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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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柄にも無い事

 〜〜一年前。冬。演習場にて〜〜


 白い大地に舞う雪花。樹木は身動きが取れぬ為に枯れた皮膚に真っ白けな化粧をする。僅かに地面を盛り上げる塊を蹴飛ばしてみれば、茶色の土を下に、湿り気のある雪を頭に被る路傍の石ころであった。

 吐き出された息は白い。それは寒さの所為なのかそれとも二本目の煙草の煙なのか。どちらの割合が多いのかは学者では無い俺には判断出来ない。ただ分かるのは連続で吸った煙はそれほど美味しくは無いという事だけだ。


「やっちまったよ。マジでさ」


 二本目の煙草を地面の雪へと投げ捨て、その痕跡を足で踏みつけ無かったことにする。


「ポイ捨てとかマジ最低。三百回ぐらい死んだ方がいいよ」


「チッ」


 俺は自分より低い目線にいる相棒へ悪態を吐く。

 仕方無しにと俺は今しがた自分が踏みつけた跡を手で掘り返し、雪の塊を手に乗せて指でほじくり返す。

 指先に引っかかったそれは頭を黒く焦がし、白い身体はくの字に曲がり、茶色の臓物は無残にもばら撒かれ、誰がどう見ても役目を果たした成れの果てだというのは判断出来る。


「いいだろたまにはさ。悪いことしちゃってもよ」


 タバコの吸い殻を携帯灰皿に押し込め、俺は小銃を持ち直して相棒の横へ降りる(・・・)


「柄にも無い事を言うね。何だかんだ口だけなんだもん」


「悪い事はしないに限る。俺が口だけの人間で良かったぜ。なぁ、由紀?」


 俺は隣に立つ相棒の由紀に同意を求める。

 由紀の姿は普段の迷彩姿とは違う。口元まで白い布で覆い、ケブラー繊維のヘルメットに装着されているセンサーコードを避けるように白い布で偽装されている。着ている防寒外皮は茶色の暗い迷彩柄で冬場の山に合うように作られている。もちろん俺の服装も似たようなものだ。


「歩哨をサボったら南野班長に怒られるからね〜。あの人、意外と寒さに弱いからこの訓練中ずっとイライラしてるんだよね」


「うん、雪見るだけでタケさんイライラするもん。カルシウム足りて無いんじゃ無いかな?」


「あはは! それ聞かれたら殺されるね!」


 この場にいない人間の話題で笑いを交えつつ、俺と由紀は警戒の為に掘られた歩哨壕の中で立っていた。


 陸上自衛隊の中でも、実戦的であり尚且つ過酷の一つ。レーザー照射装置を使用した実弾を用いない実戦訓練である。幸か不幸か、日頃の行いが悪いのか。図らずとも俺達の部隊がこの訓練に参加するときは決まって真冬の雪が降り積もる中で行われることが多いのだ。

