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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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物見遊山

 空を飛ぶ箒。それに跨るのはあどけなさを顔に残し、背丈よりも長いローブに身を包んだ少女。


 手に分厚い本のようなモノを持った若い男女。次の瞬間、何を思ったか若い男女はその本の端を二人同時に噛り付いた。噛みちぎられた本の断面から甘酸っぱい香りのする赤い液体がドロドロと流れ落ち、男の方が慌てて指でその液体をすくい取り口に運ぶ。女性が呆れる声と男性が美味しいと喜ぶ姿がなんとも微笑ましい。


 ふと、近くの建物を見てみる。そこには壁に垂直に立ったまま一生懸命に何かの飾り付けをする壮年の男性。額に汗水を垂らしているが、不思議なことに滴り落ちた水滴は空に留まり浮いていた。


「おっと、失礼!」


 後ろから走って来た青年が身軽な動作で俺の身体を避けると軽く頭を下げる。そして次の瞬間、何かの呪文を唱えると青年の身体は瞬く間に地面に吸い込まれていき、雑踏を抜けた先の空間に地面から現れ颯爽と駆け抜けて行く。


「やっべ。この街って魔法使いだらけじゃん!」


 ファンタジーな映画の中でしか見たことのない光景が、今まさに俺の目の前で、日常として映し出されているのだ。


「すごいよね。私も魔法は使えるけど、ここまで自由自在には使えないもん」


 共に感心しているルチアの手には、先程の若い男女が二人で食べていたモノと同じものを掴んでいた。


「これ、最近名物になってるんだって。食べられる辞書らしいよ?」


 見かけはどこか既視感のある辞書の形。学生時代、勉強熱心では無かった俺でも一度は使ったことのある国語辞典に酷似していた。一つ違うところは表紙には意味不明な異世界の文字が書いてあること。


「なんて書いてあるんだ?」


「うんとね。お似合いの二人に知恵熱を。って書いてあるよ」


「なんだそれ。しょーもな」


 洒落た言葉だとは思うが、感性には触れない。


 元の世界でいういわゆる写真映え。そればかりを意識した食べ物に俺はどこか嫌悪感を抱いており、目の前のお菓子にもどこか批判的な目を向けてしまう。もっとタンパク質ゴリ押しな筋トレユーザー大満足お菓子が出ないモノか。


「食べてみる?」


 本の端っこを指で千切り、切れ端を俺の口元へ持っていく。指先は白く細く、摘まれた分厚いパイ生地に垂れた赤いジャムはまるで鮮血がルチアの指から流れているようにも見える。

 若干気恥ずかしさもあったが、頑なに口を閉ざす俺を面白がってかグイグイと口元に押し付けてくる。仕方無しに俺は口を開き、差し出された嫌悪感を喰らう。


「うん。あ、うまっ!?」


 口の中に広がる余韻は奇をてらった一発屋の味では無い。

 太古から脈々と残された歴史の地層が如く。一つ一つの層は誤魔化される事なく確かに存在し、尚且つ、他の層を否定せず共存する。

 流れる赤き血潮は痛烈な激流となり、その歴史をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。だがしかし、それで失われるほど人々が紡いだ世界は脆くない。むしろ波の中で新たに生命を紡いでいく。

 変質し、共存し、また変わりゆき、紡がれる。その中で確かにそこにあるモノ。


「美味すぎる! なんだこれ、ウマっ!」


「でっしょう! 半分食べる?」


「もちのろん!」


「んん?」


 最後の言葉に若干や苦笑いを混ぜたルチアだが、俺が美味そうに食べる姿を見て満足気だ。


「サクサクでフワフワでモチモチで酸っぱくて甘くて爽やかで……あぁ、もう、語彙力ッ!」


 この味の美味さを言葉に表したいが、いかんせん俺の頭脳では適切な言葉が出てこない。学生時代に国語辞典をもっと読んでいればよかったと思わざるを得なかった。

 ページを模したそれぞれが違う食感のパイ生地。噛み締める度に歯が喜んでいるのが分かる。舌の味蕾(みらい)に果実の赤い液体が触れる度に味覚が覚醒し、得た情報を脳に送ろうとしているのが分かる。


 百点満点中の百点満点だ。文句無し。今なら俺の目の前で写真を撮ってネットにあげても怒らない。それぐらい大らかな気持ちにさせてくれる。もっともこの世界にネットはおろか写真も無いが。


