鈴音ハルカSIDE。其の七
王国や帝国の首都、そして魔法都市などの堅牢な街の数々に比べるとニキータの街の防備は些か劣る。商業都市であるので国の首都や重要地点と比べるべきでは無いのだが、完璧では無いと言えよう。兵も国家の正規兵とは練度の差がある。質が悪いとは言わないが、言わずもがなというやつだ。
では、どんな兵を持っているか。基本的にはギルドの雇われ戦士達である。ギルドによって仲介や斡旋された傭兵または冒険者。食いっぱぐれた魔法使いや珍しいところだと錬金術や調香師などの変わった人も兵として雇われる。故に練度の差がかなりある。その練度の差を埋めようと各商業都市の首長つまり代表者は私兵を充実させて戦力を整える。
ならば、このニキータの街。筆頭商人とまで呼ばれ街の代表にもなっている私の兄の兵はどうなのか。その答えは。
「ほーう、これがニキータの街か? 随分と栄えてるじゃん! 誰も俺に気付かんみたいだが」
私の超絶美少女的顔パスで手早く街の検問を突破し、帰還を果たした我ら一行。その中にはサウスさんもいた。
ヘソ出しノースリーブにホットパンツという動きやす過ぎる薄着の格好は、褐色の肌を晒け出しその美貌を顕にして街中の視線を掻っ攫う。にも関わらず、誰もこの人がかの有名なお方だとは気付いていない。
「写真やテレビがこの世界にある訳じゃ無いですし、気付かないのはしょうがないですよ? 立てばハレンチ座れば不埒、歩く姿はエチチチのチな姿は目立ちますけど」
「何言ってんだ嬢ちゃん。病気か? 頭の」
玉石混交の兵達ではこのお方の名前は知れども姿は知らないようだ。町を歩く誰もが目を奪われはするが、美女の正体が分からぬので目線を戻し日常に帰る。
「誰もこんな場所に貴公のような傑物がいるとは思わぬでしょうに」
勇者の言う通り、こんな所にハリウッド女優も頭を下げざるを得ない美貌の持ち主が化け物の如く強いあのダークエルフだとはまさか思わないだろう。おかげで余計な手間無く私の屋敷の近くにまで来れたのだが。
「サウス殿、本当にありがとうございます。こんなところまで来ていただいて」
「良いってことよ。犬コロの嬢ちゃん」
「お家に帰るまでが遠足と言いますからね! 至福の下校時間に感謝感激弾丸雨注!」
感謝の舞を踊りたいぐらいだ。小学校の体育で床と空気を敵に回してるとまで評されたスーパーダンスフェスティバルをご照覧あれ。
「サウス殿とはここでお別れというわけですな?」
「この後はどうするの? どこかへ旅を?」
王国組二人に質問されると、何故かサウスさんは困った顔をする。ギャップ萌えを狙ってるのだろうか。その表情は私に効くからもっと見せて欲しい。
「そーだなー。物資の補給もするんだが、実はこの街に知り合いの女がいるはずなんよ」
「ほうっ! 知り合いですか! 美女ですか? 可愛い系か綺麗系どっちですか!? 百合の花は増やした方がいいですか!?」
「可愛いとか綺麗とか言われると困るな。愛い奴ってか健気っつーのか」
健気と聞くと献身的な三つ編み眼鏡っ子を想像するのは私だけだろうか。否、他にもいるはず。
「嬢ちゃんが何を想像してるか知らんがフツーの奴だぜ?」
両手を上にし大きく背伸びをすると、背骨がバキバキと音が鳴る。豪快な音だ、ASMRにしたい。
「フツーのエルフよ。金髪で、長髪で、それなりに胸があって顔が整って。勤勉だが昔はワガママで子供らしかったが今は大人の態度。どこにでもいる昔馴染みってヤツ?」
普通っとサウスさんは言うが、穏やかな顔で語る姿はどこと無く普通の関係に見えない。
「マールーって名前。服屋とか装飾屋とかやっててよ。俺が身に着けてるモノはほとんどそいつが作ってんだ」
「マールー? あのスゲェ服屋のアレか!?」
「マールー? あのアクセサリー屋か!?」
サウスさんの言葉に反応したのは意外にも男二人、それもテッドさんとスパーダという女モノに縁が無さそうな人達だった。
「知ってるのテッド?」
ルチアさんが聞くとテッドさんは胸の蒼い宝石を取り出し私達に見せる。私は自衛隊さんが持ってたモノを盗んだのがバレないようそっと懐にしまう。
「知ってるもなにも、魔結晶の加工を任せたら俺が知る名で一番の腕前だぞ! この幻想調査隊の魔結晶も彼女に加工されているらしい」
会ったことは無いがなっと付け足すとテッドさんは若干興奮冷めやらぬ様子で口を結ぶ。
