死ガ二人ヲ別ツ迄。
滴り落ちる赤い血が床に垂れ、冷たい地面に血溜まりを作り、仄かな湯気と独特な臭いを放つ。鉄に似た臭いが腐臭と混ざって正常な嗅覚を麻痺させていき、目の前で起きた突然の出来事と相まって俺の思考を停止させた。
貫いた剣を漆黒の首無し騎士が引き抜くとイオンの身体は力無く床に倒れ込み、重さを全く感じさせない小さな音を立て、そのまま動かなくなった。
「あ……イオ……ン……? 嘘……だろ?」
絞り出すように吐いた言葉を理解できる者はこの場には一人もいない。反応を示す者も誰もいない。俺と同じく呆然と立つエレット、首無し騎士ことデュラハン。そして動かなくなったイオン。その誰もが俺の言葉に反応しなかった。
「ふ……け……な……」
思考を放棄し、真っ白になりかける頭を振り払うが如く俺は言葉を無理やり吐き出す。ポツリポツリと零れた言葉はやがて熱を帯び俺の胸の中に一つの激情を芽生えさせる。
「ふざけんなコラァァアッッ!!」
怒り。
目の前で大切な仲間を殺した存在に向けられたそれは、己の恐怖心を誤魔化すための虚栄でもあるかもしれない。
だがそれでも構わない。俺はあらん限りの全ての力を込め、小銃の銃床をデュラハンの横っ腹に叩きつける。抉りこむように打ち込まれたそれは俺自身の腕力も合わさり鈍い音を立てながらデュラハンの身体を突き飛ばし大きく仰け反らせた。
「死ねよこの野郎。何しやがるんだ……イオンを……よくもイオンを。テメェは死ねよ。すぐに死ねよ。今すぐブッ殺してやるッ!」
自分でも何を喋っているのかわからない。ただ胸から湧き上がる衝動をそのまま口にし、殺意だけをデュラハンに向けていた。
俺の一撃が予想外に効いたのか、デュラハンは脇腹を押さえ非常にゆったりとした動きで俺に向かってくる。その動作は怒りに染まる俺から見れば挑発しているように見え、さらに怒りが込み上げてくる。すぐさま撃ち殺すべく銃を構えた時に俺はある違和感に気付いた。
(銃床が無い?)
銃を照準する際は銃床後部の床尾と呼ばれる部分を肩に当て狙う。しかし、今照準してみて気付いてみれば銃床部分は先ほどデュラハンを殴りつけた際に折れてしまったのか、根元からポッキリと無くなっており床にはその残骸が残っていた。
「関係無えッ!」
それでも俺は構わずに撃った。例え銃床部分が折れようとも銃の射撃自体には影響は全く無いからだ。
イオンを殺したデュラハンを殺す。その一点に、変わりは無い。
すっかりと短くなった小銃。その先端から出る曳光弾の光は俺の怒りを載せているのか、普段よりも赤く輝いて暗い廊下を照らしていき、真っ直ぐにデュラハンの元へと向かった。
「ーーーッ」
曳光弾の光線が放たれた瞬間、床から先程の黒いスライムが現れデュラハンの身体を覆い俺の視界から消した。金属同士がぶつかり合う甲高い音が、連続して鳴り響く。
「死ねよ。今すぐ死ねよ。死んじまえよ。よくも、よくも……ッ!」
俺は込められた弾倉の中身を全部吐き出し、素早く次の弾倉を装填する。槓桿を引きさらにフルオートで撃ち続け、また弾を空にした。
瞬く間に六十発分の弾を放った銃の先端は黒く染まり熱を帯びていて、さながら俺の心を映しているようにも見えた。
「殺すぞこの野郎。死んじまえ。イオンを……イオン……を……」
視界の端に映る血溜まりに沈んだイオンを見て、俺の頬に一筋の涙が伝った。
まだ数日、下手したらまともに会話した時間は極僅かな期間でしか無い。それでもまるで長い時を過ごした友のように分かり合えた気がした。これから先、年の差はあれど良き友になれるかもしれない人間だった。
それを、その可能性をデュラハンは奪ったのだ。
黒いスライムの中から何枚もの盾が零れ落ちる。全ての盾には弾の弾痕が付いていて、弾丸によって出来た穴は蜂の巣が如く、無数に及んだ。
しかし、黒いスライム状の物体の中から現れたデュラハンには擦り傷一つもついておらず、無傷であったのだ。何事も無かったかのように悠々と歩く姿は、無いはずの顔で笑っているようにも見えた。
「ッ!? それがどうしたアァァァッッッ!!」
俺は吠えさらに弾を装填し、続け様に撃ち続ける。するとまたもや黒いスライムが現れ、俺とデュラハンの間に入り高い金属音を鳴らしていく。その度に黒い中からは弾痕が付いた鎧や盾、剣などの武具がズルリと落ちていく。
「あ、あれはッ!?」
何かに気付いたエレットは顔を青ざめさせ口元に手を当てる。
「皆さんの物が……っ、そんな……神よ……」
見覚えのある仲間の遺品に嗚咽混じりの声を出し、エレットは目を閉じて祈る為なのか、手の平を合わせようとする。
「祈るなッ!」
自らが撃ち続ける銃の射撃音に負けない程の声でエレットを怒鳴りつける。声に驚き肩を震わせると泣きそうな顔で俺の方を向いたが、俺はエレットに目を合わせず前を向き撃ち続けながら口を開く。
「お前の前にいんのは何だ? 神じゃ無えだろうがッ! お前が握っているそれは何だッ!?」
「ツッ!」
俺の言葉は分からずとも、気持ちは伝わったのかエレットは目を見開き手に持った血塗れの片手剣を握り締める。そして手に魔力を込めると詠唱を開始した。
