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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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この出逢いに感謝を

 〜〜一年前。冬。演習場にて〜〜


 丸い月を厚い雲が隠していく。ラジオの天気予報では晴れと言っていたのだがここは山中の演習場。山の天気と女心は変わりやすいのは世の常だ。

 数分前まで白銀世界だった視界は今や漆黒に覆われている。枯れた木々が魍魎の姿と錯覚してしまうほど黒は濃く、白はすっかりなりをひそめてしまい、その存在感は足裏にしか感じない。


「タケさん、V8を使いましょう。何のための暗視眼鏡ですか?」


「使いたきゃ使え。目を慣らしとけ、俺が警戒しとくからよ」


 タケさんから離れ、近場の木の根元にしゃがみ込み、暗視眼鏡のスイッチを入れる。右の視界が暗視装置独特の緑色に染まる。


「……ッ!?」


 緑の景色に慣れたのも束の間、俺は思わず言葉を詰まらせてしまう。


 緑に染まった木々と雪の地面。その端に映ったのは俺とタケさん以外の二人の人間。それも敵の陣地と思わしき方向からの登場だ。味方が敵の陣地から出てくることは無い。ならば今、真っ直ぐにこちらへ向かってくるのは敵の警戒員の他は無い。

 緑の視界に慣れ、敵を観察すると相手はご丁寧にゴーグル型暗視装置のV3を装備している。夜中に侵入してくる不届き者を発見する準備は万全ということだ。


(タケさんっ!)


 敵は俺の方では無くタケさんがいる方向に歩いている。周りの木々のお陰でまだバレてはいないようだがそれは時間の問題だ。このまま進んでしまえば敵に見つかってしまう。

 敵の接近をタケさんに伝えたいが、ここで声を出してしまえばそれはそれで見つかってしまう。


(いざとなればっ!)


 俺は小銃の安全装置を解除した。薬室に弾が装填されている。


 本来、斥候は戦闘を行わないのが基本だ。それは斥候の任務はあくまで敵情の解明であり、戦闘行為では無いからだ。射撃を行い自らの存在を暴露させるなど持ってのほかだ。

 しかし、緊急事態の戦闘は許されている。つまり、敵に殺されるぐらいなら返り討ちにしろ、という意味である。


「ふー……」


 枯れ木の後ろに隠れて銃を構える。狙うは敵の片方。一人を行動不能にさせればここから逃げる際に楽になる。呼吸を整え射撃体勢は整った。あとは狙いすました一撃を放つだけだ。


「へっ?」


 ふと、タケさんの方向を見ると思わず声を出してしまった。

 敵が接近しているのにも関わらず、何と雪の上に寝転がっているのだ。木の後ろに隠れているとはいえアレでは敵に見つかってしまう。


「何寝てるんですかタケさんっ!」


 思いがけない行動に俺は混乱してしまうが、もはやここから出来る手段は限られている。敵はタケさんのすぐ近くまで来ているのだ。


 一歩、また一歩。敵の足音が離れている俺の耳にまで聞こえてくる。見守る側の方が緊張してくる。緊張からくる自分の呼吸音がやけにうるさく感じる。

 敵はついにタケさんのすぐ側にまできており、俺はそっと引き金に指をかける。


 だが、それ以上引くことは無かった。


 敵は何故かタケさんを素通りしそのまま歩いてどこかに行ってしまったのだ。


「何で?」


 戸惑いつつも、荒い呼吸そのままに駆け寄る。仰向けの姿勢で寝転んでいるタケさんは近寄ってきた俺に親指を立てて笑顔を見せてくれた。


「お前は撃つかと思ったけど。案外冷静なんだな。良かった良かった」


「良かったというより何でタケさん敵にバレて無いんですか!? あんだけ近くに来てたのに……」


 手を貸して起き上がるのを助けると身体に付着した雪を払う。


「暗視眼鏡ってのは視野が凄え狭くなる。それは分かるな?」


「分かります。今、右目はタケさんの顔しか映ってないですもん」


 用を済ましたV8の電源を落とし、右目から外す。途端に右の視界は開け、同時に夜の黒しか映らなくなる。


「その狭い視野でよ。敵を探すとき地面を見るか? 相手も日中から野営してんだ。慣れた陣地で雪しかない足元をわざわざ確認しながら歩くか? 百万円が足元に転がってる訳無いだろ?」


「そりゃそうですけど、足跡とか見るんじゃないですか?」


「敵陣なんだから敵の足跡ばっかに決まってんだろ。そもそもこの雪で紛れてるしな」


 言われてみれば確かにそうだと頷く。人が隠れるのは何かの遮蔽物の影だ。わざわざ地面に隠れるとは言わない。荒地を歩くのならば石に躓かないように足元を見るが、雪しかない地面をずっと見つめる人はいない。


