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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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祭当日

 窓を開ければ飛び込んでくる光景。昨日までの様子とがらりと変わった街の景観は、本日は街全体が浮かれても良いという約束を交わしているように見える。

 丹念に磨かれた建物の綺麗な外壁から紐状のモノが他の建物へと連絡橋のように繋がっている。運動会の万国旗を思い起こさせるそれなのだが、実際に吊るされているのは幻想の世界に相応しいモノである。


 色とりどりの旗や紐で吊るされたガラス玉。使い古した箒や杖。表紙に穴を開けてパカリと中のページが開かれたままの本。気味悪そうな人形に用途がよく分からない、物としても形容しがたいモノ。他にも星や鳥や魚を模した着色済みの木像が吊るされている。徐々に昼に近付いていく朝の日差しの下でそれらは存在感を主張している。


「あれが妖精か」


 それらの周りをチラチラと舞う背中に虫のような羽を生やした小人。紐伝いに歩いき、光る結晶を空にばら撒く小人がいた。キラリと輝き落ちる光は夜の海に浮かんでいた星の残滓(ざんし)。そう思うとあの振りまかれた結晶は煌びやかでありつつも物悲しも感じる。


 彼ら、いや、彼女ら、もとい。あの生き物は通称ピクシーと呼ばれる妖精である。この魔法都市マジカルテ内にはこのような妖精が沢山いるとの話だ。今まで見当たらなかったのは恐らく祭の準備をせっせと行っていたからだろう。


「勉強の成果が出てるようで何より!」


 窓からのんびり外を眺めていると部屋の入り口から偉そうな声が聞こえてくる。見ればそこにはプリシラがいた。


「そりゃそうだ。昨日のテストで満点取った大先生に教えてもらったからな」


 ニタリと笑うその姿は頑張りの成果でもあるので俺も誇らしい。


「うむ。お陰で今日はファムとリーファの三人でお祭りを回ってこれる。お、お主にも一応感謝してるのだぞ!」


 面と向かって礼を言うのは少しばかり恥ずかしいのか、後半は尻すぼみの言葉でさらに目も晒している。


「感謝の言葉はしっかり目を見て、ありがとうって大きな声で言うんだぜ?」


「う、うるさい! お褒めの言葉が受けれるだけ光栄に思うが良いッ!」


 顔を赤くして吠えるとプリシラはドアの前から走って消える。対面して五文字の言葉はまだまだ素直に言えないらしい。


「さて、俺も行くかな」


 今日は祭だ。身につけるモノは最低限の装備でいいだろう。弾倉を抜いた小銃に着けているのは戦闘時に使いやすい三点式スリングでは無く、携行する際に背中で背負いやすい二点式のスリング。大腿部のホルスターには拳銃を薬室内に弾を装填していない状態で収納する。

 普段身につけている防弾チョッキは今回は着ない。祭の場だ。出店の食事を楽しむには少々腹回りが圧迫されてしまう。リュックサックも同様に持ってかない。満員電車で背負ってる奴がいたら迷惑なのと同じで混雑の場には邪魔でしかならない。


「弾帯ぐらいは着けとくか」


 出来れば薬室内に弾を装填する事態が来ないことを願うが、万が一もある。腰に巻く弾帯に弾倉が二つ入る弾囊と救急品セット、懐中電灯と小腹が空いたとき用の飴玉を小物入れに収納し取り付けておく。

 これから行くのは戦いの場では無く祭りの場だ。これ以上の重装備は必要無い。最低限これくらいあればこと足りるはずだ。むしろこれで足りない状況であればそれは即ち俺の手に負えるモノでは無いということである。


「ハージーメッ! 準備オッケー??」


 空いたドアからひょっこりと顔を出すのはルチアだ。櫛で整えた髪はいつもの直毛(ストレート)では無く、三つ編みを横に流してヘアピンで留めている。

 ハッキリと言ってその姿はめちゃくちゃ俺の好みだ。これで衣服も浴衣などであれば祭りの正装としてこの上無い至高なのだが、あいにくの話この世界で着物の類は見たことない。

