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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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やるべき事は

 〜〜一年前。冬。演習場にて〜〜


 寒空の下、星の灯りを反射する雪の白に足跡を残し歩く。一つ、また一つ歩を進めるごとに刺すような冷たさが足の指先からゾワリと這い登り、俺の背中に冷や汗を流させる。

 その冷たさがまた一つ、肉体から体温を奪っていき遂に思考までも凍らせる。


「由紀……俺、この任務が終わったら結婚するんだ」


「へぇ〜、ハネムーンは画面の向こう側かな?」


 軽口で返されると俺は黙ってしまった。出来る事なら、この寒さから逃れられるならば、画面の向こう側の二次元の世界に行っても良いかもしれない。


「そしたら電子の歌姫の曲を一生聴けるな」


「その前に念仏を聴くことになるけどね」


 ザクザクと雪を踏み固め、俺の戦闘靴は由紀の履く防寒靴と見かけだけは同じ色合いになった。


「ねぇ、ハジメ。前変わるよ、その靴じゃ雪を踏み固めるのも大変でしょ?」


 もはや俺の靴は乾いた部位が一つも無いほど濡れ、皮膚は当然凍てつき、雪の冷たさが骨の髄まで染み込んでいた。それでも俺は前を譲らない。


「いいって。もう、着く」


 俺は目の前にある枯れ草と雪の塊に手を伸ばし何かを探る。すると厚手の手袋越しにあるモノが触れ、動かすとチャリっと鳴った金属製の物体がある。それをゆっくりと下へ引っ張った。


「あ、パイセン。お疲れ様でーす。お茶作っときましたよ!」


 ファスナーを降ろされ、左右に開かれた枯れ草の壁。その中では暖色の光を放つストーブに手をかざし、厚手の服を着込んだ西野が呑気に茶を啜っていた。


「お前、偽装するの頑張り過ぎだろ。一瞬分かんなかったぞ?」


 雪と枯れ草により偽装された分隊用の天幕。敵からの発見を防ぐ為に施された装飾は味方である俺の目までも欺いていた。


「ハジメ、早く入ってよ。中に入ってから武器装具点検しようよ」


 後ろの由紀にせっつかれ、俺は身を屈めて中へ入る。

 銃の脚を立て地面に置くとすぐさま身体中の装具を手で確認する。


「弾倉、銃剣、水筒、携帯円匙、異常無し。やる気、勇気、元気、無し」


「ハジメさ、私の防護マスクちゃんとあるか見てよ」


 由紀は身体の左側に装着している防護マスクの入れ物を指差す。かじかんだ手で入れ物の蓋を開けると驚きの声を出す。


「由紀っ!? 防護マスクの目ガラスが割れてるぞ!」


「はいはい、また嘘ついた。異常無しね」


 由紀はつまらなそうに言葉を返すと地面に置いた銃の点検に入る。弾倉を外し薬室から訓練用の空砲を抜き出すとそれを抜いたばかりの弾倉にこめ直した。


「やっぱ嘘って分かる?」


「そりゃもちろん。何年の付き合いだと思ってんの?」


 防寒用に布で口元を覆っているので表情の全ては伺えないが、一本の線のように細くなった目を見るに苦笑いでは無く本心から笑っているようだ。


「親の顔よりお前の顔を見てるかもな?」


「なにそれ? もっと親の顔見てあげなよ」


 軽い口調で答え、淡々と装具と防寒着を外していく。休憩するにはこれらの物は邪魔だ。


「まぁまぁ、由紀先輩にパイセンもイチャついてないで暖かくしてくださいよ。ほら、熱々の紅茶淹れましたよ!」


 差し出された紙コップを持つと、指先から熱が流れ込んでくる。その熱は雪の中でかじかんだ手に血を送り、一口啜れば全身がにわかに温まる。


「ふぅ、生き返るぜ〜」


 俺は地面に置かれた各人の荷物を掻き分け、熱を吐き出すストーブの前に座る。


「おい、ハジメ。そこに座ると俺に熱が来ないだろ」


「タケさん大丈夫ですか?」


 後ろからの声に振り向くと、そこには厚手の毛布に身を包み、顔だけを外に出したタケさんがいた。強面の表情を曇らせているが、見る人が見れば怒りが振り切れているようにも見え、弱っているはずなのに威圧感は衰えていない。座る位置を少しずらすと、タケさんの姿がストーブに照らされ暗い天幕内に浮かび上がる。


