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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
89/192

異世界の自衛官

 一足踏む毎に鳴る足跡は反響して俺の耳に帰ってくる。四周の内の左右二周は岩の壁で遮られており、前後の空間は風が通っている。後方は入ってきた入り口。前方は薄暗い闇の中。手に持つ懐中電灯の灯りが無ければさらに闇は深かっただろう。


「私は貴方だけが来ると思ってたんですがね?」


 不満とも取れる声の持ち主は道を先導する同行者、アロイスのモノだ。彼が不満に感じる気持ちはよく分かる。


「うわ、すごいよハジメ! 街の中に洞窟とかあるんだね!」


 後ろではしゃいでる声の持ち主は言わずもがなだ。


「ごめんなアロイス。でも、アレだぞ。一人で来いって言わないとダメだぜ?」


「言葉尻を捕らえるのは嫌われますよ? お互い胸に刻みこんでおきましょう」


「同意しかねぇな」


「んー、なんの話をしてるの?」


「お前は可愛いよって話だ。そのままでいてくれ」


 適当に返事をしてさらにコツリと足跡を鳴らす。響く音の長さはこの洞窟の深さを物語っている。


 ここは北区の演習場の一角。暗所閉所の魔法訓練を行うための洞窟とのことだ。元からある洞窟を利用して所々掘り進められ、今ではその全長はかなり深いらしい。


 ある程度進み、後ろから差し込んでいた外の光が無くなった頃。アロイスは洞窟の壁に手を当て何か念じる。するとただの壁だと思い込んでいた場所に人工的な扉が現れた。


「立ち入り禁止の表記は異世界式ってか?」


「どうでしょうね。私は貴方の世界を見たことが無いので」


 鍵を差し込み捻り、扉は開く。奥からは風が流れにわかに光も確認できる。そのまま進むアロイスの後ろを俺達は続く。


 石炭を産出する炭鉱のように、木組みで壁や天井を支える通路を真っ直ぐに進むと広めの空間に出る。懐中電灯の放射状の光では奥まで届かないほど広い。


「ここはかつて魔結晶の採掘場の一つ。この魔法都市にはこのような場所が沢山あります」


 資源がある場所に人は集まる。それはどの世界でも同じだ。人が集まれば集落になり、集落はやがて都市となる。魔法の為の魔結晶がある場所に魔法使いが集まるのは必然とも言える。


「もっともこの都市の魔結晶は採掘し尽くされ、現在は南方の商人達の国からの輸入に頼っていますがね」


「資源というのはいつかは尽きるからな」


「お菓子は食べると無くなるのと同じね」


 限りある資源。有効に、計画的に使わなければ瞬く間に無くなるモノだ。それは元の世界でも同様の話だ。


「異世界から来た貴方には聞きたいことがあるのです」


「なんだ? 埼玉銘菓でも聞きたいのか?」


 アロイスは俺の言葉を無視する。その両手は左右に広げられ、手の先に白い光が纏われるのが分かった。


「ライト」


 光を意味する呪文を唱えると光の集まりは左右に散る。広場の四方八方に飛び散って行くとそこには備え付けの洋燈があったのか、光が灯っていきやがて広場の中は明るくなる。

 視界が良好になり周りを見てみれば採掘後の土の山や砕かれた岩石の破片、人力工事の照明である円匙とツルハシに鋤などが転がっている。今でも使われているのか土で汚れてはいるが錆は一つも無い。

 さらに周りを見れば、休憩所にでも使っているのか小さな小屋が建てられている。そして警備体制も万全なのか、ちゃっかり小屋の横に二体の警備ゴーレムが鎮座している。


「聞きたいこと、そして見てもらいたいモノがあるのですよ」


 ゴーレムが左右を固める小屋へと歩みを進める。そのまま中に入ってみれば雑多な工事道具と一つの大きな金庫があった。場違いな感があるが、小屋の中の隅に縮こまる姿は分をわきまえているようにも見える。


 その金庫をアロイスが開ける。そして出されたモノを見て最初に声を出したのはルチアだった。


「あっ! アレってハジメが持ってる銃ってやつじゃない?」


 取り出し見せられたのは小銃であった。床尾、握把、銃身部、被筒部、照門と照星、脚部に先端には消炎制退器と誰がどう見ても小銃と呼ばれる形をしている。


 しかし俺は首を振る。


「合ってるけどちと違うな」


「へっ?」


 意味が分からないといった具合のルチアをさておいて俺はアロイスが持つ小銃を手に取る。


 形が違う。重さが違う。構えた際の見出しが違う。違和感しか無い銃。されども日本人の体格にあった構造だと分かる馴染みやすさ。俺はこの小銃を知っている。


「これは64式小銃。旧式で前線部隊には使われてない銃だ」


 木製の床尾に折り畳みが可能な照星。これは89小銃には無い特徴だ。さらに言えば使用弾薬も違う。89式は5.56ミリの弾を使うが64式は7.62ミリ弾を使う。小銃という種類で言えば合ってはいるが、俺の持つ銃とは性能も見た目も違う。


