思う所と思わぬ所
「さぁ〜皆さん、お絵かきの時間ですよ! 全身全霊の全力で一つの作品を作り上げましょう。魔法とは芸術です、芸術とは想像力、つまり想像力こそ魔法なのです! いいですか!」
「はーい!」
天に隠れる昼間の星が見えそうなほど快晴の下で先生の気合の入った声。応えた魔法学園生徒達の元気な返事が空にも響く。
生徒達の前で教鞭を取るのは青系の作業服に後ろ前に被ったつば付きの帽子。金髪三つ編み、分厚い作業手袋、鼻についた真っ黒な煤がいかにも技術職な風貌と言える女性。上着を腰に巻き、一見すると中に何も着てないのかと錯覚してしまう剥き出しの両肩。ここが魔法を教える学園で無ければ工場の作業員かと思ってしまう。
「うんうん、皆さんお上手! 将来有望です! はっはっはっ!」
笑うと揺れる髪。くすんだ金髪はお洒落ではなくただズボラな性格なだけだ。まだ若いのにに化粧っ気も無く着飾らない。その姿はお洒落をする前に技術を磨いてきた証なのだろう。
「ロジー先生! ここの線が上手く描けないんですけど、どうすれば書けますか?」
女生徒の一人が大きな画用紙越しに顔を出して質問すると、ロジーと呼ばれた彼女は分厚い手袋です鼻を擦ると目線を合わせる為に屈み込む。
「良い質問ですね! では、教える前にしっかりと描写対象を観察しましょう! そうすればおのずと分かりますよ!」
ロジーは女生徒の手を引っ張り、絵のモデルとなる人物を一緒に観察する。
緑を下地として所々に黒や茶色の点々。アイロン掛けをしてない所為か、皺くちゃな生地となってしまっている。タバコの火が付いてしまったのかよく見ると焦げ跡が何箇所かある。迷彩柄のズボンは大股開きで地面の上に立つ。上半身はなんと野外にも関わらず裸である。まだ年端も行かない少年少女には筋骨隆々の男の裸は刺激が強いと思うが、どうだろうか。
そんなことを俺は考えていた。想像力を養う魔法の授業中に、生徒全員の視線を一身に受けるモデルとして。
「いや、なんで俺が絵のモデルをやらなきゃなんないんだよ!」
「こらっ! 絵のモデルは動かないでください!」
「すみません!」
「あはは、ハジメってば怒られてるじゃん!」
「うるせぇルチア!」
「モデルは動かないッ!」
「すみませんでしたァッ!」
ロジーに謝ると俺はもう一度ポージングを取って不動になる。生徒達に混じって観察しているルチアは未だにクスクスと笑っている。
何故俺がこのようなことをしているのか。理由は一つ。答えはシンプルに一つだ
特に理由は無い。それ一つだ。
早朝に魔法学園に来たはいいのだが、あいにくアロイスは急用で少しの間不在とのことでありしばらく暇を持て余していた。そこをこのロジーという若い先生に捕まったのだ。
曰く、彼女はアートマ学園の先生でありながら機甲士と呼ばれる高名なゴーレム技師でもあり、この魔法都市で様々なゴーレムの開発や設計を行っているとのことである。
彼女は先日の北区の騒ぎを聞いており、さらには奥に存在するモノについても知っている。
そんな彼女なのだが何故か俺に興味を持っているらしい。未知の世界の武器は勿論のこと、ゴーレムの前に立ちはだかって止める人間に興味が湧いたとのことだ。
半ば連行されるように連れ出され、気が付けば見世物小屋の珍獣扱いで好奇の目に晒されている。
当然だ。迷彩柄の奇抜な服装に上半身裸で銃を構える筋骨隆々の二十代半ばの男を対象に絵を描くなんて中々無い機会だ。
「はっはっは! お主は何をしておるか、笑わせに来たのか?」
高笑いの幼い声に視線を向けるとそこにいたのはプリシラだった。他の学生と同じように制服を着込み、絵の具が付いた筆を俺に向けていた。
「プリシラちゃん? あのお兄さんと知り合いなの?」
偶然と必然は良き隣人といえる。プリシラに声をかけるのは街と北区で会った魔法使い三人組の一人であるリリィであった。よく見ると他の席にはヒュンケルとフーバーがいてこちらを見てはニヤニヤと笑っている。周りの生徒とも楽しそうに談笑してるので俺達が懸念していた王城との環境の違いと周囲に溶け込めるかどうかというのは心配しなくても良さそうだ。
「いよっ! 兄ちゃん良い身体してんねぇ。腹筋がシールドビートルの腹見たいだ!」
「それは褒めてんのか貶してんのかどっちだ?」
調子良さそうに野次を飛ばすヒュンケルの言葉に俺は苦笑する。異世界の生物の名前を言われてもには通じない。
「はい、皆さんそこまでです。次のモデルに来てもらいましょう!」
パンっという手拍子の良い音が鳴ると生徒達は新たな紙を用意する。ようやく視線から解放された俺は服も着ずにルチアの元へ戻る。
「ハジメって良い筋肉してるね。何これ? 腕にお饅頭でも隠してるの?」
