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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
章間 イオンの初恋。
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届けぬ想い。

 普段は厳かな雰囲気の城内がにわかに慌ただしくなる。廊下をすれ違う兵士達は皆装備を固め我先にと走っている。今しがた僕の横を走り抜けた兵士は焦りからか、当たりそうになった僕を見もしない。


 この様を見ていれば何か非常事態が起こったのかと考えてしまうが、僕は焦ることなく歩き続ける。


(王都防衛隊を対象の抜き打ち訓練呼集が行われると言っていたな)


 自分が持つ情報と先程から通り過ぎていく兵士の方についている部隊章を照らし合わせると、これはあくまで訓練の一環であることが分かる。


「大変だな。軍隊というのは」


 他人事な言葉を聞く者は誰一人としていなかった。


 僕の役職はあくまで王国の機関からによる監視者としての幻想調査隊の一員。しかし、その幻想調査隊の職務もご意見番といった扱いである。

 あくまで僕は監視者としてこの国に属している。だから、軍隊が行う訓練に参加義務などは無く、こうして慌ただしい城内を悠然と歩けるのだ。


「おっ、イオンちゃん! 何してんすか?」


 呼び止められ僕はピタリと足を止める。声がした方を振り向けばそこには高価そうな鎧を着込んだウェスタがいた。


「あぁ、ウェスタ。ハジメくん達が出発する前に挨拶をしてきたんだ。多分、今頃は王都の外に出たと思うよ」


 僕の言葉を聞いたウェスタは意外そうに目を細める。


「あれ、わざわざ行ったんすか? イオンちゃんってば次の長期任務があるからまだ休暇中だよね? 休まなくてもいいの?」


「別に……様子を見に行くぐらいは普通だろ? 彼とはこの前の任務で一緒だったんだから」


「ほーん」


 何やら思うところがあるのか、ウェスタはニヤニヤとした笑みを向けてくる。僕はその笑みが何かいらぬ想像をしているように思え、つい舌打ちしてしまった。


「そんなことより、お前はこんな所で油を売ってていいのか? みんな訓練呼集で集まってるぞ」


 グロリアス王国の東西南北の領地で唯一他国と隣接していないのが西方である。北方は帝国と魔物が住む未開の森林地帯。東方は同じく帝国の一部と魔族。南方は商業連合と亜人種達の集団がいくつもある。その中で西方は大陸最西方なので必然的に相対する敵はおらず、その分の戦力は王都近辺の治安維持に当てられているのだ。


「大丈夫っすよ! なんせ将軍ですからね。みんなの訓練が終わった後にちょこっと訓示を言えば終わりですもん」


 声を上げて笑うウェスタ。面白いのはこんな事を言っている彼に対して、横を通り過ぎる兵士達は全員大きな声で挨拶をし、右手の握り拳を胸に当てるグロリヤス王国式の敬礼をしていることだ。


 王国の兵士の規律の高さには舌を巻くが、単なる日常会話をしている僕にとってはうるさいことこの上ない。


「……そうだ。少し時間があるなら話せないか?」


 ウェスタは暫し考えた上で近くの部屋を覗く。そして手招きをして中へ入る事を促す。


 部屋の中に入ると、どうやらここは談話室であったようで、それなりに柔らかそうなソファや王都の街でも売られている書物や街の情報が書かれている薄い新聞が置かれていた。部屋の中には誰もいない。


「多分、人に聞かれたくない事を聞くと思ったんで。余計な気遣いでしたか?」


「いや、助かるよ」


 僕はソファに座り、お尻を動かして自分にとって塩梅の良い位置を探る。そして落ち着いた所で目の前に座ったウェスタへ疑問をぶつける。


「今回の護衛任務はどう思う?」


 僕が疑問に思ったのは今回、ハジメくん達が命令された任務だ。


 本来、姫の護衛というのは専門の騎士達が存在する。僕もその人らに会ったことがあるが、人柄、実力、功績とともに文句が無い者達であり、その者らだけで十分護衛の任は達成できる。にも関わらず、賢王はその護衛に足して幻想調査隊の隊員を使った。

 いくらウェスタと賢王が仲の良い間柄とはいえ、ハジメくんが異世界から来た者とはいえ、わざわざ幻想調査隊の新隊員である彼を護衛の人員に当てるのはいささか疑問が残るのだ。


「さぁ、俺はなんとも思いませんがね?」


 あっけらかんとした態度でウェスタはそんな事を言う。


(だめか……)


 こういう時のウェスタは何を言っても答えてくれないのは、今までの長い付き合いで僕自身よく分かっている。

 

