あと六日
虫の肉は美味しく無い。ただでさえ朝というのは一日の中で最も機嫌が悪くなるというのに、ご飯も嫌いなモノであればさらに気分が悪くなる。気を取り直そうと煙草を吸うも、味は異世界通好み。元の世界の煙草とは比べ物にならないほど不味く、眉間に皺を寄せさせる。
「これに加えて空気も不味いときたもんだ」
エルフ達が村を攻めると言った期日まであと六日に迫るというのに雰囲気は最悪だ。
まず、意見が真っ二つに割れている。攻めるか守るか、その二択に。
「アミー、ツィリリアンゴ、ヨェイ、ンアツ、ツア、オツツオサク!」
「ルッ! アヒ、ヨェイ、ワォアツ、ヨェイリリ、ジェイシツ、ブウ、ヅエンウ、アン!」
昨日に引き続き、ゲルダとダカの二人は言い争っている。平行線と思わしき所は同じだが、違う所は周りの取り巻きが増えている。それぞれの後ろに何人かのオークがたむろしていて、現状はゲルダの後ろにいる人数の方が多い。
双方の言い分も分かるし戦略的にどちらも間違いでは無いと思える。けれども俺の天秤はどちらにも傾いていない。
「ひとまず放っておくか。村を先に見なければ」
あの場に行ってあーだこーだと言うのは簡単だ。言葉が半端にしか通じなくとも、懸命に話せば意見は通るだろう。問題はどっちにするかだ。その選択を誤ると俺の命だけではなく村全てが死ぬ。
まさかこの期に及んで一人も死者を出させないとかのよく分からん偽善ぶった心を出すつもりは無い。犠牲の出ない戦いなど存在しないのだから。
とは言いつつも、多いよりかは少なくあるべきでは当然思っている。
ならばこそ、厳正に見つめなければならない。どうこの地で戦うかを。村を見て回り、それを少なくする為に。
「家は意外と多くて素材は木と……土、いや泥のレンガ?」
一つ一つの家を検める。家は籠城に使えいざとなれば一時的な安息地にも出来る。資材を置けば補給庫になるので戦略上重要だ。
「耐久性は今一つか?」
無論、人が押した程度で倒れる家屋なぞ存在しない。余程の手抜き工事か安普請で無ければありえない。しかし、戦に耐えれるかは別だ。
この世界に砲弾や爆弾を武器にするモノはいないと思うが、近代火力を補って余りある魔法というモノがある。半端な防壁なんぞ容易く破られる。そう考えるとこの壁は及第点を下回る。
「あの時は魔法とか弓とか使ってこなかったが、次は?」
新兵の訓練と仮定すれば、楽をさせることはしないだろう。自衛隊のときも敢えて理不尽な訓練に晒し、理不尽な戦場に順応出来るように教育される。あのエルフ達も同じはずだ。よって劣勢にならない限りは魔法や弓は使って楽はしないと仮定する。
逆を言えば余力を残されると、どんなにこっちが優勢でも逆転される可能性がある。
「そうすると奇襲しかないが、無理だろうな」
奇襲とは戦略上とても有効ではあるが、それは相手が意図してないタイミングでやるからこそ意味がある。今回の状況のように、来るなら来いっと構えられては飛んで火に入る夏の虫も良いトコだ。
考えれば考えるほど、状況は良くない。どうしたものかと、積み重なったレンガの上に座る。
「ホゥヨ。ヨェイ、エヴウレ、ツホウレウ」
野太い声で声を掛けられ、顔を向けると大柄なオークがいた。大きな手で俺にどくように手を払ってくる。
「質としてはこっちの方が有利ではあるか」
エルフとオークの体躯を見比べた際、戦闘向きな身体はどっちなのか。あからさまに分かるし、一対一であれば負けはしないだろう。
しかし、集団戦法などは軍として機能している向こうの方が上手であろう。戦いにおいて、特に局地戦では数の利は顕著に出る。
「となれば、戦える奴らの数も知らんとな。やること多いぜ」