 マイナスの気温が北の大地を超える事も珍しく無い、この富士の麓で行われる訓練は本当に死を覚悟する程過酷とも言える。


「んで、ハジメは何をイライラしてんだっけ?」


 由紀は俺が不機嫌な理由を知っていながらそんな質問をする。防寒マフラーに遮られ口元は見えないが、乾いた笑いが白い息と共に漏れているのが俺には分かる。


「お前、分かってるくせによぉ?」


 愉悦が漏れる由紀の言葉に俺は怒りを通り越し、自分の情け無さを再認識するほど気落ちしていた。

 自分の足元を分厚い防寒手袋越しの人差し指で指すと俺は大きく失意の息を吐き出した。


「防寒靴忘れて、普通の戦闘靴で来ちゃった……」


 由紀は白いモコモコの毛で覆われた大きな靴を履いていた。積もった雪景色に馴染む色合いだ。

 それに反して俺の足元は今の暗い気持ちを表しているかのように、真っ黒な戦闘ブーツであった。白い足元で自分の存在を主張するかのように白地の黒は震えている。


「寒い……クソッ、凍傷になったら労災申請してやる……ッ!」


 誰にも向けず吐いた悪態を由紀は笑って聞いていた。



 ―――――



 カーテンを開くとそこには人の顔があった。

 突然の事態に俺は一瞬で思考が止まり、背筋から冷や汗が噴き出る。


「おはようございます。お客様、遅いお目覚めですね」


「ふぇっ!? あ、宿の人か」


 呆然とする俺を横目に、宿の従業員である目の前の男は、モップで建物の外壁を掃除していた。

 身体はほぼ宙に浮いており足先が僅かに外壁へかかるだけ。命綱らしきモノも身につけておらず、汚れない為の作業着に身を包んでいるだけであった。


「心臓に悪いぜ。すげぇビックリしたぞ?」


 幾分冷静さを取り戻した俺は胸に手を当て呼吸を落ち着かせ、まじまじと外の人間を見る。

 俺の事など気にもしていないのか、口笛吹きつつゴシゴシと壁を磨く。もはや毎日の日課となっているのか淀みのない動作は潤滑油を差し込まれたかのように滑らかだ。


「お客様。朝食の準備は終わっています。お仲間の方々も食事中かと」


 言われて鼻を鳴らしてみると、確かにどこからともなく良い匂いが漂ってくる。それと同時に楽しげに食事を摂る人々の声も聞こえてきた。


「ありがとう。これ、チップとか置いといた方がいいのかな?」


 従業員のサービス精神が旺盛な日本ではまず考えられないが、海外では仕事熱心な者や親切にしてくれたお店の人間に小金を渡す習慣があるという。

 俺は海外に行った事が無いのでよく分からないが、店側と客側の良質な関係性を築く為にはそういった習慣も必要だと思う。何よりも、俺自身がそういった事をキザっぽくやりたいだけである。


 壁の掃除をする従業員は無言ではにかみ、こちらを見る。どうやら貰えるモノは貰う主義であるらしい。


「あ、やべ」


 俺は踵を返して自分の荷物を探るが、そこで自分がしでかした事に気付いた。


(俺の金。ルチアが管理してるんだった……)


 この世界の貨幣の種類や金銭価値を理解していない俺は貰った給料や支払いを全てルチアに預け、管理を任せていたのだ。

 自分の持ち物や金銭は当然自分自身で管理するのが普通だが、俺はこの世界にとって異世界の人間だ。

 物価や貨幣の種類を覚えるのも一苦労だし、それどころでは無い環境でもあった。しかし、それでは生活もままならない。

 そこで苦肉の策としてルチアに金銭関係の管理を全て任せていたのだ。この世界に来てからほぼ毎日一緒に行動しているので気心も知れてるし、信頼関係もある。ジェリコに任せなかったのはなんとなくだ。


「あー、あ、うん。これで良いや」


 当然、ルチアが持っているという事はお金は女子部屋にあるという事。女の花園に入り朝っぱらから変態呼ばわりされたく無い俺は、仕方無く適当な何かを取り出して窓の外の従業員に渡した。


「……? はい。えっと、ありがとうございま……す?」


 チップ代わりのモノを受け取った従業員の男は怪訝な面持ちで礼を言う。俺はそれに満足して部屋から出ていった。


(まぁ、撃ち終わった薬莢なんか貰っても礼に困るよな?)


 元の世界では単なる廃棄物だとしてもこの世界では他には無い逸品だ。見かけも金色なのでお金の代わりのチップとしては及第点だと思う。


「それよりも飯だ飯。早くしないとルチアに全部食われちまう!」


 俺は階段を降りる足を早め、一気に食堂のある一階へと駆け下りた。食堂へ辿り着くと鼻腔を優しく包む仄かな香りが漂ってくる。


「あ、ハジメ! 遅かったね?」


 食堂の中はそこそこの人数で賑わっている。周りを見渡し見知った顔が無いかと探していると、端っこの方から声が聞こえてきた。視線を向けるとそこには仲間達が談笑しながら食事をしていた。


「悪い。空は何故青いのか考えていたら遅れちまった」


「ちょっとなに言ってるか分かんないや」


 他の食事中の人々を避けて席に着いた俺の言葉にルチアはそんな言葉を返す。言語は通じていても、言葉が通じない事もあるのだと俺は惚けた頭で理解した。


「ん、あれ? ジェリコは?」


 席に着き、ルチアから渡された水を喉に流し込み一息つくと、普段ならば俺に軽口を言う男がいないことに気付く。


「ん、ジェリコは朝ごはんは食べないんだよ? なんか昔からそうらしいの」


 ルチアは焼かれたパンにバターを塗りながら俺の疑問に答えた。一口齧るとサクッという音が鳴り、焼きたてパン特有の香ばしい良い匂いがルチアの口元から呼吸と共に俺の方は流れてくる。


「おお〜、良い匂いだな」


「朝食はあっちのテーブルにあるのを自分で取ってくるヤツだから行って来なよ。ここのご飯結構美味しいよ!」


 指差された方を見ると他の宿泊客が数人テーブルに向かっているのが分かる。そしてその場所には様々な料理が置かれていた。


「バイキング形式か、ちょっと行ってくるよ!」


 席を立ち近場にあったお盆を手に俺は向かった。


「何食うかな〜。ん? んん?」


 テーブルの上には色取り取りの料理。適当に肉や野菜や魚のフライを皿に盛り付け、お目当てのパンを探しているところであるモノを見つけてしまった。


「こ、これはッ!?」


 信じられない気持ちでそれを自分の皿に盛り付け、席に着く前につまみ食いをする。

 指先に伝わるネチャリとした粘り気。噛めば噛む程に甘みが湧き出てくる。この世界にて数週間ぶりとなる懐かしい味。いや、たとえ数日であろうと懐かしさのあまり涙が出てしまえる料理。それがここにあったのだ。


