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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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隠れ鬼

 森と林の違いは何か。個人それぞれの認識の違いはあるが、俺が思うに意図的に整えられたモノが林であり、人の手に負えないほど樹木が生い茂っているのが森だと思う。

 そして今、足を踏み込んだ場所は前述の方だ。等間隔に生えた木々、その間に意図的に置かれたとみえる岩や倒木。そして途中にこれまた意図的に植林された太い木々。明らかに障害物の目的として用意されたモノだ。


「ゴーレムの足跡があるね。ハジメちゃんは斥候の経験ある?」


「俺は自衛官だぞ? あるに決まってんだろ」


 荒地と違い、林内の土は水分が多く含まれているのかゴーレムの痕跡が残っている。巨大な足跡だ。学生の頃に見に行った水族館のウミガメの甲羅より大きい。


「ここまで入ってきて、見失ったという訳だ」


 足跡は奥まで続いていない。境目付近を二、三歩入ったところで引き返している。


「だから今、私達の後ろにいるんですね。ゴーレムさんが」


 言葉に頷き、後ろを振り向く。


 そこには直立不動で佇む緑眼のゴーレムがいた。俺達を前にしても特に反応はせず、追いついたときからずっと動いていない。ときおり左右に動く単眼が現在暴走せずに正常に起動していることの証明をしている。


「壊れてる訳じゃなさそうじゃん。なんで動かないんだろうね?」


「思うにさっきの子供達がまだこの林内に潜んでいるんだろうな」


 巡回せずにこの場に留まる理由はそれしか無い。どこかに逃げているのならば先ほどのように追いかけている。子供達も中々素早かったがあの状況は排気量千越えの自動二輪車と普通自動二輪が競争するような状況だ。出足のほんの一瞬なら同じ速度を出せても地の馬力と最高速度が段違いだ。この広い魔法演習場を逃げ切ることは出来ない。さらに言えば走り回れば回るほど他の警備の人員に見つかる危険がある。


 俺が逃げるならば、一旦隠れてから逃げる。下手に動き回らずジッとしていた方が敵に見つかり難いのだ。


「どうしますか? ゴーレムさんも動きそうに無いですよ。他の警備員を呼びませんか?」


 エレットの提案は満点だ。ここで取るべき手段はそれが一番である。けれども俺は首を左右に振る。


「俺達の手で探したい。ちょっと思い付いた事があるんだ」


「あっ! 分かった。ここで捕まえて魔法学園に恩を売るって事でしょ?」


「違うっつーの。俺がそんなに卑しい奴に見えるか?」


 自信満々に答えたジェリコの肩を軽く叩き、そのまま肩を組みエレットから距離を取る。そっと耳元に口を近付け囁いた。


「もしかしたらだけどな。異世界人の情報に繋がりそうな気がするんだよ」


 あからさまに怪しいのだ。魔法学園の生徒であるならば危険を冒してこの場所に侵入するのは妙だ。黙っていても魔法の訓練で入れるのだからゴーレムとのスリル満点の追いかけっこが大好きでは無い限り、相応の理由があるはずだ。

 次に考えられる事として部外者が魔法学園の生徒の服を拝借して潜入した場合だ。こちらも当然怪しい。

 どう考えても金目の物がこの場所にあるはず無い。訓練資材に珍しいモノがあれば別だがパッと見回した限り手に入りそうなのは石材や木材ぐらいだ。命を賭けるに値しない。


 では、目的は何か。恐らくパッと見た範囲に無いナニカを探しているのだ。

 どちらも憶測にしか過ぎないが、証明する手段は至って単純。逃げてた三人組を取っ捕まえて事情を聞けばいい。もしも警備の人間が先に確保してしまえば部外者である俺達に情報は渡らないので急ぐ必要がある。


