鈴音ハルカSIDE。其の五
ポテポテ、ノソノソと、私は歩く。思えば元の世界でもこの世界でもこんなに歩くことは幾つあっただろうか。
無いとは言わない。というか年に二回はある。かの高名な激アツイベント、夏と年末の大祭典である。もちろん参加してたし、参加するたびに出逢う良作に、自分の脳内快楽物質を爆発させたり、素晴らしい衣装に身を包んだ方々にはイマジナリー怒張させて心にテントを張っていたりした。
何故、日本原産な純正もやしっ子の私がそんなことが出来たか。理由は簡単、そこに作品があったからだ。心を満たす良作は、高カロリー輸液よりも濃厚だ。良いモノに出会う為ならなんだってするしどこまでも歩く。
では何故今、軽快に歩けないのか。向かう先に作品が無いからだ。
「もうむり〜。ザビー、おんぶ〜」
私は近くの岩に腰掛けてガックリと項垂れ、幼き頃から知る従者に甘える。
「もう、一時間前も歩いてませんよ! 日頃から運動しないからそうなるのです!」
「もやし野郎だなお前。体育赤点か?」
ここぞとばかりにスパーダが煽ってくる。ドヤ顔がムカつく。今ここでコイツの秘密喋ってやりたくなる。私の能力で得た情報、帝国の貴族の令嬢に不貞を働いて逃げてきたという事実を。王国にまで逃げ、無かったことにしたいという感情を暴露して女性陣から侮蔑の目を向けさせてやろうか。
「んー、ちと早いが休憩するかー」
サウスさんはそこらに落ちてた木の枝と今は亡き冒険者達の装備、盾を分解して木の板をつくる。そして布を細長く破くと紐を作り、組み合わせる。
「おー、それってまさか火起こし? サバイバルってヤーツですか?」
通称、弓ギリ式。紐と棒を組み合わせて摩擦熱で発火させる仕組みであり、サバイバルドラマとかアニメでは高確率で出てくるヤツだ。
「おう、俺は魔法よりこっちの火が好きでな。ロマンがあるだろ? なぁ?」
美女が少年の目でいるとギャップ萌えにやられてしまう。心臓にエクスパンディング・フルメタルジャケットの弾丸を撃たれたみたいにドキドキする。
「ふぅ、ふぅ〜……ときめく心はホローポインツ……」
「お嬢ちゃんは本当に面白いなぁ。何考えてんのか分からなくて」
私の能力でも分からない貴方の心の方が面白いですよと言いたい。何故こんなに私に優しいのか。合縁奇縁を大事にする言ったが大事にし過ぎではないか。今しがた付けた火種よりも丁重に扱われてる気がする。
「休憩し過ぎだろ。日が暮れちまうぞ。テメーのせいでよ」
「行軍の基本は一番体力が無い奴に合わせんのが基本だぞ? 喋んなよ、素人が」
ぐぬぬと歯を食いしばるスパーダ。良い気味だ、そのまま返り討ちにされ続けろ。
「さてと、またお喋りでもしようか。なんの話する? 感度倍増の薬を使ったときの話でもするか?」
なんだその話メチャクチャ気になる。だが毎回サウスさんに話を振ってもらうのは良くしてもらっている私としては少々気まずい。
とりあえず私から話題を振ってみよう。天井天下唯我隠キャ、何か喋ると場が静まる失笑の魔術師の異名を取る私の力を見よ。
「そういや気になったんですけどー、サウスさんって……えっと、えーっと」
「なんだ? どもってんぞ?」
しまった。話題振りまで考えたけど話題を考えてなかった。ひとまずなんか喋っとこう。
「サウスさんって転生者ですか?」
途端に空気が静まる。いや、全員元からしゃべって無かったが空気が一段階重くなる。特に王国から来た三人の顔に緊張感すら感じる。何処となくサウスさんの顔を伺っているような気がする。
「テンセイシャ? あー、転生したのかってことか。何かの生まれ変わりってか?」
「そーそー! それか転移者ですか? でも日本にエルフはいないかー」
のほほんとした私とは対照的に、王国の人達の心の望みが強く感じる。
知りたい。彼女の秘密を。っと。思考の大小はあれど三人ともかなり強く知りたがっている。なんでこの人達はそんなに知りたいのに質問しないのだろうか。小学校低学年の内気な子なのかな。
(まぁいいか。三人ともこんな簡単な質問をしないぐらい疲れてるのでしょう)
ここはワタクシ鈴音ハルカちゃんが皆の聞きたいことをズバズバと聞いてしまいましょうか。
「だってサウスさん、スキル持ってるでしょ?」
「すきる?」
「ちょっ、ちょっとまっ! ルビノノ、それは秘密な……」
ザビーが何か言いたそうに私に手を伸ばしてきたが、もう私の口は開いてしまっている。
「ほら、私の場合は他人が何を望んでるのか分かるって能力で、空気読みって名付けたんですけどー」
場の空気が読める私にピッタリな能力であると自負してる。何故かこの話をすると兄もザビーも苦い顔をいつもするけど。
