天才と無才
〜〜同時刻。古城にて〜〜
お天道様が真上から見下ろす時刻にも関わらず城内は暗い。手に持った灯りで照らした範囲は歩みと共に舞う埃の一切れまで鮮明に映し出すが、それ以外の場所は依然として薄暗い。
「これいいでしょう。知ってますか? 懐中電灯っていうんすよ」
手元のスイッチを押し、懐中電灯の明かりを消し、そしてまた押す事で再度明かりを灯す。
「……」
同行者は一言も喋らない。
「パイセンに許可取るの忘れたんすけど、いいっすよね? だってこれ俺の荷物から出したし。パイセンとか他の先輩達の荷物には手を付けて無いっすからね〜」
この世界にある装甲車。唯一無二と言ってもいいそれは現在は西方屋敷に置いてある。
バッテリーが上がり、キーを回してもうんともすんとも言わないエンジン。走れない鉄の塊である装甲車はせいぜい荷物置きにしかならない。
「あれを運ぶのすっごく苦労しましたからね。懐中電灯の一つくらいいいっすよね?」
人が押して運べるものでは無い。将軍特権で人員を多量に用意して運搬するのも不可能では無いが、それに見合った労力とは言えない。少なくとも俺をよく思っていない軍部の人間はそう思うはずだ。
「冒険者ギルドに頭下げたんすよ。俺、こんなんですけど国の将軍ですからね。分かります? 西方将軍っていう立派な肩書きがあるんすよ」
依頼の内容によっては大型生物を討伐する事もある冒険者ギルド。その死骸を討伐証明および素材として確保運搬する為に、専用の大型馬車があるのだ。
場合によっては見上げるほど大きな魔物も運搬出来る馬車。ちょっと大きめの車くらい運ぶのに訳は無い。
問題なのは幻想調査隊が嫌われているという点なのだが、それは将軍として紳士的に頭を下げる事によって解決した。正直、冒険者ギルドに貸しを作るのは癪に障るが背に腹は変えられない。
「さっきから黙ってますけど、なんか反応してくれませんかね? 一応、喋れますでしょうし」
手に握る鎖をジャラリと鳴らす。すると闇に紛れたその先から鈍い鉄の足音が響き、暗い城内の不気味さを強調させる。
(パイセンだったら……ちびるかもしれませんね)
暗闇から徐々に聞こえる足音に向け、懐中電灯の光を当てる。
そこに映し出されたのは首の無い鎧の騎士であった。
「中元班長。いや、それとも仮の名の方でデランと呼びますか?」
「……」
首無し騎士は無言を貫く。
俺はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて歩き出す。
しばらく歩くと焦げ臭い臭いが廊下の奥から漂ってくる。壁が、床が。衣類が、ナニカの肉が。燃え尽き灰と成り果てた臭いだ。
「ここでしょうね」
鼻をつく炭の匂い。焦げの黒が廊下を占めており、その先にある部屋の中は文字通り火災現場だ。
「食糧庫ですか」
足元に落ちている石で出来た板。専用の彫刻刀で彫られたのか、ススを払って見るとそこには確かにこの世界の文字で食糧庫としっかり彫られていた。その石を床に投げ捨てる。すると板は長い年月と火災により脆くなっていたのか、パキリっと高い音を立てて真っ二つに割れる。
室内を覗くと中に物らしきモノは残っていなかった。
「よっぽど激しい戦いだったんですねぇ」
元は食糧を整理するための棚だったのだろう。部屋の大きさから判断するに、それなりの量を備蓄して整頓する役割を担っていたはずの棚。それらの名残は手の平サイズの小さな炭と変わり果てていた。握り締めるとボロリと崩れて小さな屑となる。
床にこびりついた溶けたガラスや微かに臭うガソリンの残り香。燃やして倒したという報告と一致する。
