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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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祭前々日

 〜〜一年前。冬。演習場にて〜〜


 雪道にもすっかり慣れたモノだ。踏みしめる雪の音、朝日を反射する雪の冷たさ、湿る靴紐、徐々に冷気を上に伝わせる濡れた裾。その冷たさを忘れさせる踏み出す足の力強く熱く滾る筋肉。


 大腿四頭筋。太腿の大きな筋であり、足を前に出す為の筋だ。鍛え抜かれた四頭筋は雪道をモノともしない。雪を蹴り上げ、前に進む為の道を作る。


「ホッカイロ様々だぜ。貼り過ぎて熱いくらいだ」


「パイセ〜ン? 俺が持ってきたのを勝手に使うのは人としてどうかと思いますよ!」


 緑と黒の疎らな色合いの迷彩ズボン。その内側の太腿には西野が持ってきていた貼るホッカイロが満遍なく貼られている。もちろん上半身の背中や胸にもだ。大きい筋肉を温めているお陰で身体が全体的に熱くジワリと汗ばんでいる。


「汗で身体を冷やすなよ。風邪引くぞ?」


 先導するタケさんは若干鼻声だ。昨日の斥候の際に雪の上で寝転んでいたので当然とも言える。寒さで風邪を引いた当人から言われると身体を冷やすなという言葉はやけに説得力がある。うっすらと額に出てきた汗を戦闘用の手袋の甲で拭う。


『M2……HQ……送れ……」


 無線機から雑音混じりの声が聞こえる。素早く胸元に引っ掛けた無線機のマイクを手に取り口を近付ける。


「HQ。M2。感悪し、感送れ」


 短い言葉で返すとまた無線機から声が聞こえる。


『M2。M2。HQ。HQ。感銘通信。送れ』


 先ほどと同じような内容が返ってくる。俺は舌打ちをして再び同じ文言を言う。


『こちらHQ。感銘悪し。ただいまの呼び出し。そちらどこか。送れ』


「だーめだこりゃ。由紀、無線のアンテナの接触を見てくれ」


 感度の悪い返信に俺は若干イラつく。無線が通じないのは部隊行動を取る身としては致命的であり、無線通信の維持は今回の訓練で通信手の役職の俺の責任でもある。

 

 身を屈め、背中に背負うリュックサックの中に収納している無線機を由紀に見てもらう。


「異常無し。アンテナ曲げ過ぎなんじゃ無い?」


「知らないのか? アンテナってのは曲げた方が電波が良く飛ぶんだぜ?」


「知らない。私、部隊通信の特技課程(MOS)はやって無いもん。周波数設定のやり方しか知らない」


 背負うのは自衛隊の各部隊で使われている70式無線機。これを扱う専門の教育を俺達陸士は受けれるのだが、残念ながら由紀はたまたま受けていないのだ。紐で先端部分を結びつけた70式のアンテナを指で弄るが、それで無線が通じれば世話は無い。


「由紀。無線の出力を上げてくれ。なんかあるだろ? それっぽいつまみがよ」


「どれだろ? これかな? うん、やったよ」


「オッケーサンキュー! ……HQ。M2。感良し感送れ」


 屈んだ姿勢のままで待つと無線機のマイクから声が聞こえる。


『M2の感良し。現在地送れ』


「了解。待て」


 俺は一度無線機の通話ボタンから指を離す。


「タケさん! 現在地は今どこらへんですか?」


「現在地は昨日の斥候集合地点だ。敵陣地まで四キロっていった所だな」


「うひゃー、まだ四キロあるんすか? 雪道歩くの慣れて無いから疲れるっすわー」


 西野の文句は無視をして現在地を無線で送る。しばらく間を置き、また雑音混じりの音声が聞こえてくる。


『HQ了解。M2は引き続き前進し、状況の変化は報告せよ』


 無線はそこで終わった。俺は立ち上がると先導するタケさんと西野の後を追いかける。少しばかり小走りで前に進んだところでまたもや無線の雑音が聞こえてきた。


『M2。戦車遭遇の場合は、撃破せよ。なお、戦車の、進路の前に、出るような行動は……しないようにされたし』


 通信者が変わったのであろうか。雑にブツ切りにされた言葉の繋がりはどこか隊員を心配しつつも馬鹿にしてるような内容であった。俺は軽く笑い無線のマイクを胸元に引っかける。


「……戦車の前に飛び出す馬鹿なんている訳ないだろっての!」



 ―――――



「お主みたいなお馬鹿さんもいるのだな……」


「褒めてもなんも出ないぞ?」


「褒めとらん、褒めとらんっ!」


 宿の一室。洋燈に照らされた机を挟んで本とメモ帳をにらめっこする俺に呆れた声がかけられる。プリシラは鳥の羽を加工した羽ペンを握り、俺は自分が愛用しているボールペンを握り締めてひたすら文字を書く。