私が言い切るとザビーは頭を抱えてウーウー唸ってる。ドラゴンの肉を食べてお腹でも壊したのだろうか。実は私もお腹がポンポンペインで早く木陰にて済ましたい。後で一緒に行こうか。心の感情が焦りしかないから切羽詰まって出口に近いはずだ。
「へー、羨ましい。魔法とは違うんか? 俺もそういうスキルってヤツ使ってみたいな。話し合いの場に便利そうだ」
「あれ?」
何か思ってた反応と違ってたが気にせず話をすることにする。
「私もサウスさんの能力が羨ましいですよ。あの何も無い空間から武器を出すのカッコいいですよね! 保管庫とか武装転移とかです?」
私の質問に何より興味持ってるのは王国組だ。すっごく興味津々に心が動いてる。
「よく分からんが。これのことか?」
サウスさんは自分の背骨の辺りを触って何かを掴む動作をしてから腕を振り下ろす。
私の眼前、鼻先を掠める大剣。金属の刀身に私の顔が歪に反射する。瞬間、ボフンっと私の身体は煙に包まれる。煙が晴れて私の顔が再度、刀身に写った。
そこには人間の顔をした人がいた。いや、元から人間だったのだが。私は確かにザビーの魔法で犬人族の身体になっていたはずだ。今の今まで自然過ぎて忘れかけていたが、そういえばそうだった。
「ふん。やっぱりお嬢ちゃんか。ワンちゃんでは無かったな?」
「すごいっ! どうやったんですか? しかも何で分かったんですか? 私自身忘れてたのにっ!」
忘れないでくださいっとザビーが呟いたのが聞こえたが、それはともかくとして魔法が解けた事に私は興味満載だ。
「これは魔断ちの剣と呼んでてな。大陸東部で採れる封魔鉱という特別な鉱石と希少な金属を練り合わせてるんだ」
サウスさんは大剣を地面に置くと、右の人差し指の先端に小さな魔法の風を出現させる。それを剣の刀身に触れさせると風は霧散し消失する。
「こんな感じ。魔法を強制的に消失させるんだ」
「王国と帝国の戦争がいつも泥沼化する原因ですな。魔法大国である王国が攻めきれないのは。帝国の封魔装備をした騎士団に力技で押し返されるからですし」
「よく知ってんじゃん。お前の火の魔法が効かなかったのもこれのおかげさ。ぶった斬ってぶん回して吹き飛ばしたんだ」
勇者の強力な魔法すら無傷で防ぎきるとは、よっぽど対魔法性能が高いのだろう。
「取り出したのも実は魔法なんだが、気になるだろ? 魔法を無効にするのに魔法で取り出せるのはなんでって。けどここら辺の話は乙女の秘密だ」
「凄い……あっ、だから魔法都市でもあんなにズバズバとおっきな巨神兵を切れたのね?」
「いや、あれは力技で斬った。それなりに固い程度だったしよ」
「そ、そうなのね? それなりかー」
若干引いた顔をするルチアさん。大きなと言っているのでかなりデカかったのだろうか。
「それに、あのデカブツはこっちで斬ったからな」
サウスさんは自分の胸、心臓の位置を強く握り締める。するとそこからズルリと現れたのは紛れもない日本刀の形をした剣であった。恐らく漆が塗ってあるのだろうか、黒光りする鞘が刀の持ち手の紫色の生地に相まって映える。
「あっ、刀!」
「おっ、知ってんのか? 話が早い。この武器は俺が持つ全ての武器の中で一番強力でよ。ずっと愛用してる」
漆塗りの鞘からぬるっと抜かれた刀身は濡れているかのように光を反射する。あまりの鋭さに先端に触れた空気が裂かれていく錯覚すら覚える。
「おおぉ……これは、凄いな。こんなに美しさと力を感じる刀身は初めてだ。王都の建国記念祭で聖剣を見たことあるが、それ以上の力すら感じる」
鍛冶屋のテッドさんが目を丸くして刀を注視している。気持ちは分かる。推してる部隊がいる駐屯地の創立記念祭にて本物の実銃に触れたことがある。弾こそ入ってないがあの高揚感といえば、タマりませんわグフフってヤツだった。
「そういや、質問されてばかりだからよ。俺からもしていいか?」
刀を鞘にカチりと収めると、自分の胸の中に押し込む。ヌププっと胸の谷間に押し込まれるのを見ると心のテントがおっきくなりそうだ。どういう原理で格納されてるのか。ちょっと指を入れてよいか聞きたい。
「いいですよ! ルカちゃんのスリーサイズでも聞きます? それとも初めての推しについて語ります? 元米国陸軍特殊部隊の退役軍人が誘拐された愛娘を救うっていう昔の映画なんですけど! 名言だらけなんですあっ!」
「いんや、それは別にいらん。他に聞きたいことがあってな?」
そこでサウスさんは私ではなくルチアさんをジッと見つめ出す。
「お前らさ、キタムラユキって女知ってる?」
「ウッ!?」
