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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
三章 首無し騎士と自衛官
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陣地構築

 静かに。だが、確かに聞こえる無数の足音。その数は音を聞いただけで一つ二つの数では無く数十はいるという確信が持てる。壁にでもぶつかっているのだろうか、時々鎧が擦れて軋むような音がする事から先ほど倒したリビングアーマーという魔物もいる可能性が高い。


「マジかよ、クソックソッ! やるっきゃ無いのかよ!」


 女神像の下にエレットを寝かせ、背中に背負ってたリュックと銃も下ろす。そしてリュックの中身を漁り一本のガソリン入りペットボトルを取り出し地面に置く。


「イオンどうする。逃げるか? 戦うか?」


「どちらもいけるよ。ただし、両方とも地獄絵図になるがね」


 イオンは一度首を鳴らし、人差し指でエレットを指差した。力無く蹲り、時折泣き声とともにえずいていた。


「逃げるなら、今のその子は邪魔になる。囮にするなりすれば僕と君は逃げ延びれるだろう」


「それは冗談で言っているのか? それとも俺を試してるってるのか?」


 自分でも驚く程に低い声が出てしまった。例え、洒落であっても口にしてはいけない言葉を声にしたイオンに俺は怒気を露わにする。


「そしたら戦うまでだ。幸いにもここは入り口さえ守れば何とかなる」


「この鎧はいきなり後ろから出てきたぞ?」


 俺は礼拝堂の真ん中で転がる鎧を足で小突く。軽い金属音が言葉に迷うイオンの空白を埋めた。


「その時はその時だ。対処すればいい」


「んな適当な。チッ、でもそうするしか無いな」


 敵は迫って来ている。今は少しでも迎撃する為の準備が必要だ。可能性として考えるのは結構だがそればかりに囚われる程余裕な訳でも無い。

 俺は足元に転がる鎧を掴み一気に持ち上げようとする。だが少しばかり浮いた程度で移動させるまでには至らない。


「んぎぎぎぎぎぃッ! お、も、重テェェェェ!?」


「何してるんだいハジメくん?」


「はぁ、はぁ、見りゃわかんだろ? 入り口に置いてバリケードにするんだよ!」


 籠城戦の基本として出入り口に障害物を置くのは基本だ。幸いにもこの場所にはそれに適したものがある。大きな長椅子とこの魔物の亡骸だ。巨漢の鎧騎士は両開きの入り口を半分ほど防げそうなほど大きい。これを使ってその周りに長椅子を置けばかなりの時間は稼げるだろう。

 問題はその重量だ。重たすぎて中々上がらない。

 その昔、宴会後の泥酔した時にふざけて西野の愛車である排気量が二百五十の自動二輪を持ち上げたようとした事があるが、それよりも遥かに重い。


「どくといい」


 ポツリとそれだけ言うとイオンは鎧から距離を取り足を屈伸したり足首を回し出す。言われて俺は鎧から離れてそれを見守る。何をするつもりなのかは分からないが彼には彼なりの考えがあると思うことにした。


「入り口の所でいいんだな?」


「あぁ、でもどうやって持ち上げるつもりなんだ?」


「こうするの……っさッ!」


「うおぅッ!?」


 イオンは走り出し、飛んだ。そのまま空中で体勢を一回転させ、遠視力を加算した後ろ回し蹴りを鎧に叩き込む。まるで砲弾の炸裂音のような音が轟き、鎧は床との摩擦で火花を散らしながら入り口へと一直線に進んでいく。

 途中で元冒険者の槍士と老人の亡骸を轢いてすり潰し、最後に片側だけ吊られていたドアにぶつかり壊して止まる。過程はどうあれ、結果として一番理想とする位置に鎧は収まった。


「ろ、ローリングソバット……」


 ぽっかりと空いた鎧の腹は徹甲榴弾を食らった鉄板のように(いびつ)(ゆが)んだ穴であり、もはや蹴り技で収まる範囲では無いのは明らかであった。

 着地後イオンは何事も無かったかのように入口へと近付き、そこ転がっていた槍と剣を拾うと俺の方に投げてよこす。俺はそれが何を意味しているのか分からず戸惑っていると、大きめのため息と心配するような声が聞こえてきた。


「その武器の矢は無限じゃ無いんだろ? どちらでも好きな方を使うと良い」


 矢ではないが、言われた通り弾数には限りがある。かなり節約して使ってはいるがすでに十数発は使っている。残りの弾倉(マガジン)はポーチに入ってる分とリュックの中に入れてあるのを含めて十一個。つまり、三百三十発と少し。一見すると余裕があるように思えるが、弾の補給は王都にある装甲車まで戻らなければ無い。

