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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
四章 幻想調査隊日本一
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剣術稽古

 〜二年前。二十七号隊舎。屋外喫煙所にて〜


 コンクリートで作られた四階建ての建物は陽気に当てられ仄かに表面を暖めている。上を見上げれば三階の南側の部屋の窓が開いていて、そこからはカーテンが風に吸い込まれるように外へ布生地の端をはためかせていた。


 俺はタバコを吸いながら喫煙所に備え付けのベンチに座りのんびりと紫煙を吐き出し、唾を吐き捨てた。


「あー、負けた負けた。まさかあそこで一が出るとはなぁ。しかも百マス戻るってなんだよ? 初めからやり直すでいいじゃねえかよ」


 先ほどの人生ゲームにおいての最終局面。踏んだマスには百マス戻るっと書いており、俺は律儀にマスを一つずつ数えて駒を戻していたのだが蓋を開けてみれば百マス目の場所は寸分の狂いもなく最初のスタート地点だったのだ。


「文句はいいからお金頂戴よ。ほら、早く」


 休憩所も兼ねている喫煙所の近くには飲み物を売っている自動販売機が三つ並んで置いてあり、由紀はその中の一つの前で俺に手招きをして急かす。


「分かったよ」


 タバコの最後を一吸いし、まだ火が灯る先端を備え付けの灰皿に投げ入れる。灰皿には火災予防の水が溜まっていてタバコの先端が触れると音を鳴らして少しばかり蒸発した。


「なんだっけ? コーヒー? 好きなの買えよ」


 小銭入れを取り出すとジャラリと音を鳴らして十円玉を何枚も渡す。受け取った由紀は半ば呆れたような笑みを浮かべ、手のひらの十円玉の塊を触ると一枚の硬貨を俺に見せつける。


「五円玉入れたでしょ? アンタってしょうもない事するよね〜」


「バレたか」


 悪戯っぽい笑みで俺の手に五円玉を戻した由紀は代わりとばかりに小銭入れを取り上げる。


「同期だからね。ハジメの事はなんでも知ってるよ?」


 由紀は先ほど自分が立っていた自動販売機の前に立つと小銭を入れ暫し悩んでから光るボタンを押した。出てきた缶コーヒーを手に取ると次に隣の自動販売機へと移動し、硬貨を入れ迷い無くボタンを押した。


「ハジメは微糖のコーヒーだもんね」


 出てきたモノをそのまま俺に渡し、いただきますという言葉を口してから由紀はコーヒーの中身を飲み込む。


「ふぅ……勝利の味は旨いなぁ……」


「はぁ……敗北の味は苦いぜぇ……」


 似たようで意味が異なる言葉をそれぞれ口にして俺たち二人は揃ってベンチに座る。天気はまさしく春の陽気と言えども日陰に置かれたベンチは冷たく、俺の尻を少しばかり冷やす。座った際に尻から振動が伝わってくる。


「お、電話だ」


 胸元から機械的な音声の歌声が、軽快な音楽と共に聞こえてくる。俺はもう一本吸おうとしていたタバコを紙の箱に入れ直し胸ポケットに手を伸ばす。スマホの画面にはタケさんと表示されていた。


「もし。タケさん何ですか? え? あー……分かりました。一服してから行きます。はい? ふざけんな? いや、ふざけてないですよ? 分かりましたよすぐに行きますって!」


 俺は画面の向こう側にいる相手に平謝りをしてから通話を切り、胸に収納する。

 そしてその手をそのままタバコの箱に伸ばし、一本取り出すと火を点け軽く吹かす。


「今の誰?」


「タケさん。暇なら格ゲーしようぜってさ。せっかくの休みなんだからゆっくりしたいんだけどな」


 タケさんはゲームもやたらと上手いのだが、俺も実は結構やる方なのだ。なのでタケさんとゲームをするといい勝負を繰り広げる事ができる。楽しい反面、やたらと集中力を使うので疲れる。


