その先にあるものは。
王国の首都を守る城壁。その入り口に当たる門には朝の時間帯にも関わらず人がごった返す。
それも当然だ。行商人やら冒険者やらが遠出の旅に出る場合は出来るだけ早く出発し、陽の光が頭上にある内に出来るだけ歩みを進めたいのだから。
王国の朝の定例行事とも言える光景を、俺は少し外れた場所から見ていた。
行商人の馬車や旅人達の馬を一時的に置いておく馬小屋。栗毛や白毛の馬が草を食み、木製の馬車が並ぶ中、一際異彩を放つモノがあった。
黒や緑の不規則な着色。四角く角ばった外観に無機質に冷えた金属の装甲。後部に飛び出た二本の細長い棒がまるで昆虫の触覚のように伸びていた。
96式装輪装甲車。WAPC。この世界には本来存在しない代物だ。
その後部のドアを軋んだ音を立てながら開き、俺は地面へと飛び降りる。
「だ〜めだ。やっぱり無線は使えねぇや」
そのまま装甲車の外側に備え付けられている梯子に足をかけ上へ登る。慣れた手つきで長く伸びた棒状の無線アンテナを倒して収納し、作業によって噴き出た汗を拭う。
「ん〜? なんかよくわかんないけど……ダメだったの?」
装甲車の上で腰に手を当て仁王立ちをする俺を下からルチアが見上げる。残念そうに肩を揺らす様を見て、詳しいことは分からなくても何かがダメだったという雰囲気は察してくれたようだ。
「バッテリーが完全に上がっちゃってる。この世界では……俺の技術ではこれを直せない」
梯子から降りて装甲車の後部装甲を指で触れ、ヒンヤリとした感触を確かめる。
バッテリーが上がったときの対処としては他の車に繋げて通電させたり、押しがけしたりという手段がある。あるのだが、双方とも現実味は無い。
一つめの方法を実践しようにもこの世界には他の車は無く、必要な道具も無い。もう一つの手段として押しがけがあるがこれも現実的では無い。
考えても見て欲しい。通常の乗用車ならば大人が数人がかりで押せばエンジンがかかる速度まで持っていけるだろう。だが、装甲車は文字通り金属の装甲の塊なのだ。人が押したぐらいでその速さまで動いてしまうようならば、それは戦場で使えるモノとは思えない。
よって、俺が乗っていた装甲車は王都の入り口の端っこでずっと待ちぼうけをしているのだ。
「そりゃ、俺がここまで運転してきたんだ。そんでもってバッテリーのスイッチ切り忘れていた俺が一番悪いよ? でもさ、ほぼ初めての運転で初めて見る土地を運転しきったんだよ? ならさ、バッテリー処置忘れても仕方なく無い??」
「ハジメェ……誰に言い訳してるの?」
ルチアの白い目が突き刺さる。俺は刺さった心の傷口を手で押さえさする。すると胸の辺りに金属同士が触れ合う感触がしたので、何気無しにソレを取り出す。
ウェスタの魔力が込められている魔結晶。手の中に収まるソレは以前よりも輝きが強くなってる。
「あ、ハジメも魔結晶を新調してもらったんだ!」
ルチアも俺と同じ魔結晶を胸元から取り出す。蒼い輝きは控えめながらもしかと自己を主張しており、女性がつけても男性がつけても違和感は無い。
「これでアレなんだろ? 相手が翻訳の魔結晶を持ってなくても言葉が通じるようになるんだろ? よく出来てんなこれってばよ」
今回の任務で護衛の対象になる賢王の娘は幻想調査隊では無い。なので翻訳の力を持つこの魔結晶は持っておらず、その場合俺の言葉は通じなくなる。
その問題を解消するためにウェスタが高等級の魔結晶に能力を込めてくれたのだ。今までは幻想調査隊の面々以外と話す場合は身振り手振りやルチアに通訳をお願いしていたのだが、その心配は今後無くなる。
正直な話。最初からそうしろと思ったが、すでにウェスタに対して理不尽に怒っていた手前、文句は言えなかった。
「ハジメくん。準備は終わったのかい?」
指で魔結晶に付いている細い鎖を弄っていると装甲車の影から声を掛けられた。見るとそこには周りから好奇の視線を一身に受けるイオンがいた。いつも通りの黒ずくめに仮面の姿だ。
