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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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地獄の釜の蓋開けて

 瞬きをする間も無く変わった景色はなんとも言い難い惨状であった。

 工房独特の整備油と鉄臭さは転移した瞬間に様変わりし、木材が燃える焦げた匂い、ただの鉄の匂いとは異なる血生臭さが支配していた。

 のっぺりとした平屋の煉瓦造りの建物に、監視塔の役目を果たす塔が入り口となる巨大な門の左右に建っている。平屋とはいえども高さは中々にあり、通常の二階建ての建物よりも縦の長さがある。

 そこかしこから火の手が上がり、入り口手前にいる学園の魔法使いや警備の兵士達は皆疲れ果てた様子でよく見れば赤い血が滴るままの者もいた。


「アロイス様!」


 血が染み込む包帯を頭からに巻いた魔法使いが転移した俺達に気付くとすぐさま近寄ってくる。


「状況は?」


 男の頭に巻きつけられた包帯の白地の赤がなんとも痛々しいが、当人もアロイスも気にする様子は無く、情報の共有を優先している。


「現在、ゴブリン等の小型の魔物は確保及び討伐完了しました。オーガやハーピィ、サラマンダー等の中程度の脅威を持つ魔物も順調に対処中です」


 怪我人の多さを見るに、順調という言葉は目標の達成具合でありこちらの損耗具合のことではなさそうだ。

 現場にいる魔法使いは十人、槍や剣等の武器で武装した警備兵が十五人ほど。その殆どが怪我人ばかりだ。


「こちらの被害は?」


「恥ずかしながら負傷者多数です。あの地面の揺れに気を取られている間に魔物が次々と。そして頼みの綱のゴーレムが全く動かないのです」


「ゴーレムが?」


 男がチラリと見た視線の先を見れば、建物の入り口の両脇に座して鎮座する二体のゴーレムがいた。石材で構成された太い豪腕は一振りで家屋を薙ぎ倒せる威力があろう。しかし、その豪腕は魔物に対して振るわれていないどころか、地面を突いてそのまま身動き一つしない。


「不具合ですか。そちらはロジー先生に任せましょう」


 アロイスの目配せに頷き、ロジーは小走りで入り口へと向かう。機械云々は勿論、魔力で動くゴーレムは俺の専門外だ。細かいことは彼女に任せよう。


「現在対処しきれていない魔物は?」


 眼鏡越しの刺すような視線に報告している男は無論、話を横で聞いてただけの俺とルチアまでもが心臓に冷たいモノを感じる。

 普段は冷静かつ穏やかで、優秀と自他共に認める男アロイス。その男の真剣な眼差しはとても力強く、敵に回したくは無いと心の内で思ってしまった。


「対処が困難な魔物は現在一種のみです。あの蜘蛛(・・)だけです。他の魔物はともかくとしてアレは別格ですから」


「蜘蛛?」


 蜘蛛と聞いて田舎の親戚の軒先に巣を張っていた蜘蛛を思い出す。確かにアレは脅威となる存在だと子供の頃は思っていたが、今となれば単なる虫に過ぎない。生理的嫌悪感こそあれどこれだけの戦力が集まっても対処出来ないモノなのだろうか。


『ハジメさん。この世界の蜘蛛は普通のサイズもいますけど、デカい奴はめっちゃデカいんですよ』


「えぇ……マジかよノウ。俺ってトマトと幽霊の次にデカい虫が嫌いなんだよね」


 大きな蜘蛛を頭の中で想像すると身体がブルリと震える。台所にいる黒光りする虫に非ずな虫と比べるとどっこいどっこいだが、どちらにせよ多足の生物は得意な方ではない。演習場でザトウムシに何度悲鳴をあげたか。


「ふむ、巣を張られては困りますね。あまり放置するのは得策ではなさそうですし、ゴーレムが起動しないのは懸念事項でもありますが、我々も中に入りましょうか」


 尻込みするこちらを他所にアロイスは決心をする。どうやら蜘蛛穴に入らずんば蜘蛛子を得ずということらしい。個人的には成功は欲しくても蜘蛛の子なぞ欲しくは無い。


「アロイス先生。ハジメさん。私はここで負傷者の救護を行いますね」


 多足がカサカサと動くのを想像してしまい嫌々な気持ちになってしまったが、汗を拭う暇も無い迅速な救護活動を行うエレットを見ると、俺も頑張らなければならないと身が引き締まる。