「違うよ、今の着信音。誰の声?」


 由紀は俺の胸ポケットに収まっているスマホを指差しつつ俺の顔を見る。由紀の言いたい事を理解した俺はスマホを取り出して中に入っている音楽フォルダを開いて再生ボタンを押す。するとポップな曲調のメロディと甲高い機械の声が喫煙所内に響き渡る。


「ロボット?」


「近いけど、ちょっと違うな〜」


 俺はニヤついた笑みを浮かべ、音楽を止めポケットに入れる。


「あ、わかった! あれでしょ? 電子の歌姫ってヤツでしょ!」


 由紀は思い出したのか手を叩いて人差し指を俺に向ける。俺はその指を手でそっと降ろさせてから指を一本立てて左右に振る。


「それは通り名だぜ? 正式な名前はな……」


 俺は少しもったいつけてゆっくりとした動作でスマホを再び取り出し先ほどの音楽フォルダ開き、そのタイトルを由紀に見せつける。


「ニナ。この歌声の持ち主は電子の歌姫ニナだ」



 ーーーーー



「違うっ! 握りはこうだってば!」


「こう?」


「んー、ちょっと違うね。取り敢えず見てて!」


 昼下がりの庭園で、注意の声と戸惑いの声が沸き上がる噴水の音に負けじと響く。水の飛沫が空へ飛ぶのと同時に、その空を切り裂く剣閃が俺の目の前で繰り広げられる。

 桃色の髪はしなやかに揺れ、足運びはまるで舞踊のようでありながらも、確かな武術的要素が素人目でも感じ取れる。

 うっすらと汗ばむ額を意にも介さずに、煌めく身体は果たして舞う水飛沫の所為なのか、それとも午後の熱がこもった陽気の所為なのか。はたまた、一生懸命に俺に剣を教えようとするルチアの熱意なのかは分からない。もしかしたら全てがそうなのかもしれない。


「分かった?」


「いや、全然分からん。なんか凄いのは分かったけどさ」


「えぇ? もっとこう、実のある感想は無いの?」


 軽く呼吸を整えてはいるがルチアに疲れた様子は一切無く、むしろ身体を激しく動かしたことにより気分が高揚してきているのか上機嫌にも見える。


「昼飯をあれだけ食ってよくそんなに動けるな?」


「部屋が最初から綺麗だったら今は食後のお昼寝してたんだけどね?」


「それについてはノーコメントで」


「そう。じゃあもう一回斬り合ってみようか!」


 意地悪な笑みを俺に向け、どこか嬉しそうなルチアに対して俺は顔を背けて返事をする。仕方無しとばかり俺はゆっくりと立ち上がり、刃引きされた鉄の剣を握り締める。


 部屋は余りにも汚かったらしく、あの後全力で片付けを済ました。途中で的の補修と整備を終えたジェリコも合流し三人でお片づけをしていたのだが、掃除の最中にもクラフという暴力婆さんに激烈指導を受けるハメとなり、俺の部屋の清掃は難航した。