 今こそ虎の穴に入り虎児を得るとき。幸いにも標的の三人組には心当たりがある。


「三人別れて探すか?」


「賛成だね」


「ですね。身動き取れない場合もあります。怪我をしてそうだったらすぐに私を呼んでください」


 左右を見回すと思ったよりも林内は広めだ。闇雲に探しては時間がかかる。


「ジェリコは左から、エレットは右から探してくれ。真ん中から俺が探していくから林の向こう側で合流しよう」


 捜索方法を決めると俺はすぐに林の中に入る。他の二人も林の際を少し歩いてから同様に入っていく。


 林の中は人の手が入っているお陰か歩きやすく進みやすい。そして足元も整地されてるので転ぶような石も無い。藪漕(やぶこ)ぎせずに済むのは非常に助かる。適度な湿り気もあるので割と快適だ。

 訓練中ならば様々な障害物を追加で置くのだろう。チラリと木を見てみれば紐か何かでキツく縛られたような跡がある。予想するに木と木の間に紐を張り巡らさせ即席の障害を構築する。それを身体強化の魔法を掛けた人間が避ける訓練をするのだろう。もっとも今は何も置かれていないので想像に過ぎないが。


「日本の演習場を思い出すぜ」


 山中の訓練が基本である自衛隊の俺にとっては山や森の中を歩くのは得意中の得意だ。ましてや意図的に整えられた植林地帯は普通の道路を歩くのより楽とも言える。


「どうやら当たりは俺か」


 そっとしゃがみこみ、足元の地面を触る。そこには小さな靴の跡が三つ。狭い歩幅で地面を蹴った痕跡が残っていたのだ。


「林に逃げ込み、飛ぶのは危ないから地面に降りて急いで走った。ってところだな」


 追跡するには沢山の情報を手に入れる必要がある。地面や周囲の建造物などはもちろん、空模様や逃走者の思考までも読み取る必要があるのだ。


「わざわざ地面を見る奴はいないってか?」


 先輩であるタケさんの言葉を思い出す。そして俺はそれを聞いた当時の状況を思い出して笑ってしまった。敵の前で仰向けに寝っ転がる人間はいない。


「まぁでも、今落ちてるのは大金だしな」


 手に入れるべきモノ。値千金の情報の手掛りがここにあるのだ。地面を舐め回すように観察して俺はさらに奥へ進む。


「足跡が消えたか?」


 林の中央部にまで辿り着き、丁度木々が途切れた地帯で上からの陽の光が差し込む場。そこでプツリと途切れた足跡に俺は戸惑う。周りを見渡してどこかに行った気配は無い。


「空?」


 飛んで逃げるという手段がある以上、木々の切れ間から空へ逃げたという可能性もある。だがしかし、俺はその考えを否定する。

 高所まで飛べるのならば最初にゴーレムから逃げる際に高く飛んで逃げる筈だ。手が届かない所まで飛び上がれればわざわざ生死のかかった鬼ごっこをする必要は無いのだ。


「姿を消す魔法とかあったらどうしようもないか」


 そんなモノがあるとしたならば魔力を持たない俺ではどうにも出来ない。赤外線感知装置でもあれば別だが。


「いや、待てよ?」


 途方にくれる前にもう一度足跡を注意深く観察する。

 足跡がある(・・)事実を見るんじゃない。足跡自体(・・)を見るのだ。狭い視野で判断するのでは無く、広い視野で物事を捉える必要があるのだ。


「なるほど」


 俺はようやく理解して来た道を歩いて戻る。一歩、二歩、三歩。足跡をなぞるように引き返す。


「猟師の追跡を撒くために自分の足跡を全く同じ形で踏んで戻る」


 誰に言うにでもなく呟く。そして七歩目の足跡を辿り、陽の光が差し込まない林内に戻る。ここを区切りとしてみると足跡の違いがよく分かる。先の七歩の足跡は僅かに二重になっているのだ。


「そして戻ったところで近場の草むらや木に飛び、隠れて姿を消す」


 横を見ると太めの木の幹に子供の靴サイズの土の跡がこびり付いていた。その木の幹に触れ上を見上げる。


「追っ手を撒く際に使われたりもする。動物だとヒグマが使うらしいけどな」


 体重を掛けて幹を押し揺らす。すると上の方から声が聞こえてきて何かがゆっくりと落ちてくる。ふわふわと浮かびながら落ちてくるのは箒とそれに乗った人間であり、赤い頭をしていた。


