魔法使い三人組
揺らめく紫煙はいつも行先が定まらない。
左に、右に、上に。当てもなく、風に煽られるままに漂う。
この煙を目で追うのが嫌いじゃない。何処へ行くにも分からない煙だが、決して下に向かって行くことは無いからだ。例え下に吐き付けられようとも必ず上に昇って行くその姿は、変わらぬ日常の一コマとして流されてしまいがちだが、この異世界で見るとそれも情緒的に見えると思う。
「イッテェ。あ〜、くそっ」
店の前に置かれた長椅子に座り俺は煙草の煙が染みる頬をベロで擦る。
「口の中切れちゃってるよ。グーでパンチするの止めろって言ってんのになぁ」
中で暴れた俺が悪いのは分かってる。それでも魔法を使えると期待していた分、肩透かしを食らった気持ちも分かって欲しい。
「どんくらい待てばいいんだろうな?」
ルチアの拳を頬に受けた後、摘み出されるように外へ出された。暴れたのも理由の一つなのだが、これからする話は魔法に関係した話なので俺が聞くとつまらないばかりか余計に魔法への憧れが強くなってしまい、それが可哀想だというラルクとルチアの判断だ。
「暇だ。これもどうやっても使えないしな」
吸う手の反対で魔結晶を握り、ルチアがやったように人差し指を立て何度も念じてみる。
「っ!? うわっち! 熱いって!」
手に不意に感じた熱量。
どうやらタバコの火が根本にまで来てしまったようだ。
指を二、三度振り、携帯灰皿にタバコを火が付いたまま押し込む。金属製の筒に革が巻かれた携帯灰皿。決して安物では無いこれは去年の誕生日に同期の由紀からプレゼントされたものだ。革の生地越しに感じる熱量は荒れた心を落ち着かせてくれる。
「そこの兄ちゃん! その杖なんだ? 珍しいな! 俺に見せてくれよ!」
「ちょっとヒュンケル! 初対面の人に失礼よ。ねぇフーバー?」
「うん……」
火に当たった指先を冷ますためにベロで舐めていると元気そうな子供二人組が声を掛けてきた。いや、違う。三人組だ。少し離れた所にもう一人子供がいる。
明るそうな性格の赤髪ボサボサ頭の男の子と利発そうな顔立ちに綺麗な緑色の長髪の女の子、そして少し根暗そうな銀髪で癖っ毛な髪質の眼鏡をかけた男の子。
「杖?」
俺は杖など持っては無い。まだ使うような年齢でも無ければ怪我して足を引きずってる訳でも無い。
「その杖だよ! そんな形の杖は見た事無いもん。すっげぇ珍しい! なぁ、リリィも見た事ないよな?」
「ヒュンケル失礼よ! たしかに見たことのない杖だけど……」
口では注意しつつも興味があるのか、チラチラと俺の方に視線を向けてくる。少女の視線を辿るとそこにあったのは俺の生命線とも言えるモノだった。
「あぁ、なるほどねぇ」
子供達の言いたい事を理解し、横に置いた小銃を手に取る。この世界には本来存在しない武器。初めて見る者ならば、この魔法都市ならば、杖と見間違えても仕方ないかもしれない。
手慣れた動作で弾倉を外し、槓桿を引く。飛び出た薬莢を空中でキャッチすると三人組は揃って湧き立つ。
「なんか出た!」
「魔法?」
「わっ、わっ、すごい!」
揃って声を出し、よっぽど珍しいのかほとんど喋らなかった無口な銀髪少年も嬉しそうな声を出す。
槓桿を開いたままに中を覗き込み、薬室が空になっている事を確認して飛び出た一発を弾倉に込め直して懐にしまう。最後に安全装置がかかっている事と部品の欠落がない事を確認し、少年達の前に銃を差し出す。
「触っていいぞ。壊したら怒るけどな?」
「えっ、わっ、やったーッ!」
「ちょっ、フーバー! 俺も触りたいんだぞ!」
意外にも真っ先に手を伸ばしたのは控えめな性格をしてそうなフーバーという少年だった。次いで赤髪のヒュンケルという少年。残ったリリィという少女は俺に対して申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご、ごめんなさいお兄さん! ご迷惑をおかけしてしまって……」
汗を額に流しながら必死に謝るその肩に俺は優しく左手を乗っける。顔を上げ幼い顔立ちの青い瞳に精一杯の優しい笑顔を向けた。