「動かないで伏せてた方が見つからない場合があるんだ。覚えとけよ。斥候のコツの一つだからな」


 一か八かの賭けでもあるけどな。っと付け加えるとタケさんは警戒の動哨が来た方向に歩みを進める。


「敵陣地はもう目の前だ。気合い入れろよ。ションベンは済ませたか?」


 首をこちらに振り向かせたタケさんに、俺は軽く笑ってから付いて行った。



 ―――――



 ぷるりと揺れる山の際が俺の視線を左右に揺さぶる。右に左に、器ごと揺れる大きな山は見ているだけで幸せになるものだ。巨山の白と黒のコントラストは視覚の暴力とも言える。


「あの、ハジメさん。そんなに見られると恥ずかしいです」


「あっ、ごめんエレット。美味しそうだなって思ってさ」


 謝りつつも俺はその山の存在を視線から外すことは無かった。器ごと上に持ち上がり、エレットの細い指の動きに合わせて山は形を変えた。


 そしてパクリと一口。山の一部はエレットの口元に吸い込まれていった。


「ん〜〜ッ! 甘くて美味しいです〜!」


 幸せそうに顔を蕩けさせ、エレットは次の一口をスプーンですくう。


「プリンにすれば良かったなー。白いプリンとこ洒落たモノ食ったこと無いもん」


 白の器に白いプリン。焦がしたカラメルの黒帽子を被った御身は垂涎の逸品と言える。


「そんなら食べるかいハジメちゃん? 優しいジェリコさんは分けてあげるよ!」


「野郎と間接キスして喜ぶ奴に見えるか?」


「ひどいっ!」


「ひどくねぇっつーの!」


「お二人は仲がよろしいんですね。楽しそうで何よりです!」


 男二人のやり取りをエレットは楽しそうに笑って見ている。こうしてみると女性は笑顔が一番綺麗というのはあながち間違いでは無いのが分かる。


「エレットさんだっけか? 楽しいのは何よりで嬉しいけど、あんたは俺達と食事をして良いのかい?」


 話の水を差すように、急に真面目な顔に戻ったジェリコはそんなことを言う。エレットはすぐに答えず、プリンの隣にあるさくらんぼのような果物を口に含み、何度か噛み締め味を楽しんでから中身の種を吐き出した。


「それは私が教会の人間で、貴方達が幻想調査隊だからですか?」


 組織と組織のしがらみというのは根が深いモノだ。それが大きな組織であればあるほど比例して大きくなり、お互いの些細な行為が後の遺恨を残していく。社会で生きるというのはそういったモノがあるのだ。それは元の世界でも異世界でも変わらない。


「教会はともかく、私自身は幻想調査隊を今は嫌って無いので」


 口の中の幸せな味を現実に戻すためにエレットは水を飲む。口元をハンカチで拭うと俺の方を真っ直ぐに見つめる。


「私はハジメさんが素敵な方と知っています。そしてお友達のトカゲさんも素敵な方なのでしょう。ですよね?」


 言葉の最後でにこやかな笑顔を見せられ、俺の心臓は鼓動が激しくなる。


「なんだよハジメちゃん、めちゃくちゃいい子じゃん! くそっ、羨ましい!」


「お前とは日頃の行いが違うんだ。これに懲りたら言動は慎めよ? 出家して頭丸めろ」


「元々髪の毛無いのよねー!」


「ほ、本当に仲が良いんです……よね?」


 若干戸惑ってはいるが余計な一言は要らないと判断したのか、エレットは甘味の続きを楽しむことを選んだ。


「そういやエレットはなんでこの街に?」


 自分の前に置かれたチーズケーキを食べ切る前に気になっていたことを聞いてみた。

 あの激闘から二、三週間経っている。俺が新たな任務に就いているのと同様に、エレットも教会の仕事でこの街に来ているのだろうか。


「ええっと、次の仕事が北部にありましてね。準備をしようかと思いまして」


「次の仕事か。またどっかにゾンビでも出たのか?」


 教会は不死者を駆除している。その為の退魔の魔法も身につけており、その威力は前回の任務でどれほど強力なのかは知っている。


「いえ、不死者の討伐では無くて陽神教の布教を行う仕事です」


「陽神教ね。なるほどね」


 俺はジェリコの身体を肘で小突く。目で何度も語句の説明を求めると若干鬱陶(うっとう)しがっていたが、三度目の小突きで観念したかのように口を開く。


「陽神教ってのはこの大陸西部に広がる宗教だ。命を重んじてるのと、太陽を信仰してるんだっけ?」


「正しくは太陽に宿る女神様ですね。()の神ニナと呼ばれています。太陽は生命の象徴と信じられています」


「ん? ふーん、ニナって名前なんだ」


 生命の象徴やら何たらという話よりも、俺は女神の名前の方に気を取られる。思い当たりがあり過ぎる名前が俺の記憶の片隅を刺激する。


「そういやエレットちゃん。陽神教って大陸東部の陰神教とは何か関係あるのかな?」


「えーっと……」


 また一つ知らない語句が出てきたので俺は黙ってエレットの顔を見つめる。薄い桃色の唇が困ったようにキツく結ばれ、次に尖り、やがて開いた。


「あちらは月を信仰の対象にしてまして、死を尊ぶらしいです。宗教的に対立してるのであまり詳しいことは分かりませんが」


 言葉を紡ぎ、困ってしまっているのか目線が泳いでいる。


「対立する宗教ね。あっ! なるほど、だから北で布教するのか!」


 西と東の異なる宗教。ではその中間地点となる北ではどの宗教が信じられているのか。答えは恐らくどちらでも無いだろう。

 以前、イオンからの愛情がこもった激烈教育の記憶が正しければ、北部の土地というのは虫人族という強力な種族の脅威に晒されていて住みやすい土地では無いと聞く。けれども、住めば都と言うのだろうか。北部では王国にも帝国にも属さない大小様々な少数民族が多く住んでいるという。何故危険を冒してまで北部に住み続けるのかまでは不明だと聞く。