「とりあえず褒めようとしてるのは分かった。だがその言葉の選択は間違ってるな」
言葉のセンスに赤点を付けておく。
暫しの間ルチアと話していると建物の中から布が被せられた台車をゴーレムが押してこちらに来る。正方形のそれは中々に大きい。
「なんだろな?」
「なんだろね?」
当然の疑問を揃えて言う間にロジーが台車の前に立つ。
「さぁ皆さん! 次の絵のモデルはちょっとビックリするかもだけど、勇気を出して書いてくださいね!」
前置きをしてからロジーは台車に掛けられていた布を取り外す。
途端に上がる子供達の悲鳴。騒つく場。叫びが向けられているのは布が外された檻の中にいる生物に対してだ。
「なんだありゃあ、人間じゃないよな? ゴブリンでも無いな?」
檻は三つ。その中身も三つ。中にいるのは人間を一回り大きくしたような緑色の皮膚を持つ生き物だった。
髪の無い頭に豚のような鼻と剥き出しの犬歯。筋骨隆々の体躯は見事といえる。腰蓑だけを身に付けている姿は異様ともいえる。どこか外見が人にも見えるが、決して人では無いことも分かる。
亜人。その言葉が最も適当だ。
「南部戦線で捕獲されたオーク族です。あぁ、皆さん怖がらないで! 大丈夫です。もし暴れたら私のゴーレムがギッタンギッタンのメタクソにしますのでご安心下さい!」
悲鳴を上げて泣き出してしまっている女生徒に向けて宥めるように呼びかけている。檻の傍を見れば北区で見たゴーレムと同様のモノが黄色の眼光でオーク達を睨みつけている。
「わわわ、こ、怖く無いぞ! お、おお、オーク族なんぞより王国騎士の方がもっと、つよ、強いわ!」
「おお、俺も怖くねーしッ! オークなんて片手で倒せるしっ! ビビってねーしッ!」
虚勢を張っているのが丸分かりなプリシラとヒュンケルの震える声。無理するものでは無い。あそこまで凶悪な面を子供が見るには刺激的すぎる。
「ささ、皆さん描きましょう。オークや南の亜人族の恐ろしさを絵と共に胸に刻み込んでおきましょう!」
ロジーの指示の元に生徒達は泣きじゃくりながら絵を描き始める。そんな様子を見て俺は一つ思う所がありロジーの元へのそりと近寄る。
「魔法学園ってのは随分と趣味の悪い授業があるんだな?」
「思い当たるところがあり過ぎて耳が痛いですが、ちなみに何処が特に趣味悪そうですか?」
苦笑するのを見るに、ロジーも全く何も思わない訳では無いのが分かる。
「怖がらせるのはまぁ……危険を分からせるという意味では一理ある。けどな? こんな奴隷みたいなのを見せるのはどうかと思うぜ?」
鉄球が装着されている手枷と足枷。食事は生命を維持する最低限のモノしか与えられていないのか、筋肉が付いている割には痩せているのが見て取れる。
「王国は種族や出自による差別はしてはいけないってどこかのご老人が言ってたぜ?」
バルジが言っていた言葉を思い出す。この国は多種多様な種族が暮らしている。それも分け隔てなく平等に仕事に就いていたり、生徒の中に犬耳の少年が混じっているように知識を学んでいたりする。それはこの国の法が俗に言う人権ということモノを尊重していることに他ならないと俺は思う。
「おっしゃる通りです。この国は現在、先代の王の時代に存在していた奴隷制度を廃止しています。この国の住人は如何なる場合でも奴隷にはなりません。ですがね?」
一つ前置きをしてロジーは檻へ近付く。手招きされるので俺も近付き、ルチアもひょっこりと付いてくる。
「一部の亜人。例えばこのオーク族のような種族は明確な敵として認識されています」
「なんでだ?」
確かに凶悪な面だ。お化け屋敷にでも出てきたら失神する自信が俺にはある。まさか美か酷かの見た目で差別しているのだろうか。そんなことだったら俺はこの国に幻滅してしまう。
「この子を見てください」
ロジーが指差す方向を見ると醜悪な面構えのオーク達の中に似つかわしく無い存在がいた。
灰色の肌に若干緑が混じった皮膚。他のオークには無い暗赤色の髪の毛がある。長い髪の毛はボサボサだが束ねられておりある程度の身支度は整えてる模様。着ているモノも腰蓑では無く布の服を着ている。そして他と比べて細めの腕と胸元にぷくりとした膨らみ。
人間の顔と遜色の無いオークの少女がそこにいた。
「随分可愛らしい顔してるな。可愛い子には手枷を着けるのが学園の流行りなのか?」
俺がそう言うとオークの女の子は警戒しだしたのか歯を剥き出しにして威嚇する。黄色い瞳は威勢良く俺を睨みつけるが、恐怖心からなのか僅かに揺れているのが分かる。
「純粋なオークは女性であっても髪の毛などはありません。もっと恐ろしい顔をしています」
「じゃあなんでこの子は違うんだ?」
ロジーは指を二本立てる。平和な象徴なのだが顔はいたって平和的では無い真剣な表情だ。
