祈りを捧げる場所
薄暗い廊下を三つの灯りが進む。二本の松明の灯りは揺らめいて三人の影を長く伸ばしていく。時折、隙間風が流れてきて三人の影を揺らめかせ照らされた壁を波うたせる。
「エレットは何故首無し騎士を?」
「……」
「イオン?」
俺の言葉を訳さずにイオンは黙って歩く。黙って松明で行先を照らし、やや早足で歩く姿は怒っているようにも俺の目には映った。
「イオン? 無視すんなって!」
「チッ! 教会は命というものを重んじている」
強めの舌打ちをし、質問とは全く関係無さそうな事をイオンは喋る。声の抑揚は普段通り控えめなのだが機嫌が悪いのか舌打ちを混ぜ、俺を仮面越しに睨みつける。怒気が込められている視線に俺は思わず身を引いてしまう。
「あの、どうかしました? 地面も照らした方がいいでしょうか?」
そう言うエレットの頭の上にはピンポン球ほど小さな光の玉が浮いていて、エレットが指先で下を指し示すと光の玉は俺の足元に来て地面を淡く照らし出した。
「初級魔法の光というものです。便利ですよ?」
はにかんだ笑顔で指を一本立てて、そこからさらにもう一つ光の玉を作り出しイオンの足元へと指で導く。
「僕のは要らない」
足元に来た光の玉を足で払いのけイオンは先へ進む。俺は慌ててイオンを追いかけ肩を掴んでこちらを向かせる。
「どうしたんだイオン? なんでそんなに怒ってるんだよ?」
「僕は怒ってないッッ!」
急に声を荒げ、イオンは俺の腕を掴み力ずくで振り払う。掴まれた腕がうっすらと赤くなるほどイオンの力は強く、殺気すら感じさせる眼光に俺はまた距離を取ってしまいエレットのそばまで下がる。
「あの、私、何かしてしまいましたか?」
俺とイオンの間の険悪な様を見たエレットはおどおどとしていて、俺とイオンを交互に見やる。
荒い呼吸を繰り返し、肩で大きく息をするイオンは幾らか落ち着いて来たのか気まずそうに顔を背ける。
「……光魔法は苦手なんだ。なんか嫌なんだ」
それだけ言うとスタスタと足音を鳴らしながらイオンはまた先に向かってしまう。その背中は背丈相応の子供らしい幼い背中に見えた。
「ハジメさん……」
自分が何かしてしまったのかと不安になるエレットは申し訳なさそうに俺の名を呼ぶ。俺はエレットの肩にそっと触れると慰めるように優しく言葉をかける。
「エレット気にするな、アイツも悪気がある訳じゃ無いと思う」
「ありがとうございます。言葉は分かりませんが、貴方が私を励まそうとしてくれてるのは分かります」
感謝の言葉を述べ一礼をし、エレットは先を歩くイオンの後を追いかけるように小走りで駆け出す。
(光魔法が苦手? それは違うだろ)
村での食事の際、ルチアが光の魔法を使った際にイオンは何も言わなかった。
イオンの取る行動は明らかにエレットを、いや、神官を嫌っている。その証拠にイオンは一度も彼女の名前を呼んでいない。名前を知っているにも関わらずにだ。
「なんか気に食わない事があるなら言えっての」
小声で呟き、俺は二人の後を追いかけた。暗い城内に響く足音は不気味な程静かに広がって行った。
その後、しばらく探索を続けていく俺達。他の部屋も探索し客間や寝室と思われる場所、食糧庫とおぼしき腐った肉や作物が貯蔵されてる場所も行った。朽ちた槍や錆だらけの剣が置かれる武器庫らしき場所にも行った。そして探索の中で俺はあることに気が付いた。
「戦いに使われてたんだな」
城と言っていた割には所々狭い廊下。そして外壁に近い部屋には小さな穴の様なモノが沢山あった。
これは銃眼と呼ばれる構造のモノであり、この穴から弓などの飛び道具で攻めてくる敵を撃退する為の防衛設備だ。
「特に東側が多いんだな」
「この城はな、遠い昔に対魔族の為に建てられた城なんだ」
「魔族? またえらくファンタジーなモノが出てきたな」
魔族と言われてゲームが好きな俺がピンと来ない訳が無い。やれ人類共通の敵だとか、お姫様を攫う奴だとか。基本的に悪役として描かれるモノが多いのは周知の事実だ。
「もしかして魔王とかもいるの?」
「いるよ。今の魔王は……」
「あっ、すいません。少しいいですか? アレを……」
イオンとの会話を遮りエレットが指差す先を見るとそこには一つの部屋があった。
部屋の入り口となる両開き扉は片側は壊れて外れ床に倒れていて、もう片方のドアも金具で吊られているだけで宙ぶらりんとなっていた。
俺の目から見て特に他の部屋とは変わった様子は無く、わざわざ話を遮る程の事では無いと思えた。
「礼拝堂か」
イオンは小さく呟いてため息をつく。
「そうです。少し見に行ってもいいですか?」
同意を求めるエレットの目をイオンは避ける。すると次に俺を見てきたので少し考えてから俺は頷いた。
「ありがとうございます!」
答えるが早いか歩き出すエレットの後を追う様に、俺が行きその後を渋々といった具合にイオンが付いてきた。
「すげっ。こんなん初めてみたぜ」
中に入るとまず目に付いたのは並べられた長椅子。全てが正面を向いていて入り口側に背を向けている。
次に目に付いたのは部屋の奥にある七色のステンドグラスだ。日本にいた時はテレビでしか見た事が無かった俺としては、実際に初めて見るソレは長年手入れがされて無く大きなヒビ割れがある事を考えても綺麗であった。
最後に目に付いたのは月明りを通したスタンドグラスの光を浴び、両腕を広げる女性の像だった。白い石材を丁寧に磨き女性特有の柔らかさすら感じさせてくれる像は思わず感嘆の声が出てしまう。
「でも、可哀想だね」
「あぁ、そうだな……」
女神像の首から上は何かで折られた様に断面が荒く、女神の無念を表しているかの様に丁度ヒビ割れで光の具合が美しくない場所であった。
まるで女神が悲しみ、この世界を見たくないとも言っている様にも感じる。
「……」
そんな女神にエレットは跪き祈りを捧げた。小石や割れたガラスの破片を意に介す事もなく膝をつき、両手を組んで目を瞑っていた。
「……」
「……」
祈りを捧げる姿は一枚の絵画の様に幻想的な光景を映し出す。俺とイオンは言葉を一言も発する事なく黙ってそれを見ていた。
「……?」
急にイオンがそわそわしだす。何かの気配を感じつつも、どこから感じるのか定かではないといった具合だ。俺も何か言葉に出来ない違和感を感じ辺りを見回すが当然この場には俺達三人しかいない。他に気配は何も無かった。
(気の所為か?)