 しかしながら、あえてそれが良いと言わせてもらう。ラルクから譲り受けたという中世軍服を思い起させる服。一見して堅物そうにも目に映るが、その趣を一気に全否定するが如くのミニスカート越しの太腿の絶対領域。言わずもがな若い女性の御御足(おみあし)は老若問わず全人類元気にさせると言っても決して過言では無い。


「あっ、これ似合うでしょー! ノウが髪の毛整えてくれたんだよ! 可愛い?」


 くるりとその場で一回転をすると短めのスカートが平行に近付く。本能の劣情が行くままに膝をついて見上げたくなるが、そこは俺の大人としての理性がギリギリで踏み留ませる。


「最高。それ以外何も言えねぇよ」


「可愛いは言って欲しかったな〜?」


 下から顔を覗き込むように身を屈め、純粋無垢な眼差しで俺だけを見つめてくれる。


 眼福。この言葉の意味が理解出来る。今、目の前の光景そのものが意味だ。


「さっ、行こうよ! 他の皆はもう出かけちゃったよ」


 少々ヒヤッと冷たいルチアの手に引かれ、宿から出ると街は活気に溢れていた。窓から眺めるのと地に立って見るのとでは景色が違う。獣人と思しき人も、巨人と思しき人も、そしてもちろん人間も。数多の人種が笑顔で祭を楽しんでいる。


「ねっ、ねっ! ハジメ! 私この祭の情報たくさん集めて来たんだけど知りたい?」


 祭の熱に当てられたのか爛々としたルチアの目。俺が許可を出す前にルチアは口を開き次々と言葉を並べ出す。


「まずはこの祭はね。精魔祭っていうのね。あっ、まずは精魔祭の説明からしなきゃいけないね?」


「おっ、頼むわ」


 人々の流れに身を任せて歩きつつ、ルチアの異様な熱気に押されつつ俺はたじろぎながらも頷く。


「魔法には魔力(マナ)が必要なんだけどね? その魔力に関係するのが精霊とか妖精なの!」


「ノウとかファムのことか? あいつらも精霊だの妖精だのって言ってたよな」


「そうそう!」


 ノウは知の本に宿る精霊、ファムは木の精霊とそれぞれ自己紹介された。


「ハジメってばファムとノウに結構遠慮無いけど、精霊と妖精は魔力が具現化されて意思を持った存在。魔法使いにとっては敬意と感謝を払う存在なのよ! その感謝として年に一度、精魔祭が開かれるのよ!」


「へぇ。ところで精霊と妖精の違いは?」


「……ねぇ、あの装飾綺麗じゃない? すごいよね〜」


 幼子に対し偉ぶるお姉様のように胸を張ったルチアにそんな質問をしてみた。すると途端に顔を背け祭の飾り付けを褒め始める。恐らく細かい違いまでは知らないのだ。


「精霊は魔力を基に身体を構成している。なのでその存在そのものが魔法のようなモノなんだ。対して妖精は肉体に魔力を順応させ内包している。言い方は悪いが存在が生きた魔結晶のようなモノと言えるんだ」


「えぇッ!? よ、よく知ってるね?」


 今までこの世界のことをろくに知らなかった俺が種族に関する知識を披露するとルチアは目をまんまるくして驚く。無理は無い。俺自身、ここまでスラスラと言葉が出てくるとは思いもしなかった。この五日間ひたすらにプリシラの勉強に付き合った成果が出てきているようだ。


「今なら服務小六法と新隊員必携、各武器の教範の本の内容を二回ぐらい丸暗記できるぜ」


 全部重ねれば銃弾すら防ぐとまで言われる分厚い本の数々。自衛官が治めなければいけない法律大全集と武器の取り扱い説明書。それらを丸暗記するのと文字も分からない異世界の学問を学ぶのでは後者の方が苦労する。

