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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
四章 幻想調査隊日本一
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郷愁

 王都を照らしていた陽は完全に沈み、街は夜の賑わいを見せていた。食事処には食事と酒を胃に収めようと並ぶ屈強な男達。大通りから外れた路地には怪しげな店と眉目秀麗な美女が理性を無くした人間を誘い込もうと手招きしている。

 早めの時間帯から酒を解禁していた喫茶店廻る猫耳亭では猫耳娘が忙しく動き回り、この日何度目になるか分からない盛大なコケっぷりを披露して客人達を笑いの渦に包んで行った。


「意外と明るいんだな。異世界の街並みもよ」


 活気がありつつ、どこか呑気で和気藹々(わきあいあい)とした街並みを俺は城の一角にある部屋で遠くから見つめていた。


洋燈(ランプ)の灯りはもちろん、光の魔結晶による照明もあるんですよ。日本の都会程じゃ無いっすけど結構明るいんすよね」


 イスに座って物思いにふける俺へウェスタが紅茶を出してくれた。湯気と共にほのかに香る紅茶の匂いは高級な葉を使っているのだろう。しかし、淹れ方が甘いのか、屋敷でイオンが淹れてくれた紅茶の方が断然美味かった。


「う〜ん、イマイチだな」


「パイセンの百倍美味しく淹れられる自信あるんすけどねー。文句あるなら自分で淹れて下さいよ」


 ウェスタは将軍の業務をこなした疲れからか、俺への言葉の端に棘がある。イスに座って一口啜ると盛大なため息を吐いて首の骨をゴキリと鳴らしていた。


「今日も一日お疲れさん」


「パイセンに労われるなんて、明日は鉄槍が降りますね」


 乾いた笑いを髭面の口から零したウェスタは紅茶を飲み干し喉を潤す。湿った息を吐いて疲れも一緒に吐き出したのか、少しスッキリとした顔で俺を見る。


「どうでしたパイセン。首無し騎士は?」


 恐らく答えは分かっている筈だ。


 ニヤついた笑みは元々の人柄を表しているのか、年齢と共に重ねた皺と髭無ければ日本にいた頃の西野と全く同じ笑みだった。悪戯を、悪巧みを考える無邪気な笑みだ。


「声は間違い無く中元班長。だが……何か違う」


「何かというとアレしか無いですね」


「あぁ、そうだ」


 俺とウェスタの思いと意見は一致している。あとはそれの答えを合わせるだけだ。


 まず初めにウェスタが口を開いた。


「関西弁っすよねアレは? 中元班長の出身地ってどこっすか?」


「俺の記憶が正しければ出身は関西って言ってたな。でも新隊員教育は関東でやったらしい。確か災害とかなんとかで向こうで出来なくてこっちで終わらせたって」


 俺は記憶にある限りの情報を並べる。

 人から聞いたり中元班長が酒に酔った時に喋った内容なので、所々がうろ覚えで正確な情報を思い出せない事に俺は歯噛みする。


「でも中元班長の関西弁は一回も聞いたこと無いっすよね?」


 俺達があの首無し騎士を中元班長と断定しきれない理由がそこなのだ。

 俺は五年間自衛官として訓練をこなしてきた。新隊員教育隊で訓練を受けていた時から中元班長の事は知っているのだが、ただの一度たりとも関西弁は聞いたことが無い。

 そのことからどうしても中元班長の声での関西弁は違和感しか感じないのだ。


「考えられるものとしたら、記憶喪失とかか?」


 記憶を失った事により口調や性格が変わるというのは聞いた事がある。先ほどの一方的な会話から中元班長は俺の事を覚えていないような気がした。

 つまり、考えられる事としては中元班長は最低でも自衛官としての五年間の記憶は失っている可能性が高いのだ。あくまであの状態が記憶喪失と仮定した場合の話での事だが。


「確かに。脳みそが無いっすもんね。そしたら記憶が無いのも当然っすね」


 冗談とも本心とも受け取れる物言いに俺は苦笑する。若干皮肉が混じった言葉は案外的を得ているのかもしれない。


 双方の意見が纏まり、俺とウェスタは紅茶を啜った。っと同時に部屋のドアが開く音がして何やら香ばしい匂いが漂ってくる。


「ウェスタ。厨房に無理言ってパンを焼いてもらったよ。ジャムもあるしバターもある」


「おおっ! 助かりますよイオンちゃん! いやー、実は朝から何も食ってなくて腹ペコなんすよー」


 カゴに焼き立てのパンをいくつも入れたイオンが俺たちの座るテーブルに着くと、ウェスタはすぐさまパンを手に取り齧り付く。もしゃもしゃと咀嚼音を行儀悪く鳴らして食べる姿は明らかに品が無い。


