上の者と彼のようなときたまある例外の者のみである。
「……美しいお方だ」
「ぉお、照れるねぇ、どうもどぉも。えっと、初めまして、だょね? いけね、近頃物忘れが激しぃんだ……きみの名前は?」
「アイス・ヒット、大佐です。これ、詰まらないモノですが……」
「ぉお、おみやげ、お土産? 嬉しいなぁ、でもつまらないモノはいらないかなああ……どれどれ……お、ぉお!? これはいい、お菓子じゃぁ、ないかっ! いやいゃ、わがはい決められた食事しかとっちゃだめって云ういじめうけててねえ、こぅいうのすごぃうれしいぜ!」
包み紙を開けるなり物凄い勢いで中身を漁り貪りつくヒナ様。その仕草はまるで、幼い子供のようだった。
「きみいいひとなんだねぇ。そおだ、お礼に2,3預言をあげるょ」
「にっ――!?」
2,3!? 預言一つで国が動く預言のそれを、2,3も頂けるだと!? 望外の喜びに尽きるというもの。
「ええ……そんなにヒットくんにやるんかいな。連れてきたんはワイなんやから、ワイの用事の分まで体力残しといてもらえます?(」
「ぅい。いっぱい寝たからだぃじょうぶよう」
ならええ、呟いて黒い床に腰を下ろす。
「ヒット氏も座って、わがはいと目線を合わせて。わがはい立てないからそおしないと預言できなぃのょ」
言って、目の前で座るように視線で促す。
立てない? なにゆえか理解出来なかったが、国宝に無理を強いるわけにもいくまいと、言われた通り腰を下ろした。
「ほぃでは、まずヒット氏の望むミライが聞きたぃかなあ」
「ミライ……望む、未来?」
「そお」呟いて、ニコリと微笑む。「かなえたいこと、望むこと、達成したい課題、とかとか、そんな自分の希望する未来について知りたぃなぁ」
望む……未来。
私の望み、希望……。
「私は、先日任務に失敗しました。今まで無敗だった海戦で、初めて敗北を味わいました。――私はあの女、海竜の王に勝てるでしょうか」
未来の私は、ヤツを射止め得るでしょうか、そう問うた。
「ぅん、出来るょ」言って、喜びかけた刹那。「ただし、ヒット氏も死ぬ」
相打ちだね、そう言った。
「相打ち、ですか……?」
「ぅん。わがはいが読んだビジョンでは、きみは終末日にシキ・イロハと再戦する。その際、彼女を打ちやぶることはできるが、きみも同様に失墜するだろぅ」
「そ……ん、な――」
そんな、馬鹿な……。
ヒナ様は預言を外さない。建国以来、この方の預言が外れた事は、ただの一度もない。
それはつまり、私の死は逃れられぬ“運命”だということ。
認めたくない、認めてしまいたくない。いやだ、嫌だ!