「動いてればいいんだが、与えられた任務が歩哨ってのはいただけねぇ……ん?」


 ブルリと身体を震わせタケさんはさらに毛布に包まったのだが、何かに気付いたのか聞き耳を立てる。


『M2、M2。こちらHQ。感明送れ』


 ストーブの熱風が俺の身体を充分に暖めた頃、床に置いていた無線機から声が流れる。


「HQ。M2。感良し感送れ」


 毛布から手を伸ばし無線機のマイクを口元に近づけると、タケさんは最低限の言葉で応答する。


『M2。HQ。M2の感明良し。事後の任務を通達する』


 無線機越しに聞こえてくる声に俺は黙って聞く。由紀も西野も茶を啜りながら耳を傾けている。


『M2の事後の任務。仮設敵の陣地偵察。敵車両、戦車』


 一度無線の通話が切れる。そして再び雑音と共に流れる。


『障害の位置ならびに側防火器を発見せよ。了解か送れ』


 マイクを持ったままのタケさんは嬉しそうでありながら、どこか複雑そうな顔でマイクを握りしめる。


「M2了解。事後の行動にかかる」



 ―――――



「だから米は大事だって言ってんじゃん!」


 茶碗に山盛りに乗せた米を完食し、デザートにとカットオレンジを口に運びながら俺はルチアに力説する。

 ルチアは俺が食べたモノと同じ魚のフライを咀嚼し、口の端から飛び出た魚の骨を皿に擦りつけている。


「分かるか? そのまま食べて良し、おにぎりにして持ち運んでも良し、茶漬けにしても良し、なんなら風邪ひいたときに粥にしても良い」


「ふ〜ん」


 熱を持って息巻く俺に対し、ルチアは冷めた様子でパンにバターを塗る。焼き立てだからかだろうか、断面に塗られたバターの油は滑らかにすべり、表面に光沢を持たせる。


「どっちも同じじゃない? パンもお米もさ? どっちも主食でしょ?」


 確かにルチアの言う通りだ。パン派お米派あるにせよどちらも大切なご飯には変わりない。しかし、それでも俺は米を食いたかったのだ。俺の中に流れる日本人の血が米を求めていたのだ。


「クソ、ジェリコはどこだ? 元日本人のアイツなら分かるだろ!」


「ジェリコ殿は散歩に行かれてますぞ」


「肝心な時にいつもいねぇなアイツは! 全くもう!」


 パンを口に運ぶバルジの言葉に俺はため息を吐き出してしまう。この場で米を食べているのは俺一人。周りで食事を摂っている他の宿泊客もほとんどがパンを食べている。圧倒的に少数派の俺は少し居心地が悪い。


「覗き魔変態の意見はもういい。それよりも今日の行動を確認しましょうか?」


 蔑んだ目で一瞥してからリーファは話の流れを切る。

 皿に盛られた料理を綺麗に平らげ、使用したナイフとフォークもきちんと丁寧に皿に置くと口元を布で拭う。それだけの所作なのだが育ちの良さを感じさせる一挙一動である。制裁の手刀を振り下ろした人物とは同じに思えない。


「まずは、お嬢様の学園への入学ですね」


「ふぬ??」


 場の視線が一斉にプリシラの元へと集まる。だが、当の本人は食後のフルーツに舌鼓を打っている最中であり、隣に座ったファムと二人だけの会話を楽しんでいた所為もあってか話を聞いておらず、なんとも抜けた返事をする。


「あー、プリシラちゃんは学園に通うんだっけ? いいな〜、羨ましい〜」


 幼い子が二人でリンゴを半分こにして仲良く食べてる姿は微笑ましい事この上ない。この任務が初対面であり、容赦無い毒舌家のファムと、背伸びして偉ぶるプリシラの組み合わせ。大人の俺からすれば喧嘩になり兼ねないと思っていたのだが、二人は歳が近い事もあってか短い旅旅にも関わらず一気に仲良くなった。


 子供は友達を作るのが上手だというのは異世界でも同じらしい。


「むぅ。のう、リーファ? ファムも学園に通わせられないのか?」


「うぐっ、え……っと、それはですね……」


 ファムに羨ましがられ、得意気になるかと思いきやプリシラは寂しそうな顔を出す。

 それは当然だ。この旅は時間にしてみれば十数日だが、移動中はもちろんのこと寝食や朝のお通じまで二人はほぼ一緒にいたのだ。

 プリシラの本来の護衛であり世話をしていたバルジとリーファは、それぞれが空からの護衛と御者を担当していたので必然的にプリシラは初対面の俺達と一緒になる。当然、決して優しいとは言えない人相の俺と飄々とした態度のジェリコとが相手ではプリシラは生意気な態度をしつつもどこか警戒してしまう。

 女であるルチアが相手をしていればまだ良かったのだが、持ち回りで馬による警戒をしていた以上、相手をしていられない時間がある。

 どうしたものかと悩んでいたが、そこで出てきたのがファムだ。同じ年代の目線のファムはプリシラにとってはとっつきやすい相手だったのだろう。初めこそは警戒していたが、お互いの裏表の無い態度に心を許すのには半日も要らなかった。