「これだけ黒くなっちゃうと見つけられないっすわ」
床に落ちていた黒いスス汚れに塗れた拳銃の打ち殼薬莢を拾い適当に投げ捨てる。
「はぁ……」
目的の物が見つからないことに落胆を覚えつつも、それもこの有様であれば致し方無いと考えるしかない。
「……ワレは……何を企んどるんや?」
辺りを見回し、地面を触っては黒いススを指に付ける。そしてめんどくさそうに拭い取る。そんな作業をひたすら続ける俺を不思議に思ったのか、今まで一言も喋らなかった同行者が重く口を開く。
「ワレは一体何モンなんや?」
鎖の拘束具をジャラリと鳴らし、中元班長こと首無し騎士デランはこちらへ一歩足を出す。武器も無く、手枷まではめられているのだがその威圧感は微塵も衰えない。
「ふむ」
一つ思う所があり、殺気に似た威圧感を放つデランへ歩み寄る。そしてその胸に手を当てる。
「……ヅァ!?」
突如としてデランは膝をつき苦しみ始める。それを見下し、非常にゆったりとした動きで跪くデランの肩に手を添わせる。
「説明してもいいですけど。一先ずその関西弁をなんとかしないとですね」
「ワレェッ! ワイに何をするつもりやッ!? いてまうどッ!」
口調は激しいが身体は一切動いていない。虚勢を張るその姿は滑稽な操り人形にも見える。俺は唇の端から愉悦が滲み出るのが分かった。
「なぁに、心配しないでください。ちょっと調整するだけですよ」
―――――
「お主マジで才能無いのう。えぇ、ハジメっち?」
「っちを付けんじゃねぇよ。お前は幼馴染の女の子か?」
テーブルの上に置かれた丸い水晶玉。本来は無色透明なその色は横で覗き込むルチアの顔色を映していた。残念そうにも、どこか嬉しそうにも見えるその色は一体どんな感情なのか伺い知ることは出来ない。
「ルチアっち。触ってみ?」
「はい」
冷たさすら感じる無の色にルチアはそっと手を乗せる。手を乗せた途端に水晶玉は白く濁り、徐々に白を濃くしていき遂には純白のウエディングドレスを思わせるほど真っ白になった。
「ほれ見ろ。ルチアっちは光魔法に強い適正を持つからここまで白くなる。回復などの聖魔法はまた違う白色なのだが、素人目にはわからんだろう」
「知ってるか? 白って種類がたくさんあるんだぜ」
「知らんわ。だまっとれ!」
ルチアがそっと手を離すと水晶玉はみるみるうちに透明へと戻っていく。
「どれ、もう一回試してみるか」
水晶玉を鷲掴みするように手を乗せる。冷んやりとした質感が指先に感じるが、手の平の箇所は先程ルチアが手を乗せていたせいなのか、ほんのりと温もりがある。
水晶玉に変化は無く、依然として透明なままだ。
「俺は透明属性の魔法に適正があるってことだな!」
「無いわ馬鹿者。魔法の才能ゼロ。そこら辺の雑草の方がまだ魔力持ってるわ!」
呆れたため息を吐くラルクは幼い見た目の口から悪口も一緒に吐き出す。
「そっかぁ。なんか、改めて言われるとまたアレだわ。非常にショックていうか残念っていうか」
今行っているのはこの魔法都市ではよく使われる検査だ。なんの検査かというとそれは魔力適正を確認するための検査だ。
魔力を感知しやすい鉱石、もしくは水晶玉に感受性が高い魔力を込めたモノに身体の一部を触れさせることにより、その生物が備える魔力の質を測ることが出来るらしい。
火の魔力ならば燃える様な赤い色を。
水の魔力ならば澄んだ川の青い色を。
風の魔力ならば清廉とした緑の色を。
土の魔力ならば豊かな恵み茶の色を。
闇の魔力ならば混沌とした漆黒の色。
光の魔力ならば眩く清らかな白の色。
他にも多数存在するがこれらを基本としている。一つの魔力だけでなく多種の魔力適正持つ者は様々な色を出すらしい。色が付かないのは魔力がゼロか、検査の機材が壊れているかのどちらかである。
