肉食
手に滴る赤い水滴、足を鈍らす泥と汗の塊。顔中を汚す跳ねた血飛沫と泥飛沫は眼球を除いて満遍なく埋める。背筋と腕の筋肉は棍棒を振り回して過ぎて既にパンパンに膨れ上がり、俺の身体を大きく見せる。
「おえっ、ウオェっ!?」
思わず胃の中のモノを戻しそうになってしまった。激しい戦いにより腹の中が暴れ回って内容物が動き回る。さっき食った虫が腹の中で踊ってやがる。
「フシューっ、フシューっ!」
一人のエルフが荒い息を吐いて剣を構える。片腕が真っ赤に腫れ上がり剣も掴めなくなっているが、折れたであろう腕を庇いつつも敵意は忘れていない。
「なぁ、もう止めようぜ! お前らいったい何人いんだよ!?」
相手の足元には既に三人ほど転がっている。皆胸は上下に動いているので生きてはいるが、いずれも俺が棍棒で薙ぎ倒した後である。かなり強めに殴っているので暫くは立てないだろうし、立ってほしくもない。
数分前に覚悟を決めて戦いに望んだが、武器を使って戦うのは、銃による戦いとは勝手が違う。銃は人を傷つけた感触が残らないが、この手で武器を使って戦う場合は逆になる。
無論、大前提として敵に対して命を大事にとか誰も傷つけたくは無いとかの博愛主義を今さら掲げるつもりは無い。自分の大切なモノを守るためなら、いくら手を汚してでも構わない。大切なモノが残るならこの命なぞ使い切ってやる。
では何がやりにくいか。それはこいつらが……
「ケィルル、ヨォウッ!」
グロリヤ語を喋っているからだ。なまじ言葉が分かり、何を言ってるのか分かるからやりずらい。ちなみに今のはブッ殺すと言われた。
身を翻し、突き出された槍を避ける。大振りな突きで発生した相手の隙を狙い、攻撃する。狙うは身体ではなく木製の柄に添えられた手。
「フンッ!」
柄もろともへし折る勢いで棍棒を叩き付ける。硬さと柔らかさを武器越しに感じ取り、余韻も悲鳴も感じぬうちに追撃で敵の顎にフルスイングを叩き込む。ぐにゃりと力無く倒れ行く様は見届けず、呆気に取られていたもう一人のエルフへ袈裟斬るように叩きつけをお見舞いし、敵の左鎖骨を完全に粉砕する。
「ギャァァァ!」
悲痛な叫びが聞こえる。今のは当然痛いの意味だ。何故このエルフ達がグロリヤ語を喋っているのかは分からない。今思えばダークエルフのサウスもグロリヤ語を喋っていた気がするが、アレは王国の勢力圏だから現地の言語で話していたのだと思っていた。しかし、今この未開の森の中でもエルフ達は流暢にグロリヤ語を使っている。エルフとグロリヤは何か関係があるのだろうか。それとも元の世界でいう英語のように広く分布してるだけなのだろうか。
「いや、ダメだダメだ! 集中しろッ!」
ここであえて頭を空っぽにして闘争のみを考える。思考し判断するのは俺の長所であるが、この場では短所となる。一瞬の刹那の判断が命取りな世界で物思いにふけるなど愚の骨頂だ。
思いっきり振り回した切先が、エルフの頭を直撃し身体を弾き飛ばす。地面に倒れ込んだ綺麗な肉体はぴくりとも動かない。
(やっぱり強くねぇ!)
