繋がる縁
食事というのは生きる活力だ。朝の食事は一日の始まりを景気つけ、昼の食事は命の栄養補給であり、夜の食事は明日への準備だ。
この世界で何度食事を摂っただろうか。幸いにもこの異世界での食事は苦ではない。むしろ余計な添加物が無いから素材本来の味がより楽しめる。さらに言えば自然が豊かな分、香辛料なども豊富であり料理の中には俺が食べたことの無い味付けもあった。
その中でもこれは予想外であった。
「まさか異世界でクリームパフェが食べれるとは思って無かったぜ」
昼下がりの街の雑踏を背景に、白い生クリームとカットされたフルーツの山はここが女性向けのオシャレな都会の街並みだと錯覚させるのには充分だ。
銀のスプーンでひとすくい、重量を感じさせる密度は素材の違いが生んでいる。鮮やかな赤の果汁ソースを塗りつけて口に運べば酸味と甘味の絨毯爆撃が舌を蹂躙する。
「あー、歯の奥がギュンってなる。味蕾が満開花畑、唾液腺が暴動起こしてやがるぜ。事案だ事案。警察呼べ」
「ハジメちゃんって何言ってんのか分かんないときがあんね?」
この甘い食べ物を麗らかな女性と共に食べれたらこの世の最上であると言っても過言では無い。
だが、残念なことに俺の目の前にいるのは蜥蜴頭の半裸の男。牙の生えた大口でパフェの半分以上を平らげる情緒の無さは目眩がする。
「異世界って味気無い料理ばっかだと思ってたんだけど、意外と違うのな?」
この世界で生きていく上で、飽食時代を生きていた身としては食事の面はある程度我慢しなければいけないと思っていた。調味料の問題、素材の問題、食習慣の問題など問題だらけだと思っていたからだ。
ところが蓋を開けてみればなんてことは無い。この世界の食事は思っていた以上に舌に馴染む。むしろ美味と言える食事ばかりであり、体重計が存在しないことを感謝したいと思えるほどだ。
「なんでもアレらしいよ? むかーしこの世界に来た異世界人がさ、美味しいモノが食べたいって幻想を駆使して色んな事したらしいよ?」
「過去の異人に感謝だな」
聞けば調味料を作ったりこの世界の食材を改良したり、現代の料理を似た食材で再現したレシピなども考案したらしい。時間があればそのレシピ本を探してみたいところだ。異世界の食材で食べるカレーライスは興味がある。
「それに比べて俺達は何してんだろうな?」
俺はパフェの三分の一を食べたところで大きなため息を吐いてしまった。
「仕方ないって。ジェリコさんもあそこまで警備が厳重だとは思わなかったもん」
大人の男二人がこのような場所で駄弁を交わしているのには理由がある。
今朝の食事で決めた通り、俺とジェリコは北区を調べに行った。道中は大して迷いもせず、祭りの準備に賑わう街中を楽しく歩いてた。問題なのは北区に着いてからだ。そこは俺の予想とは違っていたのだ。
鉄柵に有刺鉄線の鉄条網。二名ほどが立って警戒できる監視塔がいくつかあり厳重だ。離れた位置から双眼鏡で覗いてみるとさらにその警戒度がよく分かった。
草木の少ないむき出しの地面や岩。荒地の荒野という言葉が当てはまる。その荒野の上にいた存在。それが俺の警戒心を急激に上昇させたのだ。
「警備用のゴーレムって初めて見たぜ。いや、普通のゴーレムも見たこと無いんだけどね?」
人の背丈を越す図体。怪しく緑に光る無機質な単眼の眼差し。全身石材の体躯は半端な攻撃では弾かれてしまう。もちろん、銃撃を含めてであるだろう。その重量感溢れる剛腕をまとも受けてしまえば首から上が吹き飛んでしまうのは簡単に想像できる。
つまり、常人では相手にすることが出来ないモノ。それが目に見える範囲でも数体確認できたのだ。
パフェを半分ほど食べたところで俺は目頭を指で何度も揉み解す。冷たさを誤魔化すためとゴーレムを思い出したことによる緊張感を振り払うためだ。
「北区って魔法の訓練場も兼ねてるんだってさ。学園の生徒も使うし、かなり上位の魔法使いも訓練するんだとさ。そりゃ魔法の秘に関わるから警備も厳重だよねー」
言葉とは裏腹に、口の端に付着したクリームを先が割れた舌で舐めずり実に満足気だ。必死に情報収集の計画を立てる俺の感覚を逆撫でするのに充分な面である。
あの荒れ果てた土地は魔法の威力によるモノだと考えると、もしも見つかってしまった場合はとんでもない事態になる。少なくとも警備のゴーレムは話が通じるとは思えないし、ルチアやラルクが扱ったような魔法を俺が真正面から受け止められるとも思えない。
すなわち見つかれば死か拘束か。虎穴にいらずんば虎子を得ずとは昔の偉い人はよく言ったモノだ。
「どうするよハジメちゃん? 北区は怪しいけども、そこに何かあると決まった訳じゃないから諦める?」