「日本では止め足と呼ばれる技術だ。よく知ってたな? ヒュンケル(・・・・・)


「……なんだよ、変な杖の兄ちゃんか。先生かと思ったぜ」


 赤い髪の毛をガシガシと搔きながらヒュンケルは杖から飛び降り俺の前に立つ。見たところ砂埃で汚れているが外傷などは無いようだ。


「他にもいるんだろ?」


「木登り頑張ったんだぜ? フーバー、リリィ! 大丈夫だ、先生達じゃないぜ!」


 ヒュンケルの呼び声に反応して木の上から人影が現れる。銀髪の髪と緑色の髪の見知った二人だ。ヒュンケルと同じように箒でフヨフヨとゆっくりと降りてくる。


「ご、ごめんなさいお兄さん! また迷惑をおかけしてしまって!」


 地面に立つと同時に紅一点のリリィが頭を下げる。次いで伏し目がちに頭を下げるフーバー。


「謝んなくていいって。それよりもお前らはなんでゴーレムに追いかけられてんだ?」


「うっ……そ、それは……」


 言葉に詰まるヒュンケルは視線を逸らす。あからさまに隠し事をしている様子に俺は一歩顔を近付ける。


「隠し事はしてもいいけど、友達に迷惑かけるのはいただけねぇな?」


「うぅっ……ん? 痛えっ!」


 さらに顔を逸らすヒュンケルの頭をリリィが叩いた。ポカリっと空箱を叩いたような良い音が林内に小さく響く。


「もう、ヒュンケル! お兄さんには散々迷惑かけちゃってるんだからいいじゃない! 言っちゃってもさ!」


「そ、そうだそうだ! お、お兄さんは信頼出来る大人だと思うし、言っても良いと思う!」


 友人二人に責められヒュンケルは小さくなる。少しばかり迷い、言葉を選ぶように絞り出す。


「じ、実はさ、凄い場所を見つけちゃったんだよ。この北区の中でさ」


「凄い場所?」


 疑問の声を出すとヒュンケルは俺を指差す。


「兄ちゃんが持ってる杖。ちょっと形が違ったけど似たやつがあったんだ」


「杖ってこれのことか?」


 背負っていた小銃を手渡す。受け取ったヒュンケルは珍しそうに銃を弄くり回している。


「そうそう。ええっと確かここをこうしてこうやってててー」


「お、おい? あんまり弄ると危ないぞ?」


「大丈夫だって! こうしてこうだっ!」


「あっ、おいっ!?」


 注意するのが遅かった。銃を弄り回していたヒュンケルは偶然か必然か、安全装置を解除し引き金を引いてしまったのだ。

 鳴り響く銃声。林の中に住んでいた鳥達が初めて聞く音に反応して一斉に空へ飛び立つ。大気に反響した射撃音は長く遠くへ響いていく。


「馬鹿野郎危ねぇだろッ! なに考えてんだよ!」


「ごめんっ! 兄ちゃん本当にごめんなさい!」


 急いでヒュンケルから銃を取り上げ安全装置を掛ける。幸いにも銃口は上に向いていたので誰かに銃弾が当たる危険性は無かった。

 不注意で射撃してしまったヒュンケルは涙目で俺に頭を下げる。普段の生意気な姿はどこぞへ行ってしまったようだ。


「いや、俺も弾抜きしてなかったのが悪い。とりあえず怪我が無くて良かった」


「ご、ごめんなさい……」


 すっかりしおらしくなってしまったヒュンケルはその場で座り込んで泣いてしまう。まだまだ生意気盛りの子供。大人げ無く怒ってしまったのは良くなかったかもしれない。


「あ、あ、お兄さん……みんな、ア、アレを……」


 頭を撫でて慰める俺の背中を引っ張るのはリリィだった。怖いものでも見たかのように絶え絶えの声で何かを指差す。

 撫でる手を止め立ち上がると俺は驚きのあまり目を丸くしてしまう。土煙を上げ、木々をへし折りながら迫り来るそれに。ゴーレムに。不審者を駆除する存在に。


「ちっ、今の銃声で来やがったか。お前ら、俺の後ろに隠れとけっ!」


 俺は子供達の前に躍り出る。幸いにもゴーレムは木々が邪魔をしており中々前に進めないようだ。