「しょげないで、ヒット氏! きみにはまだ強くなる余地がある! さっきのはあくまで、現状の世界条件で読み取ったビジョンにすぎなぃ! きみならやれるさ! さぁ友よ、今を生きるわがはいのゆーじん第11号ょ! きみの望む強さを答えょ!」
「望む……強さ……」
力、ちから――私を凌駕する、力。
……まて、そういえば、あの船には御使いが乗っていた。私の任務はソイツの確保だったはずだ。
「御使いを、……御使いを倒す力を望みます」
「無理」即答であった。喜ぶ暇も隙すらもない。「わがはい説明下手だからさぁ、ちょうどぃい機会だし、わがはい以外の張本人に聞ぃてみたら?」
言って、暗闇の隅でふんぞりかえっているコネットを指さす。
「ええ……ワイかいな……(」
「ぃいでしょお、ともだちんちんだしょお、わがはいたちぃ」
まあ、ええけど。呟いて、コチラと視線を合わす。
綴り手のコネット。預言師のヒナ様。お二方は同様に、御使いである。
御使いとは、数百年前の戦争時に世界に現れた不死身の戦士たちのコト。四王、彼らもまた御使いであり、彼ら四王が筆頭となり戦争に終止符を打ち、世界に安寧を齎した秩序の不死者。それが、御使いだ。
現在の連合国軍の最大戦力。少将以上の階級に立つ者は皆、御使いである。連合国設立時に、反抗勢力の御使いは軒並み狩られたというが、少数は今も尚生き残っているという話である。今回問題になっている御使いも、その内の一人ではないかという話だ。
「まぁ、御使いに勝つっちゅーんは、どう考えても無理な話やて。自分、なんでこの世界の最強キャラが御使いなんか理解しとるか? そりゃあ前提として、御使いは死なんからや。何しても死なん。どこをどう殺しても死なん。あっちゅーまに復活する。それは自分もよう知っとるやろ。ある一部の連中を除き、御使いを殺したという事例は聞いたことすらない(」
言って、BUNGと銃を撃つジェスチャーを取る。
御使いは不死身。それはこの世界共通の認識であり、秩序である。"羽狩り"と呼ばれる6人を除き、御使いを殺したという事例は存在しないのだから。
「ただ、御使いが絶対に無敵、不死身っちゅー話でもないんよ、実は。これはあんま知られてない通な情報なんやけどな、御使いを倒す方法は、一つだけあんねん」言って、一拍空けてから、口を開く。「御使いはな、その恐ろしい再生能力を対御使い戦では発揮できひんのや」
◇
「御使いは、御使いとの戦いでは再生力を失う……?」
ああ、と頷くフェルト。未だ理解しきれてなさそうな僕の表情を察してか、すかさず口を開く。
「御使いは、文字通りの不死だ。――ただ、御使い同士が争う場合、その不死が働いてしまうと永遠に決着がつかない。これは彼ら、御使いに与えた“運命”の枷なのさ。プロトコルは現存する御使いの一人であり、君もその内の一人。御使い同士の誓約が働き、君たちの不死性はあの瞬間失われていたという話だ」
「……なるほど」
そういうことか。つまり、攻略不可能という状況をなくすために設けたルール。ゲームで言うリミテッド、限定戦ってやつか。
まぁ、確かに不死身同士が殺し合いして無限に再生するってなると、いよいよアホらしくなってくるからな。少し考えればわかることだろうに、恥ずかしいやつめ。
「プロトコル。彼は、全盛期は覇王の右腕として犯罪組織を率いていた強力な御使いだ。今回、彼との戦いはなるべく避けよう。いざとなれば、軍の御使いを要請すればいい。その場合、私たちは街から逃げるがね」
「なわけねえだろ、逃がすかタコ」
素早い、オールライトさんのつっこみ。さすがのフェルトも、これには少し表情が苦くなる。
「……わかった。今回、彼は無視しよう。イッザ、彼が一人になるタイミングを見計らって、彼だけを捉えるようにしよう」
「つっても、あのプロトコルだぜ。そう易々と隙は見せねえだろうし、監視するにしてもすぐにバレちまうだろ」
「そうだね。しかしノッブ、監視には私の使力を使う。プロトコルに悟られる心配は、限りなくないと言えるだろう。問題は、ヤツがいつ隙を見せるかによる。長期戦になりそうだ」
……その間に、あと何件の家が燃やされるのだろう。
みんな同じ思いなのか、急に場が静まり返ってしまった。果たして、本当にこのままでいいのか。
「……いいわけが、ない」
起き上がる事すらままならない、そんな無力な身体を呪いながら、吐き捨てるように呟く。
――それに、
「……イッザ」
あの少年にも、何かある気がした。
あの子の中に、何かある気がした。
「あの子は、何で家なんか燃やしているんだ……」
窓から空を臨む。
ひたすら青い、蒼い空。
火炎と相対する蒼色。この色は、とても心地がいい、優しい色だ。
昨日、彼の炎からも、優しさを感じた。
同時に、寂しさも――




