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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
三章 首無し騎士と自衛官
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デュラハン

「さっさと離せッ! 馬鹿ハジメくんッ!」


「うおっと!? 危ねって!」


 抱き抱える俺の腕からもぞもぞとした動きで抜け出すと、イオンは荒い呼吸をして俺を睨みつける。

 万が一に手榴弾の破片弾が俺達の方に飛んできては危ないと思ったので、対破片効果もある防弾チョッキを着ている俺が庇ったのである。

 本来なら感謝されてもおかしく事なのだが、反応を見るに戦闘時の一種の興奮状態であった俺は力強くイオンの身体を抱きしめ過ぎてしまったようだ。


「僕に覆い被さるなんて、ハジメくんは良い趣味してるみたいだね?」


「ガキを抱きしめる趣味は無えよ! 待て待て蹴るな、話せば分かる」


 咄嗟に身構えるイオンを手で制しつつも俺は付近を警戒する。

 手榴弾の爆発による破壊の痕跡は凄まじいものだ。爆発の跡は無論、それにより生じた破片が所々に飛び散り、石造りの壁には傷跡をつけ近くにあった木製の長椅子には破片が突き刺さっていた。

 あれだけ群れていたゾンビ達は殆どが肉塊へと変わり果て、辺りに動く気配のあるモノは何一つとして無かった。

 俺は身の安全を確認すると銃を手に取り、礼拝堂の奥に向かう。そこには座り込んで呆然としているエレットが座っていた。


「エレット、無事か? 怪我は無いか?」


「あっ、は、ハジメ……さん?」


 少しは落ち着きを取り戻せたのか、仲間の死で恐慌(きょうこう)状態に陥ってた時とは違い、辿々しくもはっきりとした言葉を口にする。

 何度か肩を揺すると次第に意識もはっきりしてきたのか、目の焦点も合ってきて手に膝をつきながらも立ち上がり俺に頭を下げる。


「ハジメさん……私、すみません。ちょっと取り乱してしまって……」


「気にするな。誰でもあんなの見りゃ発狂するさ」


 俺が出来るだけ穏やかに慰めると、エレットは自分の口元に手を当てクスクスと笑いだす。

 再び気が狂ってしまったのかと思い戸惑いつつ距離を取ると、エレットが少し焦ったのか咳払いをわざとらしくして俺を見つめた。


「ふふふ、なんとなくですがハジメさんが私を心配してくれているのは分かりますよ? ありがとうございます」


 清楚可憐という言葉は彼女のためにあると思えるほどに、優雅で洗練されたお辞儀は育ちの良さまでも伝わってくる。言葉が通じて無いにも関わらず俺の気持ちを読み取ってくれるのは、なんだか身体がむず痒くなるほど嬉しくなる。

 暫し俺が見つめていると不意に尻から衝撃が走る。この旅で何度も感じた衝撃に俺の身体はいつのまにか順応していて、もはや親しみすらも感じ始める頃だ。


「ハジメくん。何をボサッとしてる?」


 不機嫌な声を出すイオンは胸の前で腕組みをしていて、今すぐにでも追加の一撃を俺の尻に加えようと足を動かす。


「そうだな。どうするイオン?」


()くか、退()くか、それとも()まるかだね」


 言葉の通り選択肢は三つだ。進んでデュラハンを探しに行くのか、それとも退却して村にいるルチア達と合流して態勢を立て直すか、はたまたここでもう一度バリケードを築き備えるかだ。


「当然、撤退だろ?」


「まぁ、そうだね。一度引いた方が良いよ」


 イオンはともかくとして、俺とエレットはこのまま戦いに臨むには少々荷が重い。銃の弾薬はまだ余裕があるとはいえ、奥の手である手榴弾を使ってしまっている。閃光手榴弾はまだ一つだけあるが、それを使ってしまえば後の俺の武装は小銃と銃剣のみだ。強固な防御陣地の上で戦うならまだしも、戦槌の一振りで壊される程度のバリケードしか作れないのならば戦闘における優位性はほぼ無い。

