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〜〜???〜〜
(……あれ? 起きちゃったか)
いつの間にか開いていた目をこすり、俺は起き上がり周囲を見渡す。
(なんか、変だな?)
周りは光が一切無い暗闇。自分の手すら見えない暗闇の中で俺は光を求め、胸元を探る。
(……スマホは壊れてるんだったな)
俺はそのことに気付き、左腕に着けている腕時計を探る。腕時計にはアラーム機能の他にソーラーパネル、防水機能、耐衝撃機能が備わっていた。そして暗闇でも時間が確認できるように薄く光るのだ。こんなに良い機能が備わっている俺のデジタルタイプの腕時計は唯一の欠点として電波時計では無いことだったのだが、電波が無いこの世界においてはそれが利点となっている。
(ん、無い? ……はっ!? 無いって何だよ!)
弄るために腕を伸ばしたところで俺はあるものが無い事に気付く。
腕時計では無い。光でも無い。はたまた希望でも無い。
身体が無いのだ。
腕を触ろうにも本来は在るべき箇所に腕は無く、夢かと思い頬を抓ようにも頬は無い。驚きの声を上げようにも声を上げる喉が無い。
在るはずの身体は無く。ただ俺は意識だけの存在となっていた。
(……死んだ?)
真っ先に思い浮かんだのはそれだ。何しろ心当たりがありすぎる。
装甲車を出たとこで出逢ったゴブリン。
ルチアを襲う三人組の男。
夜襲をかけてきたゴブリン。
ルチアの折檻。
そしてホブゴブリンとの決戦。
そもそも、考えてみれば野営地にあの飛翔体が落ちてきた時点で俺は死んでいるはずだ。
ここまでの体験は単なる白昼夢の可能性すらも有るのだ。
(ヤッベェ、どうなるんだろな? 俺は……)
漠然とした不安感に呑み込まれ俺はただただ呆然としていた。
「……タイ」
(は?)
誰かの声が聞こえた。
か細く、弱々しく、だが、確かにハッキリと聞こえる。
少女のようにも、少年のようにも聞こえる中性的な声質だ。
「……アイタイ」
いつの間にか俺の前に一人の髪の長い子供がいた。顔は髪の毛で完全に隠れており、まだ幼い見た目のせいか男女の区別がつかない。
子供はゆったりとした足取りで目の前まで来るとボソボソと何か語りかけてくる。
「『私ハ』」
(は?)
目の前にいるのは一人の筈なのに、声は二人分聞こえてくる。月のように静かで美しい少女のような声と、太陽のように活発さと明朗な少年のような声だ。
『「僕ハ」』
突然、目の前の子供は乱暴に自身の髪を掻き毟り、乱れた髪を逆撫でに上げる。
俺の目に飛び込んできたのは絶世の美少女、いや美少年。そのどちらにも捉えられる中性的な顔立ちの子供だった。
「私ハ」『僕ハ』
「『アナタニ、アイタイ』」
揃えられた声は、子供のような外見からは想像できない程大きな声だった。俺が驚きのあまり目を見開くと目の前の子供は取り乱すように髪を振り回し、両手で何度も髪を掻き毟る
「『触イタイ』」『「聴イタイ」』「『味イタイ』」『「見イタイ』』「『嗅イタイ』」『「感イタイ」』
(んおっ!?)
先程までの心地良い声とはうって変わってまるで金切り声の悲鳴の様な不快な声に俺は耳を塞ごうとした。だが押さえるための手は無く、さらに言えば耳も無かった。目の前の子供の声は俺の身体の中に直接響いていたのだ。
(なんだよ! どうするつもりだ!?)
