幻想調査隊
「とりあえず、自己紹介としますかね?」
俺が目の前の人外達に面食らい、呆気に取られているとウェスタがそんな提案をしてきた。
それもそうだ。見た目はどうあれ目の前の彼らは少なくとも敵対しているわけでは無い。いきなりとって喰われるということは無い……と思っていいはずだ。
「それじゃまずはテッド、自己紹介!」
「……はい」
テッドと呼ばれ反応したのは褐色肌の大男だった。何故かは知らないが彼は上半身が裸であり下半身はボロボロのズボンを履いているだけだった。
(あれ?)
俺はテッドを見てある事に気が付いた。
おおよそお洒落とは無関係な風貌だが、その首元には青い宝石の首飾りがつけられていた。ルチアの物と同じに見えるそれは太い鎖に無理矢理付けられてい酷くて不恰好であった。
他の者達を見てみると、それぞれの腕輪や指輪にもルチアの物とほぼ同一の宝石を使用した装飾品を身につけていた。
「テッドだ。……ここで、鍛冶をやってる……以上だ」
野太く低い声でそれだけ言うと、彼は腕を組んで黙り込んでしまった。
「あー、すんませんねパイセン。彼は見ての通り職人気質でして……無口なんすよ」
慌ててウェスタが追加の自己紹介をしてくれた。
「ふーん、なんか頑固職人って感じだな?」
俺が率直な感想を口にするとテッドの横にいた蜥蜴人が手を叩いて笑い始めた。
「ブハァ! 言えてるぜ、なぁテッドぉ? お前見かけだけは頑固職人だもんなぁ!?」
「ジェリコうるさいよ! 自己紹介はまだジェリコの番じゃないでしょ? ハジメが困ってるでしょ!」
ジェリコと呼ばれた男を注意する高い声、俺の後ろからツカツカと足音を鳴らしてくるのはルチアだった。ほっぺたを膨らませ、人差し指を突きつけ、少し怒っているようにも見える。
「あーん、なんだよルチアちゃん? そんなに怒ってよー、……生理中かな?」
「なッ!? こ、この!」
ルチアの顔が一瞬にして真っ赤になり、腰の剣に手をかけて今にも抜き放たんと力を込める。俺は慌ててルチアを後ろから羽交い締めにして押さえ込む。
脇の下から手を入れているのでルチアが暴れる度に胸の所に手が当たり、なんとも柔らかくて幸せになる感触だ。
俺は顔こそ真剣な面持ちだったが、その反面、全神経を手に集中させていた。
「ハジメッ離して! アイツ始めて会った時から私を馬鹿にしてくる嫌な奴なんだよ!」
「落ち着けルチア! せめて俺がいないところでぶち殺せ!」
「いや、ぶち殺しちゃダメっすよパイセン? ルチアちゃんも落ち着きなさい!」
フーッ、フーッと荒い呼吸を繰り返すルチアを見てジェリコは大きな口で豪快に笑う。チラッと見える口内は人のものとは全く違い、ギザギザの刃のような形をしている。もし、噛み付かれたらとても痛そうだった。
「ジェリコ、若い子を揶揄っちゃダメっすよ? 大人なんすから」
「なーに言ってんだよ、ウェスタ? 若い奴を揶揄うのは大人の特権だぜ?」
蜥蜴頭のジェリコはケラケラと音を立てて笑う。全く反省の色が見えない事に俺とウェスタは同時にため息を吐きお互い顔を見合わせる。
「変な奴だな」
「これでも俺の友なんですよ。腐れ縁ってやつです」
「ヘッヘーッ! そうよそうよ、いやー懐かしいぜ、出会った頃のあの時は、俺がまだ卵から孵ったばかりでな……」
ジェリコは目を細め五本の指で軽く顎を撫でる。指先の爪はとても鋭く皮膚を撫でる度にカリカリと音が鳴る。
「ジェリコー、私が自己紹介してもいーい?」
間の抜けた幼い声がジェリコの背後から聞こえてきた。俺が首を伸ばして後ろを覗き込むと、そこには全身が緑色の子供がいた。髪の毛と思える箇所は細い蔓の集まったモノで、よく見るとうねうねと動いている。目は水晶のように透き通っていてとても綺麗だ。身体に服は着ているようには見えないが、その代わりに葉っぱが身体を薄く覆っている。そして下半身の一番大切な場所は葉っぱが特に濃く密集していて性別は分からなかった。
「これはどっちだ?」
