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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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備えあれば

「なんだよ、宿は普通じゃねぇかよ。期待して損したぜ」


「ジェリコさんに文句を言われても困るよ?」


 視線を合わせず、各々の手荷物を馬車から下ろす俺達の会話は、まず俺の正直な感想から始まった。

 積み荷を下ろして腰を叩きながら、目の前の建物を見ればそこは何処にでもある宿屋。レンガ造りで長方形型の建物は下手したら現代にだって有りかねないほどありふれた形なのだ。


『ハジメさん、魔法の都市だからといって全てがメルヘンチックでファンタジーな訳では無いのですよ?』


「一番ファンタジーな奴が何かいってら」


 作業する俺達を尻目に、下ろした積み荷に腰掛け休憩するファム。その頭にちょこんと乗るノウへ俺はそう返した。


「あ〜、ハジメェ! 精霊差別はいけないんだぞ〜! グロリアス王国の法律の、こくみんのみなさんはなかよくたのしくすごしましょう、に違反してるぞ〜!」


「それ本当にあんのか?」


 幼なさしかないファムの舌足らずな口調でそんな事を言われても中々信じられるものでは無い。やもすれば俺を揶揄って騙そうとしてるのかもしれない。現にこの旅路の間、幾度と無くファムの悪戯の被害に俺は会っているのだ。


「グロリアス王国国法第二条。全ての王国民は種族、性差、年齢、出自、経歴による差別をしてはならない。また、魔法によって作られし魔法生物も自我を持つと認められた場合はこの権利を有する。……きちんと実在する我が国の法律ですよ? ヒノモト殿」


 馬車に繋がれたままの馬を撫で、皺と見紛うばかりに目を細めるバルジ。波打つ皺が良い塩梅なのか馬は気持ち良さそうにしていた。


「さいで。あれ? そういえばお嬢様は何処にいるんだ?」


 俺は左右を見回し、護衛対象の我儘なお姫様を探す。しかし、その姿は見えない。


「プリシラ様は先に部屋で休んでもらっている。ルチアも一緒だ」


「ん? あぁ、アンタか」


 声をかけられ、そちらを見てみるとそこには俺とほぼ同じ目線の高さの女性がいた。


 長髪の銀髪を左に一つとして分け、淡い翠の瞳は新緑の爽やかさ感じさせる。女性にしては長身の背丈に相応の肉付きの良さは、見る目を変えればどこぞのモデルとも受け取れるかもしれない。しかし、彼女の背にある長柄の槍斧の存在が彼女を印象を美人から武人に変えていた。


「リーファさん。女性陣の荷物の積み込みは終わったのか?」


「あぁ、一通りな。後は姫の、もとい、お嬢様の荷物だけだ」


 一応秘密としている姫の事を、思わず口を滑らせかけるリーファは少し恥ずかしそうに口元に手を当て咳払いをする。見た目こそ長身で威圧感はあるが、ルチアの義姉と言うだけあってどこか抜けてる面もあるようだ。


「そういやあの飛龍はどこに行ったんだ?」


 気付いて見ればリーファといつもセットでいる飛龍の姿が無い。上の空を見上げてもその影すら見当たらず、もちろん下を見ても地面にいるはずも無かった。

 街中には入れないモノなのかと思ったが、都市の通りには普通に平屋の家屋並みの高さの巨人や、馬三頭分はありそうな毛むくじゃらの生物が馬車を引いているのが見える。このような生物が通りを闊歩しているのを見れば、リーファの飛龍は街中に入れても問題なさそうに思えた。


