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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
三章 首無し騎士と自衛官
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異世界地図

 〜〜三年前、演習場〜〜


 右も左も草だらけな獣道の真ん中で一台のジープが止まっていた。

 夏場の暑い陽射しによりボンネットの上は火傷しそうなほどに熱され、助手席の全開の窓から出された腕は袖がまくられており、その皮膚は汗で濡れていた。

 腕の汗は夏の暑さからだろうか、手の平から滲み出た汗はまた違い、冷や汗のようにじっとりとした汗であった。


「中元班長、俺の運転はどうでしたか?」


 車内の暑さから逃れる為に運転席から出してた顔を引っ込め、俺は横に乗る同乗者へと声を掛ける。


「……遺書が三つ必要だな」


 青い顔をした中元班長は指を三本立て、一つずつ畳んで行く。


「一つは俺の、一つはお前の。そして最後はこの車のだ」


「そ、そんなに危なかったですか? ねぇ、タケさんはどう思いますか?」


 俺は後部座席にいるタケさんにも声を掛ける。タケさんは腕を組んだまま足を開き、堂々とした姿勢で座り目を瞑っていた。


「この俺でも怖いモノがある。それを思い知らしめてくれた、そんな運転だ」


「やったぁ!ありがとうございます!」


「いや、褒められてねぇよ!? 運転下手過ぎだぞ日本一(にほんいち)よぉッ!」


 手放しで喜ぶ俺に隣から鋭いツッコミが飛んでくる。タケさんと中元班長は同時に深いため息を吐き、車内の温度がまた少し上がったような気がした。


「あ、中元班長また日本一っていいましたね? 俺そのあだ名は嫌だって言ったじゃないですか!」


「お前がまともな運転出来たら普通に呼んでやるよ。まぁ、一生出来ないとは思うけどな!」


 中元班長は助手席のシートベルトを外して外へ出る。昼の陽射しに一瞬だけ目を細めると大きく伸びをしていた。


「もう昼だな。早く駐屯地帰って飯でも食うか?」


「え、携行食は食べないんですか?」


 俺は後部座席に積んである段ボールの箱を指差す。蓋が閉まって無いので中身が見え、そこには深緑色のビニールで包装された訓練用の食事があった。


「そんな不味いもん食えるか! 車両訓練はもう終わりにするからな。これ以上は俺の寿命が持たん!」


 中元班長は頭をガリガリと荒っぽく搔きむしり、大きく息を吐く。よほど怖かったのだろう、ストレスがかなり溜まってしまったようだ。


「すんません。俺、もっと上手くなりますから……」


「いいってことよ。誰でも最初は初心者さんだ。最初っから上手いやつなんていねぇよ」


「俺は車乗んないですけど、普通に装甲車の運転上手いですがね」


「タケちゃんっ! 余計なことは言わんでいいの!」


 タケさんの軽口に中元班長はすぐさまツッコミを入れる。あまりにもその動きがキレの良いものだったので、俺は思わずにやけてしまった。


「ちっ、ほら替われよ日本一。俺の超絶運転テクニックを見せてやる」


 言われるがままに俺は運転席から助手席へと移り素早くシートベルトを締める。中元班長は何やら口笛を吹くと、慣れた手つきでマニュアル車の発進準備を完了させ俺に手のひらを向ける。


「日本一、地図くれ。どんなに運転に慣れても、道の確認ぐらいはしないとなッ!」



 ―――――



「ルチア、地図くれ。どんなに慣れない地図でも、見ないよりはマシだからな」


「ん」


 差し出した俺の手に端々が少し欠けた二枚の紙が乗る。開いてみるとそこには山の絵や城の絵などが書いてあり、前と変わらずそこには様々な文字が書かれてあった。


「うん、やっぱり全然わかんねー」


「だよねー、私もわかんないや」


 俺とルチアは二人してため息を吐いた。


 ここは村の一角にある空き家。村長が幻想調査隊へと今回の件で貸してくれたものらしい。

 空き家とは言っても一週間ほど前まで人が住んでおり、この家の住人が王都に移り住んだ事で次の住人が来るまでの間、特に使用する用途が無かったことも理由の一つである。


「ってことは読めるのはイオンだけか」


「うん、そうだね」


 目的地までの道程をイオンは知っていた。その事から彼は地図判読の知識があることは間違い無いと思われる。そもそも、長距離の移動において地図を読める者が一人もいないというのは本来ありえない事なので消去法を使ってもイオンになるの当然の事だ。