「いや、知ってたから全然ショックじゃ無いし。別に魔法なんか使えなかったって俺生きてこれたし。そんなに魔法に憧れるような歳じゃ無いもん!」
「ハジメェ……すっごく悔しそう」
ノウの幻想である解析によって俺が魔法などの力を使うことは出来ないことは承知している。分かっていながらも今回ラルクが挨拶がわりに適正を見てやると言われた時に、もしかしたらという想いがあったのも事実だ。
結果としては下馬評通りと言うべきだろうか。周りから言われた通り俺に魔力は宿っておらず、魔法の行使は絶望的と言うことを改めて思い知らされた。
「ウェスタは使えんのになんで俺は使えないんだよ」
同じ現代から来た人間である西野ことウェスタは魔法を容易く使っていた。その事がまた俺の魔法への羨望を増加させる。
「ルチアぁ、魔法使うってどんな感じ?」
「え? ええっと。こう、ふわふわって、くっぎゅう! って感じで……なんか、語りかけてきたりオラオラしてきたり、なんかこう、あるじゃない?」
「あるじゃないって言われてもなぁ。ないじゃないしか言えないわ」」
容量を得ないルチアの言葉に俺は呆れてしまう。
この世界では魔法は日常生活の一部に溶け込んでいる。人々にとっては有って当然の理念ともいえるのだろう。それを改めて説明しろと言われても困るのはわかる。俺だって電気やガソリンがどうして機械を動かせるのか聞かれたら答えられる自信は無い。それこそルチアと同じように容量を得ない回答になってしまう筈だ。
【知っているということ。それは知識とは言わない。人に伝えて初めて知識となる。知らない人に知らせることによって初めて知識となる】
「魔法とは魔の声を聴くことだ。大地の、空の、自然の、人工物の、ありとあらゆるモノに宿る魔力。それを理解し、行使するのが魔法だ」
ラルクはおもむろに手を広げる。すると指と指の間に淡い緑の光が宿ったように感じる。
「風の魔力はいわば大気の魔力。すなわち世界中どこでも感じることが出来る。その力の流れを操り、術式や詠唱として行使するのだ。例えば……ウィンド!」
声と共に指の周りに漂っていた淡い緑の光が一点に集中し、ラルクが指差す方向へと一直線に飛んでいく。飛んでいった先には部屋を照らす洋燈があり、淡い緑は洋燈の火を消し部屋を一段暗くする。
「いいなぁ……」
指先だけで魔力を操るラルクに羨望の眼差しを向ける。俺の視線に気が付いたのかラルクは得意気に髪をかきあげる仕草をする。
「ふっふん! さらにな、その系統の魔力が空間で濃くなれば魔法の威力も上がる。例えば暗闇ならばこのようになる!」
声と共にラルクの肩周りからは黒いモヤのようなモノが這い出てくる。それらは周りの洋燈へと向かい、覆い隠すことによって部屋をさらに暗くする。
「とまぁ、ここまで暗くなると闇の魔力が強くなり、逆に光の魔力は弱くなる。だが、ここでまたお勉強だ」
暗闇の中ラルクは何かの瓶を開ける。蓋を開ける小気味の良い音が鳴り、その中身を何かに注ぐ音だけがする。
「ライト」
途端に部屋は明るくなる。洋燈で照らすよりも遥かに明るく、部屋の隅の埃や天井の得体の知れないシミまで鮮明に見える。
部屋を明るくしている光源は俺の頭上にあり、ふよふよと空を漂っていた。
「触媒とでも言うべきか。今の場合は光魔法が潤沢に込められた液体を使い、光の魔力を高めたのだ」
「なるほど」
要は元となるモノが無ければ魔法は本来の力を発揮することが出来無いという訳だ。
(あっ、だからあの時エレットは……)