 何か企んでいるのは間違い無いが、それを問いただしても答える事は無いだろう。


「なら、あのデュラハンはこれからどうするんだ? 処分するのか? それとも幻想調査隊に入れるのか?」


 話題を変えて今度は僕とハジメくんが捕らえた首無し騎士の話題に移る。


「あぁ……それは……そうですね〜」


 暫し考え、ウェスタは考えを纏めようとしてるのか手持ち無沙汰に髭を弄る。


「亜人種ならともかく、デュラハンってのは完全に魔物ですからね……ウチに入れるのも一苦労でしてね……」


 幻想調査隊で確保した調査対象のその後というのは大きく分けて二つの道がある。


 恭順し、隊に入るか。害とみなされ、処分されるかだ。魔物の場合は大抵の場合、後者となる。


「でも、あれはハジメくんの、君達の上官だったんだろ?」


 あの首無し騎士の正体を知った時のハジメくんの顔は今でも忘れない。信じられないモノを見てしまい、心が擦り切れてしまった。そう、自分の理解の容量が溢れかけていた状態だったのだ。


 それでも彼は現実を受け入れた。彼にとって元の世界の繋がりは、なによりも大切なモノなのだろうから。それを処分することを、僕は許すつもりは無い。たとえそれが僕を殺そうとした相手だとしても。


「イオンちゃん。そんなに睨まなくても、俺はデュラハンを処分するつもりは無いっすよ?」


 ウェスタは手の平を僕に向け、向かいあっていた視線の間に置く。どうやら僕は知らない間にウェスタを睨みつけていたようだ。


「ま、時期を見て俺がなんとかしてみせますよ! デュラハンがいた廃城も見に行きたいですしね。悪いようにはしないつもりですよ!」


 ウェスタは左の握り拳で自身の胸を叩く。任せろと言わんばかりに自信に溢れたその姿は、信頼を置いて良いと僕は経験で知っている。


「そうかい。なら、安心だ」


 僕は安心してソファの背もたれに体重を預ける。


「他に聞きたい事は無いんすか? 無かったら俺もそろそろ行かなきゃなんないんすけど?」


 ウェスタはチラリと部屋に置かれている時計を見る。時間にして十分ぐらいしか経ってないが、本来は多忙な将軍にとってはこの瞬間も惜しいのだ。それを嫌な顔一つせずに、時間には余裕があると嘘をついてまで時を割いてくれたのはウェスタ自身の優しさからだろう。


「あぁ、ありがとう。すまないな、時間をとらせてしまって」


 頭を下げるとウェスタはニコリと笑った。そして立ち上がって部屋の外に出ようとしたとき、僕はある事を質問するのを忘れていた。


「ウェスタ。やっぱり最後に一つ良いか?」


「ん? なんすか? まぁ、手短にならば」


 部屋のドアを開ける手前で振り返ったウェスタは僕の事をジロリと見る。


「……ハジメくんの好きな料理はなんだ?」


「ブッフオォッッ!?」


 僕の言葉を聞いた瞬間、ウェスタは盛大に噴き出した。何度もえづき、涙目になりながらも必死に笑いを堪える様に僕はひどく戸惑う。


「な、なんだよぅ! そんなに今の質問は可笑しいか!?」


 今なお笑いを堪えるウェスタは、荒い呼吸をなんとかして整えると緩みっぱなしの頬をそのままに僕を見る。


「へ、へ〜。イオンちゃんってばね〜。そうかそうか。ふ〜ん、お年頃ですもんね〜。いやー、ついにきてしまいましたか! 寂しいような嬉しいような、いやはやめでたいような。親心がね! はー、何はともあれ嬉しいもんすね!」


 何やら思わせぶりな言葉を繋げる姿に、僕は思わず頬が紅潮するのが分かった。


「へ、変な意味は無いぞ! あ、あれだ、アレだよ。ハジメくんは僕を一生懸命に助けてくれたからそのお礼をしようと思ってて……べ、別に喜んでもらいたいとか、美味しいねって言ってもらいたとかそんなんじゃ無いから! そ、そう、ただの友人として手料理を振る舞いたいだけだからッ!」


 自分でもしどろもどろに言葉を発しているのが分かる。頬どころか顔全体が火を押し付けられたかのように熱い。手の平もジンワリと汗が滲み出ていて、握りしめたコートの袖口が濡れてしまった。