「一つ。オークは他の種族であっても容易に交配して子孫を残します」
指を一本折り曲げて人差し指だけを立てる。
「もう一つ。王国南方やさらに南の商人達の国は昔から亜人族の被害が大きい。特にオーク族の襲撃が問題となっていて連れ去りなどの誘拐事件も多発しています。若い女性のね」
ロジーは挙げてた手を下ろして息を一つを吐くと、答えを求めるかのように俺に手の平を向けてくる。
「分かりました?」
「恋愛物語は無かったってことか」
未だに牙を向けてくるこの姿はどこぞのナニかが無理矢理まぐわった結果だということだ。なんとも言い得ない感情に俺はやるせなくなる。
「グルルル……」
水も満足に飲んでいないのか、乾いた掠れ声で威嚇する少女。彼女自身は悪く無い。何もしてないかもしれない。だが、彼女の存在が何かをしでかしたせいなのだ。
「可哀想、ではあるね」
可哀想。ルチアが言った他者を哀れむその言葉を俺は嫌いであったが、この場合はそれ以外に適当な言葉は掛けられない。
「俺に出来ることは無いな。これくらいしかよ」
懐からあるモノを取り出す。カサリっと鳴る小さな袋を破き、中から綺麗な赤色の玉を取り出してオークの少女の前に出す。しかし、警戒しているのか顔も近付けようとしない。
「ハジメ、何それ?」
「口を開けろルチア」
「へ? ……うひゃ!?」
とぼけた声を出したルチアの口の中に俺は手に持っていた綺麗な赤色の玉を押し込む。突然のことに驚いているが口の中に入れられたモノをひと舐めすると顔を蕩けさせた。
「あっま〜いっ!」
「だろ?」
目の前の平和的なやり取りにオークの少女は警戒心が途切れたのか、物珍しげに俺の方へ近付く。案外好奇心が強いのだろう。
もう一つ小袋の封を破ると中から今度は少女の目の色と同じの黄色の玉を取り出す。それを檻越しに投げ渡すと少女は戸惑いつつも匂いを嗅ぎ、危険が無い食べ物だと分かると口の中に放り込んだ。
途端に変わる少女の表情。コロコロと舌の上で玉を転がして未知の味覚に驚きつつも楽しんでいるようだ。
「フルーツのど飴。俺の非常食だ。味わって食べろよ?」
お手軽に糖分補給が出来る飴玉は戦士の必需品だ。満足に食事が出来ない檻の中では甘味など久しく味わっていないだろう。補給の目処が無い貴重品をあげてしまうのは勿体無い気がするが、この少女の笑顔を見るに無駄では無いのが分かる。
「本当は指定されたご飯以外はあげちゃいけないんですけどね?」
成り行きを黙って見ていたロジーは呆れている。
「オークとはいえ、女の子が酷い扱いされてるのは男としてはどうかと思ってよ」
「私個人的には心にキュンッ! っと来ますが間違っても王国南部の方に行った際には言わないように。オークに恨みを持つ人にボコボコにされますよ?」
「肝に命じておくよ。命知らずでは無いからな」
クスクスと笑うロジー。話の通じる女性で助かるといった具合か。
「あっ、ロジー先生! 学園長が来ましたよ。珍しー!」
コロコロと舌で飴玉を転がすオークの少女を三人で微笑ましく見守っていると生徒の一人が声を上げる。
「あっ、学園長ですか。ヒノモトさん、オークにご飯あげたことバラさないようにしてください。私が怒られちゃうので」
指を一本立てて口元に持って行くと、ロジーは生徒達の方に向かう。
まだ会ったことは無いが、学園長とは一体どのような人物なのだろうか。部屋を見た感じだとズボラな性格をしていそうだが、このオーク達の環境を見るに厳しい性格をしていそうにも思える。
想像し難い人物像。それが今来ているとなると興味が湧く。前回来た際も不在で挨拶もしてないので是非とも会わなければ。
「はい皆さん起立!」
ロジーの号令で生徒達が立ち上がる。どこから来るのだろうか。
「礼!」
(あれ、もう来てるのか?)
頭を下げる生徒越しに見渡しても誰かがいる様子は無い。どこにいるのだろうか。
「着席!」
ロジーの号令で生徒達が座る。俺はそこで初めて学園長の姿が見えなかったことに気が付いた。
学園長は子供と同じぐらいの、いや少しばかり低いぐらいの背丈だったのだ。そしてとても印象的で見知った姿でもあった。
「あるぇ〜? ルチアっちに筋肉饅頭のハジメっちじゃん? どうしてここにいるの?」
「えっ? 学園長、お知り合いだったのですか?」
ロジーが疑問に思うのも無理はない。俺もまさか既に会っていたとは思ってもいなかった。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。月の華は輝き、巡る朝日は共に歌う。希代の天才と言われ幾星霜。魔法の申し子。歴史の隣人。未来の賢者。圧倒的成長可能性。齢百を迎える美少女大魔法使いラルク。
生意気なあの金髪幼女こそがアートマ学園の学園長であったのだ。