 とはいえども、両方とも二度とやりたくない。特に小六法は陸曹試験の為に勉強したが、合格した瞬間に破り捨てたくなるほど嫌いだった。両方をこなした実体験からこれは間違い無く言える。


「そっかぁ。ショーロッポってのがどんな食べ物か知らないけど、すごく勉強頑張ったんだね」


「小六法が食べ物なんて一言も言って無いけどな?」


 お腹を押さえて話すルチア。耳を澄ませてみると街の賑やかな雑踏に紛れて腹の音が鳴っている。俺の視線に気付いたのか照れ隠しに髪の毛を弄る。


「朝食、食べなかったんだよね。えへっ」


「終電、逃しちゃったんだよねみたいに言うんじゃねぇっつーの!」


 まさかとは思うが、祭の出店のご飯を美味しく食べる為に朝飯を抜いてきたのだろうか。いや、いくらなんでもルチアはそこまでおバカさんでも子供でも無いはずだ。


「出店のご飯を美味しく食べたくてさ。朝ごはん抜いてきちゃった!」


 おバカさんで子供だった。


「あっ! 私だけじゃ無いからね? ジェリコもファムもプリシラも朝ごはん抜いてたからね!」


「馬鹿野郎と子供達しかいねえじゃねぇかよ! どうりで朝飯のときお前らいないと思ったよ!」


 なんということだろうか。確かに元から賢そうには見えなかったが、実際に馬鹿と子供と同じ行動をとってしまった故に、俺の中でのルチアの評価におバカさんの称号が与えられてしまった。


 馬鹿な子ほど可愛いというが、可愛い子は必ずしも馬鹿である必要は無いというのに。


「まぁいいや。可愛いから許す」


「なんか分かんないけど許されちゃった」


 戸惑いつつも可愛いと言われてまんざらでも無いのか、髪をかきあげて嬉しそうに頬を赤らめる。髪の毛越しに見える白い肌に赤くなった耳がなんとも色っぽい。


 話しているうちに祭の中心部に到着した。噴水もある大きな広場にて人の流れは緩やかになり、広場外周に並ぶ出店の数々に緩やかな流れは幾多の支流を形成して吸い込まれていく。


 鼻を鳴らせば脂の乗った肉の焼ける良い匂い。どこからともなく漂う甘味の匂い。複雑な調味料だからこそ醸し出せる良き香り。

 耳を澄ませば賑わう雑踏。幼子が楽しむ高い声に大人の男の野太い声。初々しい男女の会話。ルチアの腹の虫。

 目を凝らせば人々の笑顔。人も獣も。現代では魔物と言われかねない外観の巨人や、思わず蹴飛ばしかねない背丈の小人。揚げたパンを頬張る猫耳少女に犬耳少年。過激な服装の踊り子。それら全てに分け隔てなく魔力の結晶を振りかけるのは空を舞う妖精。