「今回は準備する時間があったからな。前回のようにすぐ出発って訳じゃなくて助かる」
「北部の魔法都市はここから一週間は最低でもかかる。それなりの準備は必要だからね」
今回の護衛任務で準備期間として当てられたのは三日間。前回の任務では慌ただしく準備をする必要があり、中々満足のいく装備を用意出来なかったが今回は違う。
「ふふふ、なぁイオン。前回は色々と無様な姿を見せちまったが今回は違うぜ? しっかりと装備を整えてるから安心していいぜ!」
俺は防弾チョッキに装着した救急品袋や懐中電灯、その他諸々の所持品をイオンに見せびらかす。
まるで晴れ着を着た子供のように自慢げな姿の俺を見て、イオンは呆れつつも何やら嬉しそうな雰囲気を仮面越しに感じさせる。
「カッコいいじゃないか、ハジメくん。いつもより男前に見えるよ」
「だろ? 俺の勇姿を今回の任務で見せてやるよ!」
俺が意気揚々に言うと、イオンは何やらバツが悪そうに顔を背ける。その様子に怪訝な気を感じた俺はイオンの顔を覗き込んだ。
「あ〜。うん。ハジメくん。残念だけど僕は今回の護衛任務に参加しないんだよ」
「えっ、マジで……」
まさかの言葉に俺は落胆する。前回に続き、今回も当然イオンが同行してくれると思っていたので残念な気しかしない。
「今回は別の人間が同行するんだ。ごめんよ、護衛の人員は情報秘匿のために隠す必要があったんだ」
「う〜ん……じゃあ、誰が来るんだ?」
今回の任務は王の娘の護衛。聞けば俺達の役割は本来いる護衛者をサポートする役割とのことだ。
王家の護衛ということで必要以外の情報は伝えられておらず、俺とルチアは出発する日時と、護衛者の本隊と合流する場所しか聞いていない。他の人員などの情報は一切教えてくれなかったのだ。
「それは……ん?」
イオンの言葉はそこで止まる。目線を俺の後ろにある装甲車へと向けると、これまた呆れたようにため息を吐く。俺はイオンが何に呆れているのかを確認しようと振り返り、そして唖然とした。
「うわー。すっごいなーこれー。鉄の棺みたいだねー。こんなの初めて見たよー」
防弾仕様の装甲車が緑色をした細長い植物の蔓に巻きつかれていたのだ。ウネウネと蠢く蔓はまるで蛇のようにのたうち回り纏わりつく。
その真ん中で一人の少女が装甲車の防弾窓を突いて遊んでいた。全身が薄い緑色で目は水晶玉のように透き通っている。密集した葉っぱの束が服の形を作っている。
「あの子は確か、なんで名前だっけ?ー
喉の手前まで出かかっている名前が中々出てこない。確かこの子供は俺と同じ幻想調査隊の一員だっだはず。
「こらっ! ファムってばそれで遊んだらハジメが怒るよ! メッだよ!」
そうだ。ファムという名前だ。以前の顔合わせの際に一度だけ出会った木の精霊の子供だ。俺はようやく出た名前にモヤモヤが晴れ、思わず手を叩く。
それに反応したのかファムは装甲車を覆っていた蔓を自分の身体に収納する。明らかに身体の体積以上の量なのだが、涼しい顔で全てを収納し終えた。そして、トテトテと足音を鳴らして俺の目の前まで来るとニコッと笑顔になった。
「やっほーハジメェ! 無事に試験受かったんだって? ゴミムシみたく弱いのに凄いや!」
「お前それ笑顔で言うと台詞じゃねぇぞ!」
出会い頭に毒を吐くファムは悪気は無かったのか、俺の注意に対してムッと唇を尖らせて不機嫌さをアピールしてくる。
「だってー、ハジメェはただの人間だし、幻想も無いし、お尻蹴られて喜んでる変態さんで良いとこ無いじゃーん!」
「ばっ!? 言い過ぎだろ! それに喜んでねーし! この野郎め!」
まるっきり濡れ衣な発言をするファムに、俺は思わず両手で頭を掴む。そのままグラグラと頭を揺らすとファムはまるで子供がじゃれてもらい、楽しんでるような高い声を出す。
「やーめーろー! わたしの頭はハジメェよりもデリケートなんだぞー!」