 そんな彼らが信じる宗教は何か。答えは無いだ。


 無いということは西と東のどちらの宗教にも染まっていないということ。ならば、布教を広めたい人にとってはもってこいの土地とも言える。


「なぁ、エレット。危なくないのか?」


 いくら神官としてある程度戦える実力があるとはいえ危険な土地には違いない。以前の首無し騎士の際も危うく全滅しかけている前歴がある。無意識のうちにエレットの隣に席を移動し、その手を握っていた。


「あっ……えっと……大丈夫ですよ? 教会の方から護衛が来てくれる予定なので。ご心配ありがとうございます」


 握る手をそっと離し、代わりに手を重ねてくれた温もりがなんともこそばゆい。


「んっ! んんっ! ハジメちゃ〜ん、当店はお触り禁止ですよ!」


 ジェリコのわざとらしい咳払いにハッとし俺は手を離して元の席に戻る。エレットも自分が何をやっていたのか意識してしまったのか顔がほんのりと赤くなっている。


「ルチアちゃんとイオンちゃんに言いつけちゃうよ?」


「なんで、その二人の名前が出てくんだよ!」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるジェリコの横っ腹に強めの肘打ちを食らわせると俺は正面を向きなおす。


「そういえばハジメさんはどうしてここに? お仕事ですか?」


 話は戻り、今度はエレットが俺達に質問する番だ。空になった器を名残惜しそうに見つめ、グラスの水をチビチビと飲む姿は胸の山を除けば幼くも見える。


「うん、任務。北区に入りたいんだけど警備が厳重で……うぉわっ!?」


 話の途中でジェリコの手が俺の口を荒っぽく押さえる。今までの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気はどこにやら、とても真剣な表情だ。


「ばっっっかァッ! いくら彼女がいい子だからって極秘で機密な任務なんだからね!? 迂闊に喋っちゃダメでしょがァッ!」


「おっおう、ごめんな。迂闊だったわ」


 小声ではあるがあまりの剣幕に俺は思わずたじろいでしまう。


「北区? 北区に何か用事があるのですか?」


 ジェリコの必死な行動も虚しく、俺の不手際により情報が漏れてしまった。北区という言葉を聞いたエレットは自分の唇に手を当てて何かを考えている。真面目なエレットならば、何かを企んでいるのを見過ごすとは思えない。否応が無しにも緊張が高まる。


「でしたら私が案内しましょうか? 北区なんて普通の人は中々入れませんからね」


「はい?」


「はぁ?」


 予想してなかった答えに俺達は同時に顔を見合わせる。聞き間違いでなければエレットは学園に通報するどころか案内すると言っているのだ。


「エレットそれはどういう? ていうか学園の関係者じゃなければ入れないんじゃ?」


 魔法の秘だらけの場所に、教会の権力があるとはいえただの神官がいても入れるはずが無い。もしやエレットは見かけによらず危ない橋を渡ろうとしているのではないかと邪推してしまう。


 ところがそんな心配は大丈夫ですと言わんばかりに、エレットは無邪気な笑顔を向けてくる。


「言いましたよね? 付与魔法(エンチャント)のエレットと呼ばれてたって。どこで呼ばれてたと思います?」


「巨乳を愛でる会とか?」


「んん? ハジメさんそれはどういう意味ですか?」


「大丈夫、聞き流してくれ」


 どうやら洒落は通じなかったらしい。慌てて手を左右に振り、話の続きを催促する。


「私、魔法学園の卒業生なんです。自慢じゃ無いですけど、補助魔法部門の首席で卒業したんですよ!」


 自慢の胸を大きく張るその姿に目が釘付けになってしまう。


「北区の使用許可もすぐにもらえますし、ハジメさん達を同行させるのも容易いですよ? なんなら今すぐにでもです」


 にこりと笑う救いの女神に俺は思いっきり立ち上がり賞賛の声を畳み掛ける。


「凄え! 神様かよエレットぉ!?」


「うほっ! エレットちゃんマジ天使!」


「そ、そんなに褒められるとは思ってなかったですよ?」


 思わぬ出会いに思わぬ提案。渡りに船とはこのような状況を言うのだろう。俺とジェリコはハイタッチを繰り広げ良い音を鳴らす。褒められたエレットは恥ずかしくなってきたのか一気に顔を紅潮させていき、熱を冷ますためか水を飲み干していた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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