薄々勘付いていたが、コイツらは大して強く無い。数こそいれど、一人一人の腕力などを含めた戦闘力は俺と比べてもかなり劣る。そうにも関わらず武器も剣や短槍などいわゆる近接戦闘を主体とした武器を使用している。エルフといえば弓や魔法を使用するとの勝手なイメージを持っていたが実際は違うのだろうか。遠間から矢を放たれていたら俺達はとっくに制圧されていただろうに。しかし、そうはなっていない。
結果、非力な近接戦闘と練度の低い新兵のような動きの相手と、戦闘経験豊富なダカと剛力なゲルダ。それなりの力とそれなりの戦闘経験を持つ俺と比べたら、数の多さだけで均衡を保っている感じだ。そしてその均衡も崩れる。ゲルダが敵の槍を何本も拾って振り回し、エルフ達を薙ぎ倒していく。吹き飛ばされ薙ぎ倒され、頭数が減ったエルフは一気に浮き足立つ。
完全に戦況が傾き、敵は散り散りになって逃げていく。無事に戦闘を切り抜けられたことに俺は安堵し、一息を大きく吐く。
「意外といけたか?」
「ウォシヨ!」
ぶるんっと腕を振るうとゲルダの手に付いていた血が地面へと払われる。ダカの方を見ても剣を払って血を飛ばしている。まるでつまらないモノでも切ったかのよう他愛なさそうな顔付きだ。
そう、他愛無いのだ。コイツらの強さは取るに足らない程度でしかなかった。こんな奴らに屈強なオークの若い衆がやられるのか。多勢に無勢は俺達も同じ、不意を突かれたのも同じならば、何故ここのオーク達は一方的に殺されているのか。
答えは、至ってシンプルで簡単だ。
「……ん? なんか焦げ臭くね?」
「ルッ?」
戦いの熱気や凄惨な現場の血の臭いで気付かなかったが、鼻の奥を突く焦げた臭いが漂っている。それも辺り一面に臭い、とても近くで何かを焼いている感じがする。
グチャッ。
「んっ!?」
何か肉を潰すような音が聞こえてくる。いや、千切るに近いかもしれない。音が聞こえた方を注視すると、そこにはとても大きな大木が起立し森の雄大さを語っていた。辺り一面に香り充満する焦げ臭さもその大木の辺りから来ていた。
俺は敵のエルフが落とした槍を拾い、構えながら恐る恐る足を踏み出す。大木を盾に、ちょっとずつ、死角がほんのり見えるように横へ小股に動く。
カットパイ。お菓子ではなく市街地戦や濃い森林内で行われるクリアリング技術の一つだ。いきなり飛び出しては死角に潜んでいた敵に奇襲される恐れがあり、それを防ぐ為に少しずつ視界をクリアにする方法だ。現代戦士に必須な技術といえよう。
「……」
呼吸を抑え、目配せと手でゲルダとダカに静止を促す。言葉は通じずとも動作と雰囲気で伝わったのか二人は止まってくれている。
一歩、また一歩。横に動いていくと大木の向こう側が徐々に顕になる。
グチャッ、グチャッ、っと音が二つ別に聞こえてくる。ということは少なくとも二つのナニかがいるっということか。
これ以上、身を乗り出すと向こう側から暴露されるところまで到達すると呼吸を三つ数え整える。この木の向こう側に何が居ようとも気をやられないように心を整え、いざ行かんと足を踏み出す。
「動くなっ! フリーズ!」
日本語と英語で威嚇した俺は槍を構え、金属の先端の先を見ると思わず息を飲んでしまった。
巨大な山羊の頭。屈強な獅子の腹部。人間の赤子どころか大人すら丸呑み出来そうな大蛇の口。
それらを雑に纏めて、火にかけ調理する二人のエルフ。一人は木のスプーンで山羊の割れた頭から中身をほじくり出し口に運ぶ。もう一人は掻っ捌かれた獅子の腹から臓腑を引き出し、肝臓か何か分からないが、何かしらの臓器を生で齧り付いている。
目や顔付き、髪質の全てが他のエルフ達と比べて綺麗な側に分類するだろう。しかし、大口を開けて焼けた肉食べる姿、それも男性の筋肉質な太い腕を丸焼きにして食べてる姿は美しいよりも先に悍ましいの感情が勝る。
「そういうことかよ」
目にした瞬間、惨状な現場と目の前の調理の理由が結びつきに気付いた俺はただでさえ出そうだった胃の中身が口からまろびでないように堪えるので精一杯だ。
「お前ら……なんなんだっ!?」
小さな身体の肉を食べている二人のエルフは振り返り俺を見る。小さな骨付き肉を手にしたまま睨みつけてくるエルフ。二人の顔を見ると一人は大きく鼻が抉れており、もう一人は耳まで裂けた口だ。エルフでありながら、まるで神話世界の悪魔のような佇まいの、あからさまに戦闘力のレベルが違う二人を相手に俺は槍の切先を向けた。