 エレットも少しは回復しているが、リビングアーマーを一撃で葬り去った魔法はまだ使えないと思った方が良い。


 以上の事から、ここでは戦略的撤退(逃げの一手)が望ましい。


 そう判断した俺は床に置いたリュックサックに使わなかった火炎ペットボトルを入れ、銃の取り回しの邪魔にならないように背負う。


「行こう。こんなデケェ武器振り回す奴らを相手にしてたら命がいくつあっても足りないしよ!」


 俺は床に転がる爆風によって歪んだ戦槌を蹴る。蹴られた衝撃で戦槌はほんの少しだけ動いたが、僅かに床面を擦っただけであり逆に俺の爪先の方が痛かった。


「痛えッ! こんなの持ち上げるのも一苦労だな」


 俺は戦槌を両手で掴み、力を込めて持ち上げる。手の平から感じる確かな重量は持ち上げる事は出来ても、振り回すのは到底不可能に思える。

 試しに軽く振り下ろしてみるが先端の重さに釣られ、態勢は崩れてしまいとてもでは無いが武器としては使えそうに無い。


「無理。筋トレにしか使えそうに無ぇや」


 ゆっくりと地面に置き、そのまま倒し石畳の床にぶつけて鈍い音を立てさせる。


「漬物石には使えそうだね?」


「それは冗談か?」


「さぁ、どうだろうね?」


「あの……少し良いですか?」


 イオンと実りの無い会話をしていると、エレットが控えめな声で俺に声を掛けてくる。

 まだ顔に青白さが残っているが、気持ちの区切りはついたのか吹っ切れた顔をしている。

 俺はイオンの顔を一度伺い、無関心なのを確認する軽く頷いて見せた。


「その、フィンクスさんの遺品を持って帰りたいのですが……よろしいですか?」


 エレットは震える手つきで床に置かれた剣を拾う。血塗れの剣はすでに乾いていて、その赤はパラパラと剥がれ落ち床に落ちていた。


「他の冒険者さん達も……もし、手遅れだったら……彼らの持ち物を持ち帰りたいのです。せめて安らかに眠らせてあげたいのです……」


 すでに三人の冒険者が死亡しているのは確認できている。今回彼らが何人で来ているのかは知らないが、無事に生きている可能性は低いだろう。


 今の場内の静けさを見るに先の襲撃で城内にいるゾンビ達の大多数が襲って来たと思われる。

 その大多数のゾンビ達は俺とイオンが城に入った時には近くにおらず、そして俺達は城内に少し入ったところでエレットを見つけた。

 冒険者達(彼ら)はエレットを先に逃がすために自ら進んで足止め役を担ったという話だ。もし、仮に俺が足止め役をするとしたら逃がすためにどうするか。

 一つの答えとして、防衛対象(エレット)から離れた場所で戦うだろう。しばらくの間を置いてからゾンビ達が襲撃して来たのは彼らがそれまでの間、時間を稼いで来てくれたのだと推測出来る。


【大海に投げた石の波紋はたとえ小さくとも、やがて海の彼方の誰かの元へ辿り着く】


 彼らの頑張りが無ければバリケードの構築も出来なかったかもしれない。もし防衛の準備が不十分の状態だとしたら、先の戦闘以上の乱戦になりイオンはともかくとして俺やエレットは危なかった。

 話した事も無ければ面識すら無い戦士達は結果として俺やエレットの命を救ったと言える。心の中で名も無き戦士達に感謝し、目を瞑りその魂を偲ぶ。


「行こうか、ハジメくん」


「あぁ。行こう」


 俺は目を開けイオンに向け頷き、横に並んで礼拝堂の外へ歩き出した。



 カタッ……。



「!?」


「ッ!?」


「へっ?」


 俺とイオンはほぼ同時に振り返った。遅れてエレットが振り返り、なにか(・・・)の物音が鳴った方向を見る。


 振り返った先の礼拝堂は変わらずゾンビの腐臭が漂い、そこに火薬の香りも混じっている。奥にある女神像は変わらず首が無いままであり、その周りにあるバリケードも変わった様子は無い。


 ただ一つ。床に置いた筈の戦槌が長椅子に立て掛けられている事だけが変わっていた。


 さらなる変化はすぐに現れた。


「スライム? 一体……何が起こってんだ?」


 床に転がるゾンビの肉片から黒く濁った液体が染み出し、徐々に戦槌へと集まっていく。さらに周囲に散らばった鎧の破片からも黒く粘度の高い液体が染み出し集まり始める。それらは全て意思を持つかの様に動き、俺がゴミ捨ての際に見た粘液生物(スライム)に酷似していた。

 あれよあれよと言う間に黒い液体は戦槌をすっぽりと覆ってその姿を隠し、俺達の前には黒い塊が出来上がる。


(なんかヤバイッ!?)


 毛は逆立ち、身体中から冷や汗が一気に噴き出る。全身の感覚が目の前の物体は危ないモノだと非常警報(エマージェンシー)を鳴らし、俺は反射的に銃を構え一発撃ち込む。

 赤い光線を一瞬だけ光らせ、弾丸は黒の中へと吸い込まれた。


 そして。まるでそれが合図だったかのように、覆われていた戦槌が黒の中から弾丸が如く飛び出して来た。


「あぶ……」


「危ないッ! 避けろッ!」


「キャッ!?」


 俺の言葉をイオンの声が遮った。それと同時に俺の身体は横に思いっきり突き飛ばされ、エレットを巻き込み地面に倒れる。

 抱きしめるような形で倒れつつも、俺は腕を回しエレットの頭が地面にぶつからないように守る。決して軽くは無い衝撃が腕に伝わった後、頭上を戦槌が通り過ぎて壁に突き刺さった。


 パラパラと石片が床に落ち、次いで戦槌が鈍い音を立てて落ちてきた。歪んだ戦槌の柄はさらにひしゃげ、もはや武器としては使えなくなっていた。


「何すんだイオ……ん……?」


 俺は自らが見たモノに言葉を失ってしまう。


 黒いスライム状だったモノは、今や漆黒の首無し騎士と姿を変え、俺のすぐ目の前に立っていたのだ。

 液体から固体へと変わり、一目で調査対象の首無し騎士と理解出来るほどの威圧感を放つ存在。

 さらに逆立つ身体中の毛が、泡立つ皮膚が騒ぐ鳥肌が、鈍痛を感じるほどの心拍音が、目の前の存在の危険度を表しているかのように思える。


 だが、俺が言葉を失ったのは(・・・・・・・・・・)それが原因では無い(・・・・・・・・・)


 漆黒の首無し騎士が握る剣。飾り気の無い武人の剛直さを表現したかのような趣を感じる。


 その剣が。俺の目の前で。


 イオンの胸を貫いていた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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