 結局、昼前に予定していた剣術の稽古は延期となり、昼下がりの今に至る。

 余談だが昼飯を作ったのもクラフであり、サンドイッチとスープだけという軽食だったのだが、悔しい事に老獪で老害な老婆の印象を覆すほど美味であった。


「甘い、遅い、弱いッ! 強く握りすぎ! 固すぎだよッ! 弱く握りすぎ! 少し強く握り締めて! 違う、そうじゃないってばッ!」


「ちょっ、まっ、えっ、どっちッ!? うおっと!」


 幾度となく剣を交え、刃引きの剣が火花を散らしてまた消えていくのを数十繰り返していく。

 ルチアの叱責が矢継ぎ早に飛び、斬撃が繰り返され防戦一方になる。遂には剣は弾き飛ばされてしまい俺は膝を地面につけてしまった。


「ハァ、ハァ、な、なぁ! ルチアは誰から剣を教わったんだ?」


 荒くなってしまった呼吸を整える為に、時間稼ぎの意味合いでルチアへ質問をする。


 自らの呼吸音が喧しく耳に響くほど俺は疲れているというのに、相手を務めたルチアは息を一つも切らした様子は無い。


「剣? えーとね……クラフおばあちゃんだね! 教え方もこんな感じだったよ!」


「ハァ、ハァ、ふぅ。なるほどね」


 息を整え、想定内の返答を聞いた俺は納得した。どうりで剣戟に容赦が無い訳だ。稽古の筈なのに殺しにかかってる。


「まだ無駄な動きが多いね? それじゃすぐに疲れちゃうよ!」


「こちとらまともに習ったの今日が初めてだぞ? もうちょっと優しく教えてくれると嬉しいんだけどな?」


 馴染みの無い動きを繰り返した事により、身体中の筋肉が悲鳴を上げていた。いくら俺が日頃から鍛えていたとはいえ、剣術という初めての動きに今まで使われていなかった筋肉は酷使されている。全身を覆う疲労感は戦闘とはまた違うモノであった。


「おー、ハジメちゃんがんばってるねぇ。調子はどうだい?」


 噴水の向こう側から聞こえてくる呑気な声。歩いてくる姿は今となっては大分見慣れた姿の蜥蜴頭。噴水の水飛沫を気持ち良さそうに浴びて目を細めていた。


「見ての通り、絶好調過ぎて気絶しそうだ。死ぬほど疲れてるから起こさないでくれよ?」


 俺は手の甲で目の周りを拭いとり、口元も同様に拭う。汗の塩味が舌を刺激する。


「ハジメちゃんってもっと色々出来る子だと思ってたんだけど、案外そうでも無いんだねー?」


 噴水の側に座り込むとジェリコは指で水をすくい取り、その冷たさを確認していた。俺はゆったりとした動きで立ち上がると飛ばされた剣を拾いに行き、手に持つと杖代わりに地面へ突き刺す。


「なんか用かジェリコ? もし暇だったら剣の打ち込み台になってくれると助かるんだが?」


「ちょっ、ハジメちゃん!? そこは特訓相手になってくれじゃない? ジェリコさんは木偶(でく)人形じゃないよ!」


 一息呼吸を入れて剣を引き抜き、俺がぶんぶんと風切り音を鳴らしながら振り回すと、ジェリコは焦ったように手の平を前に差し出す。


「待った。ハジメちゃんを呼んできてくれって頼まれたんだよ! だからその無駄にキレのいい素振りは一旦止めてよね?」


「誰が俺を呼んでんだ?」


「イオンちゃん」


 ピタリと素振りを止め、ジェリコが安堵の息と共に吐いた名前に俺は少々動揺をしてしまう。

 イオンの名前を聞いて先ず思い返すのは仮面を被った姿だが、記憶と網膜に焼き付いた霰もない姿が俺の記憶を占めている。


「あ〜うん。イオン、イオンね」


 夜明け前の空を思わせる青い髪に、その夜を明るく染め直す金色の瞳。それらが朝の陽に照らされ微笑む姿を鮮明に覚えている。そしてその前に俺に向けて言われた言葉も。


「わかった。ルチア、稽古つけてくれてありがとな。ちょっと行ってくるよ」


「ん、行ってらっしゃい」


 ひらひらと手を左右に振りルチアは微笑む。あれだけ動いたせいなのか、反対の手では襟を掴んで扇いでいる。


「ハジメちゃん、俺にありがとうは?」


「使いっ走りご苦労さん」


「まぁいいや。どういたしまして」


「冗談だ。教えてくれてありがとな。コオロギ食べるか?」


「笑えないわー、その冗談」


 俺の冗談があまり面白くなかったのか苦笑いをするジェリコ。大きく背伸びをして欠伸を噛み殺しているルチア。その二人と噴水に背を向けて俺は屋敷へと歩き出した。


(さて、どんな顔で会えばいいかな?)


 どこかイオンを意識してしまっている俺は自分でも気付かないうちに頬を緩ませ、短く刈りそろえられた芝生の上を早足で歩いて行った

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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