「この野郎めっ! この、この、……イッタァァイ!?」
ふざけてファムの頭を揺らしまくっていると不意に臀部に激痛が走る。堪らずその場で尻を押さえて蹲ると頭上からイオンの声がした。
「ハジメくん。見苦しいぞ? やめたまえ」
冷めたイオンの声が俺の身体に突き刺さる。
「やーいやーい! やっぱり喜んでんじゃん! へーんたーいさーん!」
「ぐぬぬ……」
俺のやられっぷりを見て、ファムはまるで水を得た魚のように生き生きとはしゃぐ。
俺は手を地面につきながらゆっくりと四つん這いになり、右手でファムの肩を掴む。そして調子に乗りすぎるファムへ注意をしようと口を開く。
「この、いい加減にし……」
『極殺・双眼解析砲!!』
突然、ファムの頭から眩い二筋の光が放出される。目と鼻の先の至近距離にいた俺はその光をモロに受けてしまい、堪らず目を押さえて転げ回る。
「目がっ!? 目がぁぁぁッッッ!!」
「ちょっ、ハジメ大丈夫!?」
成り行きを見守っていたルチアだったが、目を押さえて地面を転げ回る様を見ると慌てて駆け寄ってくる。暴れる俺を上から押さえつけ、俺の両目に手を当てると治癒の光で優しく癒してくれた。
「ファムにノウ、あんまりハジメくんをいじめすぎるのは感心しないな」
あまりに雑な俺の扱いに、さすがのイオンも思うところがあるのか、二人分の名前を出して注意する。
『えへへー。ハジメさんがどれくらい成長したのか見たかったので……新技試してしまいましてね。ごめんなさいハジメさん!』
ルチアからの治療を終え、起き上がりファムの方を見ると、緑色の植物の髪の毛の上にノウがちょこんと鎮座しており眼鏡越しに俺を見ていた。
眼鏡を指でクイッと上げる姿はどこぞのオフィスレディを思わせる。
「いや、いい。気にするな。正直眩しいだけだったし、痛くねぇし」
強がりなどでは決して無く、本当に痛みは感じなかった。
『ハジメさんは全く成長して無いですね! 今ので能力値を解析したんですが、値が微動だにしてませんでした!』
「ぐぬぅっ……」
今の言葉の方がよっぽど痛い。
「はいはい、二人ともそこまでに」
イオンは俺とファム達のやり取りを見かねて仲裁に入る。今まで騒いでいた二人だったが、イオンの金色の眼光が放つ威圧感が冗談では無く本気だと察すると静かになった。
「ハジメくん。これが今回の護衛の人員だよ」
「ちょっと待て。女しかいないじゃねぇかよ!」
ここにいる護衛の人員は種族の違いこそあれど、全員女だ。護衛対象が女性なのだからそれも致し方ないが、それぞれに癖がありすぎる。女に囲まれて幸せじゃないか、っと言う奴もいるかもしれないが、それは見当違いも甚だしい。
個性的過ぎる二人を前に、俺はこれからの旅路に大きく不安を感じていた。
「ん? あぁ、もう一人来るんだ。おっ……来たようだね」
イオンは俺の後ろを指差す。指し示す方向を向くとそこには一人の男が走って来てた。
「おーい、ハジメちゃんごめんね! ジェリコさん寝坊しちゃったよ! 許して!」
息を切らし、ドタバタとした走り方でこちらへ向かって来る蜥蜴人が見える。もちろん、俺はそれが誰だかよく分かっていた。目の前に到達したジェリコは荒い呼吸をそのままに、俺への言い訳をする。
「いやー、昨日アルちゃんと一杯やっててさ、朝寝坊しちゃったよ! んで、荷物も準備してなくてさ! そんでもって……ハジメちゃん、怒ってる?」
ずらりと言い訳の言葉を並べたジェリコは黙っている事に不穏な気配を感じて警戒している。俺はその警戒する肩を両手で強く、力強く握りしめる。だが決して敵意は込めていない。
「……俺、初めてお前がいてくれて良かったと思ったよ……っ!」
「はぁん?」
ここまでジェリコを頼もしく感じる日は二度と来ないだろう。
正直、この三人の女性陣を俺一人が相手するのは荷が重すぎる。ルチアはまだある程度の常識や思いやりがあるにしても、基本的には自由奔放だ。ノウとファムに至ってはそれに足して悪戯っ子ときたものだ。
