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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
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あと七日 

 岩に座り、汗を拭い、深呼吸をする。鈴音ハルカから貰った不味いタバコに火を付けると同じように深く吸い込む。一つ、二つ、三つと繰り返し行うと呼吸が落ち着き、視界と思考が晴れていく。


「どうすっかな?」


 視界の全てが慌ただしく、煙の行方を追う暇すら無い。先回りしようと視線を西の空に向けると夕陽が俺の目を細めさせる。


 エルフ達と接敵した後、俺達三人は集落へ戻っていた。勿論、物言わぬ戦士達も。

 村人達は訃報に悲しみ、涙を流していた。例え亜人、オークといえども哀しみの気持ちは人間と同じだ。しかし、悲しんでばかりもいられない。何故なら悲哀の元凶を作った敵が、更なる悲劇を作らんとしているからだ。


「ルッ! リウツシ、ゴエ、ヅウヒウオツ、ツホウミー」


「ンエ! ンエ、ゲルダ!」


 亡骸を埋め、簡素な墓を作り、悲しみに一区切りがつき、程なくして解散した。その後からずっとゲルダとダカの二人は言い合っている。


「サオリン、ヅウワン。アツ、イシウリウシシ、ツエ、ルウサキリウシシリヨ。ツエ、ブウ、ツエレウレウヅ、ツエ、ヅウオツホ?」


「ルゥ! アツ、ンエ、イシウ、ワオアツアンゴ、リアクウ、ツホアシ!」


 話してる言語は知らぬが内容は察しがつく。あのエルフ達が攻めて来る問題をどうするかだ。


 ザラと呼ばれたエルフは一週間後に襲うと言っていた。単語の細かいニュアンスは違えども意味はそのままな筈だ。七日後にあの化け物じみた奴らが俺達を蹂躙しに来る。その対処をあの二人は話し合ってるのだと思う。


 つまり、引くか、守るか、攻めるかだ。


 恐らく、先程から興奮しっぱなしのゲルダは戦いに行こうと言ってるのだろう。薪割りの斧を持って今にも殴り込みに行こうとせんばかりだ。反対にダカはどっしりと腰を下ろして落ち着いている。戦士としての経験もあるダカは守ろうと話してるのだと思う。


「ルッ! シツイブブエレン、プゥレシエン!」


「シツイブブエレン、プゥレシエン! ヨェイ、ゲルダ!」


 雰囲気を察するに話は平行線だ。まるで付き合って三年の若いカップルのように,互いに全く譲らず感情がノリ過ぎてる。


 ここは冷静な第三者の意見が必要だと判断する。繰り返しになるが引く。逃げる。トンズラかますの選択肢だ。


「逃げの一手は悪手だもんな」


 当然、却下である。逃げの選択はアスファルトに吐き捨てられたタンカスよりも汚く、ゲスで無価値な判断だ。三十六計逃げるに如かずは、この場においては迷言である。


 考えてみて欲しい。奴らと相対した際、誰も接近に気付かなかったのだ。それはオーク達が慣れた森の違和感にすら気付かず、それは自衛官として訓練を積み、僅かな兆候すら見落とさないように教育されてきた俺の五感ですら気付けなかったのだ。


 戦闘力はともかく、待ち伏せ攻撃、つまりアンブッシュをされてしまえば容易くやられてしまう。さらに向こうはこの村をすでに補足しており遠巻きに包囲してる可能性がある。


 そんな中、のこのこトコトコ歩いて出てどうなるか。俺ならば自然を楽しみキャンピングしようと言うが、向こうは打首獄門阿鼻叫喚の串刺し磔地獄をやりましょうと言うだろう。


 そもそも、ここは彼らの故郷である。生まれ故郷を捨てどこへ逃げろというのだろうか。逃げた先にあるのはいつの時代も地獄だけだ。


 必然的に選択肢は二つに絞られる。だからあの二人はずっと言い合いをしてる。


「ルーッ! ハジメ、シオヨ、シエミーウツホアンゴ!」


「ヒオオト、スアヨ、スオムーエテハインガ?」


 どうやら俺は今、二人に意見を求められたらしい。ジーっと言葉を待つような視線を向けてくる。


「妙案は無いかってか? そんなホイホイと案は出ないが、まず一つあるな」


 左の人差し指を真上に向け、反対の手で何かを掴んで食べる動作をする。


「飯でも食って落ち着けよ。エアテ、ウォツ、イートだイート。空きっ腹じゃ何も考え付かんぞ?」


 気が昂っていた二人は俺の言葉を聞き、大きくため息を吐く。気を削がれたのか先程まで今にも掴み掛からんとした雰囲気だったがそれは消えた。


「テハァテス、ロイガハテ……イ、ワァス、ンオテ、シアルムー。シオンス、イデェロインガ、ワハテ、イ、デイデ」


「アミー、ホィンゴレヨ! ゴエ! ダガ!」


 陽は既に頂点から落ちている。この村は今、悲しみに暮れているがそれでも人は腹が減る。いくら感情に臓腑を満たされようと生命を維持していく上で腹は満たされなければならない。