「じゃあハジメェは頑張ってね〜。ファムはここで待ってるよ〜」


 間延びした声に引き締まった思いが緩んでしまった。ガックリと肩を落とした俺はファムに近付きその頭を思いっきり前後左右にぐわりと揺らす。


「着いて来ないのかよ! どうした切り札!?」


「わ〜!? や〜め〜ろぉ〜よ〜! デリケートなんだぞ〜ッ!」


 何のために着いて来たのか。あれだけ自分で役に立つと、切り札とのたまっていたのにいざとなれば率先してお留守番役を担当しようとする。平時であれば子供の我儘と笑えるが、この騒動の最中では一笑に付すことすら出来ない。


「お前、子供だからって何やっても許される訳じゃ無いぞ?」


「違うの〜。ファムは切り札だけど、こういう切り札じゃ無いのよ〜。虫を食べるのは今はそんなに好きじゃないのよ〜!」


 最後の方の情報はあまり詳しくは聞きたくないところだが、とにかくファムは一緒には俺達と共に蜘蛛討伐へと赴く気は全く無いようだ。


『ハジメさん。ファムは切り札ですけどこういう切り札じゃないんです。なので私と共にお留守番をしてますよ』


 しれっと自分もお留守番役に名乗り上げたノウの抜け目なさに思わず嘆きのため息を吐き出す。


「しゃあなしだな。行くぞルチア、お前まで留守番になるなよ?」


「私は留守番はしないよ。ハジメが心配だもん。虫が怖いんでしょ?」


「嫌いなだけだよ!」


 嬉しいやら悲しいやら、どちらとも言えるがとにかくこれ以上の人数減少は避けれた。


「お話は終わりました? 助力を願い出ておいて急かすのは気が引けるのですが、一刻を争いたいのです」


 にっこりとした笑みがまるで鉄の仮面に張り付いている。不機嫌な様子のアロイスに慌てて頭を下げる。


「すまねぇ。待たせた分はしっかり働くぜ?」


「まぁ、あまり気負ってもらうよりはいいですがね」


 やれやれと言わんばかりだが、俺とルチアが並んで向かうと先導するように先へ行く。そして、魔物が未だに這い回る保管所の入り口にあたる分厚い門扉の前に立つ。起動不能なゴーレムに代わり直立して警備する兵士はアロイスに頭を下げる。門を開かせるための鎖の滑車がギリリと音を立て兵士の手によって引かれた。


「行くか……」


 えもいえぬ緊張感。額の汗を手で拭い払うと俺は小銃の槓桿を引く。


「まだ大丈夫です」


 高まる緊張感を他所に起き、アロイスは開いた入り口から中に入る。


「地上部分は概ね制圧済みとのことですから」


「さいで。これが魔物保管所か……」


 制圧済みとの言葉通り、激しい戦闘の跡と思われる破壊痕と赤や緑や黄色などの血の跡が床や壁に残っていた。それらに目線を向けつつも、俺は四周を見てみる。

 鉄格子に白塗りの壁。室内の中心に建つ監視台とそこら中に転がる拘束具のようなモノ。壁に立てかけられた槍や剣などの武器に紛れて刺股と呼ばれる警察が大捕物に使う捕縛具までもある。


