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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
四章 幻想調査隊日本一
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幻想の先へ

 三十年前のグロリアス王国は混乱に包まれていた。


 先代の王が病に倒れてしまい、民衆は不安に駆られ確証の無い噂話に翻弄される。


 エンプレス帝国が攻めてくる。北の未開の地の魔物である虫人、蜂人が活動を活発にしている。南の亜人族やエルフの一族が徒党を組んで暴れている。東の魔族領土にて新たな魔王が誕生した。異常に強い黒い姿をした魔物が冒険者を狩っている。


 それらの誰が流したとも知れない噂が街を風と共に流れていく。


 その中で特に民衆の関心が高かった噂話がある。


 王位継承の本命である第一王子が、第二王子と第一王女を謀殺したという噂だ。


 第一王子は人柄が横暴で粗野であり、また臣下からの信頼はそこまで高くは無かった。対して第二王子は武勇に優れ民からの信頼も厚く、第一王女は美しく聡明であった。

 臣下や民衆からは第一王子は王の座にふさわしく無いと言われていたのだ。


 故に、その二人が謎の病気に罹り命を落とした際は第一王子が一服毒を盛ったという噂話に繋がるのも無理はない。


 第一王子は王たる器では無かった。それを証明するのが彼が王位を継承する前にも関わらず強行したある出来事が証明している。


 自分に刃向かう者、反抗する者達を老若男女問わず、身分の位も関係無しに処刑したのだ。


 民衆は第一王子を恐れ誰もが口を噤んだ。


 栄光と歴史に包まれたグロリアス王国はまさにこれから暗黒の時代へと突入する。誰もがそう思っていた。


 しかし、闇があれば光も必ず存在する。


 民衆の声を聞き、立ち上がった人物が一人いた。


 第三王子ディリーテ。彼は当時、王位継承権が低かった事や、好奇心旺盛で自由奔放な性格もあり、気の合う仲間達と諸国を漫遊していた。

 だが、自身を幼少期の頃から見守ってくれていた第二王子と第一王女が殺された事を知ると憤怒の怒りを露わにし、王国で密かに結成されていた反乱軍と合流した。


 柔らかな物腰とは裏腹に、烈火の如く戦場を駆け抜けた彼は遂に第一王子を討ち果たした。

 その後民衆からの支持もあり、グロリヤス王国の王である証。賢王の称号を得た。


 以後、彼が治る王国は大きな混乱もなく平穏に包まれていた。


 これが今日に至るまでの王国の近年の歴史である。


「……昨日、イオンからこの国の事を聞いてたんだけどよ。改めて本人から聞くとまた感じるものが違うな」


 俺はディリーテの紡いだ言葉を一つ一つ噛み締める。途中までメモ帳に話を書き込んでいたのだが、話の内容に目と耳が集中してしまい、書く手を止めていた。


「それはそうだろう。何せ、当事者なのだからな?」


 一息に話した所為なのか、ディリーテは少し疲れた様子を見せる。姿勢や感じる雰囲気には若さのような一種の生命力が強く感じるが、実の年齢はウェスタよりも上なのだろう。刻まれた皺の深さが人生の経験を表している。