「よっぽど腹減ってたんだな?」


 気持ちの良い食べっぷりだが、ウェスタの見た目は五十歳ぐらいだ。中年の男が無邪気に飯を掻き込むのはのは見る側としてあまり気持ちよく無い。


「しょうがないじゃないっすか。会議やらデュラハンの処遇やら他にも色々。将軍ってのは暇人じゃ無いんすよ!」


 俺の言葉に反論するウェスタ。喋り方の砕け具合といい品は全く無いが、パンくずを吐き散らかさない事だけは褒められる。


「そう、俺はそれが聞きたかったんだ!」


「それってなんすか? デュラハンの処遇の事ですか?」


 立ち上がり指を指す俺にウェスタは一度食事の手を止める。俺はウェスタの言葉に首を左右に振り、続きを言った。


「お前の事だよ。お前はこの世界に来て三十年経ってんだろ? お前自身の事を俺に聞かせろよ」


「あぁ、そういう事っすか?」


 手に持っていた食べかけのパンを置き、口髭に付いたパンくずを指で取るとウェスタは考え込む。


「う〜ん。そんな面白い話では無いっすよ? それに、三十年前のことなんて詳しく覚えて無いっすもん」


「いいって。とりあえず聞かせろよ」


 渋るウェスタに御構い無しに、俺は話を促す。


「ええっと、そうすね。いきなり城の兵士に殺されそうになったり、でっけえドラゴン倒したり、魔法使って遊んだりとか。あとは……」


 不穏な文言が出つつも、昔を懐かしむウェスタの顔はどこか嬉しそうであった。


「そうそう、ジェリコと会ったのも三十年ぐらい前なんすよね。知ってます? ジェリコも自衛官だったんすよ」


「へぇ、それは初耳だな。もしかしたら同じ駐屯地にいたのかもな?」


 転生者であったことは本人も言っていたので知ってはいたのだが、自衛官であったことまでは知らなかった。


「むかーし、洞窟の探索で卵を見つけましてね。リザードマンの。そんで目の前でぱっかーんと割れて生まれてきたのを調べてみると、まさかの異世界転生者というね。いや〜あれはびっくりしましたよ!」


 身振り手振りで当時の状況を再現する様は楽しそうであり、将軍の業務で溜まっていたはずの疲れを感じさせなかった。


「イオンちゃんと出会ったのは……ええっと、一六年前っすね。実は自分、イオンちゃんの生まれに立ち会ったんすよー!」


「ほう、詳細に頼む。産毛の数まで教えてくれ」


「ちょっ!? ウェスタ!」


 中々興味深い事を言うので俺が身を乗り出すと、今まで無言で聞いていたイオンが焦ったように手を前に出し言葉を止める。俺はその手をさらに止めてウェスタに続きを早く話すように手で合図を送る。


「知ってますパイセン? イオンちゃんってば、つい最近まで夜中に一人でトイレ行けなかったんですよ?」」


「ほっほう!」


 すかさずメモ帳を取り出して一筆書き込んだ。


「黙れッッ!! う、ウェスタ、貴様は有る事無い事をハジメくんに吹き込むなっ!!」


 イオンは自身の恥ずかしい体験を喋るウェスタの言葉を塞ごうと、テーブルの上に置いてある食器を掴んで投げつける。


「うぉっ、危ないっすよイオンちゃん!」


 ウェスタは驚きつつも見事な反射神経で飛んできた食器を割らずに受け止める。さすがに危ないので俺がイオンを羽交い締めにして押さえると少し動きが収まる。


「この馬鹿っ! 十年以上も前の話をするんじゃないッ!」


「イテッ!」


 収まったのも束の間。投げるものが手に入らなくなったイオンは最後の手段として自分の仮面を取るとウェスタに向けて思いっきり投げつける。仮面は一直線に顔面めがけて飛んでいき、そのまま当たっていった。


「ふーっ! ふーっ!」


 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染め上げたイオン。その荒い呼吸が密着した身体を通じて俺の元にまで届く。


「イテテ、どうすかパイセン? 他にも色んな人に会ってんすけど、とりあえずこんなもんですよ」


 ウェスタは投げられた食器をテーブルの上に置き直すと、残ったパンにジャムを付けて食べ始めた。

 俺は大人しくなったイオンを離すとイスに座りなおした。


「中々面白い話だ。もっと聞きてえな!」


「ふふん、いいっすよ! どんどん聞いてください!」


 俺の態度にウェスタは気を良くしたのか、疲れを感じさせない楽しげな笑顔を見せる。次に何を聞くのか考えて、ふと、一番知りたかった人物を思い出しその事を聞くことにした。


「なぁウェスタ? 由紀ってこの世界で見たか?」


 俺が幻想調査隊に入る決断をしたのはこの世界に由紀がいる可能性があると考えたからだ。俺やウェスタが、さらに言えばジェリコや中元班長と仮定したデュラハンもこの世界にいる以上、他の知り合いもいる可能性は高い。


「……」


「うん? ……ウェスタ、どうしたんだ?」


 何気無しの軽い気持ちで聞いたのだが、ウェスタは俺の言葉を聞いた瞬間一気に雰囲気が変わる。

 先程までの楽しげな様から一変してまるで別人になったかのように表情が険しくなっていく。


「あー……それ、聞きます……よねー。そりゃそうっすよね……」


 歯切れの悪い言い回しに俺はもちろんのこと、さっきまでウェスタを殺気交じりに見ていたイオンまでも怪訝な顔つきで視線を向けている。


「パイセン。絶対に怒らないって約束できます?」


 質問の答えでは無い事をウェスタが俺に言ってくる。遠回しに言いたくないという気持ちがひしひしと伝わる言葉に俺は少し不安になる。


「……内容次第だな」


「そうっすよね……」


 楽しい雰囲気が一変し、急激に部屋の温度が下がる錯覚すら覚えるほどに空気は変わった。


「ふー……」


 短い。しかし久遠の時のように長く感じるため息をウェスタは吐き出し、目に力を込める。その姿は俺の知るウェスタ(西野)では無かった。


 そして、意を決したように重い口を開く。


「由紀先輩。もとい、北村陸士長は三十年前に死亡しています。俺達が……いや、俺が殺したんです」

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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