「ハジメ? どうしたの神妙な顔してさ?」


 いつのまにか横にルチアが来ていた。お盆の皿には追加の料理が並んでおり、色取り取りの野菜にプラスして骨付き肉にカットされた果物と、朝食にしてはご機嫌な重さだ。


 しかし、そんな事は感動の前には霞む。


「ルチア。まさかコレがあるなんてよ。この世界にあるってなんで教えてくれなかった?」


「はい?」


 俺の低い声に戸惑うルチアは一歩後ずさる。


「米だ」


「こめ?」


 鸚鵡返し(オウムかえし)に答えるルチアはコレがどれほど重要な件なのか理解していないようだった。


「米だよ米! この世界で初めてみたぞ! あったのかよ! つーかこれあれじゃん! 完璧に日本のお米と同じじゃん! うわっ、え? なんだよこれ、米農家さんでもいるのかこの世界は!」


「……」


 興奮し、まくし立てる俺からルチアは無言で離れていく。だが、逃がさないように腕を掴む。


「うわっ、ちょっと、今のハジメは少し怖い!」


「お前米だぞ!? パンじゃなくて米だぞ! 分かってる!?」


 この世界に来てからは食事のメインはほとんど小麦のパンであったのだ。もしくはオートミール。

 もちろん、それらの食事は決して不味いということは無かったのだが、米食派の俺にとってはどこか不満が残る食事だったのだ。


「お米ぐらいどこにでもあるってば! 高いけど王都にもあるし、屋敷でも頼めばクラフおばあちゃんだしてくれるよ!?」


「なんだと! お前それ早く言えって……うぐぁッ?」


 もはやルチアに掴み掛かる勢いでいる俺の後頭部を衝撃が襲う。まるで鈍器で殴られたかのような痛みに蹲って悶えるが、なんとか手に持つ料理は落とさないで済んだ。


「貴様、私の可愛いルチアに何をしている。脳天から食事ができるようにしてやろうか?」


 後ろを見上げると、まるで悪鬼羅刹のように険しい顔をしたリーファが俺を睨み付けている。その眼光は気の弱い者ならば息の根が止まりかねないほどの威圧感だ。


「ちょっ、お姉ちゃん! やり過ぎじゃない……?」


「待ってろルチア。今日のメインディッシュはスケコマシの脳味噌だ」


「私はそんなの食べないよ!」


「ツッコミそれじゃねぇよ!」


 テーブルの上にあった肉を切り分けるナイフを逆手に持ち、俺の頭に狙いを定める瞳は猛禽類が可愛く思えるほど肉食的だ。


「お〜〜。おっはよー。ハジメェは何遊んでんの〜?」


 間延びした声が食卓に良く通る。ポテポテと可愛らしい足音を鳴らしつつ、俺の前を素通りしたのはファムだった。

 着ているものはパジャマで蔓を思わせる髪の毛は纏まりが無くボサボサ。半分以上脱げかけているスカートからは色気のカケラも無いハート柄のパンツが覗いていた。


「リーファちゃん、おはよ〜」


「おはようファム。今日も可愛いね」


 俺に向けた殺気は何処へやら。リーファはファムに満面の笑みを向けて手を振り見送る。

 その隙に俺はそろりそろりと四つ足でその場から離れようとした。


「待て」


「ひゅい!?」


 逃げる俺の背中をリーファが掴む。まるで鉤爪が如く掴むその指は抵抗や逃亡を一切許さないと理解できるほど力強い。


「見ただろ?」


「はいっ!? な、なにを……?」


 どもる俺の言葉にリーファはニッコリと不釣り合い笑みを浮かべた。


「パンツ。ファムちゃんのパンツ。ハートさんだっただろう?」


「……!?」


 サァッと身体中の血の気が引いていくのが分かる。今さっき何気なしに視界に入ってしまった色気の無い子供っぽい下着を脳裏に焼き直す。


「あれは……その……ほら、俺って射手だから視野が広くってさ……」


「問答無用ッ!」


「ゴハァっ!?」


 言い訳をしようとした俺の頬にリーファの握り拳が突き刺さる。口内の歯が全て砕け散ったと思えるほどの一撃は、過去にタケさんの胴回し回転蹴りを食らったときと遜色無い威力であった。


「制裁完了ッ! さぁ、食事の続きをしよう」


「うん!」


 ルチアは去り際に俺の方に向け、舌を出して目の下を指で引く。そしてクスクスと笑うと席に戻ってしまった。


「あっかんべー……じゃねぇよ」


 俺は殴られた頬を手でさすり、歯を何度か鳴らして折れてないことを確認した。


(姉妹揃ってグーパンかよ……)


 初対面で殴って来たルチアの姿を思い出す。義理だがこの姉にして妹有りと、あのときのルチアの握り拳の威力を反芻する。


「らしく無いことはすべきじゃ無いな」


 朝から無理にカッコつけてキザっぽい事をするから調子が狂ったのだろう。頬を抑えながら立ち上がり、山盛りに盛った白いご飯が乗るお盆を手に席へと向かった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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