 これから迫り来る不死者の数は計り知れない、もしかしたら無限にいるかもしれないのだ。弾薬は節約するに限る。

 床に落ちた槍を握りしめ、軽く振ってみる。俺の身長より長さがあり、柄は木製。穂先は金属で鋭利な刃物となっている。振り回して使うには心許ないが突き刺す分には殺傷能力に問題は無さそうだ。

 もう一つの剣も拾おうと手を伸ばすが、先端から手元にまでべったりと血が付いていたので俺はその手をそっと戻した。


「まずはバリケードを出来るだけ作らないとな」


 小銃を背中に背負い、槍を片手にイオンの手助けに向かう。


「まずは椅子だ。壊れているやつを何個か入り口に突っ込むぞ!」


「壊れてるやつでいいのかい? すぐ使えなくなるぞ?」


 イオンの言うようにバリケードにするなら当然強度がある壊れてない椅子を使うべきなのだが、今回は俺の秘密兵器がまだ残っている。俺が顎でエレットの近くに置いた茶色の液体入りペットボトルを指すとイオンは心得たりとばかりに頷いた。


「次は長椅子をひっくり返して……んごぉぉラァァッ!」


 部屋の真ん中にある長椅子を押し倒し、背もたれを下にして外側に椅子の足を向けるようにおく。こうする事で敵が押し寄せてきた際に背もたれが地面との摩擦を増加させる役目を果たし、そう簡単にはひっくり返されないのだ。


「これもだね……フンッ!」


 同じようにイオンも長椅子をひっくり返したのだが、俺がやるよりも軽そうに一息でひっくり返す。大した怪力だっと褒めるよりも、異常なまでに身体能力が高い事に違和感を超えてもはや別の人種だとすら思える。半ば呆れた視線を送っている事に気が付いたのか、照れた様子で俺の方へ来る。


「なんだいハジメくん。文句があるなら早く言うといい」


 何やら機嫌が良さそうな気さえするほど、イオンの声は明るい。エレットと話している時とは別人のようであり、質問するなら今しか無いと判断する。


「イオン。お前って人間か?」


 口にした瞬間、俺の首元に寸止めされたイオンの右足。ブーツの革の香りが遅れて来るほど速くキレがあった。全く見えなかった蹴りの速さに俺は背筋が凍りそうになる。


「こんな状況でデリカシーがない言葉は褒められないな」


ゆっくりと足は降ろされ、ひとまず安心する俺だったが、イオンは何かを言いたげにこちらを見ていた。


「けど、仮にもしもの話だが、僕が人間じゃ無かったらどうするんだい?」


 声のトーンが一段下がり、まるで捨てられた子猫が縋るような目で俺を見る。顔が隠れているにも関わらず、不覚にも可愛いと思えてしまう。イオンの金色の瞳は部屋の薄暗さも相まってかどうにも自信なさげに淡く輝いていた。


「お前が誰であろうと関係無えよ。イオンはイオンだ。それ以上でも以下でも無いさ」


「ハジメくん……」


 俺の言葉が嬉しかったのか、感極まり言葉に詰まりつつも目を輝かせる。


「言っちまえばジェリコも人間じゃ無くて蜥蜴だろ?でも、ジェリコはジェリコ。ケツ蹴り野郎はケツ蹴り野郎。俺は俺だからな」


「ハジメく〜ん……」


 がっかりとした様子でイオンは項垂れ、瞳から輝きが失われていく。失望感を全身から醸し出すその姿に俺は作業の手を止め慌ててイオンの肩を揺する。


「おいおいなんだよその態度は? ジェリコと同列がそんなに嫌なのか? それは流石にアイツがかわいそうだろ?」


「うるさいッ!」


 俺の手を振り払い、素早く、そして抉りこむようにイオンの蹴りは俺の尻に命中する。

 脳髄にまで響く鈍痛に俺は暫し悶絶(もんぜつ)したが、同時にいつも通りのイオンである事に安堵もしていた。


(後は、俺がどこまで頑張れるかだな)


 イオンはいつもの調子に戻ったが、女神像の下にいるエレットは未だに精神状態が落ち着いていない。

 バリケードは彼の働きにより短時間で作ったとは思えないほどの完成度だ。後はこれを如何に有効に使えるかが俺たちの命の賭け所となる。

 どんどんと大きくなる足音。まるでさざ波のように押し寄せる不死者の気配に俺は一人武者震いを起こしていた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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