緊迫限界
距離にして六十メートル。荒れ狂う暴走機関車を彷彿させる塊は土煙を巻き上げ、大地に振動を与えながら一直線に向かってくる。
道端の小岩を砕き、地面には重量に見合った穴ぼこを作り、まだ離れているのにも関わらず感じる威圧感は俺達の思考を放棄させる。
「な、なんでっ? 私達は別に不審者じゃないですよね!?」
その意見に素直に賛同するには後ろめたさが残る。正直言ってしまえば俺達はエレットの好意を利用して侵入しているのだ。正規の手段に則った不届者が俺だ。邪な気持ちにあのゴーレムは反応したのだろうか。
「ヤベヤベヤベぇ、ヤバイヤバイヤバイってば! ハジメちゃんどうすんよっ!?」
慌てるジェリコは俺を頼るが、俺も良い考えは無い。
隠れようにも相手はすでに俺達を捕捉している。鬼に見つかってからのかくれんぼがゲームとして成り立たないように、この状態から隠れても意味は無い。
ならば逃げるか。それも無理だ。持久力には俺も自信はあるが、ゴーレムの一歩は俺の身長をゆうに超えている。排気量が千を超える大型バイクが補助輪付き自転車を追うようなものだ。絶対に捕まる。
ならば、取るべき手段。いや、残された手段は一つだけ。
「迎え撃つぞ!」
「マジかあっ!?」
「そ、あ、もうっ! ハジメさんってば無理ばっか言いますね!」
背負っていた銃を下ろし、槓桿を引く。耳に馴染んだ装填音を聴くとすぐさま構える。
「やってやるってば! ジェリコさんも昔は野生のゴーレムを倒したことあるもんッ!」
双剣を逆手に持ち、姿勢を低くして狙いを澄ませるその姿は俺が知っているジェリコとは違い、とても頼れる戦士の顔をしていた。
「エレット、アレの弱点はなんだ?」
照準は合わせたままで俺の後方で備えるエレットに質問をする。
「弱点は無いです!」
距離はあと三十メートル。振動が腹に響いてくる。
「なんで弱点無いんだよ!」
「警備の兵器に弱点がある方がおかしいですって!」
「確かにっ!」
吠えるように疑問を叫ぶが、言われてみれば確かにそうだといえた。戦う目的で作られている以上、弱点があっては困る。だが今は弱点が無いことで俺達が困っているのだ。
「どこだっ? 目か? 目が弱点か? つーか目が弱点であってくれ!」
照準を煌めく炎のような単眼に合わせる。不幸中の幸いか、こちらに真っ直ぐ機械のように正確に突き進んでくれているおかげで頭部は全く動かず、こちらの照準は合わせやすい。
「ハジメちゃん! ゴーレムってのは身体のどっかに核となる魔結晶があるんだ。それを砕けば簡単に動きを止められるぜ!」
「核……見えねぇよバカッ! どこにあるんだよ!?」
接触までの距離は十五メートル。砂煙が風圧と共に俺達へ迫り来る。
「だから弱点は無いんですよっ! 核は胸部の頑丈な装甲の中に隠されているんです!」
「それあと十秒早く言ってくれよ!」
もはやこれまで。敵はすぐ目の前だ。
「限界まで引きつける! 撃ちまくるから隙を見てなんかしてくれ!」
「なんかってなんだよぉ!」
「なんかってなんですかぁ!?」
「うっさい!」
ぴしゃりと言葉を遮り、俺は小銃の射撃モードを単発から連発に変える。あくまで対人用の銃だが至近距離で大量に浴びせれば軽装甲の車両も貫通する。壊れなくとも無傷では済まないはずだ。
「だから個人携行対戦車弾が必要だって言ったじゃねぇかよォッ!」
備えあれば憂いなしと持ってきた虎の子を大事な局面で置いてきてしまったのは痛い。しかし、無い物をねだっても仕方ないのも事実。俺は覚悟を決めて引き金に意識を集中する。狙いは胸ではなく頭部。リンゴみたいに丸くて真っ赤な単眼だ。
「ウォォォォォォォッ! ……おっ? おん?」
「はん?」
「あら?」
予想外の事態が起こった。
俺達目掛けて突進していたゴーレムは急に向きを変えたのだ。急激な方向転換により巻き上げられた砂と土は俺達にモロにかかり、一瞬視界を消失する。
「ケホっ、ケホっ、何が起こった?」
「大丈夫ですか!?」
瞬きせずに目を見開いていた俺は粉塵の影響が大きい。他の二人は咄嗟に避けれたのか蹲り目を押さえる俺を心配してれている。
「み、水あるか? 目にゴミが入った」
「あります、私の飲みかけですが……」
飲みかけと聞いてまず最初に衛生面が気になったが、四の五は言ってられ無い。エレットから受け取るとすぐさま自分の目を洗う。
「なんだあのゴーレム? どっか行ってんじゃん」
剣が鞘に収まる音がする。砂を洗い流しようやく戻った視力で辺りを見回すと俺達を襲おうとしていたゴーレムの後ろ姿が見える。走り行くその背中はこちらを全く意識していないようだ。
「エラーでしょうか? 今回のは急な許可だったので認証の魔法をゴーレムさんがすぐに読み込めなかったのですかね?」
「さぁな、そこん所は分かんねー。ところであれはなんだ?」
走るゴーレムの前方に何かがいるのが見えた。すぐに双眼鏡を取り出し注意深く観察する。
「人だ、ちっちゃいな。子供が三人。ゴーレムに追いかけられているぞ!?」
「えっ? ちょっ、それ見せてください」
向きをそのままにエレットへ渡す。すると何か信じられないものでも見たかのように声を震わせる。
「あ、アレは……学園の生徒です! 少学年の学園服です、不審者とかじゃありません」
「なんだって!?」
渡したばかりの双眼鏡を奪いとり、もう一度観察する。遠目で分かりにくいが、確かに赤い髪色の少年を先頭にして、何やら箒のようなモノに跨って地面スレスレを低空飛行で逃げ回っている。
「学園の施設で学生が襲われてんのかよ。暴走してんじゃねえのかあのゴーレムは?」
「どうするよハジメちゃん?」
三人の子供の速度はゴーレムよりも若干早い。しかし振り切れるほどの速さでは無い。いずれは体力が尽きて捕まるかもしれない。
幸か不幸か。三人組は大きく旋回し、俺達の元々の進行方向にある林の方へと向かっている。このまま急いで進めば上手く鉢合わせになる。
ならば、取らなければいけない手段は一つだけだ。いや、俺が取りたい手段はそれだけだ。
「助けるに決まってんだろ? 人が襲われてるのを黙って見てられるかよ!」
銃の安全装置をしっかりと確認してから背負い、俺は小走りで前を行く。
「ハジメちゃん! あのゴーレムをなんとかする手段ってあるのかよ?」
心配そうな声のジェリコに俺は振り返り親指を上げる。
「今から考える!」
それだけ言うと再び前を向いて今度は駆け足で進む。後ろから聞こえてくる二人の呆れ混じりのため息と追いかけてくる足音が俺の耳に届いていた。




