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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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混乱と騒乱の中で

 〜〜一年前。冬。演習場にて〜〜


 その瞬間は突如として訪れる。


 鳴り響く銃声。唸る装軌音。飛び交う罵声。それらは雪の冷たさよりもさらに低く、凍てつく波動となり身体へ襲いかかる。

 頭を伏せても銃火の咆哮は一切収まる気配は無い。周りに鳴り響く起床のアラームによく似た電子音。それは俺の身体からも鳴っていた。


 そこには液晶画面に表示されただだ一つの文言。ホウダンラッカチュウとだけ書かれていた。


「砲弾落下中! 伏せろ!」


「伏せろじゃねぇよ! 走れ馬鹿っ!」


 雪の地面に顔を押し付け叫ぶ俺の身体をタケさんは怒鳴り付け、防弾チョッキの背中に付いている人員引き上げ用の紐を握り引きずるように俺を運ぶ。


「た、タケさん! 砲弾落下中ですよ、伏せなきゃ重傷判定くらいますって!」


「伏せても死亡表示になるだけだ! とにかく砲弾は走って避けんだよ!」


 とてつもない無茶を言うモノだ。言われてみれば確かに砲弾降る中で伏せても既に狙いすまされているので死ぬのが早いか遅いかの違いでしかない。それならば一か八かで走り抜けて砲弾落下の地域から逃げた方が生き延びれるかもしれない。


「なるほど……ってイタタタッ!? タケさん、もっと優しくぅ!」


「うっせぇ馬鹿ッ!」


 雪中装備に専用の訓練装置とさらに小銃に個人の荷物を持った状態で、さらに人を一人を運んでいるとは思えない速度でタケさんは走る。足元が凍りかけた雪にも関わらず平地とさほど変わらない速さだ。その分引きずられる俺を襲う衝撃も凄まじい。


「頭抑えとけ!」


「は、え、う、ひゅい!?」


 言われた通りに頭のヘルメットを手で押さえると、タケさんはまるで週末のボーリングをやるように俺の身体を思いっきり放り出す。

 どれだけの腕力で投げればこうなるのか、白い雪の原に人一人分の痕跡を刻みながら俺は滑って行き、ゴールのピンである林内の木に頭をぶつけた。


「お帰りハジメ。生きてる?」


「生きてるように見えるか?」


損傷表示板(モニター)には軽傷って表示されてるよ?」


 先に到着していた由紀は俺に対してそれだけ言うと警戒の目を銃声がする方向に向ける。その横に滑り込むようにタケさんが到着し、そのまま近くの木の陰に隠れる。


「状況は?」


 俺はタケさんが何を言いたいのか察知し、すぐさま無線機のマイクを握る。


「こちらM2。誰か応答しろ。送れ」


 しばしの沈黙。もう一度無線を送ろうとすると雑音が流れる。


『こちらM3。敵戦車の機銃により分隊長死亡。84射手重傷。敵砲迫により制圧射撃。現在砲迫下にて伏せ……通信者もモニターに死亡表示された。これより死亡現示する。通信終わり』


 M3分隊は俺達M2分隊と道路を挟んで林内を行動していた。先ほどの敵による掃射は主にM3分隊目掛けて行われたようだ。

 運が良いのか悪いのか。それはどちらともいえない。道路を挟んだ向かい側の林内にいるM3分隊が撃破された現示としてヘルメットを脱いで装備を解除してる様子は、訓練半ばでやられた悔しさからなのか、それとも雪中を歩かなくても良いと安堵したからなのか。どちらとも言える複雑な苦笑いを見せている。俺は後者の人間が多いと判断した。


「重傷判定は戦闘続行不能だっけ?」


「うん、後送すれば戦線復帰可の扱いだけどね。これは無理でしょ?」


 緩やかな傾斜の坂道。上面となる曲がり角の法面(のりめん)付近には木に紛れて戦車特有の装軌音と排気の黒っぽい煙が見えている。もう少し場所が良ければこちらから射撃可能なのだが微妙に位置が悪い。戦車の睨みが効く中で道路を渡って行こうとすれば機銃掃射の餌食だ。申し訳ないがM3分隊の84射手は今しばらくの間は砲迫下の雪の中で伏せてもらうしかない。