ジェリコの言い分はもっともだ。しかし、俺の直感がそれに異を唱える。
「無いって決まった訳じゃないだろ?」
そもそもこの調査任務は少し詰めが甘いところがある。ウェスタからこの護衛兼調査任務を命ぜられたときの内容が、魔法都市にいるとされる異世界からの住人の調査と言われたのだ。
(あくまでいるとされる……だ)
確証が無い。ということは調べられなかったとも言い換えられる。では、何故調べられなかったのか。
そして同時に任せられた魔法学園に入学するプリシラの護衛任務。その、魔法使いでなければ入れない北区。
どうにも俺にはこの任務同士が点と線で繋げたがっているような気がしてならないのだ。このなんとも言い表せない思考の渦が頭を悩ませる。故にこのクリームパフェの糖分が余計に美味しく感じる。
「いっそのこと魔法学園に入学してみるってのは?」
「面白い冗談だ。掛け算から教えてくれるか? 数検四級だぞ俺は。最後に受けたの」
「ショックッ! 結構良い案だと思ったんだけどね」
「あっ、マジだったの? ゴメンな、いつもの悪ふざけかと思ったよ」
どうやら冗談では無く本気でそう思っていたようだ。
こんな案も悪くないと思えるほどに取れる手段が無いという。その事実が俺達の前に立ち塞がる。
「取り敢えずまだまだ甘いの食おうぜ。俺、チーズケーキ食いたい」
「甘味は高いんだけどな〜。まっ、ジェリコさんも食べたいからいいけどね!」
空になったガラスの器をテーブルの端に置き、俺は店員を呼ぼうと辺りを見回す。だが、残念なことに今は食後のデザートが美味しく感じる時間帯。従業員は全員忙しそうであり、また店内の人々の声が大きく多少声を上げたところで届きそうにない。
「仕方ない。俺が店員さん捕まえてくるからなんか良い案を考えといてくれ」
「世界が終わる日までには考えるからゆっくりで」
答えたジェリコに中指を立て、俺は席を立つ。
「んー、みんな忙しそうだな」
捕まえるとは言ったものの、忙しない店内は出入りする客と料理を運ぶ者達でごった返している。それでも人を避けつつ店員の一人を捕まえた。
「すみません。あそこの端っこのテーブルなんですけど、料理の注文をしてもいいですか?」
男の店員は笑顔で頷くと懐から注文票とペンを取り出した。
「チーズケーキと……あっ、やべ。あいつ何食べるのか聞くの忘れた」
俺としたことが初歩的なミスをしてしまった。別になんでも食べそうな気がするが、もし自分が他人に勝手な注文をされたら良い気分はしない。それが自分の好みの料理では無かったら尚更だ。いくら相手がジェリコといえども、俺は他人を思いやれない男なつもりは無い。
好みがなんだのと考えた結果、一回戻ってなにを食べるか聞いてくるのが一番だと判断する。
「すみません、あとでもう一回注文するんで」」
「あの蜥蜴族の方なら、プリンアラモードを食べたいと言ってましたよ? フルーツとアイスクリームがたっぷりなこの店名物の料理です」
戻ろうとした俺の横を通り、代わりに注文する黒い影。聞こえた声は雪解け水のよう透き通った女性の声であった。かしこまりました。っと注文票を書き終えた店員は足早に去っていく。あとに残されたのは俺と女性のみだった。
「……あの、どちら様ですか?」
知らないうちに注文を取られたことに俺は身を引いて警戒する。後ろ姿が上下ともに真っ黒な服装の女性がただのお節介焼きの性格ならば問題は無いが、何か企みがあった場合は厄介である。
なにせ俺は幻想調査隊。自分には身に覚えが無いが、他所の組織からは忌み嫌われている存在なのだから。
しかし、そんな思いとは裏腹に女性は嬉しそうに声を弾ませる。クスクスと奥ゆかしい笑い声が女性の性格の良さと可愛らしさを表しているようだ。
「ふふふ、忘れちゃったんですかぁ? なら、今度は覚えてくださいね」
女性は振り返り、俺の顔を正面から上目遣いで見上げる。
黒を基調に白のラインが目立つ服。金髪の髪の毛に色白の肌。茶色の瞳は嬉しさのあまり輝いているようにも見える。
そして、一番印象深いのは胸部に君臨する夢と希望の二つの山脈。丈夫そうな素材にも関わらず悲鳴をあげる胸元の生地が気の毒でもあり羨ましくもある。
そう、俺はこの女性を、いや、彼女を知っている。
「エレットかッ!?」
名前を呼ばれると嬉しそうにピョンと飛び跳ね、金髪と胸を大きく揺らす。思わず視線が真ん中に集中してしまう。
「そうですエレットですっ! 私は貴方の事を忘れてませんよ? ねぇ、ハジメさん!」
首無し騎士との激闘を共に繰り広げた戦友ともいえる存在。そして魅力溢れるワガママボディ。確かな信仰心を持ち、付与魔法の達人と自称しているちょっぴりヌけた女性。神官エレットその人であった。




