Another orc
土を掘る。掘った土を掬い盛る。盛った土を集めてスコップで叩き、固める。掘る途中で出てきた幼虫は集めておき、乾いた木の蔓で編んだザルに載せておく。数時間待つとこいつらは糞を出して土臭さが一気に減って食べやすくなる。あの人間、ヒオオトハジメは渋い顔をして食べていたが、この虫の美味しさを理解出来ないのは可哀想だ。
「ルゥ〜、疲れたぁ〜」
自分の背丈がスッポリ隠れるほどの深さまで掘ったところで私は一息付く。疲れたと言えば、あの甘い石はもう無いのか気になる。人間の世界にはアメと呼ばれる甘い食べ物があるとダガが言っていて、見た目は宝石みたいな石でシコウヒンと呼ばれるらしい。アレは良い、とても美味しい。
エルフのオーク狩りに捕まり、見知らぬ土地の地下で幽閉されていて心細い最中、蜘蛛に追われながら脱出したときにあの男は甘い石をくれた。食べた瞬間、疲れが吹き飛ぶような甘味と唾液が出たのを今も覚えてる。同じシコウヒンでもタバコと呼ばれる煙とは大違いの良さだ。
「ゲルダ、手伝うぞ!」
「キサワカ! 傷は平気なの?」
地面の位置から上を見上げると先日負傷したキサワカがスコップ片手に私を見下ろしていた。私より三歳ばかり年上の彼は事あるごとに世話を焼いてくれるお兄ちゃん的存在だ。
「傷は痛むが寝ていられないだろ? 奴らが攻めてくるんだから」
ドスンっと大きな音を鳴らして私の隣に降りてくる。肌を見ると傷口が赤く濡れてるが塞がりかけている。
「うん、そのくらいの傷で寝てたら焼いてたべちゃうぞ!」
「腹が減ってるのか? なら良いモノがあるぞ」
キサワカは地面の上に置いた革の雑嚢から葉の包みを取り出すと私の前に差し出す。包みを開けてみると香ばしい匂いが漂ってくる。
「ルッ! 揚げたてだ! 私この油で揚げた虫大好きなの!」
「そうかそうか、喜ぶと思ってたよ。美味いもんな」
ひとつまみして口に頬張るとサクッとした感触とドロリとした中身が油の旨味と相まってとても美味しい。シコウヒンのアメも好きだが、この虫の方が美味いと思う。
「でもいいの? 油ってお祝いのときしか使わないよね?」
ザクリとスコップで粘り気のある土を掘ると私の方を見て笑う。
「あの耳長達に殺されたら飯も食えない。だったら今のうちに食おうぜ?」
「ルッ! 確かに!」
キサワカは料理も出来るし頭も良さげだ。確かに死んだらご飯は食べれない。なら生きてるうちに食べなければ。
もう一口食べて油の旨みを堪能する。
「そういやあの人間もこれは美味そうに食べてたな?」
「ル? ハジメも食べたんだ、良かった〜」
「ハジメっていう名前なのか。アイツ何の言葉話してるのか分からないんだよ。さっきも食べたあと頭を抱えてたし」
隆起した筋肉を存分に使い、キサワカは土を掘り進める。傷を負ったとはいえ充分労働力として頼りになる。
「ルゥ? ぐろりや語ってヤツじゃ無いの?」
「いや、多分違う。ダカさんが教えてくれたがアレは違うらしい。カタコトでグロリヤ語も喋れるから何とか意思疎通はできるらしいがな。俺も少しは分かる」
だったら何の言葉を話してるのか気になる。他にもまだたくさん彼のことが気になってしまう。
(なんで私のミナミノって名前に反応しただろう?)