「腹が減っては戦はできぬとはよく言ったもんだ」


 戦争に於いて最も大事なモノとはナニカ。専門家気取りのコメンテーターやエセ軍事評論家、よく分からん教授とかはいつもテレビ画面の向こう側で的外れな意見を述べる。軍事演習と新型兵器とか航空機とか空母とか最新戦車とか小銃の更新とか。そんなモノ実際の戦いに於いてさほど重要ではない。


 古今東西、戦に最も必要なのは兵站だ。つまり補給品、もっと言えば糧食である。人は飯を食わねば戦えぬ。戦わねば勝てぬのだ。


 それは味方も敵も同じだ。故に俺は仲間が飯の準備をし始めているのに森の方をずっと見つめている。


 敵のエルフ達は大人数だ。先程の戦闘で多少減らしたとしてかなり多いはずだ。ならばどこかで火を使う可能性が高い。火を使わぬ調理であの大所帯の腹を満たせられる量を作れるとは思えない。七日あるのだ、必ずどこかのタイミングで使うはずだ。

 初日の俺を顧みればよく分かるが、火というのは夜間とても目立つ。首無し騎士デュハランの時もそうだったが、よからぬモノを引き寄せるのだ。今回の場合、仮に火を使えばオーク達に現在地を暴露し奇襲を受けるとも考えられる。


「まっ、さすが今日はやらんか?」


 宣戦布告した当日、仲間を殺され殺気立つオーク達を相手にそれをわざわざやるモノはいない。そんなことしたら、怒り狂った復讐者に襲撃されてしまう。


 やがて、陽は陰り夜の色が顔を覗かせる。小一時間は森を監視していた俺は座りっぱなしで腰が痛くなってきたところだ。


「ヒオオト、エアテ、シオムーイガ、スオオン」


「ん? あぁ、ご飯の準備が出来たのか?」


 グロリヤ語で声を掛けられ振り返るとダカがいて、手にはスープが入った器と皿には蒸した芋と肉の塊を載せていた。湯気が立つそれらを俺に差し出す。


「ありがとうな」


 簡単に礼を言うと早速スープを飲む。朝飲んだモノより美味い。塩味がより効いた味付けで空きっ腹によく染みる。


「スゥロロヨ。ヨォウ、ルエテ、テハエムー、フイガハテ。」


 夢中になって食事をしているとダカが何やら話しかけてくる。今の言葉、スゥロロヨは確か謝意を示してるはず。見張りとか戦いに巻き込んでとか、最初に会ったとき剣で脅してきた事とか、諸々謝ったのだろうか。


「気にすんな、好きでやってる。今度から自衛官はお人好しで素敵だってSNSで呟いてくれ」


「えすエヌえす?」


 首を傾げられる。どうやら異世界にSNSという文化は無いようだ。羨ましい。ずっとそのままでいてくれ。


「そういやさ、ゲルダとはどんな感じで出会ったんだ?」


「ワハテ?」


 相変わらず言葉が通じない。今の会話は絵にもしようが無いから初対面の初々しさを知る事は出来ない。

 しかし、考察するにダカはゲルダの育ての親かなんかだろう。そうでなければ声を荒げて言い合いしてるのに、実際の戦闘では抜群のコンビネーションを発揮してる。互いを深く認識と信頼して無ければ出来ない芸当だ。


「まっ、そこら辺の話は言葉が通じてから追々聞かせてくれ」


「オいオい?」


 伝わらぬ言葉を反芻しつつ、俺達は帰路に着く。とは言っても歩いて数分も掛からぬ内にあの石造りの頑丈な建物に到着できる。安寧の場所があることは良い事である。


 空を見れば夕焼けの赤と夜の青が混じり合い、紫とは別の色を出す。そこに星の光がトッピングされ筆舌に尽くせない綺麗な景色だ。


 このまま何も考えず、幻想的な雰囲気に浸れたらどれだけ良い事だろうか。


「ヒオオト! ルオォカ! アテ、ペオインテ!」


 日常の中のさりげない、綺麗な光景に見惚れていた俺をダカの大きな声が現実に引き戻させる。


「……そうだよな。相手は魔物じゃなくて、統率された兵士だもんな」


 森の奥で立ち昇る煙。それも一つ、二つの数では無い。両の手指を超える数の煙が浅い夕闇に真っ直ぐ白の筋を残す。村をぐるりと囲み、まるで鳥籠のように俺達をこの土地に抑え込んでいる。

 奴らは敢えて見せつけてるのだ。奇襲できるモノならやってみろと。攻めて来ぬなら震えて眠れと。初手として力技では無く、まずは心理戦を仕掛けてきたのだ。


「楽な敵じゃねぇな。全く、何でいつもヤバいのが相手なんだ?」


 今回の相手が今までのように数を頼みに襲った魔物達と違い、知識ある軍人が相手だという事実に天を仰いで無意識に舌打ちをした。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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