 保管所というよりも刑務所と言った方が正解である。それが俺の印象だ。


 さながら看守気分で破損した牢の中を見ていると、一部の鉄格子の内側には住人の成れの果ての一部(・・)が残されていた。


「精肉所の端材売り場じゃねぇんだぞっと」


「あっ、ハジメって魔物のヤツは平気なんだ」


「オバケが無理なだけだ。蛇とか鶏を捌いたこともあるんだぜ?」


 意外そうな顔で見るルチアに手をヒラヒラと振り言葉を返した。

 レンジャー記章も持つタケさん直々のご指導により、一般隊員でありながら俺は普通の隊員があまりやらない訓練をこなしてきたのだ。その内容は筆舌し難い。


「アロイス様! こちらです」


 建物の中間まで進むと奥に人だかりが見えた。槍や長杖を床の方に向けなんとも物々しい雰囲気である。

 集団の一人のやや鎧が仰々しい見た目の兵士が俺達を呼ぶ。駆け寄って見れば床に鉄製の大きく分厚い扉が備え付けられている場に皆が警戒の目を出していた。


「これは?」


「地下の保管所です。主に危険な魔物や巨大な魔物を置く場所。この鉄の床扉はその入り口に当たります」


 説明を受けると扉を注視する。重厚感溢れるその威圧感は並大抵の武力では開きそうにもない。戦車ですらまるっと収まるほどの大きさの鉄扉は人用のモノでは無いのも確かだ。


「現在あの蜘蛛……女王(クィーン)の個体名称を持つ奴はこの下にいます」


 兵士の淡々とした報告に一同は頷く。


「流石にすぐ近くにいるとなると怖いな」


「手でも握ってあげようか?」


 人知れずブルリと震わせた肩にルチアの手が乗せられる。魅力的な提案だが、流石にまだ怖気付くのは早いのでその手をそっと下ろさせる。


「奴を捕獲しようにも戦闘力が違い過ぎて歯が立ちません。こうして出入り口を見張るしか我々にはできません」


 悔しそうな顔で言葉を絞り出し、周りの兵士や魔法使い達も苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「無理もありません。あれは学園長が捕獲してきた化け物です。私を含めて大抵の者は対処出来ません」


 唇の端を歪ませると、どう対処しようか考え始めたのか顎に手を立て意識を集中させている。

 思考の邪魔してはいけないと思い、俺は質問をアロイスにせず、近くにいる他の兵士に声をかけた。


「この中はどれくらいの広さなんだ?」


「基本的には地上部分と同様の構造です。人が動けるスペースは若干狭いですが。」


 その情報はあまりよろしくない。人が動ける範囲が狭いということは大人数で押し掛ける訳にはいかない。それに対し、蜘蛛というのは地面や床だけでなく壁や天井などを縦横無尽に駆け回る。小虫のサイズですら手に負えないのだ。大型となればさらに手に負えないだろう。地の利は完全に敵側にある。


 となれば敵地にわざわざ乗り込むのは得策ではない。少しばかり思考し、一つの策を思い付く。


「火をつけちゃえばいいんじゃないか?」


「……はい?」


 突拍子も無い発言にアロイスは変な声を出し、周りの人間も怪訝な顔で俺を見る。


「木材とか油でもなんでもあるだろ? それ地下に押し込んで火をつけて焼き殺そうぜ。最悪酸欠で死んでくれると思うし」


 当たり前の話だが往々にして生き物というのは燃やせば死ぬ。よしんば火で死ななくても煙により燻され死ぬ。火によって酸素が無くなればそれでも死ぬ。

 地の利が相手にあるのならばそこで戦わなければ良いだけの話だ。刃や矢を交えなければ大きさなんて関係無い話なのだ。


「当然却下です」


 だが意見具申は否定される。


「やっぱりダメかぁ?」


「ダメなんだ?」


 俺とルチアの懇願するような視線をアロイスは手刀で切る。


「大変興味深い提案ですがね。この施設が使えなくなるのも困りますし、まだ残っている(・・・・・)希少なサンプル……もとい、魔物もおります。燃やすというのは私の独断では決定できませんよ」


 生き残っていると言わない辺り、アロイスもこの状況が分かってはいるのだろう。

 しかし彼も学園での立場がある。職務上、下の者と上の者の意見との板挟みになるのだろう。理解している上で意にそぐわない判断をしなければいけないのはどこの世界の中間管理職でも同じだということだ。


 どうしたものか。これでは違う策を考えなければならない。俺は腕組みをして鉄の扉を呆然と見た。


「ん? あれ、なんかカタカタしてねぇか?」


 微かに、だが確かに、鉄扉が音を立てないほど小さく揺れている。やがてその動きは大きくなり、見る見るうちにガタガタと大きな音を鳴らして揺れ始めた。


「地震じゃねえッ! ナニかが引っ張ってやがるぞ!?」


 身体は揺れていない。しかし鉄扉は揺れている。それはこの扉の向こう側から何者かが悪さをしているに他ならない。


 ならばこの扉の向こう側。地面の下にいるモノとはナニか。その答えを俺達は既に聞いている。


 そして今。その目で確認もした。


「総員戦闘準備ッ!!」


 アロイスの空を切り裂くような鋭い声と共に頑丈なはずの鉄の扉が大きくひしゃげ、内側へと吸い込まれる。ほんの一瞬だけ、俺の太腿ほどの太さの無色の蜘蛛糸が見えたがすぐに扉と共に奥へと消えていった。


 その代わりにとばかりに、地下から現れたのは。


 入り口を埋め尽くす大群を成した、子犬ほどの大きさの蜘蛛軍団であった。




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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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