表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
三章 首無し騎士と自衛官
32/192

神官と自衛官

 燦々と降り注ぐ陽光は、地に生きる者も他の者にも等しく柔らかな恵みを与えている。

 柵に囲まれた草っ原には家畜だろうか、馬や牛や豚などが点々とおり、一様に下を向いて懸命に口を動かしている。


 柵の周りで走り回っているのは子供達だろう。高い声で楽しそうに声を上げ、猫耳の子供も犬耳の子供も、人の子も皆が笑顔だ。その中心では神官なのだろうか、修道服を着た若い女性が子供達と共に楽しそうに笑っていた。


「平和だな」


 馬車の荷台でそれらを見つめる俺は、一人寂しく小銃を肩にかけ座っていた。


「……暇だ」


 俺は一人で待機してから何度目になるか分からない台詞を吐き、身体をゆっくりと伸ばす。


「子供がいるのに吸うのもなんかなー。気分じゃないからなー」


 喫煙による副流煙が身体に良くない事は常識である。それはタバコを吸ってる俺自身分かってる。だからこそこの世界に来てからも出来るだけ周りの人が吸わないように気を遣ってる。大人でも有害なのだから子供とっても当然害になる。たとえ、異世界の知らない子供だとしてもそんな事はしたく無いのが喫煙者としての俺の良心だ。


「ルチア達、早く帰ってこないかな……」


 行きの馬車の中での事前の話し合いで、この村に着いてからすぐに村を治める村長のもとへ行く事が決まっていた。

 その際に荷物監視という事で一人が残ることになったのだが、いざ決めようとした時に皆無言で俺を指差したのだ。


「だって、ハジメはこの世界の事わからないでしょ?」


「慣れない旅だ。ハジメちゃんよ、ちとのんびり休憩しな」


「その迷彩柄で村の中を歩くな。服のセンスを疑う」


その仮面はどうなのかと、少し思うところがあったが俺は皆の言い分に納得し監視役を買って出た。


(あの仮面、いつかひん剥いて素顔を見てやる)


 一人決意して俺は胸元に手を伸ばし煙草を一本取り出し口に咥え、火を点けようとして止めた。


「あぶねー、無意識で吸うところだったぜ」


「……あの、少しいいですか?」


 焦ってタバコを箱に戻していると、子供達と遊んでいた女性が目の前にいた。俺が無言で自分を指差すと嬉しそうに頷いた。


「見慣れない服装でしたので、声を掛けさせてもらいました、今日は良い天気ですね!」


 女性のはにかんだ笑顔に、俺はなんだか照れくさくなり頬を掻く。


「お隣、よろしくて?」


 無言で頷くと女性はヒョイと軽やかな動きで俺の隣に座りホッと一息つく。

 黒と白の修道服にベールで頭を覆っているのだが、そこから覗く金髪の髪が陽の光と相まってなんとも神々しく見える。色白の肌に着いた頬の土汚れが無邪気さを感じさせる。しかし、胸部の膨らの大きさは無邪気どころでは無い。邪悪だ。


「申し遅れました、私の名前はエレットといます。貴方のお名前は?」


「……ハジメ」


 清々しい笑顔で喋る彼女はエレットと名乗り、俺も少し迷ってから名乗った。

 俺の言葉はこの世界では通じないと見て間違いないが、相槌や名前ぐらいならば話の流れで通じるのをルチアとの会話で俺は分かっていた。なので必要最低限の言葉のみで自己紹介をする。


「ハジメ……さんですね。よろしくお願いします!」


 エレットの笑顔に目が眩むような気がして俺は思わず目を細める。


「子供達と遊んでて疲れちゃいましてね、こちらで休憩させてください」


 そう言ったエレットは腕を上に伸ばして身体全体で大きく伸びをする。両腕を真上に挙げているので、彼女の胸についている夢と希望(・・・・)が著名に強調されてしまい、俺の目はその二点に集中する。

 数秒ほど伸びをしているとエレットの腰骨のあたりがポキリと鳴り、恥ずかしいのか顔を背けてしまった。


「えへへ、鳴っちゃいました。おばあちゃんみたいですかね?」


 顔を両手で隠し、無邪気な笑顔を指の間から覗かせる。それがなんともいじらしく、俺の劣情を誘う。


「うん? ハジメさん、この手は?」


「うぉ!? ご、ごめん、わざとじゃ無いんだ!」


 俺は無意識の内にエレットの手を握っており、握られた本人はなんとも気まずそうに頬を赤らめ、そっと手を避ける。


(何やってんだ俺はっ!? 初対面の子の手を握りしめるなんて……変態か?)