「これをどこ(・・)で手に入れた?」


 銃とはそこいらの畑で採れるモノでは無い。ましてやここは異世界。どこぞの誰かの手によって偶然で作られるモノでも無い。


ここです(・・・・)


 アロイスの指先は地面を指し示す。指先に釣られてルチアは下を向くが俺は目線を前から移さない。


「どういう事だ?」


「どういう事も何も。言葉の通りここで発掘されたモノです。詳しく説明しましょう」


 それだけ言うと俺の横を通り過ぎてアロイスは小屋の外に出る。そのまま止まらずに進むので慌てて後を着いて行く。広場の突き当たり。散らばる道具から見るにまだ採掘は続いているようだ。所々に盛られた土山が残る。


「貴方は昨日学園の生徒を助けてくれましたね。遅れましたがお礼を言わせてください」


「よせやい。人として当然の事をしたまでだ」


「いえ、ゴーレムを相手にして当然のように他人を庇える者はいませんよ」


 なんだか身体がむず痒くなる。こうして真正面から褒められるのは慣れていない。俺は照れ隠しとばかりに鼻を啜る。


「そんな貴方だからこそ。私は一つ信用してみようと思ったのです」


 地面に手を当てるアロイス。手に魔力を込めているのか集中した目つき。眼鏡越しの視線は未来を見据えているのか真っ直ぐだ。


「っというよりも、ただ知りたいだけなのかも知れませんね?」


「なに?」


開かれた世界(オープン・ワールド)


 呪文を唱えると地面に魔法陣が描かれる。それは昨日、彼が俺の前に現れたのと同じモノであった。


「て、転移魔法ッ! 実際に使える人なんて本当にいたんだ……ッ!」


 驚きの声をあげるのはルチアだ。俺なんかよりも魔法に関する知識がある分、この魔法の凄さが分かるのだろう。あり得ないモノを見た驚きと興奮が入り混じっている。

 そんなルチアを見てアロイスは微笑む。眼鏡の几帳面そうな面が笑うとどこか違和感を感じてしまうのは俺だけだろうか。


「これでも優秀な魔法使いでしてね。さぁ、行きましょう。乗るだけで結構です」


 魔方陣の上に立ち俺達に向け手招きをする。まず最初にルチアが乗るとその次に俺が恐る恐る乗った。


閉じられた世界(クローズ・ワールド)


 次の瞬間に景色は変わる。場所は同じ構造の採掘場だと思われるが付近の様子は違う。小屋も無ければゴーレムもいない。しかし、そこにはあるモノがあった(・・・・・・・・)


「ふわ? ……あれ? なんか転移魔法ってもっと凄いのだと思ってたよ? ねぇ、ハジメ?」


「……」


 率直な感想に俺は無言で同意する。あまりにも呆気なさ過ぎて下手すると転移したことすら気付けないかもしれない。あるモノ(・・・・)がなければ。


「初めて体験する者は皆そう言います。そして次に広がる景色に感動の声をあげるのです。でしょう?」


「ん〜。もっと凄い景色ならね。土と変な鉄の塊があるだけじゃない。これじゃ女の人は喜ばないよ?」


「耳が痛いですね」


 思い当たる事柄があるのかアロイスは顔を曇らせる。たしかにこの場所は女の子受けはしないだろうし興味も湧かないだろう。だが、あるモノ(・・・・)があるお陰で俺の興味は最大にまで上がっている。


「ハジメ? どうしたの? さっきからなんも喋って無いけどさ?」


 無言の俺は答えることが出来ず、ただ頬を伝う汗を拭うことしか出来ない。ここにあるモノ(・・・・)が思考を順繰りに回して混線させる。難解な知恵の輪を目隠しで解かせられる。そんな無理難題な思考を強いられているようだ。


「ヒノモトハジメ殿。これが説明です。そして私が聞きたかったモノ(・・)です」


 頬を伝っていた汗はあご先にまで達して雫となり、やがてそれは重力に引っ張られて地面に吸い込まれる。枯れた心に刺さる優しい言葉のようにあっという間に染み渡り、吸収され、一つの跡を作った。


「なんでこの世界に戦車があるんだよっ!」


 伸びた砲塔。角ばった装甲。足回りのキャタピラには土が残る。薄汚れてはいるが塗装された迷彩柄は日本の自衛隊特有の彩色だ。


 90式戦車。日本の主力となる第三世代の戦車だ。


「やはり、これは貴方の世界のモノなのですね」


 驚く俺の姿が見たかったのだろうか。アロイスは何故か満足気である。


「戦車だけじゃねぇ」


 周りを見渡せば見知ったモノが他にもある。


「あれは重迫の120ミリ迫撃砲。あそこにあるのは……対戦車部隊が使う誘導弾の87ATM。あれは情報小隊が使う偵察用オートバイ。あのでかい箱みたいなヤツはMMPM……中距離多目的誘導弾じゃねえか! 指向性散弾までありやがる! 96式40ミリ自動擲弾銃(グレネードランチャー)もだ!」