ミナミノという名に聞き覚えでもあるのだろうか。ただの名前なのに、特別な想いがあるように見えた。まさか初恋の相手なのだろうか。それとも好敵手か。どちらにせよ私もよく知らないから分からない。
「知らない、知らない、ん? そういえばなんで知らないんだろ?」
「どうしたゲルダ? おかわりは晩飯の時間まで待ってくれ」
思えば名前のルーツなんて知らなかった。気にもしてなかったが、どうせなら死ぬ前に知っておきたい。
「ねぇキサワカ、私のミナミノってどういう意味か知ってる?」
「ん? いや、知らないな。待てよ、聞いたことあるな?」
キサワカは土を足下に捨て考え込む。そして思い出したかのように私の顔を指差す。
「爺さんらが言ってたんだがよ。おまえさんの先祖だったかな? すげえ強いオークだったらしいんだ」
「るぅ〜、知らない」
そんな昔の話なんて知らない。揚げたて虫を最後にいつ食べたかすら思い出せないのに。
「たしか名を……バロンっていったか? その人の遺書に、子の名前にミナミノという名を代々使えと伝わってるらしい」
「へぇー、バロンってなんかあのエルフ達が言ってた気がするかも?」
とはいえ、私には全く身に覚えが無い。親の顔もろくに覚えて無いのだからバロンという言葉に何一つピンと来ない。
「詳しくは爺さんに聞けば分かるんだが、この前の襲撃で奴らに殺されたからな。気になるなら他の誰かに聞いて調べるがどうする?」
「いや、どうでもいいからやんなくていいよ。ルッ! それよりも穴を掘ろうよ!」
会話を打ち切り、ザクザクと穴を掘る。一心不乱に掘り続ける。そんな私にキサワカからの視線を感じる。
「ルゥ? なに?」
「いや、意外だなって。ダカの言葉があるとはいえ、人間の策を信じるなんてな。しかもこの村を全部落とし穴にして繋げるんだろ?」
「るうぅ? 穴掘りまくれとかしか言われてないし、勝つためなんでしょ?なら、やらないと!」
返事をしてから問われた前半部分をやっと頭が理解する。
「ルッ! ハジメは私を閉じ込めてた人間と別人だよ?アメもくれたし」
「……そうかい、お前が気にしないなら別にいいか」
腑に落ちないのと諦めた雰囲気の顔でキサワカは私から離れて穴掘りを再開する。
「ル、変なの」
彼は何を気にしてるのだろうか。私を捕らえたのはエルフだし、捕まえてたのもあの大きい街の人間だ。ハジメは全く関係無い。姿も似つかない。料理のしすぎで目が悪くなったのだろうか。だからたまに行った狩でエルフに不覚をとるのだ。あとで怒ってあげないと。
「ゲルダ、励んでるか?」
再び掘り始めたところでまたもや声を掛けられる。この若さと年季を同時に感じる低い声の持ち主はよく知ってる。
「うん、頑張ってるよ! ダガはなにしてんの?」
地面の高さにいるダガは身体が大きいのでこの穴の中には入れない。なのでしゃがんで身を屈めることにより私に顔を近付ける。
「陣中視察だ。進捗を確認してる」
「ジンチューシサツダシンチョクを確認してる? なんか大変そうだね!」
「あぁ、大変だ。全く大変だ」
ダガは大きくため息を吐き、胸元から細い紙の筒を取り出し火を付けて息を吸い込む。
「あっ、タバコだ! クサイヤツ!」
「そう、臭いやつさ。不味くて臭くて最悪だ。まるでエルフみたいなゴミさ。でも吸わずにはいられないよ」
昔、ダガもハジメと同じようにシコウヒンのタバコを吸っていた。私がクサイっと嫌がっていたらいつしか吸わなくなっていたのだが、いつの間にか復活している。
「あー、クサイ。ヒオオトもこれは苦手そうだったが、彼も不安なんだろう。すぐに一本吸い終わっていたし」
「るっ? 不安?」
ふーっと勢いよく白煙を吐き出すとダガは自重気味に笑う。
「ゲルダ、お前には分からんよ。でも私は少し分かるんだ。この村で生まれた訳では無いからな」
「ルゥ?」
もう一息深く吸い込むといつのまにか曇った笑みは消えていた。
「他人の故郷を守るために戦うってのは案外大変なんだよ。自分の身を守るのと違ってね」
「ルー……ダガの話は難しい」
私が答えると乾いた笑い声をあげ、タバコを手で揉み潰す。
「ゲルダ、お前はそのままでいてくれ。あの男は言葉こそ分かりにくいが悪いヤツではない。信じてあげてくれ」
「ルル? 元から信じてるよ?」
ダガはよく分からないことを言う。警戒していたのは自分の方だというのに。たまに頭が良すぎておかしくなってる気がする。
「……そのままでいてね。これは友として、いや、姉のようなモノとして言わせてもらうよ」
それだけ言うと私に背を向けて他の作業場へと向かっていく。その後ろ姿をしばらく眺めたあと、私は口に残る油の余韻に浸りながら穴掘りを続行する。