「祭っつーのはこうじゃないとな!」


「だよね!」


 活気のある雰囲気というのは人々を幸せな気持ちにさせる。そんなことを考えていると俺の腹から音が鳴る。


「あっ、やべ」


「あらあらあら? ハジメぇってばねぇ……」


 どうやら祭の活気に当てられてしまったようだ。他人を馬鹿にしたそばからこの音だ。朝飯の際に消化の良い果物ばかり食べてたことが災いした。

腹の音が鳴るとニコニコ笑いながらルチアが手を引く。出掛ける際とは違い今の手はほんのりと暖かい。


「行こ行こ! 私の集めた情報によるとね、あそこの出店のソーセージが美味しいって!」


「お前まさか異世界人の情報じゃなくて食べ物の情報ばかり集めてたんじゃあ……?」


「さあね〜」


 否定とも肯定とも取れる曖昧な返事。俺達が命懸けで情報を集めようとしてたのに呑気なヤツだ。だがそれも案外悪くない。集めてくれたおかげで美味い食事にありつける。


【何をするにもまずは腹を満たせ。腹が減っては戦は出来ぬとは真理だ】


 人混みを掻き分け辿り着いた出店。外観は現代の祭の屋台を思い出される。雨風除けの天幕に木で作られた看板。それには異世界文字で何か書かれてる。店の中を見れば屈強な肉体を持つ大男が串に刺したソーセージを鉄板の上で焼いている。鉄板の底には大きな赤い魔結晶が何個も敷き詰められており火の代わりに熱を発しているようだ。異世界版のIHクッキングと言ったところか。


「おっちゃん、その串のやつ二本くれ!」


「私は三本食べる!」


「おっちゃん、やっぱり四本にしてくれ。合計四本な!」


 食いしん坊ルチアは思っていたよりも食べるようだ。これで終わる訳が無いと分かってしまうのが怖い。


 図体に似合わない屈託の無い笑顔で計四本のソーセージを渡すおっちゃんに礼を言い、支払いは俺の財布でルチアが済ましてくれた。


 渡された肉の棒は見れば見る程に現代日本で見かけるソレに酷似していた。多分原材料は違うが加工の工程は同じなのだろう。


(本当に異世界人様々だな)


 こうした飯にありつけるのも過去にこの世界に来た人間のおかげだ。彼らがこの世界に現代の知識を入れてくれなければこういった飯は食えなかった。


 もしかしたら現在捜索している異世界の人間もこのような人間であるかもしれない。そうだとしたら良いのだが、一応俺は余計な先入観は持たないようにする。黒きゴブリンや中元班長ことデュラハンの件もある。つまり、断定していない今は決めつけて行動してはいけないのだ。


「あっっっふいィ!?」


「一口で頬張る馬鹿がここにいるとはな」


 ルチアの悲鳴とも取れる声の理由は熱々のソーセージに齧り付いたからだ。本当に食欲に取り憑かれている。


 湯気まで立つこの一品。手に感じる重量からは肉厚の身が想像出来る。焼き目によって破けた皮の厚みたるや、さぞかし齧り付き甲斐があるだろう。滴り落ちる脂の透明感。混じり気の無いこの液体は口をすぼめて吸いたいぐらいだ。


 なるほど。ルチアが齧り付くのも無理はない。俺だって先にルチアが悲鳴を上げなければ同じことをしていた。


「少し冷ましてから食おうぜ?」


「うぅ、了解……」


 火傷した口元を光魔法で癒す。白い手から出される治癒の白い光は食い意地の結果だと思うと少々勿体ない。魔法が使えない俺からすれば魔法の無駄遣いにも思える。単に羨ましいだけでもあるが。


「すいませんおじさま。そちらのその、お肉の棒をください。えっと……三つほど」


 透き通るようなか細い女性の声が背を向けた出店から聞こえる。この重量感ある肉を三つも食べるなんて、祭のときの女性は食欲覚醒しているのだろうか。


 声だけで麗らかな女性だと判断出来る声。その声に俺は聞き覚えがあった。


「……あれ? もしかしてエレット?」


「っ!? は、ハジメさん……これは違うんです!」


 声の主はやはりエレットであった。いつもの神官服に身を包み、いつもの綺麗な金髪に可愛らしい顔つき。そしていつも通り主張激しく胸に君臨する夢と希望。


「違うんです……違うんです……わ、私、朝ごはんを食べてなくて……つい……」


 一つ違うのは手に握る三つの肉の長い棒。ルチアが手に持つモノと全く同じモノである。沢山食べるのを見られたく無かったのか、顔が今までに見たことが無いほど真っ赤に染まりきっている。


 俺は手にソーセージを持ったまま天を仰ぐ。暫し迷った後に自分の胸のうちを残さず吐き出した。


「俺の周りおバカさんばっかりだ」


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