杞憂
装具と小銃を地面に置き、額の汗を乱暴に拭い去る俺の目の前には人が一人が入れるぐらいの穴が出来ていた。草原の土は草の根を除去すれば案外掘りやすく、湿った土質のお陰で掘った穴が土崩れで埋まると言うことも無かった。
俺は携帯円匙を片手に持ったまま、空いてる手で煙草を取り出し火を点ける。
「ぷふぅ……あ〜、一仕事終えた後の一服は美味いぜ」
吸い過ぎだと言われてしまえば何も言い返せ無いのだが、それでも吸いたい時はやはり吸いたいものである。喫煙者としての性に俺は全く逆らわず口に煙を含んでは吐き出していた。
見上げれば晴天、見渡せば草原、見下ろせば豊かな大地。
豊かな自然とはこの景色の事。そう思わざるを得ない光景を俺は暫し堪能していた。
「…………アッツイ!?」
時を忘れてぼんやり空を眺めていた俺の指に、突如として高熱が襲いくる。慌てて俺が指を払いタバコを落とすと、すっかり短くなったタバコの身はフィルターのところまで焦げていた。ぼんやりと空を眺めている間にタバコを一本無駄にしてしまい、俺は軽く肩を落とす。
「ヤベ、イオンに怒られちまう。さっさと埋めねえとな」
円匙をしっかりと握り、食べカスとなった骨の山を捨てる為に後方を見る。そして思わず固まってしまった。
肉一つ無い骨の山に、何やら緑色をした半透明の物体がくっ付いていたのだ。新緑色を思わせるその色は怪しく蠢き、骨を端から端まで飲み込み徐々に溶かしていった。
「キぃヤァァ!?」
あまりの気持ち悪さについ声を上げてしまう。すると緑色のそいつは声に反応したのか、俺の顔めがけて飛び込んでくる。
「ちょ、まっ、この、セェイっ!」
咄嗟に穴掘りで使っていた円匙をがむしゃらに振り回し、飛び込んできた緑色の物体を叩き落とす。水風船を割る様な感覚を手に振動として感じ、俺は荒い呼吸のままぐちゃぐちゃになった物体を見る。
「ハァ、ハァ、風邪引いた時の鼻水みたいだな。気持ち悪い」
俺は視界から隠す様に、足で土をかけてその物体を隠す。
「ハジメ、何かあったの?」
戦闘用のブーツを土で汚していく俺に、ルチアが声をかけてきた。先の悲鳴に気付いて急いできてくれたのか、じんわりと額に汗をかいていた。
「何でも無いさ。襲われただけだ」
「襲われた? これに?」
ルチアは屈みこんで飛散した緑色の物体を覗き込み、そしてなにが可笑しいのやらクスクスと笑い始めた。
「な、何だよルチア、何がおかしいんだ?」
「いや〜、ハジメって強いのか弱いのかわかんないね?」
ルチアは近くに置いてある牛の骨を拾い上げると、俺の前で左右に揺らし、草むらへと投げる。
「あれはスライム。すっごい弱い魔物なんだよ!」
その行動の意味が理解出来ずに首を傾げる俺にルチアが目尻を緩ませながらも拾ってはまた投げ、草むらを揺らしていく。
「ゴミでも何でも食べちゃうの。イオンが言ってた捨てといてはそう言う意味よ?」
ルチアの言う通り、投げられた骨をよく見るとついさっき俺が倒したスライムと同じ姿をしたモノがへばりついていた。
「危険な奴もいるけどさ。大抵のスライムは女の子みたいな悲鳴をあげちゃう男の人でも倒せるからさ」
「……悪かったな、女の子みたいな悲鳴でな」
ニヤニヤとした目で俺を見るルチアに、バツを悪そうに顔を背け答える。
「じゃあ行こうか、今日は村にまで行きたいってジェリコが言ってたしね」
「りょーかいっと」
にやけ顔をそのままに、嬉しそうに話す可愛い顔へ俺は気怠げな動作で敬礼し、咄嗟に役立った円匙を腰に装着し、咄嗟に役立たなかった小銃を手に持った。