「その仲間ってのが由紀なのか? いや、由紀なのですか?」


 俺はぎこちない敬語で王に聞く。


「そうだ。ここにいるウェスタ。そしてユキ殿はヒノモト殿の世界から来た私の大切な仲間だ」


「ディートゥ、ジェリコもっすよ?」


「フハっ! そうだったな! ヤツはあれだ。良いムードメーカーというヤツだな!」


 ウェスタが補足するとディリーテは愉快そうに大きな声で笑う。屈託の無い笑みは目の前の老人が王だと思えなくなる程に豪快であった。


「懐かしいなぁ……。強すぎる戦士ヴァルセロウに料理が上手な銀髪鬼クラフ。露出狂で不死身のイーニッドといじられ役だがやるときはやる男ジェリコにそれから……」


 指折り数えて懐かしむ姿は威厳のある王と言うよりも、人当たりの良い好々爺と言うべきだろう。


「お調子者の俺とそれを叱る由紀先輩っすね。あの頃は楽しかったすよ……本当に、楽しかった」


 王の隣のウェスタも昔を懐かしんで思うところがあったのか、目元に光るモノが見える。


「ウェスタとユキ殿はよくヒノモト殿の事を話してくれていたのだぞ?」


「えっ、そうなのか?」


 俺の疑問にウェスタは目線を逸らして頬を掻く。


「特にユキ殿はヒノモト殿を絶対に見つけてやると言っていたな……。ハジメは意外と馬鹿だから私が面倒見なきゃってそんな事をよく言ってたよ」


「ぷふぅっ!」


 今まで俺の隣で黙って話を聞いていたルチアが突然噴出すように笑った。必死に笑いを嚙み殺そうとしているが、口の端から笑みがこぼれ落ちていく。


「何笑ってんだよルチア?」


「いや、だってその、ユキさんってハジメの事よく分かってるなって。意外と馬鹿ってその通りだなってさ!」


 先程までの緊張感はどこへやら。ルチアはついに我慢をする事を止め、声を出して笑う。

 その様を見てディリーテは何かに気付いたのか、目を見開きルチアの顔を覗き込む。


「驚いた……君はルチアといったかな?」


「えっ、は、はいっ! そうですルチアという名前です!」


 ディリーテに名前を呼ばれ、ルチアは緊張が再びぶり返したのか上擦った声を出す。


「似ている。いや、顔や年は似てないのだが……雰囲気がとても似ているな?」


「えっ……?」


「ユキ殿に……キタムラユキ殿に君は似ている」


 唐突にそんな事を言い出したディリーテに俺とウェスタは同時に反応する。


「そうすか? 似てます……かねぇ?」


「そうだな。似てるよ……何処かな」


 正反対の意味の言葉を聞き、一番戸惑ったのは当の本人だった。


「えっ、えっ? ……んん? 私がなんだって?」


 ルチアは俺とウェスタを交互に見て首を傾げる。

 見たことが無い人物に似てるやら似てないやらと言われ、何が何やら分からないといった様子だ。


「ユキ殿が君の事を話すときと、ルチア君がハジメ君と話すときの雰囲気とでも言うべきかな。それが似ているのだ」


 俺がルチアに感じている由紀との既視感をディリーテも感じているのだろう。ウェスタは似てると思ってないのか、どこか納得のいかない顔でルチアを見ている。


「……ユキ殿を殺したのは我々では無い」


 ディリーテの声が一段低くなる。先程までの穏やかな佇まいからは想像できない険しい顔立ちを見せる。


「ヒノモト殿。第一王子は私の兄なのだが……彼は何故、自分勝手な振る舞いが許されていたと思う? 好きなように処刑し、抗う者を処理できたと思う?」


「いや、分からないです」


 分からなくて当然の質問に俺は首を左右に振る。


「彼はある部隊を率いていたのだ。その名を幻想猟兵隊。異世界から来た者達で構成された特殊な部隊だ」


「……っ!?」


 予想もしてなかった言葉に俺は声を詰まらせる。


 俺が森で出会ったホブゴブリンやデュラハンを思い出す。単体でも強力な力を持ち、さらには幻想(スキル)という特殊な能力も持っていた。それが一つの部隊として行動すればとても強大な戦力になる事は目に見えて分かる。


「戦いは熾烈を極め、まさしく血を血で洗う地獄絵図だった。だが、我々は数多の犠牲の果てに第一王子を追い詰めた」


 ディリーテはそこまで言うと身体を小刻みに震わせる。皺が刻まれ、年相応に乾いた手に力が込められる。


「そこで奴が……奴が現れたのだ。この世で最も弱く、最も最悪な奴が……っ!」


 握る手がミシミシと軋んだ音を立てる。古木の様な皺が赤く染まるほどの怒気が放たれる。


「……強欲なスライム。漆黒の色を持つ、この世の屑だッッ! ……ゲホッ、ゲホッ!」


 ぜぇぜぇと息を切らして咳き込む姿は、温和な様をどこかに消しとばし、もはや温和な王の姿では無かった。

 ただの復讐を決意した男がそこにいるだけだ。


「当時のヤツの名称は黒き厄災(ブラック・テンペスト)……もっとも、今はあだ名がありすぎてもはや数えられないんすよ。それだけヤツが行った行為は悪行は多いんですよ」


 気付けばウェスタも力がこもっているのか、冷静そうな顔とは裏腹に手は爪が食い込むほど強く握られている。


「ヤツは……喰うんすよ。血を肉を、幻想を、全てを。己の欲が赴くままに。俺はヤツを倒せなかったんすよッ!」


 行き場の無い怒りをウェスタはテーブルの上にぶつける。木製のテーブルは握り拳によって亀裂が入り、今にも真っ二つに割れそうだ。


「異世界の戦士達を撃破し、第一王子も捕らえ、勝利を確信し油断していた我々にヤツは襲いかかってきた。そして……」


「由紀先輩は俺を庇って……ヤツに、俺の目の前で殺されて……」


「……」


 嗚咽混じりに紡いだ言葉。俺は口を挟むことができなかった。


「殺されて、喰われて、失って。俺は由紀先輩の思い出一つすら取り戻せなかったんですよ!」


 もう一度力任せに握り拳を叩きつけ、テーブルは真っ二つに割れる。木片が手に突き刺さるがウェスタはそれを気にする様子は無い。荒い呼吸を繰り返す。


「そうか。お前も、いやお前が一番辛かったんだな」


 俺はウェスタの怒りに同情する。その時その場にいなかった俺よりも、目の前で救えなかったウェスタの方が辛いということが心が痛くなるほど理解出来た。


「戦いの後、俺は幻想調査隊を作ったんですよ。理由は黒きスライム、今は強欲と名付けたんすけど。それを見つけて始末する事、そしてもう一つは異世界から来た人の為です」


 怒りを発散したことにより冷静さを取り戻したウェスタは、手に刺さった小さな木屑を抜き、小さな声ながらも明瞭に言葉を続ける。


「理由は個々にあるにせよ。第一王子に加担したせいで異世界の人間に対しての風当たりが一気に強くなったんですよ。それを守る理由もあって、元あった幻想猟兵隊を解体して新たに幻想調査隊を作ったんです」