「タケさん、M3はやられました。M2も俺達以外はやられてM1も分かりません」


 俺達M2分隊の分隊長であるタケさんは渋い顔で俺の報告を聞いた。そしてコンパスを取り出すとダンポーチに入れていた四つ折りの地図とにらめっこする。


「日本一、今から言う座標に砲迫要求」


「了解」


 タケさんの言う八桁の数字を素早くメモに書き留める。


「南野班長。敵の位置が分かるんすか?」


「あ? 馬鹿かお前は」


 タケさんは同じ木の後ろに隠れていた西野の頭を丸めた地図で軽く叩く。ペシっという情け無い音が鳴るとタケさんは大きめのため息を白い吐息と一緒に吐き出した。


「地図があんだろ演習場の。現在地とおおよその敵の位置で座標が分からなかったらお前ら陸曹になれねぇぞ!」


 敵との距離が近いので抑えめな声だが、それでも西野を縮こませるには充分である。俺は怒られないうちに無線機のマイクに示された数字を言う。


『こちら迫小隊。座標了解。効力射実施する』


 それっきり無線機に反応は無くなる。


「効力射っても本当に砲弾は降らねぇから分かんねぇけどな。お前らいざとなったら戦車に肉薄するから心の準備をしとけよ?」


 いつになく真剣な表情のタケさんはこの状況を楽しんでいるようにも見える。


 この、他分隊が戦闘不能になっていく状況で。

 この、敵が歩兵を蹂躙する兵器である戦車の状況で。



 ―――――



 和やかであった祭の場は今や混乱の場へと変わり果てていた。

 ごった返す人混みの中、押し合いへし合い掻き分けていく人の波。その混乱は老若男女種族問わず皆一様である。身の丈が家屋の天井に迫る巨人もそこらの植木鉢に隠れられるほど小さな小人も、母親に抱きかかえられる赤子も杖をつく足元がおぼつかない老人も、全てが一つの感情に支配されている。


 未知の混乱による恐慌状態。何もかも自己で判断つけられず、ただ混乱に流されていく無自覚の感情だ。


「最悪の状況だな」


 ロジー工房の屋根の上で俺は呟いた。


 大小の災害に関わらず、もっとも起きて欲しくない状況の一つが既に起きてしまっているからだ。

 逃げ惑う人々。その彼らですらどこへ逃げているのかは分からないだろう。ただ一つ確かなのは、とにかく遠くへ向かうという確証の無い思いが身体を動かしているということだけだ。


 未知の恐怖は混乱を呼び、やがて騒乱となり混沌と化す。


 その先を形容する言葉は奇しくも多い。敢えて一つ挙げるのならば地獄絵図とだけ言っておく。


「ど、どうしようハジメ……?」


 俺の右腕に抱きつく形で寄り添うルチアはとても不安そうだ。震える指先が懸命に腕を握りしめる。反対側の腕を掴むエレットも同じである。


「まずは被害の状況を調べたいが。ん? アレは……」


 見下ろす混乱の街並みの中、人混みに紛れてなんとか前に進もうともがく女の子を見つける。利発そうな顔立ちに綺麗な緑色の長髪の女の子だ。


「リリィか? リリィだ! おーい、こっちに来い!」


 何度か大きな声で叫ぶとリリィはこちらに気付き、人混みに流されてもみくちゃにされつつも工房の入り口にまで辿り着く。それを見届けると俺は急いで階段を降りて迎えにいく。


「ハァ……ハァ……ハァ……お、お兄さん、ご無事だったんですね……」


 祭の為に綺麗に整えられていたであろう鮮やかな緑髪は、人々の混乱に巻き込まれたせいで掻き毟られらように乱れている。目立った傷や痛みを堪えている様子は見られないので一先ず怪我は無いようで安心した。