「まぁよい。お主のお陰で明日のテストには間に合いそうだ。高貴な私の手助けになれたことを光栄に思うが良い!」


 言い切るとプリシラは大きな欠伸をして喉の奥のはしたない姿を俺に見せる。


「何日も徹夜で勉強したのは陸曹試験以来だぜ。いや、あんときはもっとやったか?」


 ロジーとラルクに頼みこまれ、プリシラの勉強を手伝って早数日。最初はどうなる事やらと思っていたのだが、蓋を開けてみれば順調そのものであった。


 ロジーの言っていた通り、プリシラの教え方は高飛車な性格とは裏腹に懇切丁寧でまるで小動物に対するソレのように愛護的な教え方であった。

 恐らくは城の中での教育の先生がそんな教え方だったのだろう。人は往々にして自分が学んだ環境を基にして人にモノを教えるのだ。


「途中でヒュンケル達が手伝って来てくれたのも大きかったな?」


「ぬぅ、ヒュンケルかぁ……」


 プリシラの勉強を同じクラスであるあの三人組が手伝いに毎日来てくれた。授業でも仲が良さそうであったリリィはまだしも勉強が嫌いそうなヒュンケルまでも来てくれたのは予想外であった。


 本来ならありがたいことなのだが当の本人は複雑な顔をしている。


「あの赤髪は苦手である。事あるごとにちょっかいをかけてくるのだ。初日の自己紹介からそうであった」


 それは俺も思っていた。勉強中に俺とプリシラが話していると、フーバーと勉強していたはずのヒュンケルがすぐに邪魔をして来ていたのだ。その度にリリィに怒られては勉強に戻っていた。


「嫌いなら嫌いと言えばよかろうに。すぐに突っかかってきおって、全くもう!」


 子供らしかぬ渋いため息を吐くプリシラ。その顔は本当に疲れ切っていた。


(本当は違うと思うけどな。むしろその逆だ)


 大人目線の立場。いや、男の子ならば既に一度は通って来たソレを経験済みの俺の意見は違う。だがソレを他人である俺の口から言うのは野暮というモノ。


 好きな女の子にイタズラしたがるのは日本だけでは無いということが分かっただけでも、この世界のことを知れた気がする。机に突っ伏すプリシラを見ながら俺は胸の内に湧く忘れかけていた甘酸っぱさを思い出していた。


「フーバーもそういえばあれだの。普段は真面目なのに、たまーに変なことを言いよるのだ」


「変なこと?」


 あの真面目そうな眼鏡の男の子。たしかに銃を見たときの目の輝きは凄かったが、あれくらいなら変とは言わない。


「なんと言ってたか……う〜ん……」


 うんうんと唸るプリシラ。そのときコンッ、コンッと部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。そして俺達の返事を待たずしてドアは開く。


「やっほ〜ハジメェ。勉強終わった〜?」


 間延びした呑気な声と揺れる蔓状の髪の毛。どこかフワフワとした雰囲気を醸し出すのは眠そうに瞼を擦るファムであった。


「どうしたファム。何か用か?」


「んー。バルジおじちゃん達が呼んでるよ〜。部屋で待ってるってさ〜」


 言われて時計を見ると夜分遅い時間帯。集めた情報の確認をするための会議(ミーティング)の時間が来ていた。


「お主はもうよいぞ。あとは明日のテストに備えて寝るだけだからな」


 また一つ大きな欠伸をすると眠そうに瞼を擦る。ショボショボとした目は今の時が良い子は眠る時間であることの証明だ。


「やった〜! そしたらプリシラちゃん今日は一緒に寝ようよ〜。いつもハジメェと勉強しててファムは寂しかったんだよ〜?」


 甘えて頭を擦り付ける猫のように、プリシラにずりずりと抱きつく様は見ていて微笑ましい。黙っていればこの二人は年相応の可愛らしい子なのだ。


「なに見てあるのだお主。性的な目でこちらを見るな」


「ハジメェはそんなことしか考えられないのかなぁ?おサルさんみたいだなぁ〜」


 黙っていればの話だ。喋ると拳骨を喰らわせたくなるほどムカつく。


「うるせぇな。子供は早く寝ろよ。背が伸びねぇぞ?」


 捨て台詞を吐き捨てると俺は部屋の外へ出る。


「一応、ありがとう。勉強……」


 扉が閉まる直前、プリシラの声が聞こえた気がしたが、俺は立ち止まりも振り向きもせずに歩き出した。今振り返ってしまうと微笑ましくてニヤついた俺の顔が見られてしまうからだ。


 そのまま自分の部屋へと向かいドアを開ける。暖かな暖色の洋燈の元に二人の男がいる。バルジとジェリコだ。


「女性陣は?」


「女性の美しさを維持するには睡眠が大事ですので」


 寝かせました。っという意味の内容を話すのはバルジ。


「バル爺さんは寝なくていいのかな?」


 愛称で呼ぶジェリコにバルジはクスリと笑う。


「老い先短い命ですので。いずれ時が来ればずっと寝れますからね」


「ブラックジョークはアメリカでしかウケないぞ?」


 元の世界の地名を出すと俺は部屋の椅子へ座る。本来座る向きとは反対に座り、背もたれに両腕を預ける。


「さぁ、会議を始めよう。本日の議題は異世界人捜索と明日のお姫様のテスト合格祈願だ。神に祈る以外の手段を頼むぜ?」


 長い夜を見越して俺は机の上に置かれた蝋燭にライターで火を点ける。魔結晶による洋燈とは違う生きた炎の揺らめきはこの会議の行く末を暗示しているようにも思えた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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