明らかにルチアさんが反応してる。目が左右に揺れ、心も動揺が隠せないのか上下左右へと揺れ動きまくっていて逆に読めない。ほぼ全ての感情が何故その名を知ってるのっと言っているのが私には分かる。
「キタムラユキ? ルカちゃんは聞いたことないですけど、ルチアさんは知ってるんですか?」
思わず聞いてしまった。だって気になるもん。
答えを求められたルチアさんは大きく息を吐くとサウスさんの目を見返して話を始める。
「名前は聞いたことあるけど会ったことない。ていうか、その人ってもう死んでるらしいの」
「死んでる? マジかー、死んでるのか? マジかよ……」
サウスさんは天を仰いで目を瞑る。目頭を押さえてブツブツと私達に聞き取れない言葉を放つとまた目を開く。
「もうあれから三十年経ってるし、そんぐらいありゃ人間の一人や二人死ぬか」
囁くように言葉を溢すと、サウスさんは手の平の何も無い空間からタバコを一本取り出すと先ほど起こした火に近付き着火する。モクモクと濃い紫煙が空へと昇って行く。
「お知り合いでしょうか?」
「ん、王都で昔な。そうかー、そうなのかー、死んだのかー」
勇者の質問も上の空だ。目は空ばかりを見つめ紫煙の先を追っている。
「えっ、まさか恋人ですか!?」
「んなわけあるかい。まっ、知らぬ仲でも無いがな」
またモクモクと煙を吸い、そして吐く。あっという間に根元まで達すると吸い殻を火に投げ入れる。
「知り合いが死ぬのは堪えるな。やっぱり長生きするモンじゃねぇわ」
「そうですか? 長生きしたからルカちゃんとも出会えたんですよ。よくないですか?」
私の言葉にキョトンっとした顔を見せたサウスさん。そんな顔をするんだと思っているうちに顔がにこやかになっていき、遂には大笑いする。
「ガッハッハっ! お嬢ちゃんは面白いなぁ! そうだな、そう。出会いと別れは大事にせんといかんなぁ!」
ひとしきり笑うとサウスさんは自分の足元に落ちていた親指サイズの小石をおもむろに拾い上げ、砂を指で落とす。
「んでよ。あと一つ質問があるんだわ。いいかな?」
「どうぞー! ちなみに歯は矯正済みなんで歯並び良いのは何故って質問は無しですよー」
私の答えにクックックっと笑ったサウスさんは、私の顔を真っ直ぐ見据える。その顔はさっきまで明るくて和やかな雰囲気だったのを全て台無しにするかのように、南極の寒さを彷彿させるほど冷たい。目が完全に人を殺す目をしてる。
「ヒェ……」
私の小さな悲鳴に周りもサウスさんの殺気に気付いたのか緊張感が爆上がりする。全員の冷や汗が噴き出し、半径三百メートルの空気が無くなったのではないかと感じるほど息が吸えない。
「お前、なんで変装してた? 後ろの友達と関係あんのか?」
質問の意味が分からない。いや、前半は分かるけど後半が何の話をしてるのか理解不能だ。酸欠になりかけた頭が思考を拒否する。
「と、と、友達いないです! クラスでボッチでした! 百合好きショタ好きしか友達いないですぅ!」
「あぁそうかい。そんじゃあ、リップサービスはここらで終いだなッ!」
私の顔の前を目にも止まらない速度でナニかが通り過ぎていく。遥か遠くで破裂音が鳴るのと、さっき拾った石を投げたのだと気付くのは同時だった。
「そこの奴ら出てこい。殺すぞ」
立ち上がり、私の横に立つサウスさん。口では殺すぞと言っているが、先程までの殺気は既に無く、股下を濡らしそうだった私の頭をポンっと撫でる。
「脅してすまんな。怪しいのがいたからハッタリかけてみたんだ。パンツの替えは無いから漏らすなよ?」
カマをかけるレベルの圧では絶対に無い。そのまま殺されるかと思えたのだ。でも頭をポンポンと撫でられ優しくされるとDV男にハマるメンヘラの気持ちが分かるかもしれない。新たな性癖が開墾されしまう。
「ワイゥテ! ウマー 、レォイヴィンギ、ンアワ!!」
イマジナリー農具で性癖畑を掘っていると聞きなれない言葉が離れた岩陰から聞こえてくる。いや、聞いたことぐらいはあるが何語なのかが不明だ。元の世界で英語は聞き馴染みがあってもフランス語は聞き慣れないみたいな。それくらいの差がある。
「ふん、エンプレ語か。帝国の奴らだな」
「うわっ、ルカちゃんは帝国の言葉苦手なんですよねー。王国と発音違いすぎて」
サウスさんの呼びかけで現れた集団はみんな物々しい装備を携え現れる。見るからに戦うことを想定した重 装備だ。ナニと戦うつもりなのだろうか。気になる。サウスさんに聞いてみようか。
「さて、お喋りでもしてみようか。つまんなそうだがな」
一人ぼやくとサウスさんはのそりと帝国のモノ達に近付く。私は後を追っかけるようにトットットっと駆け足で走り出した。