 元の世界である日本ならば、そんな事をしたら即刻通報されても文句は言えない。この国の王都には牢屋があったのだから警察のような組織もあるはずだ。もしも彼女が俺の事を不快に感じ、警察組織に通報したら俺はヤバイかもしれない。

 脳裏には牢屋の冷たく硬い石畳が浮かび、ついでにイオンに蹴られまくった事も思い出し俺は冷や汗を流す。


「気にして無いですよ? この仕事をしてるとそういう方も多いので」


 エレットは咳払いをし、頬を赤らめながらも俺に心配無いとばかりに努めて明るい調子で励ましてくれた。

 無意識とは言えども、勝手に触ったうえに慰められている事が恥ずかしくなり、俺はそっと目線を落とす。


「ハジメさん、つかぬ事を聞きますが……よろしいですか?」


 エレットは俺の顔を覗きこむように顔を近づけ質問する。思わず俺はエレットの薄紅色の唇を凝視してしまい、少し動揺する。


「貴方の言葉は、いえ、貴方はどこの国の出なんですか?」


「……ッ」


 言われて俺は言葉に詰まってしまう。果たしてどう説明をすれば良いのだろうか。


 生まれも育ちも間違い無く日本であるし、話す言葉はもちろん日本語だ。だが、この世界に日本なんて国は無いし、日本語というものも無い。


「あの……言いたくない事でしたら、無理なさらずに。誰だって事情はありますしね?」


 俺が黙っていると、エレットは俺が気を悪くしたのかと思ったのか、表情に影を落とし声の抑揚も下がっていった。


「い、いや違うんだ、話しても通じないだろうからさ多分。ええと、俺は怒って無いよ? エレットは気にしなくていいんだよ?」


 焦りから俺は早口になり、一気にまくしたてる。


「えと、……えっ? ハジメさん、今なんて言ったんですか?」


「あ、ヤベッ」


 やってしまったとばかりに頭を押さえる、突然知らぬ男から知らない言葉で興奮気味に話されたら、普通の人ならばまず引くだろう。ましてや俺は体格も良く人相も決して好青年とは言えない。目の前の金髪の淑女がドン引きするのも無理はない。


(いや、待てよ?)


 俺はある事を思い付き胸元を探る。ジャラリと鎖の音を鳴らし、取り出したのは蒼い宝石だ。


(これを渡せばッ!)


 翻訳の力を待つこの宝石を渡せば、俺は言葉がわからなくなるが、逆に彼女は俺の言葉が通じるようになる。そうすればこちらの説明もしやすくなるしなんだったら俺の人となりも伝えることができる。


 我ながら良い案が浮かんだと思い、俺は嬉々として宝石をエレットに見せるが、そこで予想外の反応を見せられる。


「……幻想調査隊、ですか」


 顔を少し歪め、怒りの感情とまではいかないが、不快感をあらわにして俺の持つ宝石をエレットは見ていたのだ。俺がその事に戸惑っていると、エレットはその場に立ち上がり俺に背中を向けたまま口を開く。


「まぁ、これもお互い様(・・・・)ですからね」


「なに?」


 ポツリと意味深な事を呟いたエレットは、そのまま歩き出し、先ほどまで一緒に遊んでいた子供達の輪に戻る。


 俺はその背中を見送り、ただ茫然と座っていた。そんな俺へと、暖かい陽射しに似つかない風が急に吹き、俺の(ほう)けた思考を何処かに流していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