自由奔放娘達を相手に、男社会で女性にそこまで慣れていない俺が旅路を共にするのは精神的にも肉体的にも辛いと思うのだ。
そこに女性陣の格好の標的となるジェリコが来てくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。俺の負担が大いに減る。
「ジェリコ。アイツら連れて馬車に向かってくれ。もうすぐ出発するからな。頼むぞ、信頼してるからな!」
「なーんか取って付けたような信頼感だけど、まぁいいや」
ジェリコは俺の態度に少し戸惑っていたが、信頼してると言われ上機嫌な様子だ。
ルチアと二、三言葉を交わし、俺達が乗る馬車へと荷物を積み込みに行った。
「さてと。僕もそろそろ行こうかな?」
「えっ? 見送ってくれないのか?」
イオンは俺の言葉を聞いて残念そうに肩を揺らす。
「ウェスタにはみんなが準備をサボらないように見張っとけとしか言われてないからね。僕も任務があるから忙しいんだよ」
それだけ言うとイオンはそっと俺から離れようとする。しかし。俺はその肩を掴んで止める。思っていたよりも力が入ってしまったのか、掴まれたイオンはびくりと肩を震わす。
「な、なんだいハジメくん? 吃驚するじゃないか!」
「イオン、お前に渡すモノがある。いや、返すモノか」
イオンの抗議の声を無視し、俺は胸元のポケットから一つの物を取り出した。それは手触りの良いハンカチ。純白の色は穢れを一つ知らない無垢な少女を思わせる。前回の首無し騎士デュラハンとの戦いの最中にイオンが俺に渡した物だった。
「あぁ、これか。ありがとう」
イオンはハンカチを受け取ると黒いコートのポケットに入れる。そして今度は反対のポケットから同じようなハンカチを出した。
「ハジメくん。これを使いなよ」
「はい?」
イオンが差し出すハンカチを前に俺は疑問の返事をする。借りた物を返したはずが、また同じ物を貸し出されようとしている事に戸惑いを見せてしまった。だが、イオンはそんな俺を全く気にせず、無理矢理ポケットへ白いハンカチを押し込んできた。
「返すんだよ。必ずね。なにがあろうと。それだけは約束してくれるね?」
「別にハンカチは持ってるんだけど……うおっ!?」
言葉を遮るようにイオンは俺の胸ぐらを掴む。必然的に顔が近づく事になり、金色の瞳と真っ直ぐに向き合うこととなった。
「そ、それがあれば、必ず帰らなければならないだろ? こんなことを言わせるな!」
要は、借りた物を返すために無事に帰って来いと言いたいのだ。
(優しいな。イオンは)
面と向かって言うのが恥ずかしいから、洒落た事をして誤魔化そうとしたらしいのだが、それを察せなかったからイオンは俺に悪態を吐いた。
俺は貰ったハンカチを大切にしまい、イオンに頭を下げる。
「大切に使わせてもらう」
「ふん。高いモノだから大切に使ってくれよ」
イオンは背を向けて歩き出してしまった。その後ろ姿と弾んだように歩く足取りを見るに決して機嫌は悪くは無いことが分かる。
「おーい! ハジメちゃーん! 準備出来たぞ!」
俺を呼ぶ声がする。見ると馬車の御者席でジェリコが手を振っていた。荷台の後ろではルチアとファムが手招きをしている。
「よしっ! 行くとするか。幻想調査隊としての初任務だな!」
俺は大きく身体を伸ばし、仲間が待つ馬車へと歩き出した。
初任務における気負いは無い。空を見上げれば百点満点の青空が広がっている。
(由紀。天国から見ててくれよ! 俺、この世界で頑張るからよ!)
新たな決意を胸に秘め俺は前へと進んで行った。
木天蓼です。
これにて四章終了となります。
ここまで読んで頂き本当に感謝しております!!
引き続き、今作をお楽しみください!
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