「なぁに、心配するな。子供は正直な方が可愛い」
この言葉は俺の本心だ。別に俺は子供が嫌いな訳では無い。ラルクは子供の見た目だが実際の年齢は俺よりも遥かに高く、尚且つ初対面の印象が最悪だったので例外だ。
「わっ、すっげぇなこれ! なぁフーバー!」
「う、うん! 初めて触ったよこんなの!」
銃がよっぽど珍しいのか少年二人は目を輝かせて弄くり回す。壊されやしないかと内心ヒヤヒヤしたが、渡した手前すぐに取り上げる訳にもいかず、ただ手持ち無沙汰にライターを弄った。
「あの、お兄さんは見ない格好ですけど旅人さんですか?」
リリィと呼ばれた女の子は横にちょこんと座る。束ねた緑髪の三つ編みが揺れ、そばかすが残る顔を向け質問する。言われて俺は周りを見渡し、次いで自分の格好を改めて見る。
たしかに街中をどれだけ見渡しても迷彩柄の服を着ている人間はいない。街を行く人々は地味な色合いの動きやすい服装の人間や、金属製の鎧兜を身につけた物々しい男達、何かの作業している男達は汚れない為なのか上半身裸で働いている者もいる。
その中で一際異彩を放っているのが上下迷彩服の俺だ。
「もしかしてお祭りを見に来たんですか?」
「お祭り?」
お祭りと聞いて首を傾げる俺にリリィは嬉しそうに声を弾ませる。
「お祭りですよ! この魔法都市マジカルテに唯一ある学園、アートマ学園の創業三十周年のお祭りがあるんですよっ!」
アートマ学園。よく覚えてないが確か我らの暴れん坊プリンセスがこれから通う学園だろう。見ればこの子供達の年齢もプリシラと大差無いように思える。もしかしたら同級生となるかもしれない。
「お祭り? あぁ、そういうことね」
街の中は人通りが多い。建物の外壁を見ればそこには壁に立ちモップを片手に清掃作業している者がいる。道を行く鎧を着た兵士は街の警備の目を光らせる。革鎧を着込み、以前見かけた冒険者によく似た服装の集団は大荷物を背負い大きな建物の中へ入っていく。建物の看板は剣と羽根ペンを模しており、パッと見の印象は冒険者ギルドといった風情。
街がこれだけ活気溢れ、どこもかしこも忙しそうに作業している者が多いのは都市をあげてお祭りを行うからなのだ。
「あっ、ヤッベェ!」
「あぁっ!? ヒュンケル壊しちゃダメだよ!」
短い叫び声が少年二人組から聞こえる。見れば俺の愛銃が横に真っ二つに分かれ、それぞれを二人が持っていたのだ。慌てる二人組を見て横にいたリリィは顔を青ざめさせて俺に頭を下げる。
「ヒュンケル、フーバー何やってるのよ! お、お兄さんごめんなさい! わ、私、なんでもしますから許してください!」
今にも泣きそうな声で謝り、横の三つ編みが地面に向けて垂れ下がる。
「待て待て。そんなに謝らなくていいぞ?」
長椅子から立ち上がり、慌てる二人の手からそれぞれ銃の一部を取り上げる。今にも泣きそうなリリィの視線を正面から受け止め、目の前で折れ曲がった銃を組み合わせる。カチリと音を鳴らして部品のピンを差し込み、動作確認の為に空撃ちを二度行った。
自衛隊のみならず、銃というものは整備する為に分解出来る構造なのだ。特に比較的近代の銃は工具を用いず手で分解出来る構造の物が多く、この小銃も例に漏れない。
そうとは知らず、壊れたはずの銃が目の前で組み合わさり元の形に戻ったことに三人組は目を見開き驚く。
「すっげぇ! 割れても戻る杖だ!」
「何これ? そういう魔法?」
「バカッ! 二人共先に謝りなさいよ!」
ホッと胸を撫で下ろしたヒュンケルとフーバーにリリィの注意の声が飛ぶ。目を見ると本当に申し訳ないと思っていたのか目尻に涙が浮かんでいる。
「わ、わるい。兄ちゃんごめんな? 許してくれよ」
「すみません……」
項を下げる赤髪と銀髪の頭。その頭に俺は優しく手を乗せる。
「壊れちゃいねぇけどよ。でもまぁ、他人の物はもっと丁重に扱えよ? 学校で習わなかったか?」
「お、俺はこれでも学園じゃ優秀な生徒なんだぜ!火蜥蜴のヒュンケルって呼ばれたんだぜ!」