古城での生ける鎧との戦闘の際、神官であるエレットはここでと言っていた。あのとき戦っていた場所は礼拝堂、神聖なる場所だ。つまり退魔の聖魔法を行使するにはもってこいの場所だ。
話の流れから察するに一度魔法として行使してしまえば程度の差はあれどもその場の魔力は薄まる。だからエレットはすぐに退魔の魔法を唱えることができなかったのだ。
そう考えると森での戦闘の際、ルチアは様々な魔法を使っていた。あれは違う種類の魔法を使うことによって場の魔力の調整を行なっていたとも言える。
「ルチア、お前って天然だと思ってたけど意外と考えてるんだな?」
「テンネン? 何それ?」
「へっ、なんでも無いよ」
こてんと首を傾げるルチアに俺は優しい笑みで返す。
「実は魔力が無くとも魔法を使う手段はあるぞ?」
「え、マジで!? 教えてくれ!」
身を乗り出した俺を手で制し、ラルクは近くの棚を物色する。小さな木箱を取り出しその中から何かを手に取るとそのままテーブルの上にコロリと転がした。
「これは……魔結晶?」
「おっ、よく知ってるのう。使った事は?」
「ある。つーか今も使ってると言えばいいのか?」
ラルクが出したのは小さな魔結晶であった。俺が身につけているモノとは違い、焼きつくような赤い色をしている。
「魔結晶の中には魔力が込められている。それを使えば魔力が少ない人間でも魔法が使える筈じゃ」
後半は自信無さげだったが、何はともあれこれを使えば夢の魔法使いなれる可能性があるという訳だ。手を伸ばして鷲掴みするように赤い宝石を握る。
「落とすなよ、傷付いたら魔力が暴走するからな。夕飯に人肉まる焦げステーキは食べたくないぞ」
「安心しな、これでも栄養には気を遣ってたんだ。抜群の食べ心地を御照覧あれ」
口ではそう言いつつも握る手には汗が滲む。心配そうに見るルチアの視線が心強い。
「さっ、使ってみろ! 魔法を! なぁに、普段通り使えばいい。制御してあるから大火事にはならん。さぁ、使え!」
発破をかけるラルクの言葉を受け俺は魔結晶を握りしめたまま指でピストルの形を作る。
(よしっ、なんか出ろ!)
俺は頭の中で強く念じる。火の弾を指先から発射するイメージをした。
弾は……出なかった。
三人とも無言だ。
何度か指で撃つ動作をしてみるが一向に何かが出る様子は無い。手汗が空を飛び散るだけだ。
「あっ、そうか。魔法を使う感覚が分からないから、そもそも使えないのか!」
「お前ぇ! 期待させといてなんだそりゃ! 最初から言ってんだろ魔法使えないってよ!」
卵が先か鶏が先か。魔結晶を使うためにはそもそも魔法を使う感覚が無ければならない事という訳だ。
自らの失態に気付いたラルクは慌てたように手を素早く左右に振り、俺の怒りをなだめようとする。
「待て待て、ハジメっちは翻訳の魔結晶は使ってるのだろう? 受動的な魔法は効果がある。つまり魔力に対する順応性はあるという事だ。あとはキッカケさえあれば使うことができるかもしれん」
「キッカケって何かあるのかよ?」
俺の言葉にラルクは暫し考え込む。金髪の髪が揺れ、寝起きとは違い血色の良くなった唇に細い指がかかる。赤みを帯びた唇の先端が僅かに開き、控えめな細い声が出てくる。
「ま、魔法を使ってみる……とか?」
「だから、使えねぇって言ってんじゃねぇかッ!」
「ハジメ! 落ち着いてってば!」
堂々巡りする問答に苛立ち、俺は立ち上がってラルクに掴み掛かろうとするが、ルチアに羽交い締めされ止められる。
舞う埃。振動でパラパラと落ちる天井からの木屑。倒れる杖の束に崩れるのは積まれた本の山。暴れる俺がルチアの折檻で大人しくなるまで洋燈の火はゆらゆらと揺れていた。