―――――
「どんな村なんだ」
再度出発した揺れる馬車の中、俺は誰に言うにも無く質問した。ルチアは運転を代わって行者席へ、ジェリコは馬車の後方で警戒し、残す質問の相手はイオンしかいない。
その事に気付いたイオンは軽くため息の音を口から出しこちらに仮面を向けた。
「何の変哲も無い村だ。作物を育てて、家畜を育てて、人口は……八十人ぐらいじゃ無いかな?」
イオンは食事の際も俺達から離れた場所で摂っていたのでその表情は見れなかった。腹を満たしたせいなのか、どこか機嫌が良さそうな雰囲気を感じる。
「なんかイメージ出来無いわ」
「ハジメちゃんはゲームは好きか?」
俺が馬車の天井を見上げ首を捻っていると、ジェリコが唐突にそんな事を言い出した。質問の意味が一瞬理解出来なかったがすぐさま俺は頭を働かし、休日にタケさんとやった数々のゲーム作品を思い出す。
「大好きだ。ファンタジー系のロールプレイングゲームとか最高だな」
「なら、そのゲームに出てくる村を想像してみな。大体その通りだからよ」
「おぉ、イメージ出来たわ。お前ってたまには役立つんだな?」
「感謝の言葉ありがとよ。嬉し過ぎて涙出ちまうぜ」
背中で語るジェリコの背中は馬車の揺れの所為なのか、僅かに揺れていた。
「そこで案内人と合流する。今回は……冒険者ギルドに所属する者達だな」
「案内人?」
聞き慣れない言葉を耳にした俺はまたもや首を傾げる。
「ハジメ君、そんなに傾げて首は痛くならないのか?」
「お気遣いありがとよ。ついでに案内人ってのも教えてくれるとさらに感謝するぜ?」
「案内人というのは調査する際に同行する者達の事だ。今回は首無し騎士を発見した冒険者パーティ達だな」
(なるほどね……)
心の中で相槌を打つ。
言われてみれば理にかなっている。調査するという事は即ち情報を集める事だ。
では、全ての情報を自身が集めなくてはいけないものなのか。
答えは否だ。必ずしも肯では無い。
情報とは全てを自分が調べなくてはいけないことでは無い。
勿論、信頼すべくは自身が調べた情報だろう。しかし、知りたい情報全てを自分で集めるのは労力があり大変だ。土地の情報はその土地の者に聞く、首無し騎士の情報は首無し騎士を発見した者達に聞くのが一番だ。
ましてや、俺は話を聞くことは出来るが話す事は出来ないと考えて良い。ルチアの事は別として、そんな簡単には言葉の壁は越えられない。
「ちなみにそいつら信頼出来るのか?」
「僕が知るわけ無いだろう?」
「あっそう」
イオンの面倒臭そうな返事を聞き、俺の胸にある出来事が浮かんだ。
(あの時ルチアを襲ったのは……)
俺が殺し、ルチアが埋葬したあの三人の男達を思い出す。恐らく彼らはイオンが言っていた案内人という者達だったのだろう。
(大丈夫か? 襲って来ないよな?)
今回はあの時とは違い仲間もいる。冒険者ギルドという言葉から察するに、ある程度は規律管理されている組合と考えてもいいだろう。
何も知らなかったあの時とは違い少しは安心感を持ってもいいはずだ。
だが、それでも俺は不安を感じていた。
(もしもの時、俺はまた……)
手に持った小銃の重さはいつもより心無しか重い。
俺は今回の旅路に一抹の不安を胸に秘めながらも、不安を吐き出すように深呼吸をして体力温存の為に瞼を落とす。
覚めた思考と冴えた目は、安らかな眠りを許してはくれなかった。