頭に乗せた手を振り払うようにヒュンケルは胸を張る。その背中をリリィが思いっきり叩く。
「バカッ! いつもイタズラばかりして先生に怒られてるじゃない! いつも謝る私とフーバーの身になってよ」
「そうだそうだ!」
友達二人に揉みくちゃにされるヒュンケルはどことなく嬉しそうだ。
その時、背後の店からドアが開く音がする。
「ハジメお待たせ。その子達は誰?」
「こいつらは……あれ? ルチア、その格好は?」
見るとルチアの服装が様変わりしていた。
旅用の動きやすいズボンに上着。金属板で補強した革鎧を装備していたのだがそれらは小脇に抱えている。
代わりとばかりに身につけているのは中世の軍服によく似た服装。肩章等は付いていないので軍服風の味は薄いがそれでも男装的と言わざるを得ない。にも関わらず今までの服装と比べて圧倒的に女性らしさが上がっているのだ。その理由は。
「スカートってすっごくスースーするね」
ルチアの色白な生足を思わず凝視してしまった。
上衣は青を基調とした軍服風、下は生足を際立たせる紺の色合い。この服装の威力たるや凄まじい。言葉に表せない俺の語彙力に絶望を感じる程だ。
「これ、良いでしょ? ラルクさんが杖の代わりにくなるってくれたんだ〜」
見れば剣帯に差してある剣も変わっている。以前は鉄製の無骨な長剣だったのだが、刀身は片手でも取り回しが楽なように短めになっている。日本風でいうならば打刀。西洋風に言えばサーベルだ。柄の護拳に施された鳥の装飾がなんとも美しい。
「これ凄いでしょ? クラフおばあさんが昔使ってた服と剣らしくてさ! 魔力適正が高い武器なんだって!」
「あの婆さんのお下がりかよ……オエッ」
目の前で服を見せびらかしはしゃぐルチアにしわくちゃのクラフを重ねる。目の前の美少女が一転し、己の想像力を恨む事になった。枯れ木に花を咲かせましょうの対義語だ。
「あれ、兄ちゃん達もしかして?」
友達二人に揉みくちゃにされたヒュンケルが俺とルチアを交互に見やる。そして何かに気付くと悪い笑みを浮かべる。
「デートだデートだ! 兄ちゃんチューしろ! ひゅーひゅー!」
「わっ、何この子。ハジメの弟?」
「んなわけねぇだろ」
手拍子交えて騒ぐヒュンケル。俺はその顔をそっと鷲掴みにする。
「イタタタタタタッ!?」
「イタズラすんのは子供の仕事だけどよ。調子に乗るなよ?」
俗に言う脳天締め。俺が新隊員の時にタケさんにやられた技の一つでもある。指で締め付けられもがくヒュンケルは咄嗟に手に魔力を込め、俺の腕に押し付ける。
「くらえっ! ファイヤークロー!」
「あっづッッッ!? テメこのクソ餓鬼野郎!」
指先から爪を模した火が俺の手を掴む。あまりの熱量に俺がすぐさま手を離すとヒュンケルは脱出する。
「バーカっバーカっ! ザマァ見ろ! 行こうぜ二人共!」
それだけ言うとヒュンケルは猛ダッシュでその場から離れてしまう。その後を追いかけるようにフーバーも走っていく。
「あぁもうっ! ごめんなさいお兄さん。後で私が怒っときますから……本当にごめんなさい!」
最後まで謝り通したリリィは俺に頭を下げると先に走ったヒュンケルを怒る為に猛然と駆けだしていく。
残された俺は腕を何度も振り払う。子供ながら威力は調整していたのか幸いにも熱さだけであり、耐火素材の戦闘服に大した損傷は無かった。
「あの野郎、次見たら容赦しねえぞ」
憤る俺に隣のルチアはクスクスと笑う。訝しげに俺が見るとルチアはスカートを風になびかせ前を歩き、振り返って満面の笑みを見せる。
「ハジメってば本当に子供が好きなんだね?」
「どうした、眼鏡でも買いにいくか? よく見えて無いようだが」
ため息を吐く俺にルチアはポンっと肩を叩く。
「まぁまぁ、お菓子買ってあげるから機嫌直しなよ!」
フフンと鼻息を吐いたルチアは俺の返事を待たずに先へ歩き出す。俺はその背中に向けわざとらしくもう一度大きなため息を吐き出した。
「子供扱いするなっての」
先行く姿へ遅れないように小走りで向かい、その隣に並んで歩いていった。