混乱する俺は心の声を子供に向けて叫ぶ。すると途端に子供は静かになり、甘える少年の様な目を向けてくる。
右目は夜の闇を思わせる漆黒色。左目は煌めく星の様な黄金色。
子供は右手を俺に向け口元を怪しげに歪ませる。
子供は左手を俺に向け口元を楽しげに綻ばせる。
『僕ハ、アナタヲ生シタイ』
「私ハ、アナタヲ殺シタイ」
血の気が全く感じない白い手が俺の頬に触れる。
背筋が凍るかと思えるほどに、それはゾッとするほど冷たくて俺の魂の体温を急速に奪っていく。
「私ヲ」『僕ヲ』
子供は一人しかいない。にも関わらず何故か声は二重に聞こえてくる。
「愛シテ」『蔑シテ』「好シテ」『嫌シテ』「守シテ」『攻シテ』「救シテ」『棄シテ』「赦シテ」『裁シテ』「創シテ」『壊シテ』「嬉シテ」『哀シテ』「喜シテ」『怒シテ』「喋シテ」『黙シテ』「傍シテ」『離シテ』「褒シテ」『嘲シテ』「食シテ」『吐シテ』「探シテ」『隠シテ』「庇シテ」『責シテ』「知シテ」『忘シテ』「熱シテ」『冷シテ』「降シテ」『登シテ』「覚シテ」『忘シテ』「与シテ」『奪シテ』「作シテ」『消シテ』「掴シテ」『放シテ』「叫シテ」『呟シテ』「浮シテ」『沈シテ』「承シテ」『否シテ』「有シテ」『無シテ』「優シテ」『劣シテ』「真シテ」『偽シテ』「始シテ」『終シテ』「吉シテ」『凶シテ』「利シテ」『害シテ』「結シテ」『解シテ』「柔シテ」『硬シテ』「左シテ」『右シテ』「薬シテ」『毒シテ』「敏シテ」『鈍シテ』「私シテ」『僕シテ』「明シテ」『暗シテ』「入シテ」『出シテ』「栄シテ」『枯シテ』「陽シテ」『陰シテ』「満シテ」『滅シテ』「集シテ」『散シテ』「尊シテ」『卑シテ』「凹シテ」『凸シテ』「美シテ」『醜シテ』「富シテ」『貧シテ』「今シテ」『昔シテ』「続シテ」『終シテ』「光シテ」『闇シテ』「大シテ」『小シテ』「正シテ」『負シテ』「仰シテ」『俯シテ』「此シテ」『彼シテ』「被シテ」『加シテ』「単シテ」『複シテ』「望シテ」『拒シテ』「矮シテ」『巨シテ』「生シテ」『殺シテ』
(ぉわぁぁぁぁぁぁ!?)
魂に直接響く言葉の羅列に、嫌悪感と不安感が一気に噴き出てくる。掴んでいる手を振り払おうとジタバタと暴れてみるが、手も足も無い俺の身体ではその行為は何の意味も持たなかった。
子供は笑みを浮かべて、さらに近付いてくる。
互いの息が掛かるほど接近して子供は俺の首を絞める手をさらに強める。
タケさんの裸締めよりも遥かに強く、万力のような力が俺の首に掛かるがそれでも俺は意識を失う事を許してもらえなかった。
『アナタハ……僕ノタメニ』「アナタハ……私ノタメニ」
「『死ンデクダサイ』」
常人ならば、既に首がへし折れてもおかしく無い力で俺は首を締め付けられている。千切れんばかりの力なのだが、不思議と痛みは無く、ただ締められている感覚だけが残っていた。
(死……ぬ……ッッ!)
意識を失う直前。最後に俺の視界に映ったのは俺が大好きだった電子の歌姫の姿に瓜二つの子供だった。それを最後に、目の前は徐々に漆黒の暗闇で満たされた。
―――――
「おぅわぁぁぁぁあ!?」
絶叫とともに俺は目覚め、慌てて自分の首を触る。そこには確かに首があり、触るための手もあった。顔を触り、身体を触り何度も頬を叩いて痛覚があるのを確認する。
「夢……か? ……嫌な夢だ……」
全身が自身の冷や汗でビッチョリ濡れている。まるでお漏らしでもしたかの様に上から下まで全て濡れている。男の象徴の所を触り自分が漏らしてない事を確認すると俺は安堵のため息を盛大に吐いた。
「……ハァ〜、怖すぎだろ」
俺のため息は壁に反響して跳ね返り、俺の耳に返ってくる。そこで俺は改めて自分が置かれている状況を思い出す。
「まぁ、こんな所にいたらこんな夢も見るよな?」
冷たい石の床、それは上下左右を囲い狭い空間を作っていた。暗くジメジメした空気に俺はまたもやため息を吐く。
「どうして、俺は牢屋なんかに入れられているんだろうな?」
日本一。二十五歳。
俺は人生で初めて牢屋に収監されていた。
理由を誰に聞こうにも近くに人はおらず、ルチアも、西野と名乗った髭面の騎士も近くにはいない。
俺は額の汗を拭うと、他に特にやる事も無いのでもう一度地面に敷かれたゴザの上で横になる。そして先ほどまでの悪夢も忘れて、二度寝をし始める。
グロリヤス王国。そう呼ばれる国。
その地下牢で新たな異世界生活が始まった。