「浄魔炎ッ!」
純白を思わせる真っ白な炎が緩やかな放物線を描き、残光を伸ばしながらデュラハンへと伸びていく。それに気付いたデュラハンは手をかざしてスライムによる壁を作り出し身を守る盾とした。
「甘いんだよッ」
俺はその盾に向けありったけの弾薬を叩き込む。先程の金属音とは撃って変わり、まるで汚泥に突っ込んだような濁音が不快な音となり響く。
黒い粘液を撒き散らしながらも弾道を晒された弾頭は光を失い、黒く染め上げられデュラハンに届く事は無かった。
だが、それでいい。それで充分なのだ。破壊しきれなくて良いのだ。
「ーーーツゥ!?」
巻き上げられた黒いスライムの盾が死角となり、エレットが放つ白き炎を隠した。僅かに盾を掠めた炎は触れたスライムを瞬時に蒸発させ、防いだと思っていたデュラハンは突如飛び込んできた炎を避けきれず直撃する。
「や、やりましたか!?」
命中した事に喜ぶエレットだが、胸に当り広がる炎はリビングアーマーに喰らわせたモノと比べると若干見劣りし、力の限り踠いて暴れるデュラハンの動きに掻き消されそうになっていた。
「ダメです! こんなに闇の魔力が充満していては光魔法は本来の力は出ませんッ! 足止めしか……」
「クソッ、ダメなのか!」
エレットの悲痛な声に俺は歯噛みする。
銃弾は盾に防がれ効かない。肉弾戦は少しは効いたがあれはがむしゃらに放ったまぐれの一撃に過ぎない。頼みの綱の光魔法に必殺の威力はなく、今にも消え去りかけている。
もはや効果的な攻撃手段は既に無く、俺はイオンの仇も討てない事に悔しさを覚えつつも銃の射撃を続ける。けれども弾薬は無限に存在する訳ではなく、その時は訪れる。
「つぅ!? マジかよ、弾切れだ!」
防弾チョッキに備え付けられているマガジンポーチ。その中の弾丸を全て撃ち切り、新たな弾薬を込めるにはリュックサックの中にある予備を出さなければならない。荷物を降ろし、開け、弾倉を探し、見つけて装填する。それだけの隙をデュラハンが見逃す筈は無い。
「万策尽きたか……チッ」
頭の中でこの状況を打開する策を何度も閃いては閉ざす。
火炎のペットボトル。動きの鈍いゾンビならまだしも素早くスライムの盾もあるデュラハン相手には火力も足りず効果は薄い。
閃光手榴弾。一瞬の目眩しにしかならず、こちらもスライムの盾によって光は防がれるだろう。
破片手榴弾。今持ってない。残りの一発は王都の装甲車の中だ。
「イオンごめんな。仇は討て無かったよ……」
俺は床に膝をつき頭を垂れる。出した策が全て破られた無力な自分に打ちのめされていた。エレットもデュラハンに当てた白い炎が掻き消されると俺と同じように表情を絶望に染め上げる。
ギシギシと鎧を軋ませながら、足音をわざとらしく立てながら。デュラハンは俺の前にまで来て剣を振り上げた。
「ゴホッ……アぎらめルなンで、ハジメぐんラじぐ無いね?」
「えっ?」
聞き覚えのある、いや今日一日ですっかり耳に馴染んだ声が聞こえた。何かに詰まったような声だがそれは確かに、人を小馬鹿にしたような中性的な子供のような声だった。
「剛炎龍の激昂!」
その声が呟くと俺の目の前にいた筈のデュラハンが一瞬にして消え失せる。遅れて風圧が俺の頬を打ち、最後に遠く離れた廊下の端からナニかが凄まじい勢いで壁に衝突した音が聞こえて来た。風が持っていかれている先を見ると鎧の騎士が壁を破壊して止まり、手に膝をつき明らかなダメージが入っている事が確認できた。
俺の前にはデュラハンの代わりに馴染みの黒コートが仮面姿で立っていた。
手は初対面の際に着けていた赤い手袋に包まれ、ボイラー室のように湯気が噴き出す。いつもの黒い仮面は変わらず無表情であった。
「イオンッ!? お前、生きてたのか!」
「がっでにごろさないでぐれないがな?」
ダミ声で時折ゴポゴポと泡立つ音が聞こえるが、イオンは確かに俺の前で立っていていつもの軽口を吐いてくる。
「ゴホっ、あぁ、ごめんハジメぐん……やっぱり無理だ」
「イオン!」
先程のデュラハンへの一撃で力を使い果たしたのか、急に俺にもたれかかるように倒れそのまま動かなくなる。身体に触れるとおびただしいほどの血が流れており、俺の迷彩服を一気に赤く染め上げた。
「エレットォッ! 回復魔法を! 早くしてくれ、頼む!」
俺は悲痛な声でエレットに向けて言うと、彼女も心得たりとイオンに手をかざす。そして淡く弱い光が手に宿り黒いコートを包もうとしていた。
その手をイオンは思いっきり振り払う。グッタリとした姿からは想像出来ないほどの俊敏な動きに俺は思わず固まってしまう。
「ぼくに……触れるナァッ!」
仮面の隙間から大量の血を吐き出しつつもイオンは吠えた。急に手を叩かれ驚きのあまり硬直するエレットへ溢れる程の殺気をぶつけている。
「イオン! お前そんな事言ってる場合じゃ無いだろうがッ!」
「ダメなんだ……嫌なんだ……だって僕は……」
イオンは意識が朦朧としてきたのか荒い呼吸を繰り返し、声はだんだんと小さくなりやがて最後に一言だけ、俺の耳だけに聞こえる小さな声で呟いた。
「……不死者……なのだから……」