 二人は文字通り常に一緒にいたのだ。それがここにきて離れ離れにならなければならない事実にプリシラは寂しさを隠せなかった。


「えっと……その、えっと……」


 プリシラの年相応な純粋的感情に、リーファは先程から言葉を詰まらせる。


 無論、プリシラの我儘(わがまま)は聞けない。

 いくら国の王族とはいえども鶴の一声で変えられるほど制度(ルール)は甘くは無い。そもそも、彼女一人を入学させるだけでも相当な根回しが必要だった筈だ。

 王であり父親でもあるディリーテの考えは俺には分からないが、賢王の名の通りの深い思慮がある事だろう。でなければ一粒種の娘を同じ国とはいえ離れた地に送る訳が無い。


 それだけの手間をかけているのだ。では、そうしましょう仰せのままに。の言葉で新たに一名入学させるのはこの場にいる人間の権限では出来ないのだ。


「リーファ、ダメか……?」


「えっとですね。えーっと……」


 壊れた機械のように同じ文言を繰り返すリーファは困り果てていた。

 彼女は当然プリシラの願いは叶えられないのは分かっているのだが、同時に望みを叶えてあげたいとも思っているのだろう。

 護衛として任務と規律を守るか、親しい間柄として我儘を聞いてあげるか。頼られて嬉しいような、無理難題を言われて困ったような、複雑な顔でリーファはしどろもどろに言葉を濁す。


「お嬢様。そこまで」


 機先を制する鋭い声。しかしその中に、ある種の情愛が込められた鋭く低い声。その声の発信元は今しがた食後の茶を飲み干したバルジであった。


「これから貴女は一人の普通の生徒として生きていくのです」


 バルジは使用した茶器をテーブルの端に寄せ、食堂の従業員が取りやすいように取っ手を外に向ける。

 空いた手を組み合わせ顎に乗せると髭がしなりと形を変えた。ただそれだけの動きをしただけなのだが、なんともさまになるもんだ。


「我儘を言うのも結構。我慢するのも結構。されども、自らの発言には責任を持ち、出来る事と出来ない事を知るのが大事なのです」


「うぅ……」


 決して威圧している訳では無い。だが、否定の言葉を使う事は許されない雰囲気を作るのに、充分な言葉の強さがあった。


「分かった……」


 プリシラはすっかりと縮こまり、小さくなった肩をそっと落とした。


「プリシラちゃーん! ファムは別に気にしてないよ〜。だってファムは勉強嫌いだもん!」


「はは、そっかぁ」


 何故か自慢気に言うファムにプリシラは子供らしくない乾いた笑いを出すしか無かった。


「ま、まぁまぁ二人共! 同じ学園に入らなくても二人が友達なのは変わらないだろ?」


 落ち込むプリシラを励まそうと俺は努めて明るい調子で声をかける。


「当たり前でしょ。ハジメェは何言ってんの?」


「妾とファムは離れていても親友。何を言ってるのだお主は?」


 返ってきたのはそんな感想だった。


(くっ、この糞ガキ共)


 思わずテーブルの下で握り拳を作ってしまったが、声には出さず我慢する。自分が子供相手にキレるような人間では無く、判別をわきまえた大人である事に感謝しなければ。


「では、私とお嬢様は学園に向かいます。バルジ様はどうしますか?」


「私も向かいます。学園には古い知人もいるので挨拶をしなければ。学園に行くのは先方の都合もありますので我ら三人だけで良いでしょう」


 すっかりと柔和な顔に戻ったバルジは好々爺と言う言葉が当てはまりそうだ。テーブルの上に置かれた手は組み合うことなく、手のひらを下にして座している。


「ねーねー、そしたら今日は自由行動でいいの?」


 ファムの声に一同は視線を互いに送る。


 幻想調査隊による護衛任務はほとんど完了したようなモノだ。

 危険と思われた魔法都市までの道程さえ超えてしまえば、あとは特にやることが無い。都市内であればバルジとリーファという元々の護衛が姫につきっきりで側にいることができるのだ。都市内の治安は俺には分からないが、これほどの大都市であれば警察機構も機能しているだろうし、もし暴漢に襲われてもリーファの手にかかれば容易く撃退出来る。


 つまり、俺達はもはや護衛などする必要はあまり無く、もう一つの任務である異世界から来た者を探す任務に専念出来るのだ。

 それにはこの魔法都市の事を知らなければならない。ならば、やる事は当然一つだ。


「自由行動だな。俺もこの街は面白そうだから見て回りたいし!」


 任務を達成するには息抜きも必要だ。それにこれはただの息抜きという訳でもない。

 この街の事を知れば知るほど、この世界に馴染める。そんな気がしていた。


「あ。それじゃあハジメ? ちょっと私、頼みたい事あるんだけど……」


 今の今までデザートのオレンジを食べ続けていたルチアは、黄色になった自分の指をペロペロと舐めながら俺を指名する。


「なんだ?」


 ルチアは自分の指を猫のように舐めきり、テーブルに置かれたおしぼりで手を綺麗に拭き上げる。


「私とデートしてよ」


「ひゅいッ!?」


「なにぃッ!?」


 突然の発言に俺とリーファはほぼ同時に奇声を上げる。

 なんて事も無いように言ったルチアの言葉は、俺の不意を突くのに充分であった。そして義理の姉であるリーファが、俺に対して敵意を向けさせるにも充分な言葉でもあったのだった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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