「イーディの事か? あの子は外にいるよ」


「外? なんで街の中に入れてあげないんだ?」


「それはな……ええっと……」


 俺の言葉を聞いてリーファは困ったように頬を掻いた。俺が不思議そうに見つめて答えを待っていると、別の所から答えが出た。


「あ〜ハジメちゃん? 飛龍ってのは……つーか、龍族ってのはすっごく強力で危険な種族なのよ。世間一般的にはさ」


「ほう?」


 ジェリコは抱えていた木箱を地面に置くとその上に座り、汗をかいてない額を拭う。


「申請すれば街に当然入れる。けど危険な分、入場料がめちゃんこ高いのよ? 言っちゃえば人間数十人分ぐらいかな」


「要は金の節約したいって訳か」


 今回の姫の護衛兼異世界の人間の捜索任務はれっきとした正規の任務だ。

 しかし、いくら国の姫とはいえ使って良いお金の限度というモノはある。しかるにある程度節約できるモノは節約するというのが護衛者達の見解だ。


「根回しも出来なかったって訳か?」


「そりゃ当然。ネコちゃんワンちゃんを店に入れるのとは訳が違うからな」


「ま、まぁ、イーディも狭っ苦しい街の中よりも空を泳いでいた方が気持ちが良いだろうからな! 食費とか色々と馬鹿にならないし……」


 小さく零したリーファの言葉を俺は聞かなかった事にした。確かにあの図体では入れる方も出る方も凄まじいだろう。外で適当に何か食っててくれると台所事情が助かる。


「ふむ、ヒノモト殿。これはなんでしょうか?」


 一人で荷物の確認と整理をしていたバルジが俺を呼ぶ。見ると布で包まれた筒状の長い棒を前に首を捻っていた。

 布を留めている金具には俺の字で開けるな危険と書いてあり、バルジは文字こそ理解してないが何かしらの空気を読んで開けずにいたようだ。


「おっと、悪い悪い! それは武器だからあまり触らないでくれよ」


「武器? これがですか?」


 バルジが戸惑うのも無理はない。その棒状の筒はたとえ大人が持ったとしても手の平に収まるものでは無く、両手で待たなければ扱いづらいモノなのだ。にも関わらず、持ち手が付いておらず重さのバランスも悪い。初めて見たり持ったりした者では武器とは思えないかも知れない一品なのだ。


「これはな。こういうモノなんだ」


 俺は包んでいた布を外し、その中身を露わにする。


「たはっ!? は、ハジメちゃん、それ持ってきたのかよ! 正気? 頭大丈夫かよ!?」


「う、ウルセェよジェリコ! いいじゃねえかよ俺の持ち物なんだからよ!」


 俺が抱えて待つ棒状の筒。それには黒光りする先尖りの円筒状の物体が付いていた。


 個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト)


 通称LAM。主として戦車や建造物を破壊する為の武器だ。


「それ、絶対いらないじゃん! 護衛任務を何だとおもってんの!? 幻想調査を何だと思ってんの!?」


「だぁぁッ! ウルセェ分かってんだよ俺も! でも、使うかもしれないじゃんかよ!」


 ジェリコの言い分は最もである。護衛任務や調査任務に戦車を破壊する為の武器など必要な要素は一つも無い。それでも俺が無理して持ってきた理由は一つだ。


「だってよ……俺がこの世界に来てから戦ってきた強敵(相手)は銃なんて全然効かなかったんだよ!」


 雑魚敵の代名詞であるゴブリンや棒で殴るだけで倒せたスライム、そして首無しの死体。それらは当然小銃の銃撃で充分対処できる。

 しかし、特別調査対象であった黒きホブゴブリンやデュラハンには効果はいまひとつだったのだ。

 対人用の武器で駄目ならば、対物用の武器で戦うのは当然の判断だと俺は思っている。


「お前、キャリバーを持ってこなかっただけでもマシだと思えよ?」


「五十口径の重機関銃なんて持ってきたらさすがのジェリコさんも怒るけどね! 邪魔なだけでしょ、こんなのさ!」


「俺が持つからいいだろ! 絶対今回も銃が効かないヤツいるってば!」


「い〜やいません! いたとしても今回はハジメちゃんだけ戦える訳じゃ無いから、そんな重たい漬物石みたいな武器は必要ありません〜、賭けてもいいよ!」


「ぐぬぬ……お前、もし必要になったら覚えてろよ!」


 お互いに意見をぶつけ合い、俺とジェリコは互いの息がかかるぐらいまで肉薄する。下手すれば胸倉の掴み合いになりかねないほど熱くなり、俺はほぼ上半身裸のジェリコの何処を掴めばいいか考え始めていた。