「お兄さん、私、私は……こんな……こと初めてで……」


 大きな地震と混沌とする人々の狂騒がよほど怖かったのだろう。カチカチと震える歯に揺れる瞳は一つの感情しかないように見える。


「大丈夫だ。ここは安全だ」


 小さな肩をなだめるように抱きしめるとリリィの震えが止まる。安心して力が抜けたのか、ヘナヘナと床に座り込む。


「しばらく休んでなさい。この工房は頑丈ですから多少の揺れでは崩れませんよ!」


「ロジー先生! わたし……」


 ロジーに頭を撫でられるとリリィは泣きそうな顔でしがみついた。その様はまるで姉に甘える幼い妹の綺麗な親愛を見ている気分になる。

 そのままロジーはリリィの手を引き、工房の一角にある仮眠用と思われる木箱を繋げた簡易的なベッドに座らせた。


「リリィちゃんはここでお留守番してください。先生は被害の様子を確認してきます」


 そう言うとロジーは手早く荷物を準備し、作業に使っているであろうゴーグルと作業帽を被る。


「おいおい、外は人混みに溢れてるんだぞ。その中で行くのか?」


 この混乱の真っ只中を歩くのは無謀とも言える。少し歩を進めるだけでも人の流れに流されるし、話を聞こうにも災の渦中にいる人間の情報というのは申し訳無いが信憑性が無いのが現状だ。それでも尚、外に出ようとするのは俺としては無策と同一の意味としか思えない。


「いえいえ、そのご心配は無用です。そろそろ来られると思うので」


「来られる? どなたか来られるのですか?」


 ところがその心配こそ無用だと言わんばかりのロジーの口調にエレットが首を傾げる。俺も同じ動きをする。


「あっ、ハジメ! そこの床を見てよ!」


 指し示す先を見ると、淡く光る紫色の魔法陣がまるで幽霊が書き込んでいるかのように、誰の手も触れて無いのに構築されていく。

 普段ならば警戒してしまうところだが、その魔法陣はこの街に来てから何度か見ている。驚くべきモノというよりも、情報が欲しいという今の状況では渡りに船と言えるモノだ。


「これはこれは、偶然でしょうか? それとも精霊の導きでしょうかね?」


「お互いの日頃の行いが良いんだろうな? 優先席でオバちゃんに席譲ってた経験が活きてなによりだぜ」


 転移魔法陣から姿を現したのは言うまでもなくアロイスだ。軽口を聞いて呆れたのか、それとも優先席という言葉が理解出来なかったのか、苦笑いを浮かべるだけであった。


「アロイス先生、被害の状況はどうなっているんですか?」


「よろしくはないですね。最悪の事態は起こってませんが、余談は許されない状況です」


 切羽詰まってはいないが油断をしてよい状況ではない。冷静な口調の端々に漂うどこか緊張した様子が今の状況をそう説明している。


「まさか、おいアレか?」


「北区の件は問題ありません。保管庫の花火用魔結晶が破損により暴発しましてね。怪我人が出たくらいで済んでます」


 それは問題無いと言ってよいのか迷うが、一つの懸念事項は消えた。

 あの巨神兵が如き存在を知る輩が邪な考えを持ち、この機に乗じて北区のあの場所を襲撃するのではないかと思っていたが、思えば北区は花火を演出する魔法使いがいるのだ。この祭の規模だ。数人レベルで収まるはずが無く、警備もそれだけ密であろう。そんな場所に悪漢がわざわざ向かうとは考えにくい。


「それよりも問題なのは学園が所有する魔物保管所です。施設が先の揺れで破損し、魔物を閉じ込めている魔術式が崩れてしまったのです」


 魔物保管所。初めて聞く施設の名前にそっと目線をルチアの方に向ける。だが、残念なことにその名に聴き覚えが無いのか、俺と同様に誰かに説明を求め目線が左右をうろついている。


「魔物保管所とはその名の通りのモノです。魔物の研究や学園の授業に使用されるのが主たる用途です。私もたまに授業で使います」


「その分堅固な構えの施設なのですが。揺れで檻が損傷してしまい、そこを大型の魔物が体当たりかなんかして壊れてしまったのでしょう」


「おいおい大丈夫なのかよそれは?」


 危険な施設であればあるほど、想定外の事態……例えば甚大な自然災害に対する備えというのは用意しておくモノだ。はたして話に出てくる施設はそのあたりの備えは準備しているのだろうか。