分かる分かるぞその気持ち。早口オタク語りをしたいのだろうが、理解してくれるモノがいないので黙ったのだ。私が詳しければ付き合ってあげてもよかったが、残念なことに私は装飾品の類は全然詳しく無い。銃のアタッチメントの話なら出来たのに。
「ヘェ〜、凄い人なんだー」
ルチアさんも興味無いのかしょっぱい反応だ。この反応がオタクにはトップレベルにキツい。にちゃにちゃ早口ツバ飛びコミニュケーションには致死レベルに効く。
「いやピンク髪、お前知らないのか? お前の着てる服もマールー作品だぞ!?」
今度はスパーダがなんか言ってる。おなごのスカートを指差して叫ぶなぞ現代社会なら制裁モノぞ。
「ふーん、マールーさんって私の街にいたんだー?」
とはいえども。そう、実は私も何を隠そうか。服屋マールーの名自体は知っている。
曰く、この世界の服の価値観やデザインを二千年進めたと言われるほどの方なのだ。
「へー、このミニスカートが有名な人のか〜。知らないけど」
ルチアさんの反応はまたしてもしょっぱい。
二百年ほど前に市場に流通した彼女の作品はそれ以前に大陸で流行っていた服とは大きく異なる。昔は元の世界で言うところの民族衣装やトーガと呼ばれる一枚布の上着が多かったらしいが、マールーが作る作品は趣きが全く異なる。
彼女の作る逸品は簡単に言えば現代的なのだ。ホットパンツやミニスカートなどの開放的な女性が好むモノもあれば、どこぞ荒廃した世紀末みたいにトゲつきヒャッハーな革ジャンもあるし洗練されたドレスや、可愛らしいオフショルダーのワンピースもある。つまるところ中世に現代ファッションが殴り込んでるのだ。
言わずもがな、着れれば良い程度の服とオシャレを追求した服のどちらが人気かは火を見るよりも明らかだ。照明弾を眼前で発射されるのと遜色ないほど分かりやすい。
網膜に貼り付いて離れない、残照のように人を惹きつける美しさは有名にならないはずがないのだ。
「会ってみたいです! コスプレ衣装も作ってくれますかね? 学生服使ってもらいたいです! 超ミニスカとロングの二つ! ねぇ、ザビーいいでしょ?」
「ちょっ! もう、お屋敷に真っ直ぐ帰るっていってたのに……」
二つの世界を合わせて齢は三十二才だが、身も心も女子高生の私的には生足出せる時分のうちに出しときたい。魔法都市のアカデミックコートは私の趣味に合わんのでどうしたモノかと困っていたのだ。渡りに船とはこのこと、乗るしかないこのとびきりチャンスを。
「でも、どこで店やってんのか知らんのよ。どうしたモンかな?」
となれば、しらみ潰しに探すしかなくなるのだがそれはとても疲れるし面倒くさい。サウスさんも強いとは言え同じ人間、あからさまに嫌そうだ。
「ん、知らないのかお前ら。あんなに有名なのによ、これだからお上りさんはよぉ」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ」
「やったってくださいサウスさーん! ていうかスパーダ知ってんの?」
スパーダは首根っこを掴まれ持ち上げられる。私の問いには答えず足をバタつかせもがいていた。
「知ってます、案内出来ます! 僕達、この街に来てすぐにその店に寄ったので」
そんな姿を庇うように出てきたのは幼いロック君だ。あたふたと身振り手振りで懸命に説明する。
危ない、ここにショタコンがいたらやばかった。私は百合成分が芽生えたミリタリー属性だから耐えれたが、リトマス試験紙よりコロコロと色が変わる私にこの姿は効く。芽生えてしまうぞ新たな癖に。
「ここまで来たんだ、ついでに紹介ぐらいはしてやんぞ? なんかくれるかもだし」
「おぉ! 旅は道連れ世は情け、お涙頂戴おこぼれ頂戴で行っていいんですか!?」
「ほんと嬢ちゃんのはよく回る口だな。このベロは車軸油でも塗ってんのか?」
クイっと顎を右の手で支えられる。これはありとあらゆる女子を虜にしてきた美男美女にしか赦されぬ絶技、通称顎クイではないか。怒張するオタク精神に心が怒り立つ。刺激が強すぎるのではまいか。
「うっひょーっ! いきまひょ、いきまひょ! 全身ジッパーだらけのピチピチ水着作ってもらうんだい! サウスさん是非着てくださいね」
「俺が着るのかよ。まぁいいよ」
浅はかなりサウス殿。言質取ったりは首獲ったりと同義なり。如何に強くともレスバで鍛えた私のコミュ力と揚げ足取りには敵わぬモノよ。その艶かしい肢体を脳内フォルダに焼き付けさせてもらう。
ルンルンな気分で進む私は手を大きく振り、そこのけそこのけとばかりに周りを急かして店へと向かって行った。