 よく考えてみればなんてことはない推理なのだが、それでも少しだけ得意げに俺がにやけていると、家のドアが音を立てて開く。


「戻ったぞ。……そのにやけ顔は何だ?」


「いや、噂をすれば何とやらってな」


 俺の顔を見るやいなや、不機嫌な空気を仮面越しに匂わせるイオン。


「うん? それは地図か。読めるようになったのか?」


 イオンの言葉を俺は首を左右に振る事で答える。するとイオンは手を腰に当て、やれやれといった風情で近くにある椅子へ座る。そして右手を伸ばして手招きするように人差し指を曲げる。


「寄越せ、説明してやる。黙って聞くといい」


 イオンは俺から地図を奪い取るように掴むと指で地図上を指し示す。俺とルチアは前から覗き込むように身を屈めた。


「まず、地図はこの大陸を示している」


「ここは大陸なのか?」


 俺が質問した瞬間、イオンの蹴りが俺の(すね)に直撃する。

 鈍い音と共に骨が折れたと思えるほどに痛烈な衝撃を受け、堪らず俺は地面に転げ回る。


「イッテェェェェッッ!?」


「は、ハジメェ!? ひ、ヒーリング!」


 脛を押さえて悶絶する俺を、ルチアの手のひらから溢れ出た優しく淡い光が包み込む。それは以前ルチアと始めて会った時と全く同じ光だった。

 あの時と同じように徐々に痛みは薄れやがては感じなくなり、俺はギロリとイオンを睨みつけながら膝をついて立ち上がる。


「い、イオンッ! テメェ何すんっっっだよッ!?」


「黙って聞けと言った筈だ。何も知らないハジメ君の質問をいちいち聞いてたら埒があかない。明日の朝までやるつもりかい?」


 イオンは俺の怒声を聞いても全く気にも留めないのか、変わらぬ調子で淡々と返答する。


 確かにイオンの言う通り、俺はこの世界の事は詳しく知らない。言葉はもちろん生活水準や文化のレベルにその他諸々。色々と事細かに聞きたいことは沢山ある。

 しかし、何も知らない無垢な赤子ならばともかくとして俺は立派な年頃の大人だ。これまでの短い異世界生活でも少しはこの世界の雰囲気は感じている。


 一を聞いて十を知るほど賢くは無いが、右も左もわからないほど馬鹿でもない。腑には落ちないが、俺は歯噛みしつつも言葉を飲み込む。


「ハジメぇ、イオンを怒らせると怖いから大人しく聞こうよ……ねっ?」


「クソォ、分かったよ」」


 ルチアの優しい響きの声もあり、俺は黙ってイオンの説明を聞くことにした。


「全く、僕の説明を聞けるなんて中々無いんだからな? 有り難く聞くといい」


 仮面の奥の表情は、当然伺い知ることは出来ない。だが、先程よりもイオンは上機嫌な雰囲気を醸し出しながら言葉を続けていく。


 やがて、日は陰り村の子ども達も遊び疲れ我が家に帰る頃。


「ほぉーん、なるほどなぁ」


 俺は地図を手に、メモ帳に差していたシャーペンで地図に日本語の文字を書き込んでいく。


「ハジメ君は偉い子だなぁ。お行儀良く聞けたじゃないか。僕は満足だよ」


 若干疲れたのか、目の前のイオンの声は少しくたびれていた。


「……zzz……」


 隣のルチアは首をこくりこくりと首を大きく前後に動かして涎を垂らしている。唇の端からポツポツと滴れる液が、床に小さな水溜りを何個も作り出していた。


「よし、メモ終わりっと。ありがとなイオン!」


 俺は地図と手持ちのメモ帳に書き込みを終え、完成した日本語訳付きの地図を見て確かな充実感と達成感を同時に感じていた。我ながら満足のいく出来であり、俺は感謝の意味を込めてイオンの手を固く握り締める。


「あわっ!? な、何をするんだハジメ君っ!」


 急に手を握られたことに驚いたのか、イオンは今までに聞いたことの無いような甲高い声を出し俺の手を乱暴に振り払う。


「何ってありがとうって意味しか無いだろ?」


「なら言葉で伝えろ! 何のためにそれがあるんだ?」


 少し息を上げ、呼吸を荒くしながらイオンは俺の胸元に付けられている青い宝石を指差す。

 尊き藍の瑠璃石(ラピスラズリ)という何処と無く男心をくすぐる名前のそれを、俺は指で軽く触り何度か弾く。


「ふ、ふん! 僕は冒険者達と打ち合わせに行ってくる。ジェリコも散歩が終わったら戻ってくると思うから、大人しくしてるんだぞ!」


「お、おぅ。ってもう行っちゃったよ」


 イオンはそれだけ言うと返事を待たずして早足で家から出て行く。普段は冷静沈着な気があるイオンにしては珍しい行動に俺は一人首を傾げていた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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