「ご安心を。そのためにロジー先生がおられます」


 アロイスの言葉にロジーは自信たっぷりに頷く。


「直ちに現場へ直行しましょう。警備用ゴーレムを総起動させて魔物を排除します」


 有事の際の行動規範にでも書かれているのか。不測事態のわりには落ち着いている二人の先生は大人の俺から見ても安心感がある。


「なぁ、俺も何か手伝えないか?」


 無意識の内にその言葉がでた。災害の中で一人の自衛官である俺の血が騒ぐのが分かる。

 勝手知らぬ魔法の世界の話では大して役に立たないと思うが、災害に巻き込まれた人々の気持ちは多少なりとも分かる。ならば、俺にも出来ることが何かしらある。そう考えると胸の奥が熱くなっていく。


 たとえ異世界の地であっても。俺が自衛官であることには変わらない。ならば困難の中にある人を助けなければいけない。


「特別ですよ。今は猫の手も借りたいほど忙しいですから」


「感謝するぜ」


「お互い様ですよ」


 今度は苦笑いではない。ありがたみを感じてくれる笑みはこちらとしても悪い気がしない。この非常事態に恩を着せる気はさらさら無いが、やはり好意的に受け入れてくれるのならば、こちらとしても全力で手助けしたくなるモノだ。


「あの! 私もお手伝いします。私は神官ですし、治癒の魔法を使えますので負傷者の救護をさせてください」


「喜んで。むしろこちらからお願いしようと思っていました」


 エレットは控えめな姿勢ながらも、決して尻込みはしていない。むしろ願ったり叶ったりの提案にアロイスは力強く頷く。


 準備は万端だ。あとは俺達が向かいこの混乱を治めるための行動をするだけだ。


 魔法陣に乗り、そう思った俺の服の裾がグイッと引っ張られる。誰かと思い振り向くとそこには自信有り気な顔で俺を見つめるファムがいた。


「ファムも行くよ〜!」


 場が止まり、工房の外の雑音がハッキリと聞こえる。それほどまでに突拍子も無い言葉に俺は呆気に取られて何も言えなかった。


「いや、普通にダメだろ。お前はリリィの側にいてやれよ」


「い〜や、ファムもそこに行くよ〜。だってファムは切り札なんだもん!」


 至極当然な大人の意見は、子供のよく分からない意見で否定される。制止するにも関わらずファムはトコッと転移魔法の上に陣取る。


『ハジメさん、ファムは切り札なんです。この任務においては彼女ほど適任の者はいません。必ず役に立ちますから連れて行きましょう』


「私もリリィちゃんが心配ではありますが、工房に鍵を掛けておけば誰も入れないと思います。彼女もしっかりしてるので大丈夫かと」


 ベッドの上に横になるリリィを見る。大分落ち着いてきたのか、先ほどよりも顔色も良く恐慌状態に陥っている様子はなさそうだ。


「お兄さん。お留守番くらい私でもできます。一人は心細いけどお兄さん達にしかできないことがありますから」


 三人にそこまで言われると俺もこれ以上渋るのは時間の無駄だと考えた。仮に意見を言っていないルチアが俺に賛同しても四対二で少数派だ。この場で少数意見の尊重だのなんだの考えるのはよろしくはない。不適合だ。


「ったくよぉ。ファム。人に迷惑かけんなよ!」


「うん、ハジメェもね!」


 良い顔で減らず口を言うモノだ。ファムが何故切り札と呼ばれているのか分からないが、今はそれを詮索するよりもやるべきことがある。


「意見は纏まりました? それでは乗ってください。行きますからね」


 ずっと待っていたアロイスもいい加減にシビレを切らしたのか、普段よりもやや強めの口調で俺達を促す。それはそうだ。転移魔法があるので移動時間は無いと言えるが、この状況は一刻を争う事態なのだ。無駄なことはこれ以上しないに限る。


「悪い、行こうぜ」


 俺が魔法陣の上に乗るとアロイスはすぐに呪文を唱え始めた。にわかに光る魔法陣。


(さて、異世界で初めての災害派遣だぜ)


 転移の刹那に思ったそれは、すぐさま光と共に被災地へと飛び立っていった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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