「ふむ。おぉ、これは中々重いな? 筋トレに良さそうだな!」


 掴み合い一歩手前で何とか踏み止まる俺とジェリコを他所に、リーファの嬉々とした声が聞こえてくる。


「ちょっ、リーファさん!?」


「リーファちゃん! それは危ないよ!?」


 俺とジェリコはまさかの光景に意図せず声を揃えた。なんとリーファは対戦車火器であるLAMを片手で持ち、ふんふんと鼻息を鳴らしながらまるでダンベルを使うかのように腕の筋トレをしていたのだ。


「それそうやって使うモノじゃ無いからッ!」


 もし、これが現役の自衛隊という組織でやった場合待ち受けるのは上官からの激烈指導だ。安全管理はもとより、物品管理や武器に対する愛護心が欠けている。もし俺がこのような事をした場合、もれなくタケさんの助走をつけたドロップキックが飛んでくるだろう。


「ムッ……違うのか。では返すぞ?」


 リーファはまるで借りた手櫛(てぐし)を返すかのように片手でLAMを放り投げる。


「なっ!? 投げんなバカッ!」


「冗談じゃ済まないってば!」


 これがどのようなモノなのかを知っている元自衛官のジェリコと俺は二人で咄嗟にLAMを抱え込む。落下の勢いにより増した重量感は鍛えている俺でも中々辛い。

 リーファのあまりにも軽薄な行動に俺はもちろんのこと、先程まで汗をかいていなかったジェリコも全身冷や汗だらけだ。


「爆発したらどうすんだよ! みんな死ぬぞ! 何考えてんだよこの大馬鹿野郎!」


 思わず語気が荒くなる。俺のあまりの剣幕にリーファは驚いていたが、コホンッと一つ咳払いをすると左に纏めてある銀髪を手で払い上げる。


「そ、そんなに怒らなくとも。火薬が入ってるなら火を近づけなければ爆発しないだろ?」


「そういうモノじゃないんだよ!」


 当然、戦闘を想定して作られている武器だ。多少の衝撃で暴発するような構造にはなっていない。だがしかし、万が一の確率で暴発しないということは無いのだ。

 この世の中、俺がこの異世界に来たように絶対にありえないという言葉は、ありえない(・・・・・)のだから。


「リーファ殿。あとの準備は我ら男衆に任せ、お主は嬢の荷物を学生寮に持っていくのが良いかと」


 反省し気落ちするリーファにバルジは提案する。

 言われた通り荷物の積み下ろしは終わり、あとやる事は荷物を部屋に持っていく事だけだ。お姫様がこれから住む場所は俺達と同じ宿屋では無く魔法学園の学生寮となる。

 王都で姫として生活するならば周りの従者が全てを済ましてくれるのだが、今回は一人の生徒として学園で生活する。そうなると当然、身の回りの雑務は自分でやらなければならず、その為の物品は中々の量となる。

 個人的にはその準備も運搬も本人がやるべき事なのだと思うのだが、そこは護衛として世話役としてのプライドがあるのか、せめて学生寮に入る当日までは身の回りの世話をさせて欲しいという話になったのだ。


「それではお言葉に甘えて。馬を一頭借りて行きますよ?」


 リーファは馬の背にかなりの量の荷物を載せる。成されるがままに荷を背負わされる馬の瞳は何処と無く憂鬱に見えたが、残念な事に俺の胸元の翻訳石は動物の言葉は訳せない。身体の両脇に大量の荷物を吊るされた馬の気持ちは分からないのだ。


「遅くなるようでしたら先に食事等済ませてもらって構いませんので。では、行ってきます」


「行ってらっしゃい、気を付けてね〜」


 歩き出した馬とリーファの背に向けて呑気に手を振るジェリコと俺は、残された荷物をさっさと片付ける為に肩を大きく回して気合を入れた。


(たくっ、先が思いやられるぜ!)


 同行者の思わぬ行動に俺は今回の任務に一抹の不安を胸に秘め、地面に置いてある荷物を抱えた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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