「どうすんのさ兄ちゃん!? ゴーレムってすっごく硬いんだぞ!」


「矢が効かないぐらい硬いし、魔法にも耐性があるんですよ!」


「それに平地だったら人より速いんです! お兄さん、今の内に逃げましょうよ!」


 後ろで叫ぶ子供達は不安で一杯なのだろう。怯え、竦み、嘆き、恐怖している。それはよく分かるし馬鹿にもしない。俺も幽霊の類が相手のときは似たような姿だ。


「お前ら安心しな。自衛官のお兄ちゃんが助けてやるよ」


 遂に近距離にまで近付いて来たゴーレム。単眼は真っ赤に染まり、悪鬼羅刹(あっきらせつ)が如く怒り狂ってるようにも見える。その、怒りの具現である腕を大きく振り上げ打ち付けんと振り下ろす。


 だが、それが俺達に当たることは無かった。


「どうだい? 俺は頼れるだろ?」


 呆然とする子供達。なにが起こったのか分からない様子だ。なにせ俺は武器を使うこと無くゴーレムの動きを止めたからだ。単眼の色は怒りの赤色から疑惑の黄色に変わり、やがては安全の緑色へと変わっていった。

 その変わりゆく様を俺は至近距離から見ていた。大きく伸ばした腕の先。魔結晶を握る指の間から。ゴーレムに襲われないための入場証を兼ねた魔結晶の透き通った景色越しに。


「ず、ずるっこいっ!?」


「カッコつけてそれかよっ!?」


「お兄さん、その杖使うんじゃないんですか!?」


 なんて事はない。この子達が不審者としてゴーレムに追いかけられているのならば、不審者じゃ無くすれば良い。あの識別するセンサーがどこに付いているかは分からないが、正式に入場した俺が間に入って庇えばゴーレムは手出し出来ない。


 正直、さっき襲われかけたこともあり内心はかなりビビっていたが、結果オーライとなればどうとでも良い。


 真っ直ぐに突き出した入場証の魔結晶を認めるとゴーレムは何事も無かったかのように元来た道を引き返していく。そして反対に後ろの子供達からは落胆と罵声が投げかけられた。


「無事で何よりだろ? ほら、他の仲間もいるから合流して帰ろうか」


「「「は〜い」」」


 緊迫した状況から解放され気が抜けたのか、気怠そうな返事をしている。


「あのなぁ? 一応、命かかってたんだからよ。もっとシャキッとしとけよ。いいな?」


「「「はーい」」」


「ったくよぉ」


 同じような態度で返事をされたが、声には力が戻っていた。詳しい話は後回しにするとして先ずは合流を優先する。エレットとジェリコは今どこにいるのだろうか。


「私もシャキッとするのは賛成です。子供達は無論、貴方のこともね?」


「っ!?」


 不意に若い男の声が聞こえてきた。


 咄嗟に子供達を三人共抱き抱え、近くの木に背中を預ける。緊急事態を告げる心臓の早鐘の音を振り払いながら周りを観察する。けれども周りには人どころか動物の気配もしない。あるのは無音の間だけだ。


「今の声どこから!? 出てこい!」


 叫びは森に響く。しかし返ってくる言葉は無い。その代わりとばかりに、俺の目の前の地面に魔法陣が浮かび上がる。薄い紫色の魔法陣は徐々に範囲を広めていき、その中心部分からさらに複数の魔法陣が水の波紋のように拡がっていく。


「これはまさか……転移魔法!?」


「転移魔法?」


 あれよあれよ言う間に魔法陣は大きくなっていき、その中心部が一気に光輝く。すると、光が強い部分から徐々に人の身体が現れていく。


「おやおや、昨日以来ですね。お久しぶりと挨拶しましょうか?」


「……また会ったなって言うのが正解だな」


 不敵な笑みと共に魔法陣の真ん中から出てきた人物は学園の教頭であるアロイスその人であった。

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