「へ〜」


「笑うなッ! その微笑ましい目も止めろッ!」


 まるで我が子の成長を楽しんでいるような優しい目が余計に僕の焦りを生む。

 恥ずかしくなってきた僕は質問の返事も聞かずに、ドアの前に立つウェスタを押しのけて廊下に出る。


「カレーっすよ」


「はっ? かれー?」


 聞き慣れない単語に僕は立ち止まり首を傾げる。


「俺も料理人じゃ無いんでアレですけど、この世界でも作れたと思います。確か王立図書館に料理の本があって、その中に昔の異世界人がこの世界の材料で作れるレシピを記してた本があったはずですよ?」


 ウェスタは自分が持っているメモ書きに何かを書き込むとそれを僕に渡してきた。見ると走り書きでかれーという料理の内容が書かれている。


「あと、パイセンもアレですから。イオンちゃんの事が好きって言ってましたよ?」


「んなっ!?」


 突然の爆弾発言に僕の身体は一気に体温が上がった。


「嘘です。適当に言いました」


「馬鹿者ッ! ふざけるなッ!


 言葉に翻弄されるがままに、怒りと喜びと戸惑いがごちゃ混ぜになった感情を握り拳に込め、冗談を言うその顔へと振り抜いた。だが、その拳をウェスタは避ける。そしてそのまま背を向けて歩き出してしまった。


「気になるんなら直接聞いてくださいよ〜。俺はもう訓練行きますからね〜」


 振り返らずに後ろ向きで手を振る。その姿を僕は見送る事しかできなかった。


「確認できるなら、とうの昔にしてるさ……」


 彼の心の中にはすでに想い人がいるのは知っている。その想い人がこの世界にいなくとも、彼の心の中にいるのも分かる。つまり、戦う前から負け戦なのは知っているのだ。


(でも、諦めたくない。あの言葉を知らずとはいえ、あんなに真剣に言ってくれたのは初めてなんだ……っ!)


 僕は彼から、ハジメくんから言われた言葉を反芻する。


「互いの命が尽きるまで……」


 この言葉はとても大事な言葉。とりわけ、僕のような不死の命を持つものにとっては何よりも大切な言葉なのだ。


 不死者にとって互いの命が尽きるまでと言う言葉は、言い換えれば世界が終わるまでと訳せる。


 つまり、あの時言われた言葉は。


(世界が終わるその時まで、一緒にいてくれ)


 この言葉は不死の命を宿すものが生涯に一度だけしか言わないとされる求婚(プロポーズ)の言葉だ。それを知ってから知らずか僕に言ってくれたのだ。


「ふふっ」


 廊下で人知れず頬を緩ませる。仮面があるから誰かにバレる危険が無いので思う存分ニヤけられる。


 恐らく彼はそんな意味で言ったのでは無い。それでも良いのだ。


「初めてだよ。あんなに真っ直ぐ、情熱的に言われたのは。だから、僕は……」


 ウェスタには揶揄われたが、僕は別段気にしていない。その通りだからだ。今は彼の好きな料理を早く作ってあげたいぐらいだ。


「おっと頬が緩むな。しっかりしないと!」


 どうやら頬を緩ませ過ぎてしまったらしく、唇の端から唾液が零れる。僕は慌てて門で返してもらったハンカチで垂れた液を拭う。拭った際にハンカチから僅かに匂いが香り、僕は思わず身悶えしてしまう。誰にも見られなかった事は幸運だ。


「ハァ、ハァ、危ない危ない。こんな姿を誰かに見られたらとんでもない」


 本人の前にいるときは気を張っているのでこのような姿は見せない自信はあるが、万が一の事もある。


「さっさと任務の準備をしようか……ん?」


 気を取り直した僕は足元に落としてしまった紙に気付く。それを拾い上げると思わずため息を吐いてしまった。


「この任務が無ければ、料理の練習が出来るのになぁ」


 そこには書いてあった文章を僕は改めて読む。


 [賢王ディリーテの名において命ずる。監視者イオンは幻想調査隊の特別調査対象[魔王]を調査及び監視せよ。方法は問わない]


「はぁ……」


 無意識にため息が出てしまう。この任務は長期間に及ぶものだと分かっているからだ。しかも、魔王の調査となれば魔族領に赴く事となるので、王国北部に向かったハジメくんとは間違っても会う事は無い。その事実が胸に重くのしかかる。


「まぁ、これは()にしかできない任務だからね」


 代役を用意する事は出来ない。この任務だけは他の監視者や幻想調査隊、その他の兵士には絶対に遂行できない任務なのだ。


 不死者であるから、僕であるからこそ可能な任務なのだ。


(この任務が終わったら。いや、早めに料理の練習してハジメくんに食べてもらおうか)


 僕は密かな野望を胸に秘め、他人には絶対に見せない顔を仮面の内側で作り、一人で城の廊下を歩いて行った。


 頭の中では、想い人の顔を一杯に思い浮かべながら。


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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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