「もう一個食べたいな。出来れば違う種類で」


 俺は他の通行人が持っている、色が違うお菓子の辞書を見る。緑や青、今食べた小麦色。真っ黒な色のモノもあるので味の種類は豊富なのだろう。思わず食指が動いてしまう。


「はいはいはいっと。私の買い物が終わったら買ってあげるからね」


 味の感動が冷めない俺を、やれやれと言わんばかりに呆れた目で見る。初対面で俺のお菓子を食いまくったルチアにお菓子の事で呆れられる日が来るとは思いもしなかった。


「あぁ、そうだな。杖を買うんだっけか?」


 冷静さを取り戻した俺は本来の用事を思い出す。


 今、ルチアと一緒に歩いているのはホブゴブリンとの戦闘で破損してしまった杖の代わりを購入する為だ。

 曰く、ルチアは様々な魔法を使えるが本職の魔法使いと比べると魔力の行使が不得手らしい。格下の相手と戦う程度ならば自身の剣術で何とかなるのだが、強者や多数の敵と戦う場合はどうしても魔法の力が必要となる。

 幸いにも黒きホブゴブリンと戦った後は大した敵と戦う事は無く、先日の盗賊との戦いも魔法の出る幕は無かった。


「別に杖無くてもある程度は大丈夫なんだけどさ。でも、強い敵と戦うってなったらさ、魔法は必要なんだよね」


 森でのルチアの獅子奮迅の活躍、デュラハンとの戦いでのエレットによる補助魔法。魔法の心強さは魔法を使えない俺が一番良く分かってると言っても過言では無い。


「買う必要はあるのは分かる。でもよ、これはデートじゃないだろ?」


「ん? そうかな?」


 お菓子を食べきり、口元の汚れを指で拭ったルチアはあっけらかんとした様子で俺の言葉に首を傾ける。


「リーファの奴が俺に殺気向けてたんだぞ? 軽々しくデートって言うなよ」


 朝食の際にルチアが何気無く放った言葉は、それだけで俺とリーファの関係を悪化させるには充分であった。


「あー、リーファ姉ちゃんは私の事になると熱くなっちゃうからねー」


「シスコンかよ」


「しすこん?」


 義理の姉妹だ。当然血の繋がりは無い。

 しかし、まだ短い期間とはいえ俺が二人を見る限り、ルチアとリーファは血の繋がり以上のナニカで繋がっている気がする。それが友愛なのか親愛なのか、はたまた禁断の愛なのかは分からない。


 ただ一つ言える事は、そのナニカは信頼という括りの中にあるという事だけだ。


「んー、しすこんってのがよく分からないけど、デートってのは仲が良い人同士が買い物に行く事じゃ無いの?」


「当たらずとも遠からじだな」


 言いたい事、思っている事は俺には分かる。

 ルチアはデートというモノは親しい友と一緒に何かをするモノなのだと思っているのだ。

 概ね合ってる。しかし、そこに下心が含まれるのがデートと呼ばれるのだ。ルチアはそれを知らない。


「無知は罪なんだぜ。知ってるかルチア?」


「お金の使い方も、文字も言語も知らない人に無知なんて言われたくないなぁ」


「うっ、それを言われるとぐうの音も出ない」


 言葉が皮肉なのは通じたのか、ルチアは不機嫌そうに顔をそっぽ向けて先を歩く。一方の俺は異世界とはいえ、文明人の一般常識であるお金の価値や文字の読み書きが出来ない事を指摘され何も言えない。


「まぁいいよ。これからお互い知ればいいんだしね!」


 数歩進んだところでルチアは立ち止まり振り返る。そして右手を横の店に向ける。

 そこには大きな建物に挟まれ、こじんまりとした佇まいの小さな建物があった。いや、建物というよりかは古めかしい小屋とでも言うべきか。


「これがあれか。杖売り場か?」


 くすんだショーウィンドウ越しに映るは整然と並べられた大小様々な大きさの杖の列。木製のモノから金属製のモノ、何かの生物の骨のような材質のモノまで多種多様な杖が揃っている。


「魔法具売り場ね。なんか掘り出し物がありそうな雰囲気の店でしょ?」


 周りを見れば他には綺麗な外観の店が沢山ある。それらの店先に並んでいるのは凝った装飾が成された高価そうな杖ばかりだ。


「確かに掘り出し物がありそうだな。お化けも出そうだけど」


 イメージする魔法具店はまさしくルチアが手で指す店の方だ。それは間違いない。

 周りの外観ばかり華美にした店の一品は確かに上等なモノだろう。それだけの儲けが出なければ外観に気を回す余裕は無い。しかし、だからこそ、こういった古めかしい店の方が思わぬ逸品を見つけ出せるのではないかと思う。


「さ、行こっ! お勉強の時間だよ!」


 興奮しているとも取れる上機嫌なルチアが店のドアに手を掛ける。少しずつ音を立てて開いたドアからは、在りし日の故郷で田舎の親戚の家に行った時と同じ匂いを感じる。


「テンション高いっつーの」


 考えようによっては、確かにこれはデートだ。


 入るのも躊躇するような、過激な下着売り場に連れて来られた男の気分はこういうモノなんだなと俺は理解する。


「これも社会経験かな?」


 見るモノ全てが目新しく、今この場でもワクワクする気持ちが抑えられないままに俺はドアを開く。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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