 俺は謁見の場にいた禿頭の武人、東方将軍イーサンを思い出す。

 あの将軍は今のウェスタとほぼ同じ年齢に見えた。恐らくは彼も三十年前の戦いに参加していたのだろう。それならば、あの場で見ず知らずの俺に対しても怒声を浴びせたのは分かる。


 異世界から来たものは断ずるべきだと。


「守る為には苦労しましたよ? 今も苦労してんですがね。教会とか冒険者ギルドとかは未だに中々どうしてか。一部の人間の誤解は解けたんですけどね〜」


 毒気が抜かれヘラヘラと腑抜けた笑いを見せるウェスタだが、その笑顔の裏にどれだけの苦労があったのか。俺には想像することすら出来ない。


「まぁ、今の幻想調査隊はアレですね。基本的には異世界転生者、転移者を保護することです。あとは原因不明の現象を調査。特異な能力を持つ個体の監視。それだけで手一杯なので黒きスライムの探索は一旦中止してるんですがね」


 そこまで言うとウェスタは疲れたのか大きく伸びをして背筋を鳴らす。ゴキリと首の骨や背骨を鳴らしてスッキリしたのか、いつもの飄々とした姿に戻っていた。


「ヒノモト殿。改めて私は君にお願いしたい。この国の王としてではなく、彼女の友人だった者としてだ」


 ディリーテは落ち着きを取り戻したのか、殺気を収めて今までと同じ温和な顔をのぞかせる。


「どうかこの世界のために、ユキ殿の仇を討つために、改めて我々と共に戦ってくれないか?」


 その答えは決まっている。


「勿論だ。俺が出来る事ならなんでもする。俺が必ず由紀の仇を取る。それをこの場で約束する……!」


 力強く頷いた俺にディリーテは安堵の表情を浮かべた。


「良かった……君なら必ずそう言ってくれると思っていた」


 ディリーテは右手を差し出して俺に握手を求める。友好の証をしっかりと握りしめると俺の手に温かい気のようなモノが流れ込んでくる気がした。


「私も手伝うよ。ユキさんの事はよく知らないけど、似てると言われたらなんだか他人の気がしないもん!」


 ルチアは空いている俺の手に自分の手を重ねてくる。冷たかったはずの手が熱を帯びており、心の情熱を移しているようだ。


「では、早速頼み事をするとしよう」


「えぇ、何なりと言ってください!」


 俺は元気よく答えた。


「二人に私の娘を頼みたい」


「はい?」


 娘……今までの話に一度も出てきていない新たな登場人物に俺は戸惑いの返事をする。隣のルチアも突然の単語に頭の理解が追いついていないのかトボけた顔をしている。


「ウェス、説明を頼む」


「ラジャっす」


 ウェスタはディリーテがその言葉を言うのを待っていたのか、まるで示された行動のように滑らかな動きで自分の懐から一枚の羊皮紙を出す。そしてそれを俺に渡さないでその場で読み上げる。


「幻想調査隊隊長ウェスタ・ジャスティウッドの名を持って命ずる。ヒノモトハジメ殿はグロリヤス王国北部の都市、魔法都市マジカルテに護衛対象を移送。並びに、同都市内にいるとされる異世界からの住人を調査せよ」


 改まった口調で文言を言い切ると羊皮紙をクルクルと丸め俺に手渡す。突然の口上に呆気に取られた俺は指令書を受け取ってもなお理解できなかった。


 そんな俺にウェスタはニヤリと口を歪ませる。


「良かったすねパイセン。王の唯一の子供の護衛っすよ。誉れ高い名誉な事ですよ! ……失敗したらマジで磔獄門磔刑首チョンパですけどね〜」


 手刀で首を叩くウェスタ。俺はようやく事態が飲み込めた。そして深く深くため息を吐き出す。


「……なんでもするって言ったけど、俺の責任重過ぎない?」


 言質が取られている以上、この指令を断る事は出来ない。まさに、今までの話自体が仕組まれていたと思える程にしてやられた。


 目の前で悪い笑みを浮かべる二人の年配者。まるで無邪気な子供のように顔を輝かせる様は、この人達は一筋縄じゃいかない老獪な人達だと改めて再認識させるには充分過ぎた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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