静かな場所にいると人は情報を求め感覚が鋭くなるという話を聞いた事がある。その所為で大したことの無い些細な事でも注意が行くようになってしまうらしい。俺は気にしすぎだなと思い直し、気を落ち着けるために一度深呼吸をする。
「命というものは限りあるからこそ輝くものなのです」
誰に言うにもなくエレットは言う。
「その理を乱すのは決して許される事では無いのです」
エレットは立ち上がり俺とイオンの方へ向かってくる。その姿はまるで神の代弁者と言わんばかりに自信に溢れ、妄信的な危うさも兼ね備えていた。
「だから教会は不死者を率先して討伐するんだろう?」
横のイオンがエレットへ声をかける。その声はさっきまで不機嫌そうな声とは違い、普段通りの抑揚が無い声だった。
「えぇ。私が今回首無し騎士討伐に参加した理由がそれです。不死者を操るデュラハンだと聞きましたので」
一点の曇りも無い茶色の眼は確かな決意と変わらぬ意思すら感じる。眼力の強さに村で見たエレットの面影は無く俺は少し怖くなってしまった。
「だから、そうやって……お前らは……」
「イオン? さっきからどうしたんだ?」
ぶつぶつと独り言のように呟くイオンは俺の顔を一切見ずに俯いたままだ。返答が無く言葉に詰まった俺は手持ち無沙汰に銃を弄る。
射撃方法を変える切り替えレバーを安全装置や三点制限射機構に切り替える度になるカチカチとした音だけが礼拝堂に鳴り響く。
(……? ……ッ!?)
そこで俺はやっと気が付いた。今の今まで感じていた違和感の正体を。
「静か過ぎないか?」
そう。あまりにも静か過ぎるのだ。この城に来るまでの間やたらと吹かれていたラッパの音が今は全く聞こえない。それどころかエレットといた冒険者達がこの城に来ている気配も無い。さらにあんなにいたゾンビも城に入ってから一度も見ていない。
「うん、そうだね。静か過ぎてる」
イオンも違和感を感じたのか立ち上がり周囲を見渡す。
「冒険者の皆さんがゾンビを倒し尽くしたのでは?」
可能性は低いだろうが無くは無い。しかし、そうだとしたら冒険者達の探索の気配はあるはずだ。そういった気配は城内を探索中に一度も感じ無かった。
辺りに漂う緊張感。場所も空気も変わらないにも関わらずまるで別の世界に迷い込んだかのような違和感すら覚える。
「ツッ!? 警戒ッ!」
「イオン!?」
「え? は、はいっ!」
怒鳴りつけるようなイオンの声に俺は素早く松明を床の上に投げ捨て銃の安全装置を解き入り口に向け構える。反応の遅れたエレットは俺が投げた松明を拾い胸の前で構える。
「ラッパの音ッ!」
イオンの声から一拍置いて聞こえて来たのは馴染みのラッパの音。ただ一つ、今までと違うのはそれは俺の背後から聞こえてきたという事だ。
「は、ハジメさんッ! 後ろですッ!」
「マジかよォッ!?」
エレットの言葉とほぼ同時に俺は振り向き照準しようとする。だが、銃は何かに当たりソレを狙うことは叶わなかった。
「……勘弁してくれよ。こんなんありかよ?」
俺の目の前には壁のように立ちはだかる赤黒い鎧を着て直立不動する騎士。まるで杖をつくかのように剣を地面に刺し、剣の柄頭に片手を置いて仁王立ちしていた。もう片方の手には金色のラッパ。そして、本来頭があるべき場所には紫色の炎が立ち込める他、何も無かった。
身長百七十五センチの俺が見上げる存在。首無し騎士デュラハンは存在しない瞳で俺を見下ろしていた。