下半身を凝視し判断に迷っていると俺の締めから解放され、すっかり落ち着きを取り戻したルチアがそっと肩に手を置いてきた。何気無しに見てみるとその目は先ほどジェリコに向けられていたのと同じように怒りに染まっていた。
「ハジメェ。何処を、見ているのかな?」
「る、ルチア? いや、ルチアさん……肩痛いんですけど?」
肩の所からミシミシと骨が軋む音が聞こえ、ルチアの白い指が食い込む。俺は慌てて視線を外して、ルチアへと頭を下げてからそっと距離を取る。
「えっとねー、ファムはねー、木の妖精でねー、ドリアードなんだよー、ハジメェだっけー? よろしくねー」
「えっと、ファムで良いのか? よろしく!」
間延びした言葉がなんとも気を抜けさせてくれる。俺は肩を軽く払ってからファラと名乗った木の妖精に対し、屈んで目線を合わせて挨拶をした。
「よぉし! それじゃあ俺の自己紹介いいかぁ?」
ジェリコが待ってましたと言わんばかりに胸を開き俺と相対する。
その意味のわからない行動に俺が首を傾げているとジェリコはフッと笑い何やら呆れているように顔をかく。
「おいおい〜、ハグはコミュニュケーションの基本だろ? ……なんだよ、ルチアちゃんが言葉の要らない信頼関係築いたって言ってたから、てっきりハグでもしたのかと思ったわ」
「……ルチア、さっきからこいつ何?」
「戦争になったら真っ先に背後から斬り殺したい、そんな気にさせてくれる数少ない味方よ」
ルチアの辛辣な言葉を聞いたジェリコはがっくりと肩を落とし、俺に助けを求めているかのように縋るような目を向けてくる。
俺はそれに対して目をそらして無視する事にした。
「んなぁ!? ハジメちゃんよぉ、それは無いんじゃないかな? 俺達って全く知らぬ仲では無いんだしよー」
「お前のような蜥蜴が友達にいる訳無えだろ!」
「まぁまぁジェリコ。パイセンも気にしなくていいんすよ、それよりも……」
ウェスタはゆっくりとした動きで俺の前に出ると、そこにいたファムの頭を優しく撫でる。そしてファムが脇に抱えていた一冊の本を受け取り俺の前に見せてくる。
古めかしい本だ。所々が擦れて剥げてしまい、特に角の所は紙がめくれボロボロになっている。元は立派な装飾がされていたのだろうが今は見る影もなく糊付の跡が埃に装飾されているだけだった。
よく言えば歴史の感じる古書、悪く言えば焚き火の焚き付けにでも使ってしまおうかなと思える程汚らしい惨めな本だ。
「このゴ、この本がなんなんだ?」
「今、ゴミって言いかけませんでした? まぁいいか、これはですね……」
ウェスタは言葉もそこそこにゆっくりと本を開く。ぺりぺりとくっ付いていた紙同士が離れる音がして徐々に本は開かれた。
そこには何やら文字がたくさん書いてあったのだが、当然それらは日本語であるはずも無く俺は全く読むことが出来なかった。
「これがいったい何な……」
俺の疑問の言葉は途中で中断されてしまった。その理由は一つ。
目の前で本が突如として光り輝き、細い光の帯状になる。それらはまるで糸を紡ぐように纏まっていき本の真ん中に虫の繭のようなものを作り出す。
やがて繭は縦に真っ二つに割れ、中心からはあるモノが現れた。
『あらあら、これはまた逞しい男の人ですねぇ〜』
それは小人だった。俺の手よりも小さく、握ったらそのまま潰してしまいそうなほど儚い存在に思えた。
だが、それは確かに存在し、人の形をしている一人の女性だった。
新緑色のウェーブがかかった腰まで伸びる長い髪。真っ白な貫頭衣を着ていて、まるで子供の人形遊びに使われる小さな眼鏡をかけ、茶色い瞳がレンズ越しにこちらを覗いている。
「世界の知識が宿ると言われている、知の本。 それに宿る精霊、ノウです」
ウェスタの説明を受け、紹介された知識の精霊ノウは俺を見てパッと顔を輝かせると深々と頭を下げる。
『どうもハジメさんでしたっけ? 私はノウです〜』
小さな身体でご丁寧にお辞儀する小人につられ、俺も頭を下げる。頭を下げる事によりおのずと視線は下を向き目の前にいた小人は視界の端から消える。