考えに耽っていると、目の前のオークが小さく呪文を唱える。小指の爪サイズのとても小さな火が現れ、それをゆらゆらと揺らしながらおもむろにレンガのブロックを掴み、強靭な握力で砕く。そしてライターの火より小さな魔法の火を近付けると、レンガは一気に燃え出した。
「うぉ! 土が燃えた!?」
驚きの声を上げるとオークも声にビックリしたのか、身体がビクンっと動く。互いに顔を見合わせ若干気まずくなる。
俺を気にしつつもオークは火がついたレンガを石材で作られた野外釜のようなところに放り投げ、薪木や枯れ草をさらに放る。メラメラと火がついていくと釜戸の上に鉄の鍋を置き、素焼きの壺みたいなモノで水を注ぎ湯を作りはじめる。幼虫や何かの根っぽいモノを入れて葉物の草を投入すると最後に木の蓋をしてまた俺と目が合う。
「文化的な食事習慣でなによりだ。それよりもなんでレンガが燃えるんだ?」
さすがは異世界。こんなところもファンタジーと思ったが、香り立つスモーキーな匂いに俺は覚えがあった。
「飯の匂いじゃないな。燃えてる匂い?」
火の近くへ寄り、手扇で煙を鼻に集める。芳しい、どこか上質な酒のような匂い。これには覚えがある。
「酒、ウィスキー? もしかしてこれ泥炭か!?」
ピート臭と言おうか。上質なスコッチウィスキーを過去にタケさんの奢りで飲んだことあるが、それにかなり近い。良いウィスキーの香りつけ、燻しつけに使われるのがこの泥炭なのだ。
「使える……か?」
燃える土塊を見て戦闘に使えるかを考えるが、良い案が浮かばない。
真っ先に考えたのは火を使った戦いだ。これに火をつけて火計にでも使えないかと考えた。だがこれには無理がある。理由は簡単、レンガに使ってるからだ。
建物の壁に鼻を近付けて深く呼吸をする。先程燃えた泥炭と全く同じ匂いが鼻腔に充満した。
彼らオーク達の生活を見てると、料理など火を使う作業をする場合は外でやっている。住居の建材に使われてるので火を使うと引火して危ないからだ。ガソリンスタンドでタバコを吸ってるようなモノである。危険極まりない行いと言えよう。だから屋外で飯を作る。
「使うにしても考えないとダメかー」
大抵の生物は火を付けて燃やせば死ぬ。炭素生命体は容易く火で燃えるのだ。エルフがケイ素生命体であれば問題だが、SF好き好みの展開にならないことを期待する。
こんなに便利な火計だが難点はことごとくを燃やしてしまうということ、そしてもう一つ、煙だ。
「ニュースでも火災はすぐ話題になるからな」
煙と聞いて想像するのは馬鹿となんとかは高いところが好きという言葉。次に思うのは煙たいということだろう。実際に煙草の紫煙ですら非喫煙者は煙たく、火災の煙なんてもっとだ。しかし、それ以上に危険なのは温度だ。
高温に熱せられた煙は吸い込めば喉を焼き肺を焼き命を焼き尽くす。火災現場で人が逃げられないのはこういう理由もあるのだ。みんな煙に巻かれてやられてしまう。
「ダメだ。もっと考えないと策が出ねぇ」
可燃物だらけの村で火計を行うなど自殺行為も大概だ。別の手を含めて考えないといけない。
「ん、待てよ?」
何かに気付き俺は周りを見渡す。木に囲まれた森の中の村、離れたところに断面が見える土の丘がある。恐らくはあそこで泥炭を採取してるのだろうか。採掘場の周りと足元の土の色は全く同じに見える。
「そうか、その手があったか。馬鹿だな俺は」
ブツブツと独り言を言うと、料理をするオークが怪訝な表情で俺を見てくる。
「まずは今日一日で村を見て回ってあの二人に相談するか。俺の考えを理解してくれるかが問題だが……」
訝しげな視線を振り払い、さらに村を見て回ろうと歩き回る。頭に思い浮かんだ作戦が上手くいけば、まともに戦えるようになる、かもしれない。その為にまずは村を詳しく見て回る必要がある。
僅かに芽生えた勝利への希望に浮かれないよう足取りを早めていった。