 ありとあらゆる、自衛隊の前線部隊が使用する火器がここにある。この異世界の魔法都市の地下に現代火器があるのだ。


「どうしてこんなモノがあるんだ?」


 自問の答えを眼鏡の優男に求める。


「その答えは私にも分かりません。魔結晶の採掘中に発見されたとしか聞いておりませんので」


「いつからあるんだ?」


「三十年前と聞いています。発見当時の状況は分かりません」


 解にならない答えだが俺は心当たりとなる会話を思い出す。


 俺の幻想(スキル)の有無を解析した際、ウェスタが漏らした言葉。銃を持っていることが能力であるという可能性。何故、その可能性があるのか。それの答えは前例があったからに他ならない。


「異世界の自衛官は俺だけじゃない。三十年前に俺と同じように武器を持ってこの世界に来た自衛官がいるって訳だ!」


 持ってきたというには余りにも数が多い気がするが、かくいう自分も装甲車と各装備一式を持っている。そこの細かい変化の答えは持ち合わせていないが、先ほどの自問の答えは自分で出せた。


「これって……使えるの?」


 順繰りに自衛隊の装備を見ていたルチアの言葉に俺は首を大きく左右に振り、困ったように両手を挙げる。


「使い方を全部はさすがに知らない。使えなくなってるのもあるしな」


 試しにオートバイのグリップを回す。問題無く動く。しかし、キーを回してもうんともすんとも言わない。装甲車と同じようにバッテリーが上がってしまっているようだ。


 例え動いても使えないモノはある。例えば120ミリの重迫撃砲。ヘビィハンマーとも呼ばれるそれを扱うのは砲兵の専門分野だ。俺はある程度の種類の火器を扱うことは出来ても専門的な知識が必要となる火器は射撃どころか使用法すらあまり分からないのだ。


「宝の持ち腐れだな。アロイス、これが俺に()せたかったモノか?」


 随分と驚かせてくれる。まさかこの世界に現代火器がこれほどまであるとは思っていなかった。再使用出来るかまでは詳しく点検をしなければ分からないが、もし使用出来たとしたらとんでも無い事態となる。


【過ぎた力には責任が伴う。背負え無ければその力に滅ぼされてしまう】


「いえ。これは()きたかったモノです」


「なんだと?」


 予想外の返答に戸惑っているとアロイスはまたしても地面に手を置く。短い詠唱を呟くと魔方陣が現れる。その魔方陣の上に立つと手招きをしてくるので俺とルチアは先ほどと同じように乗った。


「あれは三十年前からありますからね。かの西方将軍やこの地を守護する北方将軍もアレの事は知っています。()せたいモノは他のモノですよ」


「……そうかい」


 今の言葉が本当ならば王国の上層部、少なくとも二大将軍はこの現代火器を知っていることになる。

 こんなモノがあることをウェスタや賢王ディリーテは一言も言ってない。言わなかったのか言えなかったのか、その意図までは伺い知れないが俺の不信感が芽生えたことだけは確かだ。


「ですが、ここから先は王国には伝えておりません。王国の人間が見るのは貴方達が初めてです」


「……そんなモノを見せていいのか? 出会って幾日も経ってない俺によ?」


 会ったばかりの人間を信用するのは無理がある。至極当然な質問にアロイスは気持ちの良い笑顔で答える。


「助けるに決まってんだろ。人が襲われてるのを見て黙ってられるかよ。そう……貴方が言った言葉ですよ?」


 アロイスは昨日の俺の言葉をそっくりそのまま言ったのだ。


「驚きました? あの入場用の魔結晶は蓄音の魔法がかけられているのですよ。あの言葉を聞いた瞬間思いました。貴方の身分はともかくとして、貴方の心は信用できるとね」


「……意外と進んでるんだな。異世界ってのは」


「ですね。さぁ、行きますよ? 新しい世界(ニュー・ワールド)!」


 身体を光が包み、転移が始まった。


 途端に真っ暗になる視界。どうやらここは光が無いようだ。不意に右手をなにかが掴む。一瞬戸惑ってしまうが、掴む指の細さと冷たさからルチアの手だと分かり、俺はここぞとばかりに握り締める。


「ライト」


 暗闇にアロイスの小さな声が流れると空間は明るくなる。かなり広い空間だ東京ドーム一個分と言えば適当だろう。


 そして俺は見せたかった(・・・・・・)モノの意味(・・・・・)が分かった(・・・・・)


「貴方の世界にコレはありますか?」


「ある訳ねぇだろ。自由の女神はアメリカにしかねぇんだぞ」


 視界一杯に広がる存在。とても大きな、巨大な、広大な。


 古の巨神兵。そう形容するしか無い物体の頭部と思われるモノが壁から覗いていたのだ。

記念すべき89話です。日頃からお読みいただき改めて感謝致します。


この先の物語も引き続きお楽しみください。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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