それは当たり前のことなのだが、ここは異世界、予想外のことは起きるものだ。
『必殺・鑑定光線ゥゥゥッッッ!!』
「なにぃ!?」
先程までの風吹けば消え入るような存在感は何処へやら、なんの前触れもなく豹変したノウは俺に向けて光線を撃ち出した。弾速はそこまで速くは無かったのだが、完全に不意を突かれてしまい俺は一条の光の筋をモロに受けた。
幸いにも痛みは全くなく、むしろ驚いた拍子に後ろに倒れたことで尻を打ち付けてしまいそっちの方が痛い。
俺はゆっくりと立ち上がり、迷彩ズボンの埃を払うとウェスタを睨みつける。
「……何をした?」
低く、太い、相手を威圧する声が俺の口から出る。一瞬にして空気は一転して張り詰め、辺りに緊張感が漂う。
テッドは腕組みを解き、ジェリコは腰の双刀に手を掛け、ファラは目つきが鋭くなる。唯一ルチアだけは俺の側へ立ち、肩に手を置くだけに留めていた。
そんな中、ウェスタだけは間の抜けた緊張感の全く感じられない顔をしていた。
「えっと、ごめんなさいっすパイセン。まさか、マジギレするとは思ってなかったものでして……」
「あん?」
想定外の返答に俺は思わず気の抜けた声をだしてしまう。同時に周りの面々も緊張を解き始め、張り詰めかけていた空気が元の和やかさに戻る。
状況を理解できていない俺を尻目に先ほど怪光線を撃ってきた精霊はというと、何やら神妙な顔で独り言をブツブツと呟いていた。
『知能、C。知識、B。技術、B。精神、A。身体能力……S。驚異的ね。しかもまだ伸びしろが……』
「な、何を言ってんだこいつは?」
ノウは俺の声など一切聞こえていないのか、無視をしてさらにブツブツと言葉を続けている。
「ノウはですね、俺やパイセンと同じ異世界転生者なんすよ。そして持っている幻想は解析です」
「 解析? そうかこいつがそうなのか……」
異世界から来た人間。さっきのウェスタの話しぶりから恐らく何人もこの国に[いる]のだろうと思っていたが、まさかいきなり出会えるとは思っていなかった。
俺の記憶が正しければ解析の意味は理論的に調べる等の意味だった気がする。確かに言われてみれば目の前のノウは様々な情報から何かの答えを探っているかのようにも見える。
そしてまたもや出てきた言葉、幻想。ウェスタの話が正しければ、異世界から来た人間は全員持っているとの話だ。ということは俺も自覚が無いだけで何かしらの幻想を持っていることになる。
(まるで英雄みたいだな)
もう立派な大人の年齢とはいえ俺だって一人の男の子だ。特殊能力とか特別な力と聞いて胸がときめかない訳がない。
先程までの怒りはすっかり忘れ去り、俺はいまだにブツブツと何かを言っているノウの次の言葉を待った。
『終りました』
「ど、どうだったッ!?」
短く発せられたノウの言葉を俺の耳は聞き逃さなかった。小さい身体のノウに食い入るように俺は顔を近づけた。
『ちょっ、ハジメさん!? 近い、近いよ、鼻息が荒い荒いよ!』
「ハジメ、ダメだよ! メっだよ」
「パイセンきもいっす! それセクハラになりますよ!」
ルチアとウェスタに両脇を抱えられるようにして俺はノウから引き離されてしまう。ノウは心底驚いたのだろう。胸を押さえて肩を大きく上下に揺らしていたがのだが、荒い呼吸で一つの言葉を口にした。
『無かったです』
「……はい?」
俺はノウの言葉の意味が理解できず先程と同じ気の抜けたこえを出してしまう。
ノウは一度咳払いをして俺とウェスタを交互に見る。そして大きくため息を吐くとこう告げた。
『ハジメさん、……残念ですがあなたは異世界から来たのに幻想を持っていません。……こんなの初めて見ました』
「……そんなのありかよぉ……」
ノウの正直な言葉は、俺が心の中にある童心を打ち砕くには充分な威力を持っていた。
期待していた分の落差から、俺はその場に膝から崩れ落ちるように倒れてしまった。
異世界に来て特殊能力で活躍するという俺の淡い英雄像は、時間にして僅か十数秒の短い幻想で終わってしまった。




